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今後のエジプト政治情勢と都市住民の消費生活・貧困

政策提言研究

岩崎えり奈 (上智大学外国学部教授)
2014年4月
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※以下に掲載する論稿は、平成25年度政策提言研究「中東・南アジア地域の平和システム構築に向けて」の分科会(「エジプト動向分析研究会」)の岩崎えり奈委員が、研究会活動を通じて得た知見を自らの責任において取りまとめたものです。

1.2011年以後のエジプト国民の生活水準
チュニジアにはじまった「アラブの春」から、3年がたった。エジプトでは独裁政権が倒され、2011年から2012年にかけて選挙が行われた。しかし、2013年には軍による事実上のクーデターが起き、政局は混迷している。

その背景には、長引く経済状況の低迷がある。失業問題とならんで、経済状況の悪化は人々を革命に駆り立てた社会経済的な要因であったが、革命後も一向に好転していない。公務員の賃金引上げや新卒者の任期付き雇用枠拡大などの失業対策がとられているものの、物価上昇や外貨不足に伴うガソリンなどの不足が続いており、国民の生活は相変わらず苦しい。

このことは、エジプト中央統計局が定期的に行ってきた全国家計調査(「消費と所得に関する世帯調査」)の結果に明らかである。貧困率を例にとろう。革命前まで、全国家計調査は5年おきに実施されてきたが、2008年からは2年おきに実施され、最近年の調査は2012/2013年であった。それらの調査結果によれば、2008年から現在まで貧困率は上昇し続けている。エジプト全体では、その値は2004/2005年に19.6%であったのが、2012/2013年には26.3%になった。つまり、国民の4人に一人は「貧困者」である。

なかでも革命後の動向として目をひくのは、カイロやアレクサンドリアなどの都市で貧困率が上昇していることである(グラフ1参照)。貧困率が高い上エジプト地方とは対照的に、都市県では貧困率が低いとはいえ、その値は2010/2011年から2012/2013年に倍近くにはねあがった。カイロ県を例にとると、2010/2011年に10%であった貧困率は、2012/2013年に18%である。このような貧困の拡大のなかで、子どもの栄養失調が深刻化しているとの報告もある(IFPRI 2013; IDSC 2013)。


グラフ1 1990~2013年の地方別貧困率推移
グラフ1 1990~2013年の地方別貧困率推移
(出所)CAPMAS, Trend in Income and Expenditure, November 2013 (in Arabic); CAPMAS website.

2.流動的な都市住民の消費生活
現在、エジプトでは軍司令官だったシーシーが絶大な人気を誇っており、次期大統領の最有力候補である。しかし、生活水準の悪化がムルシー政権に対する国民の不満を高めた一因になったのと同様に、シーシーの人気の継続も国民の生活の維持安定にかかっている。

昨年12月末と3月初旬に訪れたカイロで話を聞いた数人のタクシー運転手によれば、彼らがシーシーを支持するのは生活の安定化のためである。つまり、もしシーシーが安定を保てないならば支持するのをやめるし、また街頭で抗議行動を起こせばいいという意見であった。
しかし、良くも悪くも、今後のエジプト情勢の行方にとって生活安定化はきわめて大きな課題であるが、それは容易ではない。なぜなら、グローバル化時代において多くの国々と共通することだが、エジプト経済は脆弱性を特徴とするからである(加藤・岩崎2013)。そして、その打撃をもっとも被りやすいのは都市の住民である。

実際、先の貧困率に話を再び戻すと、貧困率の増減幅がもっとも大きいのは都市である。2010/2011年と2012/2013年の貧困率の増減を県別にみると、増減幅がもっとも大きかったのは大カイロに含まれるギーザ県やポートサイド県、次いでカイロ県であった(グラフ2参照)。つまり、都市は短期的な経済変動の影響を受け、消費生活が不安定化しやすいのである(岩崎2013)。

こうしてみると、長期的には政治の民主化のためには地方や農村の生活水準の向上が求められるにしても、短期的にはグローバル経済と消費生活が直結している都市住民の動向が政治情勢を左右することになる。今後のエジプト情勢の動向を見据えるためには都市住民の消費生活を注視することが不可欠である。




グラフ2 2010/2011~2012/2013年間の貧困率の増減(%、県別)
グラフ2 2010/2011~2012/2013年間の貧困率の増減(%、県別)
(出所)CAPMAS, Income and Expenditure Household Survey 各年版, CAPMAS website.

《参考文献》
岩崎えり奈2013「エジプトの革命と貧困—モラル・エコノミーの観点から」『神奈川大学評論』第16号, 64-73ページ。
加藤博・岩崎えり奈2013『現代アラブ社会—「アラブの春」とエジプト革命』東洋経済新報社。
Egyptian Cabinet Information and Decision Support Center (IDSC) [2013] Egyptian Food Observatory. Food Monitoring and Observation System. Quarterly Bulletin, Issue 11, January-March .
International Food Policy Research Institute (IFPRI) [2013] “Tackling Egypt’s Rising Food Insecurity in a Time of Transition,” Joint IFPRI-WFP Country Policy Note, May.