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ベトナムの事業環境 —中国華南地域から見たベトナムについて—

政策提言研究

池部 亮 (福井県立大学地域経済研究所准教授)
2012年8月
※以下に掲載する文章は、平成24年度政策提言研究「中国・インドの台頭と東アジアの変容」第5回研究会(2012年8月2日開催)における報告内容を要約したものです。


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1.チャイナ・プラス・ワンの実像
2000年代中頃、生産拠点が中国に一極集中するのは危険なのでASEAN諸国などに分散投資すべきだという「チャイナ・プラス・ワン」が何かと叫ばれるようになった。背景にあったのは、SARSの流行、人民元の変動相場制移行、反日デモの発生などで中国の事業環境には様々なリスクが存在していることが痛感された時代だった。補完的な生産拠点をベトナムやインドネシアなどにも立地しようという号令は非常に説得力を持って流布された。

日本国内のメディアは「そら見たことか中国」という論調で「中国リスク」(中国の事業環境上の様々なリスク)を騒ぎ立てた。しかし、「中国リスク」の多くはよくよく眺めてみれば実は中国固有のリスクではない。為替相場の変動や労働市場のひっ迫、不動産バブル、自然災害や感染症などは、東南アジア諸国にも普通に存在するリスクである。中国固有のリスクと言えば、貿易大国なので米国やEUや日本などとの貿易紛争が発生しやすいこと、政府が非妥協的であること、などが挙げられるだろうか。

とはいえ、「チャイナ・プラス・ワン」は中国リスクのヘッジという意味で、企業経営者を納得させるに十分な説得力を持っていた。社内稟議の際、「なぜ中国ではないのか」をあまり議論する必要がなくなった。リスクヘッジなのだからセカンドベストの立地に妥協することになる。すると「なぜインドネシアなのか」とか「なぜベトナムなのか」の議論はあまり意味を持たなくなった。社内稟議で説明しやすいという点で「チャイナ・プラス・ワン」は便利な言葉だった。

しかし、「中国以外の立地」は必ずしも「中国よりもマシな立地」とイコールではない。むしろ、労働市場のひっ迫、為替の不安定さ、現地行政手続きの煩雑さ、インフレや金融政策などマクロ経済政策の不手際など、中国よりも多くのリスクが存在していることの方が多い。「セットメーカーにつられてベトナムに進出してみたものの、電力不足、労働争議、賃上げ圧力は中国以上に厳しい」と嘆く経営者も少なくない。また、インフラの良好な中国に慣れている企業にしてみればASEAN諸国の港湾、電力、道路、橋梁は未整備で、周辺産業としての工業も脆弱だから、現地調達コストやサービス・リンク・コストがどうしても割高となる。中小企業が複数国に工場を立地することは、重複投資であり収益性も悪い。カントリーリスクを回避する以前に経営上の大きなリスクを背負い込むことになる。

2.労働者の質的変化は全世界共通?
2005年頃から中国では労働者不足がささやかれ始めた。従業員数が5千人や1万人という華南地域の工場でも、百人を募集すれば以前は千人の応募があったのに、募集定員割れが増えたのもこの頃からである。中国での離職率の上昇(定着率の低下)も顕著で「最近の若い子は以前のようなハングリーさがなくなった」と工場の経営者たちが口をそろえて嘆いていた。

余剰労働力の大きさから「無尽蔵」とまで思われた、農村からの豊富な出稼ぎ労働者供給システムは、2000年代半ばには、それまで誰も予想できなかった「人手不足」の時代を迎えた。これまでの労働者は、田舎から出稼ぎにやって来て、残業も厭わず一心不乱に働いた。毎月田舎の両親に仕送りをし、自分も節約して、数年後に帰郷した際には小さな美容院や飲食店を実家の近くで開業するのが一種のサクセスストーリーであった。

今、目の前にある出稼ぎ労働者の質的な変化は、例えば、「親に仕送りをしない」、「土日に深センの町で洋服やアクセサリーを買う(浪費する)」、「戸籍上は農民工なのに農作業をしたことがない」、「注意するとすぐに辞めてしまう」、「故郷に帰らないで都会に居着く」といった、根本的なものである。労働者にしても、消費者にしても、インターネットによる情報化が進み、瞬時に世界的な流行に同期できてしまう。富める地域が先に富み、貧困地域が後から追いかけるといった雁行型の経済発展(先富論)は過去のモノとなったのかもしれない。少なくとも出稼ぎ労働者については、ラオスやカンボジア、ベトナム、ミャンマーなどを見ても、賃上げ、労働争議、高離職率など同じ問題に直面している。

3.China’s Next
中国からベトナムへ工場を拡張する場合、「ベトナムの人件費は華南の半分」と思うのは間違いである。額面上の人件費の安さは労働生産性を考えると相殺されてしまうことも多い。例えば、労働法であるが、1カ月の超勤制限は中国が36時間であるのに対し、ベトナムは16時間である。中国では2交代で動かせるシフトでもベトナムでは3交代にせざるを得ないという事態も起こり得る。

2012年の夏、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムの日系工場を訪問したが、行く先々で作業者の生産性の低さを指摘する声が多く聞かれた。経営者の中には中国での工場操業経験を有す人も多かったので、とかく中国工場との比較となる。これらの国々の労働生産性は中国のそれに比べると7~8割程度にしかならないというのである。同じモノを同じ作り方で同じ数作る場合、中国よりも2~3割多い労働者を投入する必要がある。これら後発の国々であっても、労働者の離職率は月当たり10~20%と高く、賃上げ圧力は年率10%、労働争議も頻発しているという。中国の労働者に起こっている問題は、中国固有の問題ではなく、発展段階に関わりなく各国の同世代の若者に共通したものである。

80年代から2000年代中ごろまでの時期に華南地域が有していた圧倒的なモノづくり環境は、中国以外のアジアを探してみても存在しないと見なければならない。「投資の桃源郷」を求めて中国を飛び出してみても、当時の華南を再現できるような地域はどこにもないのである。農村から都会へ出稼ぎに来る若年労働者たちは、来てから都会を知るのではなく、知ってから都会にやってくる。情報化によって人の意識と人の流れにタイムラグがなくなった。製造業にとっては「安価、良質、豊富」な労働者の存在(投資の桃源郷)は、もはやどこへ行っても得られない時代になったと考えるべきである。