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1990年代以降のインド外交は何を目ざしているのか

政策提言研究

堀本武功 (京都大学大学院・アジア・アフリカ地域研究研究科特任教授)
2012年6月
※以下に掲載する文章は、平成24年度政策提言研究「中国・インドの台頭と東アジアの変容」第2回研究会(2012年5月24日開催)における報告内容を要約したものです。


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1.21世紀におけるインド外交
「アジアの世紀」

ここ2、3年のアジアに関する米国やアジアの海外論調では、21世紀を「アジアの世紀」(Asian Century)という観点から検討した論考が目立っている。このアジア世紀論では、中国の台頭と米国の衰退—蓋然性の高低も絡め—が中心的なポイントになっている。アジアにおける米国と中国については、米国が2011年後半、米国が「Asian(Asian Pacific)Pivot」という新戦略を打ち出してから加速されている。

インド外交は、1990年代以降の約20年間、ルック・イースト政策とこれに引き続く戦略的パートナーシップ政策を打ち出し、概ね順調な成果を上げてきた。今後のインド外交は、この「アジアの世紀」でどのような外交戦略を展開できるのか、また、どのような成果を実現できるのかが焦点となる。

インド外交の指向
1990年代以降のインド経済は目覚ましい躍進を遂げつつあり、経済規模の拡大はインドの防衛費増大の余地を生み出している。経済と防衛の規模拡大は、インドが元来具備している広大な国土面積と厖大な人口という大国的な基盤条件を基に宿願であるインドの大国化を具体化させる新たな要因となっている。最近のインド外交は、こうした構造的変化の対外的な表現である。

ただ、大国の行動的な概念が、(1)外国からの要求を撥ね付けるだけでなく、(2)外国に対して自国の影響・要求を受容させる能力とすれば、インドは(1)を長年にわたって概ね実現し、これをさらに強化しつつあるという印象を与えるが、後者については未だ不十分であろう。その根因はインドが大国化しつつあるとは言え、次表が示すように依然としてパワー不足という点に求められる。この点では、中国と対照的である。


表 インドのGDPと軍事支出(2010年)
  国内総生産(兆ドル) 軍事支出(億ドル)
米国 14.58(1位) 6,980
中国 5.88(2位) 1,190(estimate)
日本 5.50(3位) 545
ブラジル 2.09(7位)  
インド 1.73(9位) 413
ロシア 1.48(11位) 587(estimate)
(世界総計) 63.05 16,300
c.f.パキスタン 0.17  
(出所)GDPについては、World Bank, World Development Indicators Database,2010.
軍事支出については、SIPRI Yearbook 2011.


インド外交の政策展開
(1)基本願望と基本的な外交路線 
アッシュレイ・テリス(カーネギー研究所)は「国際政治における独立的な路線を志向したというインドの願望は、インド大戦略の根本」 1と指摘する。独立後のインド外交はパワー不足を補うとともにDNA的な自主独立外交を展開するため、特定国とのパートナーシップ(連携協力)政策を展開してきた。

この点は、明治以降の日本外交との類似性を持っている(日英同盟、三国同盟、日米同盟)。しかし、外交政策創出能力という観点から見たとき、日印には大きな差異がある。すなわち、第二次世界大戦後の日本は米国依存という他力本願的な傾向が見られる結果、自主的な外交政策の創出という点で見劣りがするが、インドは創造的な外交政策を展開してきた点である。

インドの場合、外交政策が政治的争点にならないという伝統的な傾向がある一方では、独立以降、外交政策論が極めて盛んである。インドの外交(戦略)コミュニティには、4つの流れが存在している。(1) Idealism、(2) Liberalism、(3) Pragmatism、(4) Realismである。例えば、ネルー首相の場合、(1) と(2) の傾向が強いのに対して娘のインディラ・ガンディーは(3) と(4) 的な発想が強いように見られる。外交コミュニティの主要潮流は、1990年代以降、特に1998年の核実験後、(1) &OR(2) から(3) &OR(4) に変わっているように見える。

(2)非同盟外交
インド外交に底流するパートナーシップは、独立から1960年代までの非同盟外交で政策として実施された。非同盟は、しばしば、冷戦期における米ソいずれの陣営にも加わらない外交として理解されてきたが、これは一半の真実であるが、もう一半ないしはその裏面では非同盟がパートナーシップを組むという両面で構成されていた。

(3)印ソ同盟
第2のフェーズが1970年代から1980年代に実施されたソ連とのパートナーシップである。いわば、パートナーシップを最強の形で具体化した印ソ同盟である。出発点が1971年に締結された印ソ友好協力条約であった。同条約第9条は、第三国の脅威に対する防衛を目的としており、相互安全保障の性格が濃厚である。同盟の概念を「個別的状況において、条約加盟国外の国家に対する軍事力の使用(または不使用)のための諸国家の正式な連合」 2とし、1971年8月時点では、第3次印パ戦争(同年12月)も不可避という情勢であったことも考え合わせれば、この条約によって印ソ関係は同盟関係に転化し、パートナーシップが非同盟から印ソに移行したと言えるだろう。

印ソ同盟はインドにとって有効な外交資源となった。インドにとって不都合な議題が安全保障理事会で採決される場合、ソ連の拒否権を期待できたからである。典型例がカシュミール問題であった。しかし、インドは印ソ同盟には高い代価を支払わねばならなかった。例えば、1980年代に起きたソ連のアフガニスタン侵攻に際して、これを非難はおろか批判すらできなかった。

2.現代インド外交—戦略的パートナーシップ
戦略的パートナーシップ外交の展開
インドは、冷戦終結と印ソ同盟から得た教訓のうえで、1990年代以降における戦略的パートナーシップ(Strategic partnership: SP)政策に着手した。三番目のパートナーシップである。SPは、1997年に南アとの間で結ばれた後、2011年10月のアフガニスタンまでで23カ国を数え、いずれも、インドが重視する国々との間で構築されている。中国がSPを確立した国数は12カ国、日本は約6カ国であり、インドが図抜けてSPを確立していることが分かる(インドはこのほか、「SP構築に向けた」二国間関係を多数持つ)。

最近のインド外交政策については、第2非同盟(NONALIGNMENT 2.03)という解釈も提示されている。この新しいネーミングには、二つの意味がある。一つは、インド外交の継続的な正当性の確立であり、間接的には第2フェーズに実施された印ソ同盟を否定する意味合いも込められていると考えることもできる。サラン元外務次官はインド外交政策の戦略を「全ての大国と関与するが、そのいずれとも同盟関係を持たない」と特徴付けている(2011年3月)。

インドのSP外交は、重視する国々と単なる友好国以上の関係を持つことを意味するが、当該関係国から「二股外交」と見られる側面があるほか、かつてのソ連のように当てにできる国がないという限界性も併せ持つ。

インド外交と米国
SP関係を持つ国の中で、インドが最重視する国が米国である。セン前駐米インド大使(2004-09年)が強調したように「印米関係は、今日、インドにとって唯一最重要な二国間関係である」(2010年3月20日)。インドにとって米国は、インドの投資・貿易などの経済政策に加え、ブッシュ政権時代には中国に対する戦略政策などにとっても不可欠な国として位置付けられてきた4。印米SPが比較的早めの2004年に確立されたのは、その証左である。

米国にとってもインドは、経済的な誘因のほか、そのアジア政策を展開するうえで、重要な位置付けを付与されるようになった。両国関係の出発点は、2000年3月のクリントン大統領訪印であり、その後、2004年のSP、2005年の原子力協力声明などに見られるようにインド重視政策が進められてきた。最近になってオバマ政権が打ち出した「Asian Pacific Pivot」—アジア太平洋重視政策5—においても、インドは依然として大きな位置を占めているようにも見える。

インドと中国—アンビバレントな関係6
印中関係は1962年の印中国境紛争で冷却化した。約30年後の1993年に「(両国)管理ライン地域の平和と安寧の維持に関する協定」(+96年の「軍事的信頼確立に関する協定」)が締結され、その後の正常化の基礎となった。両協定の狙いは、国境問題の協議を継続する一方では経済関係の改善を図ろうという点にある—単純化すれば、領土問題の棚上げと経済関係の拡大—と見なすことができる。両国は、2005年に戦略的パートナーシップを樹立し、従来からの相互関与を確認する形をとっている。

インドの対中政策は、関与と警戒態勢(≒engagement & hedging)である。貿易などの経済関係緊密化を進める一方で対中防衛体制を強化し、中国のインド洋進出に対応する政策を進めている。

一方、中国の対印政策7は、インドの対米関係緊密化阻止が大きな比重を占めているように思われる(このほか、インド洋進出の円滑化や対印貿易との関連も多少ある)。つまり、米印緊密化によってインドが対中包囲網に加わらないようさせる点である。1998年の核実験後、米国の対印接近(2000年3月のクリントン大統領訪印が起点)を視野に入れた中国の対印接近が始まっている。

東アジアまたは西太平洋における近年の中国政策は「中国版モンロー主義」であり、米中の確執もこの点に起因するとの見方もある8。果たして、インドが米政策においてどのような機能と位置付けを持つことになるのかに注目される。

インド外交とルック・イースト・日本
インドは、1993年に当時のラオ首相が東南アジア以東への接近策としてLE(ルック・イースト)政策に着手した9。その結果、インドは、ASEANの対話国(2005年)、ARFメンバー(2006年)になったほか、2010年10月には第8回のASEAN・インド首脳会議を開催するまでに至った。LEについては、注目しておきたい点がある。LEが着手当初では経済的色彩が強かったが、2000年以降、徐々に政治・安全保障的な色彩も加味され、いわば、インドの東南アジア・東アジア政策の基本的な政策に転化した事実である。

インドと日本との間では、2005年の小泉首相訪印以降、毎年、首脳が交互に相手国を訪問している。日印関係の転換時期は2005年である。日本の対印緊密化をもたらした最大要因の一つは2005年に中国で起きた反日暴動と対外関係の多様化であった。インドの場合、対米・対中関係の進展に対する保険としての日本という位置付けがある。日印間の要人往来総計は、1990-99年が26人、2000-04年が22人、2005-09年が61人と、2005年以降飛躍的に増加した。インドの対米接近は日本にとって対印接近を容易くした要因でもある。このほか、日印の相互認識には、「安全パイ」という色彩がある。

インドの日本と韓国への接近は、LE政策の継続・拡大的な延長として位置付けられるが、同時に中国の南アジアにおける「インド包囲網」に対するお返しという位置付けも可能である。

3.インド外交の狙い
インド外交には全体的な戦略がないとして、「長期的な戦略的政策枠組みを持たないままケースバイケースで外交問題に対処しており……この場当たり的な性格がインド外交の特徴」10と酷評されているが、冷戦後の20年間におけるトレンドを鳥瞰図的に俯瞰してみると、インドは現在と将来について二局面を想定しているように見える。

富国強兵国家の実現
現局面(第一局面)では、インドは、現在の国際構造を最大限に利用し、恩恵を享受するとともに自国に不利に作動することを阻止しようとする政策を進めている。この政策の典型例が地球温暖化である。地球温暖化への取り組みが必要であることを認めて、CoP(気候変動枠組条約締約国会議)に積極的にコミットするものの、排出量などで自国に有利な展開を図ろうとしている。インドは国際構造における位置付けを高め、発言権を増大させるため、自国のナショナル・パワー(経済力と防衛力)の増大に努めている。
 
国際秩序形成能力の獲得
いわば、富国強兵国家の実現11を目ざす一方、現在の国際構造の多極化—現在の国際構造が米欧中心という黙示的批判—を強調・唱導し、SCO(上海協力機構)への参画を通じて中国とロシアと協同している。多極化批判の先に見据えている将来的な局面(第二局面)が、国際秩序形成国——20世紀に米国が保持した能力で、国際連盟や国際連合などの国際システムを構築——になることであり、第一局面よりもより強い影響力を持とうとする。

インドは多様な国際機関においても主要な地位を占めようとしているし、環インド洋地域協力連合などの地域組織の構築を先導している。2010年11月に訪印したオバマ大統領が米国として初めてインドの常任理事国入り支持を表明し、2004年から安保理共闘を組んだ日本・ドイツ・ブラジル・インドの中で、唯一、全ての現常任理事国から支持を取り付けた国となった。言うまでもなく、常任理事国となれば、国際問題に対する強力な影響力を持つことになる。

現在の世界秩序に対するスタンスに現状維持国家と現状変革国(修正主義国)があるとすれば、前者には米国、EU、日本、後者には中国、インドなどのBRICS諸国が属することになるかもしれない。

結び—過渡期のインド外交
現在のインド外交は過渡期にある。当面、戦略的パートナーシップによって多国間主義的対外関係を構築し、将来的には国際秩序形成能力の獲得を目ざしている。インド外交の成否は、アジアにおける米国・中国・日本の構造的関係の推移とインドの経済力・軍事力の拡大の成否が大きなカギを握っている。
 




† 詳しくは、堀本武功「第1章 インドのアジア外交—米日中との関わり」(近藤則夫編「現代インドの国際関係: メジャーパワーへの模索」アジア経済研究所調査研究報告書、2010年3月)を参照。

脚 注
  1. Ashley Tellis, “The Changing Political-Military Environment: South Asia (Khalilzad Zalmay et al.eds, The United States and Asia, Rand, 2001), p.209.
  2. Glenn Snyder, Alliance Politics, Ithaca and London, Cornell University Press, 1997, p.4.
  3. Centre for Policy Research, NONALIGNMENT 2.0: A Foreign and Strategic Policy for India in the Twenty First Century, February 2012.
  4. オバマ政権の場合、こうした色彩があまり強くは見られない。Jeffrey A. Bader, OBAMA and China’s Rise: An Insider’s Account of America’s Asian Strategy, Brookings, 2012では、対中政策におけるインドの位置付けは希薄である。
  5. “The Asia-Pacific has become a key driver of global politics. Stretching from the Indian subcontinent to the western shores of the Americas, the region spans two oceans -- the Pacific and the Indian -- that are increasingly linked by shipping and strategy” (Hillary Clinton, “America’s Pacific Century,” Foreign Policy, Nov. 2011).
  6. 堀本武功「第2章 アンビバレントな印中関係—協調と警戒」(天児 慧・三船恵美編『膨張する中国の対外関係—パクス・シニカと周辺国』勁草書房、2010年6月、55-87ページ)
  7. 両国関係については、三船恵美「中国周辺国外交と対インド関係」(趙宏偉他編『中国外交の世界戦略』明石書店、2011年)が中国の周辺国外交という興味深い観点から両国関係を検討している。
  8. Alan Dupont, “An Asian Security Standoff,” The National Interest, May-June 2012.
  9. サルマン・ハイダール(1995-97年に外務次官)によれば、ルック・イースト政策はラオ首相の訪韓に際して、「即興的に」(off-the-cuff)作成されたスローガンであるという(Salman Haidar, “Look East,” in Amar Nth Ram, Two Decades of India’s Look East Policy, Manohar, 2012, p.53)。
  10. Pant, V. Harsh,“The trials of a rising power, “ Live MINT com,December 29, 2009.
  11. 詳しくは、西原正・堀本武功共編『軍事大国化するインド』亜紀書房、2010年を参照。