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『開く』中国、『動く』人々、『越える』経済

政策提言研究

2011年11月
※以下に掲載する文章は、平成23年度政策提言研究「中国・インドの台頭と東アジアの変容」第8回研究会(2011年11月24日開催)における報告内容を要約したものです。


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はじめに
アジアでは古来、中国系人(あるいは「華僑」、「華人」と呼称)の流動と、それによってもたらされてきたものが、何らかの形で影響を与えてきた。しかし、現代における中国の台頭という動きのなかで、中国系の「動く」人々、「越える」経済のあり方も常に変化しており、それは20世紀後半から現在の経緯のなかで、捉え直されるべきである。

1.現代という時代のなかで
中国系人の流動における潮流や方向性は、中国と世界・地域の関係性が生み出す環境によって規定されてきた。それゆえに、現代におけるこの事象を考える上では、まず前提となる環境のあり方を整理・認識する必要がある。

20世紀後半から現在の世界は、冷戦構造の終焉と新たなグローバリゼーションのなかで、アジアが経済的プレゼンスを高めると同時に、特に20世紀末からの中国の台頭が、地域全体のみならず世界にも影響を及ぼす時代となっている。この環境のなかで、中国系の「動く」人々、「越える」経済のあり方も、常に変化している。

言い換えれば、現代中国の存在や影響力がかつてと異なるなか、従来の「華僑」や「華人」といった認識は、もはや通用するのであろうか。この意識が欠落すると、中国系人があたかも変わることのない連続性のなかで動いているかのような陥穽に直面する。たとえば「同郷」、「団結」、「ネットワーク」といったものは、過去の環境がその効力を生み出したのであり、現代では必ずしも同様の効力を発揮するものではない。それにもかかわらず、これがいまだに中国系人のイメージとして引きずられ、その特質であるかのように語られることは、事実を正確に捉えているとは言い難い。

それゆえに、ふたたび作動する中国系の「動く」人々、「越える」経済のあり方は、20世紀後半から現在の環境や経緯なかで、捉え直されるべきである。

2.「開く」中国への接近
現代中国の転機となったのは、1970年代後半に開始された改革開放である。この初期段階(1970年代後半~80年代半ば)において、中国は「開いた」が、経済的にはいまだに貧しく立ち遅れた状態にあった。こうした環境下で、海外からの直接投資の先導的役割を担う存在として期待されたのが、華人資本であった。この初期の華僑資本による投資は、彼らの祖先を送り出してきた広東や福建といった地域に集中し、「僑郷投資」と呼ばれた。しかし僑郷投資は、華人の「衣錦還郷」(錦を衣て郷に還る)という、過去との連続性の心理上に成り立つものでもあり、純粋な事業機会としての側面から見れば、一定の限界を有していた。

この状況は1980年代後半から、「開いた」中国を一つの大きな市場や事業機会として捉える香港や台湾などの華人資本が、広東省を中心とした製造業への投資や、大都市を中心とした不動産・インフラ関連投資などを展開しはじめることで、変化を迎える。こうした動きは、1990年代前半から中国本土各地に拡がる。その起爆剤となったのが、1992年に鄧小平のおこなった「南巡講話」である。これは1989年の第二次天安門事件以降、対中投資に不安を抱いていた海外の華人資本に大きな安心感を与えた。

さらに21世紀に入ると、中国経済の飛躍的拡大および国内市場の発展によって、あらゆる背景・規模の華人資本が、さまざまな分野に参入する。そこに共通しているのは、あくまでも「高成長市場としての中国」という大きな変化を誘因とした、新たな事業機会への参入である。しかしこの段階に入ると、もはや華人資本には30年前に期待され、あるいは果たしてきたような、資本面における先導的役割が失われ、さまざまな市場参加者の一つでしかなくなる。言い換えれば、華人資本であることの優位性は、もはや現代では強調することの難しい時代となっている。

3.「開いた」中国から世界へ
中国が「開いた」ことは、同時に世界へ向かって「動く」人々、「越える」経済の流動が開始されたことも意味する。改革開放の初期、それは移動の自由が制限されていたため、緩やかなものであった。主だったものは、海外居住の親族を頼りとしてアメリカ、カナダ、オーストラリアなどに出国する縁故移民や、北京や上海などの沿岸部大都市から留学あるいはそれを名目として、アメリカや日本などを目指した留学生の流れであった。それらは内外経済の格差によって、「豊かさ」を求めた流出であり、経済的インパクトは限定的であった。

これに対して、1990年代からの新しい中国系人による商業ネットワークの展開は、異なる性質を持っていた。その代表例が「温州商人」のビジネスモデルである。温州では私営の軽工業品生産業者が発達した背景から、温州人はまず中国国内に拡散して軽工業品の流通・販売で資本を蓄積した。その後、1990年代からは東欧、南欧、中東、南米などにも急速に進出し、現在では約40万人が世界展開して、卸・小売業を中心とした商業・投資活動に従事していると言われる。その軌跡は、国内での慢性的物資欠乏という内需を満たした後、海外に市場を求めて輸出主導に転換した「現代中国の軌跡」を象徴するものでもある。

また1990年代から発生したもう一つの潮流は、海外への出稼ぎ労働者という現象である。この新たな流れは、伝統的な華僑送出地であると同時に、改革開放による経済発展の恩恵を先に享受した広東や福建からではなく、主として東北、湖北・湖南、四川などの地域から送出されている。またかつてのように、低技能・単純労働者とは限らず、高技能・専門職人材の国境を越えた流動も開始されている。

以上のパターンに加えて、21世紀に入って発生している大きな潮流は、「富を持って出て行く」という富裕層移住者の動きである。これは中国本土の急速な経済発展と富の偏在が生み出したものであり、特にホットマネーの急増、汚職問題の深刻化、社会不安の可能性などが、現象に拍車をかけている。このパターンでは、必ずしも人が移動するわけではなく、資金だけが移転するケースも多い。こうした中国系資金(チャイナ・マネー)は、移転先の株式・不動産市場やプライベートバンキングなどに流入する一方で、その急速かつ膨大な金額による影響力から、投機による価格高騰、マネー・ローンダリング、さらには中国の影響力拡大といった懸念となって、現地社会との摩擦も生み出しつつある。

4.変容する流動のあり方
20世紀後半から21世紀の現在、「開いた」中国の出現によって、さまざまな形で「動く」人々、「越える」経済の流動が再開し、中国の急速な成長に歩を合わせるかのように、その勢いが加速していることは事実である。しかし流動のあり方は、この30年の現代中国の変化によって、過去と比較しても、また現代のなかで比較しても、大きく変容してきた。

改革開放の初期、中国がいまだに貧しい時代には、外資導入の観点から華人資本は先導的役割を期待され、また内外経済の格差を誘因とした人の移動も小規模に再開された。しかし、中国経済の発展に伴い、もはや過去のパターンのように「富を求めて出る、富を得て帰る」だけではなく、現代では「富を求めて来る、富を得て出る」というパターンが加わっている。またそれは、かつてのように華南とアジア太平洋を結ぶだけではなく、むしろ中国と世界を直接的に結ぶ形に変化するなど、かつてとは異なる双方向性や多様性が生まれている。これを可能にしているのは、現代のグローバリゼーションであり、またインフラやテクノロジーの発達である。

したがって現代では、中国系人であることの優位性が、経済活動上にあるのかという疑問が出現する。たとえば「同郷」、「団結」、「ネットワーク」などのイメージは、かつての環境によって必要とされたものであり、現代では実際上の役割が限定的でしかない。一方では、中国系人であることが、あくまでも利用可能なリソースの一つであることも事実である。そこには、現実には非同質的であっても、意識され続ける「華」の概念があり、それゆえに、たとえば「世界華商大会」のように「華」をキーワードとして、しかし本質は利益目的・誘導である動員が可能となることにも、注意を払う必要がある。

しかし現実としては、もはやかつてのような「華僑」や「華人」という括りからだけでは、台頭する中国と地域・世界の関係を作動させる原動力やそのインパクトを、把握をすることができないことを理解すべきである。それは膨張する中国が対外的に伸張するなかで、もはや中国系人の個々のインパクトよりも、むしろ国家や企業としての接近・進出という、かつてとは異なる形態が、大きな影響力を持つ時代となっていることからも、明らかである。