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冷戦後アフリカの土地政策——中間成果報告

調査研究報告書

武内 進一  編

2016年3月発行

序章
1990年代以降のアフリカ諸国では、多くの国で土地政策の転換が観察された。本稿では、土地政策の変化をもたらした要因を分析するとともに、新たな土地政策で焦点となった論点について検討を加える。国有化と私的所有権確立に分極していた1980年代までの土地政策は、いずれも想定された効果を生み出すことができなかった。1990年代以降は、この反省に基づいて「土地保有の安全保障」に関心が注がれ、土地権利の公式化や地方分権化政策が実施された。2000年代後半に顕在化した「ランドグラブ」問題を通じて、また土地問題と武力紛争の関連性が明確になることで、土地政策がガバナンスの改善と不可分の関係にあるという認識が共有されつつある。

第1章
本稿では、南アフリカにおける民主化以降の土地保有権改革(tenure reform)をめ ぐる政策の理念と同改革を実施するために 2004 年に制定された「共有地権利法」(CLaRA)の内容、そして CLaRA に対する違憲訴訟について検討する。この作業を 通じて、旧ホームランド地域の土地保有権改革が、2 つの側面——(1) 住民の土地権 の法的認知、(2) 土地統治システムの民主化——を持つ問題として認識されてきたこ と、2 つ目の側面に関わって、コミュニティの境界や伝統的指導者の権限の問題が焦 点化するようになったことを示す。

第2章
モザンビークの土地資源管理に関する現行法1997年土地法は、独立後の社会主義期に制定されていた1979年土地法と1987年土地法細則を、1992年の紛争終結に続く民主化の過程で改正したものである。改正の最大の特徴は、農村部の土地管理に際して、社会主義期に否定していた慣習法を承認し、共同体による土地利用権の所有を認めた点にある。
1997年土地法は、分権化を志向する民主化という観点から評価されただけでなく、1990年以降の国際的な土地改革の潮流に照らしても先駆的であると評価された。その一方で、近年は、1997年土地法の成立過程がモザンビーク国内政治の文脈に則して検討されつつある。そこでは、当時の政権与野党それぞれが、かつて否定された慣習法を承認することで自らの支持基盤を強化しようという動機を持ち、それが土地政策に影響を及ぼしていたことが指摘されている。
本章の目的は、上記の研究動向を踏まえ、モザンビークの土地政策の変遷を、契機となる国内外の政治経済的状況とあわせて解説を加え、現行法の仮訳を試みることである。

第3章
本稿では、ザンビア北部の主要民族ベンバがイギリス人と接触をもった1867年から、1936年のイギリス植民地政府による王領地と原住民居留地の設立にいたる、北ローデシア北部におけるイギリス植民地統治の変遷とベンバ王国の動きを検討した。ベンバ王国は周辺民族から奴隷狩りや農産物の略奪をおこない、アラブ商人に売却し、銃や布、ビーズなどを入手していた。ベンバ王国はパラマウント・チーフを頂点とする集権的な社会体制をもっていたが、各チーフの連合体であった。各チーフはみずからの領地をもち、経済的な独立性が高かった。チーフがもつ権力は、臣民や土地の繁栄をつかさどるその霊力に源泉がある。チーフの霊力は神聖で侵すことのできないものであり、人びとがより所とする焼畑耕作チテメネによる食料生産の儀礼において重要な役割をもっている。祖先霊への儀礼、日々の振る舞い、チーフに対する敬意などが農耕、狩猟・採集、漁撈の食料獲得に深く関係する。新しく開墾されるチテメネは、開墾者の所有物であるとみなされており、チテメネと開墾者のあいだには霊的な結びつきが存在するとされる。
イギリスの間接統治のなかで、チーフは植民地政府と臣民とのあいだを仲介する機能を担い、小屋税や人頭税の徴収、チテメネの開墾と出作り小屋の禁止、強制労働の導入といった末端の行政・司法を担当した。臣民による反発を受けながらも、第一次世界大戦の勃発により1916年の原住民統治布告書、1936年の原住民統治機構条令が制定され、ベンバ王国はイギリス植民地統治のなかに組み込まれた。1936年にはベンバランドに王領地と原住民居留地が設立されたが、王領地に対するヨーロッパ人の入植は進まず、人びとは税金を納めるために南ローデシアや北ローデシア国内の鉱山開発の労働力となり、賃金労働に従事するようになった。植民地政府にとってベンバランドは広く未占有の状態が続き、各民族のチーフの領地であり、農業投資がなされることもなかった。

第4章
慣習的な諸権利を尊重しながら土地制度改革を進めているといわれるタンザニアの、土地に関する基本法である『村落土地法』(1999年制定、2010年修正)を訳出した。同法は66条で構成されており、全訳すると長大となるため、customaryという用語を含む条文(あるいは「条」の下位区分の「項」、あるいはさらに下位区分の「号」)を抄訳した。同法では「慣習的」をどのように規定しているのかを紹介することが目的であり、タンザニアの現行の土地制度改革を理解する一助となる作業である。なお、訳文はあくまで試訳であり、内容については今後修正を必要とする部分が存在することに留意願いたい。

第5章
本稿は、冷戦後のケニアにおける土地政策の変化とその影響を考察するための準備作業として、現在の土地政策で新設が謳われた「国家土地委員会」についての法制度的な枠組みの理解に主眼を置く。ケニアにおける現在の土地政策とは、2009年制定の「ケニア土地政策」(National Land Policy)である。この政策はまず2010年制定の新憲法に盛り込まれ、国家土地委員会を規定する新法制定を記した同憲法の条項に従って、2012年には「国家土地委員会法」(National Land Commission Act, No.5 of 2012)が制定された。本稿では、まずケニア土地政策で論じられた国家土地委員会の必要性や意義を確認したうえで、2010年憲法でなされた国家土地委員会に関する規定を整理し、最後に国家土地委員会法で憲法を補完して定められた内容を中心に整理する。

第6章
エチオピアでは、長年土地不足の問題を抱えてきた。その中でも北部に位置するアムハラ州では人口密度も高く、農地面積は生計維持水準の広さしか確保できず、土地不足は深刻な状況にある。土地に関する紛争は、話し合いに基づいた慣習的な裁定では解決できず、訴訟が多数起きている。そのため、成文法が土地問題解決のために重要な役割を果たすことになると考えられる。本章では、アムハラ州の土地問題を概観したのち、アムハラ州で現在施行されている土地法である「アムハラ民族州政府農村部の土地管理および使用の修正に関する布告No.133/2006」の概要を紹介する。

第7章
1990年代に大規模な国内紛争を経験したシエラレオネでは、紛争後の2000年代に入って、土地制度改革をめぐる議論が本格的に展開されるようになった。そして、そのひとつの成果としてとりまとめられたのが、同国における今後の土地制度改革のガイドラインとなる「国家土地政策原案」である。
本章の目的は、シエラレオネの国家土地政策原案の概要を理解するために、2013年8月発行の『国家土地政策——最終原案政策文書縮約版——』という同国政府文書の訳出(抄訳)を試みることにある。

第8章
冷戦後の土地政策に関する研究対象であるコンゴ民主共和国バンドゥンドゥ州北部の調査の一環として、先行研究や予備的調査で得られたデータに基づき、同地の地理的条件、主要居住者であるバテケ人社会の特徴、そして土地利用の実態について整理する。森林とサバンナが混在するこの地域では近年ボノボの生息が確認され、NGOを中心に自然保護と開発の試みが実践されてきた。人口密度は依然低く、焼き畑耕作が広く行われている。住民の間に土地不足は認識されていないが、畜産企業が広大な土地を占拠しており、森林は農地へ、またサバンナは住民による小規模な放牧地へと転換が進んでいる。人口希薄、コミュニティの自律、そして政策的介入の少なさを特徴とする地域だが、そうした条件下でも農村の土地利用は急速な変化を遂げている。