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ラテンアメリカの国家と市民社会研究の課題と展望

調査研究報告書

宇佐見耕一・馬場香織 編
2015年3月発行
第1章
本報告書の目的は、メキシコの労働法制が「なぜこれまで改革されなかったのか」に関する議論を整理し、その示唆を検討することで、2012年に実施された労働法制改革の有効な仮説(の方向性)を導くことである。ここで検討されるのは、労働法制改革および、より広く新自由主義改革全般において、労組の影響力を前提とし、政府と労組の相互作用が重要であったとの立場をとる諸説となる。結論として本稿は、過去に政府与党に対する労組の交渉力を担保していた資源の変化と、改革への圧力の変化に着目することが、2012年改革の理解にとって有効となりうることを主張する。

第2章
本研究はベネズエラの国家・市民社会関係がチャベス政権下でどのように変化したかを分析することを最終目的としている。中間報告となる本稿ではそのための準備作業として、ベネズエラの市民社会組織に関するデータと先行研究の整理を行う。
20世紀後半にベネズエラでは長期にわたって2大政党とコーポラティスト体制が国家・市民社会関係を独占したが、それが1980年代以降崩れ、市民社会が直接政治的意思決定になんらかのかたちで影響力をもつ参加民主主義の概念と実践が徐々に広がった。チャベスはその流れをつかんで政権の座についた。チャベス政権下では政治対立を反映して、市民社会もチャベス派、反チャベス派で二極化している。

第3章
本稿の目的は、先行研究に依拠し、20世紀のペルーにおける労働組合の展開とそれの国家との関係を整理することである。この作業をつうじて、ポスト新自由主義期といえる今世紀のペルーで、新自由主義期と比較し、労働組合が政治活動をより活発化させているように見える状況を分析し、その意義と今後の展望について考察するための視角を提示する。本稿の分析から、ポスト新自由主義段階という労働組合を取り巻く状況の影響、労働組合と左派系政党との関係、労働組合による政治活動が水平的関係の拡幅などの点で持つ射程といった点について分析を行なう必要性が浮かび上がる。

第4章
本研究は、ボリビアの2009年憲法において早期成立を求められた新鉱業法が、予定より大幅に遅れて成立した理由を説明しようとするものである。2009年以降の同国のモラレス政権は選挙で圧倒的な支持を獲得し、フォーマルな政治制度だけ見れば政策決定に何ら支障はないはずであった。このような状況でなぜ政策決定が困難になったかについて、本研究は極めて強い利益団体が存在したことを指摘し、これを、非制度的なプレイヤーが拒否権を行使する可能性をもつ状況としてモデル化する。本中間報告では、ボリビアの鉱業部門の政策の変遷を概観し、その上に2006年以降の資源の再国家管理化という政策課題を位置づける。つづいて、上記のモデルを示し、国家‐社会関係に関する先行研究との関係に触れる。このモデルの検証は今後の課題である。

第5章
本稿では、ブラジルにおける連邦政府から市民社会組織への財政移転を分析する上での準備作業として、先行研究のレビューおよびブラジルにおける市民社会組織のプロフィールと制度的枠組みの把握を行った。具体的には、既存の研究の問題点として地方政治研究の比重の高さや特定の政策分野のみに焦点を当てた研究の多さを指摘し、それらを克服するためのリサーチクエスチョンとして「どのような市民社会組織がより多くの財政移転を連邦政府から得ることができるのであろうか」「政治変数は、財政移転に影響を与えているのであろうか」という2つの問いを導出した。そして、より詳細な分析を行うための準備作業としてブラジル地理統計院とジェトゥリオ・ヴァルガス財団のデータを通じて市民社会組織のプロフィールと制度的枠組みを概観し、市民社会組織の「平均寿命」の短さや、近年の連邦予算の議会修正による財政移転件数の多さなどといった特徴を整理した。以上の情報を踏まえたうえでリサーチクエスチョンを探求し、ブラジルの国家—市民社会組織関係における政党政治の媒介の程度を分析することが今後の課題となる。

第6章
本研究では、民主主義が定着した近年のブラジルにおいて、国家・政府と市民社会組織の協働領域である参加型行政が普及したことで、市民社会組織である宗教団体と国家の関係がどのように変化したかを追究する。その際、キリスト教基礎共同体(CEBs)を拠点とした政治的な活動を以前より減退させたとされるカトリック、および、ブラジルで勢力を拡大しつつあるプロテスタントのペンテコステ派の宗教団体に注目する。参加型行政の事例として、近年のブラジルで政治的に争点化した人権に関わる問題を扱う国家審議会を取り上げる。このような研究課題に対して本稿では、ブラジルにおける国家および宗教の変容を把握することを目的とする。

第7章
本稿では、第二次世界大戦後に形成されたアルゼンチンにおける福祉レジーム・福祉多元主義の中で、国家と市民社会組織関係がどのような要因によりどのように変容したのかという課題に取り組むために、その準備作業として分析概念(福祉レジームと福祉多元主義)の整理と先行研究の検討を行なう。アルゼンチンの福祉レジームにおいても多様な性格の第三セクター、すなわち市民社会組織が存在し、個別のケースをみれば市場に近い市民社会組織も存在する一方で、公共的役割の側面が強い市民社会組織が存在しておりその構成には変化があることが予想される。また、先行研究の検討では、1990年代のネオリベラル経済・社会政策を批判して2003年成立したキルチネルと、2007年に成立し現代に至るクリスティーナ政権の社会政策に関する先行研究を分析する。そこでは、経済政策同様に市民社会組織における国家の関与の拡大が示されている。