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経済開発過程における資源環境管理政策・制度の形成

調査研究報告書

2013年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
寺尾 忠能 編『「後発性」のポリティクス ——資源・環境政策の形成過程——』研究双書No.614、2015年2月発行
です。
目次 pdf (120KB)
第1章
ドイツで1990年に制定された容器包装令は、容器包装廃棄物の回収における事業者責任の明確化、それを受けた民間による廃棄物回収システム「デュアル・システム」の構築、さらに新しい環境責任原則である拡大生産者責任の最も早い導入といったその先駆性ゆえ国際的に注目され、1990年代以降の各国の容器包装廃棄物政策に影響を及ぼしている。にもかかわらず、容器包装令の成立要因は、従来の研究において明らかになっているとは言い難い。筆者は、1984年以降の容器包装廃棄物政策の展開をすでに研究してきたが、本稿ではそれに先立つ1969年以降の動向を追う。その結果、ドイツでは1969年以降、廃棄物に関する法・計画・統計の整備が進められ、政策目標の提示とそのチェックがなされていたことが明らかになった。そして、そのような状況下で環境担当の連邦内務大臣に就任したフリードリヒ・ツィママンの試みが、のちの容器包装令制定につながったといえる。

第2章
環境関連の権限が多くの省庁に分散することにより、合理的な政策決定が阻害されてしまう。この問題状況の緩和をめざして、逸早く、環境(当時は保全)行政組織改革に取り組んだのがアメリカ合衆国である。その改革は早くも1930年代、ニューディールの時代に始まっていた。そこでは、(1)いわゆる総合調整の仕組みと(2)省庁の権限統合とが政策アジェンダに上り、一部が制度化されたのである。(1)については、政権上層部に、国家資源計画評議会(National Resources Planning Board: NRPB)が設置された。省庁横断型の政策形成を企図したものである。(2)については、保全省(Department of Conservation)設置構想が本格化した。環境(当時は保全)関連の権限のうち、主だったものを同省に集約することが試みられたのである。しかし結果的に、この改革は「失敗」に終わる。なぜ「失敗」してしまったのか。そこからアメリカ社会は何を学んだのか。そして、その教訓は、1960年代から70年代にかけての環境行政組織改革にいかに活かされたのか。本章では、史的考察を通じて、これらの問いの一部に対する合理的な推論の提供をめざす。

第3章
カンボジアでは、政治的な支持を取り付けるための誘因として資源アクセスが利用されてきた。これはカンボジアに限ったことではないが、金銭的な賄賂が取沙汰されることが多い中で、「資源アクセスの再分配」を通じた懐柔策は、大衆迎合的である分、その本当の狙いを見極める必要がある。トンレサップでは2012年に、それまで100年以上機能してきた区画漁業権の制度が完全に撤廃され、区画の多くは零細漁民に開放された。地域住民による漁業資源への日常的な依存度が高いトンレサップでは、こうした懐柔策の効果は大きく、だからこそ政府は歳入の面でもGDPという面でも相対的に小さいトンレサップの漁業資源に繰り返し介入してきた。政府による漁区開放の介入が選挙のタイミングに符合してきたことは単なる偶然とみるべきではない。こうした懐柔策の社会的、環境的な効果は、地方分権の推進や民主化というスローガンのオブラートに包まれたまま検証されてこなかった。住民が喜ぶ政策は、より巧妙な統治の技法として、これからも注意深い検討が必要である。

第4章
中国において環境政策の発展にもかかわらず、依然として環境汚染事故が頻発している問題に対して政策形成過程の視点からアプローチを試みた。とくに松花江水汚染事故と太湖水危機という2つの大都市の飲用水供給危機の事例をとりあげ、災害対応と政策形成の相互過程に着目した。2つの事例は危機の引き金はそれぞれ異なっているものの、いずれも環境災害対応を経て環境政策が大きく展開したことが注目される。本論ではこの2つの事例における環境災害対応と環境政策形成の重層化のプロセスから、環境災害対応がその後の環境政策の形成や発展につながっていったことを確認するとともに、災害を引き起こした要因や構造への取り組みがなかなか進まないことを指摘し、「危機の政策資源化」がもたらす問題に注意を向ける必要があるとした。今後、中国における他の事例を含めて、環境災害対応と環境政策形成の相互過程についての比較検証を行っていくことを課題として提示した。

第5章
2011年3月に発生した福島第一原発事故により、事故を未然に防ぐ対策も、原子力災害が実際に発生した際の対策も不十分であり、日本の原子力開発の政策と制度は深刻な問題を持っていたことが明らかとなった。社会科学、経済学の視点からは、事故を未然に防ぐための制度設計が適切に行われていたか否かが重要な問題である。原子力事業による事故の防止を促す制度は多岐にわたるが、その多くは技術的な規制である。経済分析の立場から見て重要な事前の制度としては、原子力損害賠償制度がある。本稿では、原子力損害賠償制度を中心に、原子力災害を防ぐ事前の制度がどのような問題を持っていたか、経済学的視点からの検討を試みる。事故は進行中であるが、事故を招いた政策と制度の問題点を明らかにし、他国と将来世代に伝えるための分析を進める必要がある。原子力開発をこれから進めようとしている多くの発展途上国や、台湾、韓国、中国などのようにすでに多くの原子力発電所を建設し、現在も稼働させている国々にとっても、この事故の分析は重要な参考となるであろう。

第6章
「開発と環境」とは、経済開発の過程における環境問題の発生、環境政策の形成、それらの展開を、社会科学的に意味のある枠組みを用いて分析し、問題点を具体的に明らかにしつつ、社会変動と政策対応の方向性を示すための研究分野である。本稿では、「開発と環境」に関わるいくつかのトピックを取り上げ、若干の考察を試みる。第1節では発展途上国の環境政策が直面する「二重の後発性」、第2節では環境政策の国際的な伝搬と相互作用、第3節では時間軸の重要性、第4節では総合調整の問題、第5節では突発的な外生的ショックの影響と問題を、それぞれ取り上げる。それぞれのトピックは、必ずしも恣意的に選ばれたものではなく、相互に関連づけることによって「開発と環境」という分野を特徴づけるための材料となりうるものである。本稿ではおこなうことができなかった、そのような相互の関連づけは、今後の課題としたい。

第7章
タイでは2011年に1942年以来の規模と言われる大洪水を経験し、大洪水の最中は、政治体制が変容するなかでの新たな意思決定方法の不在から、危機的な社会の混乱が生じた。本章においては、大洪水までのタイの水資源管理の制度について概観し、政治体制の変容するさなかに生じた2011年大洪水において、タイの水資源管理の意思決定過程をいかに変えていく試行錯誤がなされたか、その経緯を追い、残された問題点はなにかを考察する。本稿では、2001年から2012年に至る政治的変化を前提にした資源環境政策の過程をみることにより、官僚—政治家—社会集団間の新たな調整過程の形成を要する局面に入ったことを明らかにしたい。