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長期化する生態危機への社会対応とガバナンス

調査研究報告書

2013年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
大塚 健司 編『アジアの生態危機と持続可能性 ——フィールドからのサステイナビリティ論——』研究双書No.616、2015年3月発行
です。
まえがき pdf (238KB)
第1章
はじめに
第1節生態危機とサステイナビリティ
第2節生態危機の諸相—1970年代以降の中国の経験
第3節長期化する生態危機への視座
おわりに

近年、東アジアでは、経済開発の進行、人口・地域構造の変容、気候変動による自然災害の頻発等によって環境・経済・社会のサステイナビリティ(維持・持続可能性)が脅かされている。また中国からアジア・ユーラシア大陸の内陸へと目を移していくと、歴史的、文化的な要素も複雑に絡み合いながら、厳しい自然環境条件の中で生存を余儀なくされている地域社会・集団の存在が視野に入る。他方で日本においても、2011年の大震災及び深刻な原発事故の経験を経て、環境と地域のサステイナビリティ(維持可能性、持続可能性)のあり方が改めて問われている。本論では「生態危機」を、ローカルからグローバルなレベルに至る経済的かつ生態学的相互依存関係のなかで、世代内および世代間におけるサステイナビリティが脅かされた状況ととらえ、「サステイナビリティ論」を「現実の生態危機への対応に関する経験知の総合の試み」と定義した。そしてサステイナビリティ論を展開するための準備作業として、1970年代以降の中国における環境問題の経験と課題を手がかりにして、長期化する生態危機への視座を得るための論点を検討した。長期化する生態危機をふまえたサステイナビリティ論の展開にあたっては、繰り返される環境災害、環境と社会の変化に対する複眼的な時間軸、社会経済条件の格差を生み出す政治・経済・社会的力学構造とそれを踏まえた各地域の多様で複雑な自然・社会生態システムへのアプローチが必要であることを指摘した。

第2章
はじめに
第1節アラル海流域で何が起こったのか?
第2節アラル海救済策の歴史
第3節「災害」としてのアラル海危機の特徴
おわりに

アラル海危機は「20世紀最大の環境破壊」とも称される。ソ連時代、特に、戦後期の水利開発を主要因として、1960年から始めは少しずつ、1970年代末からは急速に、陸封湖たるアラル海の水位は低下していった。同時に、湖水の塩分濃度の上昇によりアラル海の魚類はほぼ死滅し、過去には豊かな植生を誇ったアムダリヤ、シルダリヤ両河川のデルタも壊滅、露出した旧湖底には塩分が噴出し砂塵嵐と共に吹き飛んでアラル海周辺住民の健康を蝕んだ。アラル海を「護る」、あるいは、「救う」という議論は1970年代初頭より声高に叫ばれるようになるが、そのほとんどは空理空文で終わってしまった。今日、カザフスタン領の北部小アラル海のみが復活したが、そこまでには恐ろしく長い時間を要した。その大きな理由が、ソ連時代の再帰的近代化の限界であり、アラル海危機の時間的な漸進性・潜行性、空間的な多様性・重層性という性質であり、また、ソ連崩壊に伴う社会・政治・経済混乱だったと考えられる。本論では、1970年代から今日に至るまでのアラル海救済策の内容を検討し、どこが主体となり誰のためにアラル海の何を救おうとしてきたのかを検討し、その対策の遅れの原因を考えることで、重層的・長期的・漸進的な生態危機・環境問題の解決の難しさについて改めて光を当ててみたい。

第3章
はじめに
第1節日本における過疎対策
第2節限界集落問題とその背景
第3節高知県における過疎化の動態と集落対策
第4節高知県大豊町・仁淀川町の現状と課題-コミュニティからの実践
おわりに

資本主義の展開は社会にどのような変化をもたらすか?市場主義国家は量的拡大による開発を続け、消費拡大と経済成長を前提として発展している。世界人口が70億人に拡大するなか、日本は人口減少社会を迎えている。人口減少、高齢化、少子化による地域の疲弊は、過疎問題や限界集落問題に象徴的である。本論では第1節で日本の過疎対策を取り上げ、第2節で「限界集落」論を整理する。第3節では高知県の過疎化とその対策を取り上げ、第4節では大豊町、仁淀川町について、集落活動センターの取り組みを中心に検討する。結論として、過疎地域の課題の一つは、過疎地域の実態的変容の速度にあること、地域の維持可能性を考える場合には過疎地域問題の共通性と独自性を見極め、オン・デマンド型の制度設計が必要であること、集落での社会的共通資本維持、自然との関わりとその脆弱性、ガバナンスのあり方などの課題を示した。今後、限界集落問題は、経済的発展をとげ、都市化が進んでいる地域でも起こりうる。本論は、世界の先進国、新興国の未来を暗示しており、同地域の課題を克服することは、先進国共通の課題である。

第4章
はじめに
第1節中国農村における水資源問題
第2節水資源管理に関する政策の変遷
第3節水資源管理体制のあり方に関する議論
おわりに

本稿は、慢性的な水資源不足と頻発する自然災害という環境リスクを抱える中国において巨大な人口を養ってきた農業水利を取り上げる。新中国成立以来の水利政策の変遷を振り返ったうえで、水管理体制の分権化後、政府、農村基層自治組織などの主体が水資源開発、管理の問題にどのように関わり、どのような課題に直面しているかを整理する。まず、中国における水利用の特徴と自然災害による農業被害の発生状況を示す。次に、従来中国の水利開発は政府主導で行われてきたことから、農村における水資源管理に関する政策や関連制度の変遷、政府投資の推移を概観する。第三に近年末端水管理体制の改革に伴って導入された参加型灌漑管理(Participatory Irrigation Management: PIM)モデルと農民用水者協会(Water User's Association: WUA)を取り上げ、水資源管理における国家・基層関係の変化、PIMモデル停滞の原因を地域社会との関係から考察する。

第5章
はじめに
第1節社会主義時代以前のモンゴルの牧畜と自然対応
第2節牧畜の集団化とソ連式自然対応の導入
第3節社会主義時代における人々の実践実態
おわりに

モンゴルの牧畜民は、旧来より脆弱な自然環境の中で生きる術として“移動”を多用し牧畜を維持し続けてきた。移動場所や時期の決定は、社会主義以前には移動集団が決定しており、気候変化の際の対応のひとつとして重視されていた。一方でモンゴル人民共和国設立以降、モンゴルではソ連型の社会主義的近代化がすすめられた。モンゴルの代表的な生業形態である移動式牧畜にも近代化は波及し、移動式牧畜を維持しつつ近代化を行うという他に類をみない新しい牧畜システムが構築されたのである。社会主義的近代化は牧畜に大きな変化をもたらしたが、特にそれまで牧民個人の采配で行われていた牧畜が行政主導へと移行し、行政の牧畜経営への関与が増大した点は、牧畜システムの大改造といえる。この改造に伴い、自然現象への対応も国家的対応へと変化した。本稿はこれらの点に注目し、社会主義的移動式牧畜の実態を、新しい国家主導の乾草利用及び飼料用国営農場運営に焦点を当てて明らかにする。

第6章
はじめに
第1節移住・定住政策とエヴェンキ族の生活変容
第2節トナカイ飼養の技法
第3節トナカイ飼養の背景
おわりに

中国東北部・大興安嶺森林地帯にはトナカイ飼養に従事するエヴェンキ族らがいる。かつて、エヴェンキ族らは大興安嶺において狩猟と漁撈、トナカイ飼養といういわゆる“北方の三位一体”の生業様式を続けていた。しかし、現在、彼らは移住・定住政策や大興安嶺天然林保護政策などの影響で狩猟および漁撈を一切おこなっていない。こうしたなか、狩猟時の駄獣や乗用獣として利用されてきたトナカイはその役割を終えたかにみえた。しかし、エヴェンキ族らは狩猟と漁撈という“三位一体”のなかの“二位”がなくなった現在でもトナカイの飼養を続けている。それは、トナカイの角を毎年採取し、漢族や観光客に販売するためである。トナカイの角は中国においてさまざまな薬効があるとされ、高い商品価値をもつ。エヴェンキ族らはその角を販売することで生計を維持しているのである。角の採取と販売のためにトナカイを飼養することは、肉生産を主目的とするツンドラのトナカイ牧畜と大きく異なる。本章では、こうした特徴をもつ中国・大興安嶺のトナカイ飼養の技法を概観する。