skip to contents.

紛争と和解 —アフリカ・中東の事例から—

調査研究報告書

佐藤 章 編
2012年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
佐藤 章 編『和解過程下の国家と政治 アフリカ・中東の事例から』研究双書No.608、2013年12月発行
です。
序章
はじめに
第1節 国家形成という着眼点
第2節 国家形成のプロセスとして和解をみる
第3節 和解 —政治の強い影響下にある未完のプロジェクト—
第4節 和解が要請される社会的背景 —正義との関係をめぐって—
おわりに

本研究会は、近年の紛争事例のなかからアフリカと中東における紛争経験国を事例国として取り上げ、最新動向の具体的な検討を通して、両地域を対象とする地域研究への貢献を目指すと同時に、相互比較を土台にした理論的知見を導出することを目的としている。本章は、本研究会の中間報告の序章として、研究会の構想について詳しく述べるものである。ここではとくに、紛争勃発後の時代を問う新しい着眼点である国家形成の考え方、国家形成という着眼点における和解の位置づけ、本研究における和解の基本的イメージ、従来の研究でとりわけ重視されてきた正義(司法的裁きの追求)と和解の関係について考察を行う。これにより、現時点までで考えうる事例分析のための問題意識と今後の課題を示す。

第1章
はじめに
第1節 和解の連続モデルと結合モデル
第2節 和解概念に対する触媒アプローチ
おわりに

南アフリカの真実和解委員会(TRC)は移行期正義に関する様々な論点を提起したが、なかでも、和解の理念をどのように理解することができるのか、という問いは依然として残されたままである。本論では、まずこれまでに提起されてきた理論的な考察を批判的に検討する。特に注目するのが、熟議民主主義や闘技民主主義からのアプローチである。本論は、ポストTRCの論争的な状況を理解しようと試みる点で上記のアプローチと出発点を共有しつつ、ルネ・ジラールの欲望概念を参照することで、当該社会の人々が直面するディレンマを把握しようとする。和解プロジェクトに独特な効果は、元敵対者間の集合的な関係に影響を及ぼす機能として推論されるのである。

第2章
はじめに
第1節 脱バアス党政策に基づく戦後国家の再建
第2節 脱宗派対立に基づく国民和解
第3節 和解のポリティクス
結論

本章では、2003年のイラク戦争によって体制転換を経験したイラクにおける和解を取り上げ、「和解のポリティクス」という視点に着目することで、和解を進めるはずの政策が、逆説的に紛争を促進していったのはなぜか、という問題を明らかにする。戦後イラクでは、旧体制の政治エリートを排除する脱バアス党政策と、旧体制の政治エリートを取り込んで和解を進める国民和解政策が並行して実施された。各政治勢力が、この2つの政策を自派の利益にしたがって恣意的に取捨選択していったことで、和解政策が政治化し、和解政策を進めれば進めるほど、新たな紛争の要因が生み出されていった。それに加えて、和解政策それ自体が、政治闘争の道具になっていったことを明らかにする。

第3章
はじめに
第1節 アラブ・イスラエル紛争におけるシリア
第2節 政治主体間の対立
第3節 「シリア・アラブの春」
おわりにかえて

本稿は「アラブの春」に伴う紛争がもっとも長期化しているシリアに焦点を当て、2011年3月に始まった「シリア・アラブの春」における和解がはらむ問題を、同国をめぐるさまざまな紛争との関係のなかで明らかにすることを目的としている。具体的には第1節でアラブ・イスラエル紛争に着目し、シリアが東アラブ地域においていかなる地政学的役割を果たしてきたかを明らかにする。第2節では、内政に着目し、バッシャール・アル=アサド政権のもとでの政治主体間の対立関係を整理する。第3節では、「シリア・アラブの春」の経緯を概観し、その発生要因と質的変容を明らかにする。そして最後に「おわりにかえて」では、暫定的結論として「シリア・アラブの春」における和解を展望する。

第4章
はじめに
第1節 ソマリ社会における「和解」とその実践
第2節 ソマリランドにおける紛争と「和解」過程
第3節 プントランドにおける紛争と「和解」過程
おわり—次年度に向けた研究課題—

本中間報告では、ソマリアにおける「和解」過程を「重層的」、あるいは「並行的」過程ととらえ、その経緯と課題を明らかにしながら、近年顕在化してきたソマリランドとプントランドの「境界」問題,あるいは領土問題(おもにソール、サナーグ)に連なる緊張関係を考察する予備作業として、それぞれの地域の「和解」過程を、その関係性に注目して検討する。その中では、プントランド「政府」樹立過程におけるソマリランドの「模倣」や、「境界」地域のハーティ(特にドゥルバハンテ、ワーセンゲリ)がそれぞれの地域で周辺に位置しつつ、それぞれの行政に関わるという「重複帰属」状況が生じ、「境界」地域の帰属が曖昧な状況が生じてきたことに言及する。

第5章
はじめに
第1節 2007/8年紛争と「人道に対する犯罪」
第2節 紛争調査委員会の発足と特別法廷方式の提案
第3節 提案承認の難航
第4節 憲法改正案の否決
第5節 ICCによる裁きの開始
おわりに
図表

本稿は、2007/8年紛争勃発後のケニアにおける国民和解と政治変容の関わりを考察するための準備作業として、この紛争における「人道に対する犯罪」責任者への(不)処罰問題をめぐるこれまでの推移を詳細に跡づけることを課題とする。まず、2007/8年紛争の様態を整理しつつ、「人道に対する犯罪」とされる点を確認する。次に、紛争調査委員会の設置に至る経過および同委員会が行った提案の内容を整理する。続いて、同委員会が提案した国内の特別法廷設置について、国会議員レベルで発生した意見対立を振り返り、主要政党間の合意文書への署名までの流れを追う。また、こうした意見対立の結果、最終的には国内の特別法廷の設置が頓挫するに至った経緯を跡づける。この「頓挫」により、事態はICCの管轄権に入ることになった。最後に2010年から本稿を執筆している2012年3月時点までのICCによる審理の進行を整理する。

第6章
第1節 南アフリカ政府が採用した和解政策
第2節 ポスト・アパルトヘイト、ポストTRCの社会背景
第3節 「他者」の前景化1—移民問題(南アフリカ外部のアフリカ人)—
第4節 「他者」の前景化2—カラード・アイデンティティ(南アフリカ内部の非アフリカ人)—
第5節 「国民形成の反動としてのゼノフォビア」理解
第6節 有資格者・適格者という考え方 —南アフリカ黒人に共有される「属性」思考—
資料

和解を掲げた政策が実施された後、南アフリカの社会統合はどのような状態にあるのか。この問いを検討するにあたって本論が取り上げる具体的な参照対象は、2008年の外国人排斥暴動と、カラードによるアイデンティティおよび権利主張の運動である。また、和解政策は社会経済的資源の再配分を伴わない点から批判されたが、その代わりにどのような政策がその役割を担っていたのか、そこにどのような特徴が見いだされるのか、注目する。この過程を通じて、「和解政策とは別に行われた資源再配分政策が、和解政策に示される社会統合の理念を希薄化する形で、再配分の適格者とそれ以外という思考を強化した結果、他者とみなされる社会集団を排斥する動きが強まった」とする推論を行った。