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アジアの司法化と裁判官の役割

調査研究報告書

2012年3月発行
序論
序論 pdf (200KB) / 今泉慎也
第1章
第六共和国憲法により設置された憲法裁判所は、ドイツ的なモデルを採りつつも、抽象的規範統制を行わない、命令・規則・処分についての憲法判断を法院に委ねる等、アメリカ的な要素を加味した独自のシステムを有している。本稿では、憲法裁判所の組織機構の概略と裁判官の任命方法を紹介する。
9名の裁判官は法曹資格を有する者でなければならないとされているが、憲法研究官、憲法研究委員、憲法研究員といった制度により、憲法の専門的視点の補強が図られている。また近年では憲法裁判研究院が設けられ、より広範な視点での憲法研究・教育の充実も目指されることとなった。
一方、裁判官の指名・任命にあたっては民主的正当性の確保が図られる反面、それが与野党の政争の様相を呈するという問題も起こっており、裁判官の構成に政治的バランスをどう反映させるか、民主的正当性の確保をどのように考えてゆくべきかが課題となっている。

第2章
台湾の大法官は相当に政治的な色彩をもつ論点についても果敢に憲法解釈権を行使し、積極的に違憲判断を行ってきた。このことは戦後台湾の政治の民主化や法治主義、人権保障の深化・発展にとって多大な貢献をした。とくに近時の違憲解釈の割合の高まりは特筆に値する。このように大法官が積極的な役割を発揮できた背景には、大法官にドイツをはじめとする外国で学位を得た法学者が多く登用され、学理的な議論が支配的になることが可能であったこと、さらに大法官が憲法解釈と法適用の統一だけに専念できる制度となっているためである。大法官は存分に憲法問題についての研究と思索を重ねることができたと考えられる。さらに、戦後の台湾は中国国民党一党支配体制のもとで権威主義的政治レジームが続いたが、1947年に中国で制定され台湾に持ち込まれた中華民国憲法というテキストは、実はきわめて近代的、先進的思想・理念を備えたものであった。大法官たちは憲法に盛られた理念に立ち返ることで、反憲法的な現実の方を批判し、変革することが可能であった。

第3章
「政治の司法化」とは、中立公平な法の適用を行うべきとされる司法権が政治的役割を担ってしまっているのを問題としてとらえることを前提としている。その問題意識には、1.司法による政治的決断、2.政治的機関による司法機能の実行、3.行政権その他の政治権力から司法の独立が不十分である、と言った場合が含まれる。権威主義体制を経験したアジア諸国における「政治の司法化」は、おおむね3.から1.または2.への移行と理解しうる。このことは、憲法裁判所の設置と広範な権限の付与に顕れる。そこで本稿は、(1)植民地期から1945年の独立直後、1950年代から1960年代半ばまでのスカルノ権威主義体制、その後1998年までのスハルト権威主義体制における行政権と司法権との関係についての概観、(2)1998年の民主化を契機とする憲法改正前後での司法権の制度的変化、(3)憲法裁判所および違憲立法審査権についての概観(憲法改正以前の学説および判例を含む)、の3点について予備的なノートをまとめた。

第4章
1990年代の民主化・政治改革論議が結実した1997年憲法は司法改革の一つとして常任の裁判官から構成される憲法裁判所を設置した。従来の憲法においても憲法解釈を行う機関として憲法裁判委員会がおかれていたが、あまり活用されてこなかった。憲法裁判所の設置に伴い憲法裁判所に付託された事件数の増加が顕著である。2006年クーデタ以降、追放されたタックシン元首相を支持する勢力とそれに反対する勢力の政治対立が強まったが、憲法裁判所は一連の判決はタックシン派の政権に厳しいものとなった。1997年憲法期においては憲法裁判所裁判官に官庁出身者が増加したが、2007年憲法制定後に任命された現在の裁判官は、司法裁判所裁判官出身者の比率が増え、官庁出身者は元外交官だけになっている。司法府の代表は独立機関の選任にも大きな影響力を持っている。

第5章
現在のフィリピン社会の枠組みを規定する1987年憲法は、マルコス権威主義体制の経験を踏まえて再民主化を目指して制定されたもので、同憲法下では最高裁小法廷数の増加、司法府への財政自治権の付与、判事の任命方法の変更、違憲立法審査権の対象範囲の拡大など司法の独立性を制度的に補完する改正が施された。本稿では、まずマロロス憲法をはじめとするこれまでのフィリピン憲法史を概観し、現行制度の枠組みにおける司法府の規定を最高裁判所、下級裁判所などの機能および役割に着目しながら説明し、次に、憲法上、司法府に付与された権限を1935年憲法と1973年憲法との比較において確認し、最後に最高裁判事の人事の変遷について触れる。なお、本稿は、「アジアの司法化と裁判官の役割」研究会の中間報告書の一部として関連基礎資料をまとめたものである。

第6章
インドの司法府は、政治的問題であっても積極的に取り上げ、統治機構の中で憲法価値の実現に重要な役割を果たしているといわれる。その背景の一つとして、制度的な司法の独立が確保されていることが挙げられる。本稿では、司法の独立を担保するシステムとしての最高裁判所裁判官の任命及び現状について概観した。長官の任命については先任の原則が守られているのに対し、判事の任命についてはCollegiumシステムと呼ばれる、長官及び最先任の4名の判事との協議により、候補者の推薦がなされることが特徴として挙げられる。しかし、このシステムについては近年批判も見られる。裁判官のあり方については、過去の調査と最高裁ウェブサイトの情報を元に、その変化を検討した。とくに注目されるのが、最近20年ではほとんどの裁判官が高等裁判所長官を歴任した後に就任している点で、1980年代までとの大きな違いとなっていた。この点も含め、高裁の状況も視野に入れながら、インド司法の現状を検討する必要が示された。