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開発途上国における少子高齢化社会との共存

調査研究報告書

大泉啓一郎、小山田和彦 編
2012年3月発行
序章
本研究の目的 pdf (250KB) / 大泉啓一郎
近年、開発途上国における少子高齢化への関心が高まってきており、開発途上諸国における将来の人口予測に加え、開発途上国特有の問題やそこに住む高齢者の特徴・傾向などに関する分析や、それらをもとにした政策提言などが行われている。その一方で、マクロの視点から世界経済のなかで各国・地域における少子高齢化問題を位置付け、当該国政府による政策だけでなく、貿易・投資・援助政策などを通して各国が互いに協力するような枠組みについて考察したものは、あまり多く見られない。本研究プロジェクトの目的は、(1)世界レベルでの人口構成変化のトレンドの把握、(2)人口構成の変化が経済成長に及ぼす影響の考察、(3)各国・地域における人口構成の経時的変化を明示的に取り込んだ数値計算モデルの開発、(4)上記モデルを利用したシミュレーション分析の実施、そして(5)人口構成変化の局面が異なる国々が国際貿易・資本移動を通じて持続的成長を共に維持するための政策提言を行うことである。研究プロジェクト初年度にあたる2011年度は、開発途上国を含めた世界の人口構成の方向性を把握すること、および各国・地域における人口構成の経時的変化を明示的に取り込んだ数値シミュレーション・モデルの基礎となるプロトタイプを作成することの2点を重視して作業を行ってきた。また、モデル開発の過程でデータやモデルに組み込む要素などに関する選択を行う際の参考とするため、他機関などで開発・運用されているモデルのうちのいくつかに関する詳細な調査を行い、どのようなデータをもとにどのような仕組みや経済変数を重要視したモデル作りがされているのか確認する作業にも時間を割いてきた。その結果を取りまとめたものが本報告書である。

第1章
本章の目的は、人口動態と経済成長の関係について、本研究プロジェクトにおける基本的な分析の枠組みである人口ボーナス論について解説し、開発途上国の持続的成長に資する視点を提示することである。
人口動態が経済活動に及ぼす影響の分析・研究においては、これまで人口規模や人口増加率を説明変数とすることが多かったが、近年では高齢人口や生産年齢人口などの年齢別人口構成比率を説明変数とする傾向が強まっている。人口ボーナスはそのひとつである。ただし、人口構成の変化がマクロ経済に及ぼす影響に着目した研究の歴史は新しく、人口ボーナスに関わる研究(人口ボーナス論)も1990年代後半以降になってようやく活発化してきたのが現状である。
人口ボーナスの効果が現れるプロセスについて、成長会計を利用して労働投入量・資本ストック・全要素生産性に分けて考察すると、それぞれの効果が現れる時期が異なることがわかる。労働投入量が増加する「第1の人口ボーナス」と国内貯蓄率が上昇する「第2の人口ボーナス」に区分することができ、「第1の人口ボーナス」の効果を享受するためには急増する若年人口を吸収する労働集約的産業の育成、「第2の人口ボーナス」の効果を享受するためには国内貯蓄を活用するための資本集約的産業の育成(重工業化)などが有効となる。また、人口ボーナスの効果が現れる時期が異なる地域間において、その差異を利用することによって開発途上国全体の持続的な成長を促進できる可能性がある。

第2章
今日、人口の高齢化に起因する諸問題は先進国で共通の政治課題となっている。一方、開発途上国においても高齢化は着実に先進国を上回るスピードで進みつつある。先進国では高齢化の進行とともに所得水準が向上し、年金を含む高齢期の所得補償制度が整備されてきた。しかしながら、現在の開発途上国では、急速に進む高齢化に比べて所得水準の向上や年金など制度面での準備が遅れている。本章では、開発途上国における年金制度の整備・改革に関して理解を深めることを目的として、まず、開発途上国における高齢化の進行状況を把握したうえで、年金制度の目的や政府の関与状況などについて概観する。次に、金融制度との関係、および世界銀行が提案する社会的セーフティ・ネットとしての役割の両面から年金制度を類型化し、目的や初期条件の違いによって年金制度を整理するとともにそれぞれの長所と短所について解説する。最後に、年金改革を巡る議論や問題点について整理する。

第3章
本章では、世代重複型動学的一般均衡モデルを利用して行われてきた年金改革関連の研究について概観する。ライフサイクル仮説によると、高齢化は貯蓄率を引下げて経済成長を減速させると考えられているが、本当に高齢化は貯蓄率を引下げるのだろうか。貯蓄率と経済成長の間に正の因果関係が認められるのかどうかという点を中心に文献調査を行った。高齢化と貯蓄率の関係や、貯蓄率と経済成長の関係については広く議論の対象とされているものの、国際収支における資本勘定取引の自由化が進んだ1990年代以降の開発途上国を含むデータを使った分析では、高齢化と貯蓄率、および貯蓄率と経済成長の因果関係については統計的に有意な結果が得られていない。次に、一般均衡モデルを利用した年金改革関連の分析について紹介する。年金納付水準の引上げは貯蓄率の低下を招いて経済のパフォーマンスを落とす一方で、年金給付水準の引下げと年金給付開始年齢の引上げが経済に与える影響は概ね良好であり、年金給付開始年齢の引上げが最も良い結果を残すことが明らかになった。閉鎖経済を仮定した場合と開放経済を仮定した場合の違いについては、開放経済では年金改革が持つ負のインパクトが緩和されることが明らかにされている。また、労働節約型技術を導入して生産性を内生化した場合には、年金給付水準を引下げるケースが3種類の年金改革のなかで最も良いパフォーマンスを示すという結果が得られており、労働節約型技術を外生的に導入した場合であっても同様の結果が得られている。これらの文献調査より、技術進歩の定式化が重要であると考えられる。

第4章
本章では、人口構成変化の経済分析に向けた数値計算モデルの開発を念頭に置き、聞き取り調査を行った3ヶ国の研究機関で開発されているモデルについて、その特徴を整理する。このモデル開発プロジェクトにおける目標の一つは、人口構成変化が経済に及ぼす影響を数値シミュレーションで明らかにすることであり、その目的に適う数値計算モデルを開発することにある。また、人口構成の高齢化への対応が遅れていると考えられる開発途上諸国に対して、国際貿易や投資を通じた先進諸国との経済関係に着目することで、政策的な協力や協調の可能性を検討することが意図されている。この調査ノートでは、オランダ経済企画庁(Netherlands Bureau for Economic Policy Analysis: CPB)で開発されているGAMMA モデルを紹介し、次に、フランス国際経済予測研究センター(Centre d’Etudes Prospectives et d’Informations Internationales: CEPII)で開発されているOLGAMAP モデルと
INGENUE モデルについて紹介する。そして、米国の国際食料政策研究所(International FoodPolicy Research Institute: IFPRI)で取り組まれているMIRAGE モデル開発では、「モジュール」の導入による拡張的なモデル開発方法が採用されていることを紹介する。

第5章
本章では、応用経済モデルによる政策効果の数量分析において用いられる、シミュレーションの設定方法について紹介する。応用経済モデルによるシミュレーションの例として、Dynamic GTAPモデルを取り上げる。政策効果を把握しようとする場合には、その政策が実施される経済を想定したシミュレーション計算を行い、政策が実施されていない経済を想定した場合に得られる計算結果と比較することによって、数量的な評価が行われる。分析対象の政策や経済環境の変化をシミュレートする場合を「政策シナリオ」と呼び、分析対象以外の全ての変化を含むシミュレーションを「ベースライン・シナリオ」と呼ぶこととする。「シナリオ」という言葉が含意するように、シミュレーションで想定する変化は、その組み合わせや期間によって実に様々な状態を記述することとなる。「ベースライン」とは、分析対象とそれ以外を峻別することによって、比較のための基準を設定するという意味を持つ。そのため、ベースライン・シナリオと政策シナリオとの違いこそが重要であり、何をシミュレーションで明らかにするかという目的の核となる。具体的には、Dynamic GTAPモデルを利用したシミュレーションの設定方法について、ベースライン・シナリオに含まれる予測値や推計値について紹介した。政策シナリオの例としては、貿易自由化の実施期間が異なる3つのシナリオを使用した。政策シナリオによるシミュレーション結果が、どれほどベースライン・シナリオから乖離するかを計算することによって、その政策効果を数量的に評価する例を示した。

第6章
本章では、多地域多部門世代重複型シミュレーション・モデル開発の一環として、静学的な応用一般均衡モデルを完全予見型動学モデルとして拡張する際にコアとなる部分について、モデルの設定方法やパラメータ値の導出方法などの解説を行う。まず、マクロ経済学のテキストに見られるもっとも基礎的な無限期連続型のRamseyモデルについて紹介し、モデルを数値プログラム化する際に利用するTime Elimination法や分析対象となる経済の挙動を特徴づけるパラメータ値を実際のデータから導出する際に利用するカリブレーション法について概要を示す。そして、分析の最初のステップとして定常状態における経済の性質を確認することが必要であるために、モデルの複雑化や政策シナリオの表現などの面で課題を抱えていることに触れる。次に、無限期連続型Ramseyモデルが抱える欠点を克服するための方法として有限期離散型モデルへの転換を提案し、その方法と注意点について整理する。そして、無限期モデルにおける終端期条件が有限期モデルにおける最終期を無限期先に設定したものにすぎないことを指摘するとともに、最終期の設定によって無限期モデルへの近似誤差をコントロールすることが可能であることを示す。また、基準年において経済が定常状態にないことを仮定してパラメータ値の導出を行う方法と、定常状態にあることを仮定した場合の方法の両方について解説し、定常状態にあることを仮定して得たパラメータ値を利用することで、プログラムのデバッギング作業時にかかる負担を軽減することが可能であることを述べる。

第7章
本章は、多地域多部門世代重複型シミュレーション・モデル開発の一環として、世代重複モデルのコアとなる部分および他のいくつかの重要な部分について、モデルの設定方法やパラメータ値の導出方法などに関するアイディアをまとめたものである。まず、有限期離散型Ramseyモデルの家計部門に複数世代を導入するとともに、注意点について解説する。特に、分析期間内に寿命を全うする個人の人生の最終期Sおよび分析期間の最終期Tという二種類の最終期を明確に区別して取り扱い、適切に処理をする方法を提案している。また、世代重複モデルでは人口構造の変化など非常に長い分析期間を必要とする問題を取り扱うことが多いことを考慮し、複数年をまとめて1期として取り扱う方法について紹介する。次に、少子高齢化が進展するにしたがって深刻化する可能性の高い問題として社会保障制度に関する問題が考慮される必要があるため、年金部門をモデル内で明確に取り扱う方法についてのアイディアをまとめた。「賦課方式」および「積立て方式」の特徴を簡単に整理したうえでモデル化を行う。さらに、モデルの動学システムに大きな影響を与えると考えられる政府部門による公共投資、および開発途上国における政府部門の財源として重要な役割を果たすODAのモデル化に関するアイディアを提供する。公共投資を経済インフラ整備目的の投資と社会インフラ整備目的の投資に分け、モデル内でのそれぞれの取り扱いと機能について解説した。ODAに関しても、資金の移転先および贈与と借款を明確に区別したうえで、モデル化する方法を提示している。