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東アジア統合とその理論的背景

調査研究報告書

2012年3月発行
第1章
東アジアにおいては、政府レベルで法制度を変更して行う「制度的経済統合」(de jure economic integration)に先駆けて「事実上の経済統合」(de facto economic integration)が顕著である。本稿ではまず東アジアにおけるその顕著な例として「産業内貿易」の拡大をめぐる実証分析を紹介している。続いて公式の経済統合に関連する理論的な基礎事項を概説し、また貿易政策の重要なツールとして、関税、アンチ・ダンピング、セーフガードなどの数量規制的な措置、産品の国籍を決定する原産地規則について考察している。また主要な貿易政策ツールである関税の撤廃に関わる経済効果に関する理論および主要な概念の考察を行い、最後に東アジアを中心とした財貿易と経済統合の現状に関するまとめを行い、今後の東アジアにおける制度的経済統合の進捗が事実上の経済統合との相互連関で双方ともに深化する可能性を展望している。

第2章
本稿では、まず近年の世界におけるサービス貿易の拡大について概観するとともに、サービス貿易とは具体的に何を指すのか、その定義を整理する。そして、サービス貿易の決定要因や経済厚生などに関する理論的な考え方を整理し、特に経済統合によるサービス貿易の自由化がどのような経済的成果をもたらすのかを考察する。また、WTOのサービス貿易に関する一般協定(GATSガッツ)において各国が約束しているサービス自由化の進展状況を解説し、サービス自由化におけるさまざまな課題を浮き彫りにする。サービス業種の多くは、財と比べて貿易可能性が低く、これまでは、国際競争に晒される度合いが低かった。しかし、技術進歩によってこれまで貿易できなかったサービスが貿易可能になり、また、世界各国がサービス取引の自由化を進める中で、消費者の便益は増える一方、マイナスの影響を受ける生産者や労働者が出てくる可能性がある。そのため、サービス自由化を進めていくには国内の利害調整にさまざまな困難が伴う。さらに本稿では、近年のサービス貿易に関する主要な研究動向について紹介し、サービス貿易の実態把握と様々な課題の整理を行う。

第3章
本章は、東アジア経済統合と海外直接投資の関係について議論する。始めに、東アジアにおける海外直接投資パターンを分析して、日系企業は東アジアの新興国で海外生産を急速に拡大している実態を明らかにする。直接投資の増加に合わせて東アジアでは二国間投資協定が増えており、また、自由貿易協定の投資章や多国間投資協定も大きな進展を見せている。そして、東アジア統合によって直接投資がなぜ増えるのか、水平型・垂直型の直接投資の経済理論を紹介した上で理論的な説明を行う。最後に、経済統合が直接投資に与えた影響を分析した実証研究を紹介する。

第4章
国際的な労働移動とアジア経済 pdf (746KB) / 佐藤仁志, 町北朋洋
グローバル化した経済では、財・サービス、資本、そして人が国境を越えて移動する。本章は、このうち人の移動の自由化に焦点を当て、労働サービスが国境を越えて直接提供されることがどのような経済的な影響をもたらすのかを中心に説明する。また、アジア地域における労働移動の現状と政策についても述べ、この地域における国際的な労働移動の自由化を展望している。まず、現在の国際的な労働移動を統計により俯瞰することで、経済的に貧しい地域から豊かな地域へ労働が移動していること、世界全体の水準から見るとこれまでの東アジア全体における人の移動はそれほど活発なものではないこと、労働移動は特定の国に集中する傾向あることなど国際労働移動の基本的な特徴を確認している。また、簡単な経済モデルで国際労働移動のメリットやどのようなタイプの労働がより移動しやすいのかを説明している。国際労働移動が受入国の経済に与える影響では、受入国の地場労働が代替されるか否か、非貿易財価格にはどのような影響があるのかについて最新の実証分析の成果も含めてまとめている。更に財の貿易がある状態での国際労働移動がもたらす影響についても整理している。重要性が高まる「知識の移動」についても議論し、移民政策の制度設計によっては、「留学から職場」への移行を通じ、将来の高度技能人材の層を厚くすることも十分に可能であるという議論を紹介している。最後に、東アジア各国を中心に国際労働移動に関する政策をレビューし、我が国をはじめアジア各国が地域協定の中で労働移動をどのように扱っているかについて述べている。

第5章
東アジア統合と金融・通貨統合 pdf (618KB) / 小川英治, 川崎健太郎
本章は東アジア経済統合の中の、金融および通貨統合について議論する。まず東アジアにおいて通貨および金融面における経済統合がクローズアップされてきた背景について説明する.次に、通貨統合を行う際にどのような条件が必要であるのか、また欧州で進められた通貨統合は東アジアにおいて想定される通貨統合にどのような教訓を与えるのか、また今後どのような施策が必要になるか、また日本経済にどのような影響を与えるのかについて考察する。

第6章
東アジア経済統合を実現するためには、農業分野で解決すべき課題は多い。特に、日本や韓国など経済発展の進んだ国で、関税をはじめとする農業保護の水準が高く、経済統合によって域内の貿易が完全自由化された場合、農業の構造も大きく変わることになる。本章では、現在の東アジア諸国の農業の実態と、域内農産物貿易の構造、これまでのFTAにおける農業の扱い等を分析し、東アジア経済統合に向けてどのような農業改革が必要とされるのかを検討する。

第7章
本章では経済統合の効果と類型を概観したのち、東アジアにおける地域統合の主たる構成要素である日本、中国、韓国、ASEAN諸国のFTA政策を検討し、さらに東アジア地域内のFTAとして「ASEANプラス3」および「ASEANプラス6」、「日中韓FTA」を展望する。加えて東アジアと米州との広域FTAとなるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が東アジアの地域統合にどのような意味を持ちうるのかを考察し、WTO体制の中で東アジアの統合がどのような歴史的意義を有するのか論じる。


第8章
本節は、経済統合による貿易コストの低減がもたらす経済学的な影響について論じる。貿易コストには様々な要素が含まれるが、近年、関税以外の貿易コストが注目されるようになっている。物理的インフラの開発や、通関円滑化措置、非関税障壁の撤廃などは、いずれも経済統合の利益を高めるために重要である。また、経済統合は国単位では利益をもたらす場合でも、国内の地域間格差を拡大する可能性があるため、様々な政策的な対応が必要である。

第9章
経済統合は、貿易・輸送費用への影響を通じて産業立地と密接に関係している。経済統合によって貿易・輸送費用は低下し、その結果、一部の産業では生産活動の集積が、他の産業では分散が発生する。本稿では経済統合の進展によって貿易・輸送費用がどのように変化し、それによって産業の「集積」、「分散」、「集積を伴う分散」のメカニズムがどのように起こるか説明する。さらに、経済統合による生産要素の移動の自由化が産業立地に及ぼす影響についても考察する。

第10章
経済統合と地域格差 pdf (308KB) / 黒岩郁雄
経済統合は財・サービスの貿易費用を低下させて国家間の産業立地に影響を与える。集積の経済が働く場合には、経済統合はストロー効果を通じて後発国の産業発展の機会を奪う恐れがあるため、後発国の産業政策について検討する必要があろう。一方で、経済統合は国内の産業立地に対しても影響を与える。経済統合によって貿易費用が低下して海外との取引が増加すれば、大都市に立地するメリットは低下する。同時に、外国市場へのアクセスが容易な地域の優位性は高まるかもしれない。

第11章
イノベーションが経済成長に対して重要な要素であるというのはソロー成長モデルが提案されて以降指摘され、その後内生的成長モデルの理論やそれに基づく実証研究によって、知識の蓄積の重要性に対する認識は増し(Lucas 1988;Romer 1989)、それに伴いイノベーション派生のメカニズムについての研究も盛んに行われるようになってきた。しかしながら、イノベーションは複合的な科学と技術を融合させないと成り立たなくなるなど、最近ではイノベーションそのものが難しくなってきている。このような状況において、外部とのリンケージの構築が企業・国のイノベーション能力の維持・向上に繋がると考えられている。当然のことながら、現在のグローバリゼーションを考えると、このようなリンケージ構築は国内のみならず、生産ネットワーク同様、海外とのリンケージ構築も考えられる。今後の経済成長にとって、イノベーションが重要な要素であることは確実であり、生産ネットワーク同様、アジアにおける「知のネットワーク」の形成が、アジア地域の技術開発能力の向上にとって重要であると思われる。本稿では、諸外国とのリンケージ構築による知の蓄積がどのような形で行われているかを検証し、東アジア統合がその知の蓄積、知のネットワーク形成にどのような影響を与えるか技術移転の観点から検討する。