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エジプトにおける社会契約の変容

調査研究報告書

伊能 武次 編
2011年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
伊能武次・土屋一樹 編『エジプト動乱——1.25革命の背景——』アジ研選書No.32、2012年12月25日発行発行
です。
第1章
はじめに
第1節 社会契約の形成:1960年代
第2節 社会契約の変容:1974~2004年
第3節 新しい社会契約の提案:2005年~
まとめ

エジプトでは、政府と国民の関係を「社会契約」として概念化する議論がある。ここで社会契約とは、政府と国民との間の経済的保証と政治的権利の取引と捉えられているが、同時に双方にとって政治・経済活動を行うにあたっての制約条件ともなった。本稿では、ナーセル政権以降の経済政策の変遷を検討することで、社会契約の経済的側面における実質的な変容を明らかにする。
1960年代初めまでに形成されたアラブ社会主義体制の下、政府は自ら生産主体となり、再分配政策の実施とともに、経済成長の担い手ともなった。それは社会契約の経済的側面における政府の役割である「国民に対して十分な財・サービスの供給」を行うためであった。しかしながら、1970年代以降、政府は国民に十分な経済的恩恵を提供できるだけの生産力を保持することができず、経済政策の変更が不可避となった。経済政策の変更とそれに伴う政府の役割変化は2000年代に至るまで続き、2000年代半ばには社会福祉分野において「新しい社会契約」という概念も提示された。社会契約の経済条項は、1970年代以降も明示的に見直されることはなかったものの、その実質的内容は経済政策の変更によって変容したのである。

第2章
はじめに
第1節 変化する国家と社会の関係:社会契約を支える条件の変化
第2節 社会的不満の蓄積:閉塞状況の拡大
第3節 閉塞感と2008年意識調査
むすび

1991年以降の経済改革の進展とともに、それまで存在してきた社会契約を支える条件が2つの面で変化してきた。それは、社会契約の当事者をめぐる条件の変化であり、また社会契約の内容をめぐる条件の変化である。
1960年代以降、社会契約の当事者(主体)とされてきた国家、組織労働者、農民(小農・小作)との関係が、1990年代以降本格的な経済改革が進展するにつれて、基本的に変化してきた。労働者や小農・小作の既得権益が縮小し、代わって実業家たちの政治的影響力が強まってきた。その結果、社会契約の当事者として、国家と組織労働者と農民とが連合を形成する時代ではなくなっていた。
一方、社会契約の内容をめぐって、市場経済に適合するインフラである法制度の整備を進める中で、新労働法の制定や地主・小作関係法の改正など労働者や農民に直接関わる法律の修正がなされて、既得権益を次第に失うにいたった。さらに中間層を中心に国民の多くの生活を支えてきた広範な補助金制度も徐々に縮小された。2007年には憲法の多数の条項の修正案が承認された。
従来の暗黙の前提であった社会契約を保障する条件が次第に失われるにつれて、国民の間には不満が蓄積されるようになった。イラク戦争後の2003年以降に出現した改革や抗議運動が拡大するにつれて、そのような不満も抗議行動の形をとって噴出しはじめた。そのような時期に実施した「2008年エジプト意識調査」の結果をもとにして、エジプト人の政治的・社会的意識の一端を紹介する。
2011年1月25日の大衆蜂起は、2003年以降、エジプト各地で多様な社会層の間で蓄積されてきた不満を背景にして、発生したのであり、国民の間から新しい社会契約を要求する運動だと見なすことができる。

第3章
はじめに
第1節 人口・教育
第2節 失業・雇用問題
第3節 所得格差と貧困
今後の研究に向けて

エジプトの「革命」における地方、農村の関与と反応について、今のところ詳細は明らかでない。しかし、中央と地方、地方のなかでも上エジプトでは中央のカイロと温度差があったように思われる。そして、もしそうだとすれば、それはエジプト社会における中央-地方関係のあり方を反映していると考えられる。
本章では、この中央-地方関係について考察を行うための基礎的な研究作業として、「革命」の社会経済的背景を統計資料に依拠して整理する。その際、地方の視点が重視される。社会経済的背景として取り上げる問題群は、失業と雇用、貧困と所得・消費格差である。

第4章
はじめに
第1節 労働争議の増加
第2節 労働争議増加の理由(1):経済的理由
第3節 労働争議増加の理由(2):労働環境の変化
第4節 国家・労働者関係の変化

本稿の目的は、2000年代後半から労働争議が増加した理由を、経済的要因と抗議運動を行う環境的要因から説明することである。労働者の経済的負担を増加させた要因には労働条件の悪化や、食糧価格の高騰があり、これらが労働者の国家・政府に対する不満を増幅させた。また本稿は、実際に労働者を抗議運動に参加させた要因として、労働者が主観的に認識する運動環境の変化に注目する。キファーヤ運動、マハッラ・アル・クブラーのストライキ、固定資産税局員によるストライキといういくつかの出来事が、抗議が国家の政策決定に影響を与え、要求を実現できる実例になったことで、労働争議件数、抗議に参加する労働者の種類が増加し、争点は全国レベルの要求に統一されていった。
こうした労働運動の量的・質的変化は抗議に参加する労働者間の協働を促進し、その結果、公式労組の枠外において労働者のゆるやかな組織化が進んだ。この組織化がさらに労働争議の拡大をもたらしたことで抗議コストもさらに低下し、労働運動は独立労組の結成を目指す運動へと発展した。ここに、運動環境の変化と抗議の増加における相互作用が確認される。
以上より、エジプトの国家・労働者関係は、国家・公式労組と一般労働者との関係の領域において変化しつつあると結論できる。

第5章
はじめに
第1節 選挙の実施方法における変更点
第2節 総合結果
第3節 2010年議会選挙結果の特徴
第4節 NDP対ムスリム同胞団
おわりに

2010年11月から12月にかけて実施されたエジプト人民議会選挙は、エジプト政変の引き金の一つともなった選挙である。2011年9月に実施される予定だった大統領選挙に向け、実質的な最大野党勢力であるムスリム同胞団の議席獲得を阻止するため、ムバーラク政権は大規模な弾圧と不正を行った。その結果、与党国民民主党が総議席508議席中、439議席を獲得し、議会の86.4%を占める結果となった。ムスリム同胞団は、第一回目の投票結果が発表された翌日、当局による不正を理由にボイコットを表明した。そのため、議席は、2005年議会選挙の88議席から1議席にまで減少することとなった。国民民主党は大勝したが、これは与党という権力に中小規模の事業経営者が富を求めて群がったことが原因であった。一方、国民民主党の公認候補への支持率の低下は一段と進み、2010年選挙では全国的に拡大していた。

第6章
はじめに
第1節 エジプトの社会経済問題
第2節 年金・社会保険制度改革
おわりに

エジプト革命直前までのムバーラク政権下での政府・与党の社会経済政策のパフォーマンスを分析した。これを踏まえながら、社会保障政策のひとつ、社会保険・年金政策において2010年に抜本的な改革(法律2010年第135号)が行われたことを重視しながら、社会保険・年金の現状と問題点を明らかにした。
そこでの改革は定年の延長に加え(60歳から65歳へ)、第一に基本的に貧困者向けの社会連帯のための基礎年金を確立させた(資金は基本的に財政から)。第二に、組織化された労働者に関しては、それまでの部分積立による確定給付から、賦課方式による概念上(notional)の確定給付と完全積立の確定給付(Defined Benefit)の組み合わせへと移行する(これに任意の年金が加わる)。
このような抜本的な改革は社会保険・年金制度の持続性を高めるとともに、国内の貯蓄率を高め、高成長をエジプトにもたらすと喧伝されてきた。
しかし、このような改革が実施される前に、民主化の遅れ、市民権の無視、基本的人権の侵害、長期政権内でのレントシーキング・腐敗などを主たる理由とする「エジプト革命」が2011年2月に生じた。今後の政権がこの社会保障政策をどう継続するのか、あるいは根本的に見直すのか、経済政策とりわけ財政の観点から注目される。