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タイの立法過程とその変容

調査研究報告書

2010年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
今泉 慎也 編『タイの立法過程 ——国民の政治参加への模索——』研究双書No.601、2012年3月発行
です。
はじめに pdf (192KB) / 今泉 慎也
第1章  
立法の制度と動態 pdf (355KB) / 今泉 慎也
本稿は、タイの議会内立法過程を概観し、タイ官報データベースを利用した立法数の推移を分析する。クーデタによる政権交代が多かったタイでは、憲法の廃止・制定が繰り返され、議会制度の変動が大きい。クーデタ後の暫定議会は選挙ではなく任命制であるため、官僚等が多く任命される。このことから、政治家による干渉を回避したい官僚等による駆け込み的な立法が行われると考えられる。立法数のデータは、1991年クーデタ後、2006年クーデタ後の暫定議会における立法数の増加が顕著であることを示している。

第2章  
近年、タイ政府に法・司法改革のための組織として、4つの委員会が相次いで設置された。これらの委員会を理解することは、タイの立法過程を考察する上で不可欠であると思われる。本稿では、これら4委員会の組織構成および任務について素描する。

第3章  
本稿では、2007年憲法による条約締結のための制度が成立した背景を概観する。そして、2007年憲法に基づく条約の国会承認過程が、どのような状況をもたらしているのかについて、基本的情報を整理する。2007年憲法は、「CEO首相」と称したタクシンのトップダウン型意思決定による対外政策を否定し、国民の代表である国会の審査を透徹させる事を目指していた。そのために国会承認条約の定義を拡大し、強い首相と弱い議会の力関係を司法が裁定者として調整する規定を設けた。しかしながら、2007年憲法による国会承認条約の定義は非常に広く、そのことが実務官僚の間に混乱をもたらしている。官僚らは憲法裁の違憲判決を恐れてほぼすべての条約案を議会に提出するようになり、膨大な条約案の審査とそのための準備は、官僚ばかりでなく議員にとっても大きな負担となっている。2009年には、議会で第190条の修正を含む憲法改正案が提出されたが、連立与党間の政治的駆け引きにより、反対多数で否決された。190条の定義をいかに具体化し、国際関係を運営する上で効率性と民主的統治のバランスをどうとっていくのか、今後の動向が注視される。

第4章  
「2008年消費者事件手続法」は、消費者の訴訟提起、参加を容易にし、判決等における結果妥当性を確保することにより、裁判所というチャンネルを通じて、消費者保護の実質化を図るために制定された法律である。しかしながら、裁判官の自由裁量が非常に
大きく、法的安定性が損なわれる危険性を有するとともに、過度のパターナリスティックな対応は、消費者理解の点からも疑問が残る。

第5章  
タイで初めての障害者関連法である障害者リハビリテーション法は、1991年に制定されている。同法成立過程では、当時では珍しく障害当事者が草案制定委員会に正規委員として主体的に参加している。その背景には、1980年代の国連による「障害者の10年」による外的影響と世界的な障害当事者運動の影響を受けたタイ人エリート障害者たちの動向があると考えられる。

当時のタイ社会の中で、障害者リーダーたちが目指したものは、法制定による障害者の市民権獲得と生活改善だった。
本稿では、リハビリテーションサービスや教育、そして就業機会の獲得などの障害者の社会参加を目指して1980年代に活動した障害者リーダーの動向に注目し、法制定に向けた障害者側の要因を明らかにする。

さらに、なぜ障害者が法制定過程で重要な役割を果たせ得たのかについても考察する。

結論としては、国際的動向の影響を受けたタイ政府と障害当事者リーダーという二つの要因に加えて、大卒のエリートや軍人ネットワークを中心とした少数の障害者リーダーの持つ影響力の存在にも注目し、他の分野に先駆けて市民(当事者)参加を実現し得た点を明らかにする。