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ラウル政権下のキューバ

調査研究報告書

2010年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
山岡 加奈子 編『岐路に立つキューバ』アジア経済研究所叢書8、2012年2月28日発行
です。
はじめに pdf (234KB)
目次 pdf (88KB)
第1章
本稿では、キューバ政府が公開を進めるマクロ経済指標の信頼度をPWTとアンガス・マディソンとのデータ比較にもとづき検討した。また、国際収支制約下の成長モデルを用いてマクロ経済動向と経済改革の動向分析を行い、金融財政改革の遅れが成長の制約要因であることを導きだした。今後の改革の方向性については、D.ロドリックの成長診断モデルを用いた構造改革の国際比較分析が有効であることを提示した。

第2章
Cuban Economic Policy under the Raúl Castro Government pdf (964KB) / パーベル・ビダル=アレハンドロ (Pavel Vidal Alejandro)
In the first two years of the Raul Castro's elective period (2008-2009), the economic policy confronted the downturn of the GDP growth. The economic boom that began in 2004 was stopped by several negative shocks– among them, the global crisis - that made visible the structural weaknesses of the growth and brought out previous mistakes of the economic policy. In 2008 the economy experienced significant external and internal imbalances. In 2009 the economic policy carried out an adjustment that allowed restoring to a great extent the balances, but it could not avoid the banking crisis. The economic policy, under Raul Castro's commandment, has been effective from the expenditure side, which is an important step to recapture credibility and financial stability. Nevertheless, there are few measures to encourage incomes and it is questionable to keep a policy of fixed exchange rate. Without a lender of last resort, viable alternatives are not visible for a solution in the short term of the current financial crisis. Therefore, a high probability remains for the Cuban economy to submerge in a stagnation or recession period, inevitable at this point for the economic policy.

第3章
キューバと米国の外交上の対立は、両国の世界や国際社会に関する価値観の違いに根差している。国際関係理論の枠組みでは、米国政府の対キューバ政策は、大国として国際社会での指導力を発揮することを自明のものとする現実主義と、民主主義の原則と規範を世界に広めることを意義あるものとする自由主義的価値観の両方で説明できる。この姿勢はオバマ新政権のもとでも変わっていない。

これに対してキューバ政府の対米政策は、国際社会において小国が大国に従う上下関係が生じるという現実主義の見方を否定し、同時に他国から理念や価値観を広められることを拒むという意味で自由主義の枠組みも否定しており、この点では軍事力のみを扱う伝統的現実主義で説明できる。ただしキューバは移民の形で米国に圧力をかけられるので、自由主義の相互依存の議論が適用可能である。キューバの基本的な外交姿勢はむしろ従属論に近い。

第4章
キューバとべネズエラ、ニカラグアなどの反米勢力の理想主義的な地域統合を目指す米州ボリバル同盟(ALBA)の動きと、貿易収支の大幅な赤字に象徴されるキューバ経済の危機的な現況について、国際関係論の新機能主義による地域統合の理論モデルなどを参考にしながら考察する。

第5章
キューバでは、経済危機に対する諸措置がとられ社会が大きく変容した1990年代以降、人種差別が問題となりつつある。本稿では21世紀に入って高まりを見せる国内の人種差別に関する議論を概観したうえで、キューバ社会で「人種」を語るときにつきまとう困難を考察し、現在の人種差別との闘いがネイションとの関係でめざす方向性について検討する。

第6章
キューバの社会保障:理念と現実 pdf (627KB) / 宇佐見 耕一
キューバ革命以後、社会主義体制のもとで国家が労働者の生活全般を保障する制度が形成された。そこでは国家による労働者の雇用、基本物資の配給制度と並んで普遍主義的な社会保障制度が制定され、医療、社会保険、住宅、教育制度が整備された。その成果として平等な社会が実現し、経済発展度と比して高い人間開発指数が示されているなど、社会主義制度の下での社会保障制度をキューバ政府は評価している。しかし、こうしたキューバ政府の公式見解や統計を基にした見方に対して、1990年代の経済危機や経済改革を経て後に、もはや公的社会保障制度は、国民の生活を保障できず、国民間の格差が拡大しているとの批判的研究が出現している。また、2000年代に入りソ連・東欧社会主義諸国の経験を基にした社会主義・共産主義福祉国家論が出現しており、社会主義体制のキューバにおける社会保障制度の分析枠組みを構築する際、それらを理念型として適用することも可能である。そこでは、共産主義福祉国家の性格とその形成要因が主として分析の対象となっている。

第7章
冷戦終結以降のキューバ政治は、経済改革と分権化がみられた1991-1996年頃までの時期、その反動で思想的揺り戻しが始まり、中央集権化と動員体制が強化される1996-2006年頃までの時期、そしてフィデル・カストロから実弟ラウルに「ゆっくりと」権力委譲が進む2006年以降、の3つの時期に整理することができる。

キューバにおける「政権移行準備」は、すでに1997年の第五回共産党大会から開始されていたが、ラウルへの政権委譲のプロセスは、思想的な引き締め、中央集権化、動員体制の強化と同時並行して進められた。この間、長期にわたって共産党大会が開催されず、フィデルの影響力が残る中で政権移行プロセスが長期にわたって極めて緩慢に進んだために、政治体制においては大衆組織の自律性やダイナミズムが低下し、国家による社会に対する管理が強まった。統治機構内部においては、組織としての共産党政治局の力が相対的に低下し、革命を戦った歴史的世代と呼ばれるベテランと軍の影響力が増す先祖返り的傾向がみられ、社会においては若年層を中心に「革命」からの退出が進行している。