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南アジアの障害者当事者と障害者政策 —障害と開発の観点から—

調査研究報告書

森 壮也 編
2010年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
森 壮也 編『南アジアの障害当事者と障害者政策 —障害と開発の視点から—』アジ研選書No.27、2011年12月28日発行
です。
目次 pdf (91KB)
序章
第1節 はじめに
第2節 本研究の課題
第3節 本書の構成
第4節 おわりに

南アジア地域の研究蓄積は我が国では途上国研究の中で大きな歴史を占めてきているものの、この地域の障害当事者や政策については、未だ十分な研究があるとは言い難い状況である。一方、欧米諸国ではいくつかの研究も出て来ており、これらを踏まえた理解と障害者を包摂した貧困削減に向けた政策提言が求められている。本研究会では、南アジア地域における障害当事者団体の状況や各国の障害者政策についてどのような実態があるのかを踏まえて、それらと貧困削減政策やその前提となる開発過程への参加などについて研究を一年間行って来た。障害当事者団体、政策、法律、制度(含む教育)といった各研究者の専門領域を活かした分析の中で、各地域の現状が浮き彫りにされてきた。また国連の障害者の権利条約のような世界的な貧困削減の枠組みとの関連からも今後さらに分析が必要な領域と課題も見えて来た。

第1章
第1節 はじめに
第2節 ネパールの概要
第3節 障害者関連政策・制度の展開
 1.絶対王制の時代
 2.政治の自由化と制度変化
 3.より深くより広く
 4.新たな時代に向けて
第4節 障害当事者・障害者団体の現状

ネパールの障害者政策の展開と障害当事者・障害者団体の関係を、政治と社会の変化に注目して検討する。ネパールの政治は、絶対王制の時代を経て1989年の民主化運動以降大きく変化し、2008年5月に王制が廃止され共和制へと転換した。このような政治の変化のなかでネパールの障害者政策は、初期の医療リハビリテーションおよび医療ケア優先から、社会のなかでの障害者の位置づけや自立を探る方向にシフトしている。政府・団体から障害者への便宜の多くは、依然として特定地域の特定障害者を対象にした個別のニーズに対応する性格が強いものの、政策・制度の整備が進み、障害者関係団体数も増えて活発な活動が展開されている。政治体制の変化を経て、政府の姿勢、障害者団体の活動、障害者自身の意識は変わりつつあり、「コミュニティ」が議題にのぼり、「障害者の政治・社会参加」、「基本的人権」、「経済的自立」といったテーマが取り上げられ、その方向が志向されつつある。

第2章
第1節 はじめに
第2節 障害児の教育に関する統計
 1.障害の定義と統計:国勢調査
 2.全国標本調査にみる障害児の
第3節 義務教育に関する法律、政策、プロ
 1.2009 年無償義務教育権利法
 2.政府の義務教育普及への取り
 3.教育普遍化キャンペーン
第4節 おわりに

本章では、インドの障害児の教育を取り巻く現状を理解するために、統計、法律、政策、全国プログラムについて整理した。障害児の就学率は非障害児と比較して低いものにとどまっているだけでなく、障害の種類によっても就学状況が異なり、精神障害や知的障害でとりわけ低いことが明らかになった。2009年には無償義務教育権利法が制定され、障害者を「不利な状況に置かれた子供たち」に含め、「障害」の定義が拡大された修正同法が発効されれば、長期的には就学率の向上が期待できる。近年、政府は、初等教育普及への取り組みを強化し、障害児の教育に関しても普通校へのインクルーシブ教育を柱とした政策を打ち出している。その達成状況は、学校へのアクセスが断片的にわかるのみで、障害児の受ける教育の質についてはほとんど分析が進んでおらず、今後の課題として残されていることを指摘した。

第3章
第1節 はじめに
第2節 バングラデシュにおける障害者と障害者政策の現状
第3節 バングラデシュにおける障害者支援:Community Approaches to Handicap in Development の分析
 1.Community Approaches to Handicap in Development(CAHD)とは
 2.バングラデシュにおけるCAHDの応用
  (1) バングラデシュにおけるCAHDの展開
  (2) バングラデシュにおけるCAHDの意義
 3.バングラデシュにおけるCAHDの課題
  (1) 障害当事者のオーナーシップ
  (2) 聴覚障害者のエンパワメンメント
  (3) 「障害と開発」への関与の深さ
第4節 おわりに
付表

Community Approaches to Handicap in Development (CAHD)は、障害者の地域社会での生活を重視し、地域開発NGOを障害課題に巻き込んでいく、CBR(地域に根ざしたリハビリテーション)の一形態である。バングラデシュには地域開発NGOが数多く存在することから、このアプローチの意義は大きい。一方CAHDには障害者の自立を促すメカニズムが内在していないため、CAHDは「地域開発NGOが活発に活動している国において、障害課題に取り組む初期段階に最適な戦略」と意義づけるべきである。障害者の自立という目的のためには、別途新たな方向付けが必要となる。さらに、現在バングラデシュが置かれているような「初期段階」においても、聴覚障害者、知的障害者、精神障害者のエンパワメント、社会参加のためには追加的な努力が必要である。例えば手話の普及には、聴覚障害者同士のネットワークの拡大を可能にするような、別の取り組みが求められる。

第4章
第1節 はじめに
第2節 障害者の概況
 1.統計データによる概況
  (1) 国の基礎データ
  (2) 障害者関連データ 
 2.政府の障害者政策と展開
  (1) 障害者政策
  (2) 機関
第3節 パキスタンの障害者への支援
 1.日本における障害者リーダー育成研修
 2.日本の障害者団体による草の根支援
  (1) パキスタン北部地震発生以前
  (2) パキスタン北部地震発生以後 
 3.国際協力機関による支援
  (1) JICA との関係
   [1]JOCVとの協力
   [2]APCD 研修
  (2) 世界銀行プロジェクト
第4節 パキスタンにおける障害者のIL運動の成果 
 1.制度及び設備に見られる変化
  (1) 制度
   [1]助成金の支給
   [2]補助具の支給
   [3]運転免許証の取得
  (2) 設備
   [1]公共施設のアクセス
   [2]高速道路のサービスエリアのアクセス
 2.障害者の生活状況に見られる変化
  (1) アンケート調査より
  (2) 生活の質の変化
第5節 おわりに

2001年に来日し、日本で障害者リーダー育成研修を受けた一人のパキスタンの障害者が帰国後、身近な友人を説得するところからはじめたパキスタンにおける障害者の自立生活運動(以下、IL運動と称す。)は、9年目を迎えた。そして、障害者の社会運動とも言えるIL 運動が、パキスタンの障害者たちをエンパワーし、政府の障害者施策にも影響を与えるようになってきている。

パキスタンにおける障害者のIL 運動が、このように短期間に大きな広がりを見せている背景には、現地の障害者たちの活発な活動の成果であることはもちろんであるが、日本の障害当事者団体の草の根支援と国際協力機関の開発支援がうまく組み合わさって実施されていることがあるだろう。

本章では、これまでを振り返ることにより、両方の支援がどのように実施されてきたのか、また障害当事者の運動であるIL 運動の成果及び効果について考察する。

第5章
第1節 はじめに
第2節 インドのろう者とろう教育
第3節 既存のろう者の全国組織-AIFD
第4節 勃興する新しいろう者の当事者運動-NAD
第5節 ろう者の運転免許とNAD
第6節 インドの多様な手話
第7節 インドの手話通訳
第8節 おわりに
付録

広大なインド全体の障害当事者の運動は、地域によって様々である。その中から特にデリーに本拠を置く全国的な運動、中でもろう者の運動は近年、新たな展開を見せ始めている。その背景には国連の障害者の権利条約にインドが批准したことやそれまでの様々な当事者運動の蓄積、先進諸国における当事者運動からの刺激や支援などの要因が関係している。

ろう者の運動がどのように成立し、展開しているのかについてインドの状況をAIFDとNADというふたつのろう当事者団体の状況を分析した。広大な国土の中、言語の問題や手話通訳の数が不足していることなど大きな問題を抱えながらも国際情勢などから刺激を受け、どのようにろう当事者の運動に変化が見られてきているのかについてその歴史的な展開などを概観した。これらから、開発途上国の貧困削減の過程で障害当事者たちが取り残されないためには、どういったことが必要なのかについて将来への示唆が得られた。

第6章
第1節 はじめに
第2節 障害者に関する現行法制
 1.暫定憲法(2007年)
 2.障害者保護福祉法(1982年)
 3.障害者保護福祉規則(1994年)
 4.国法(1964年)(National Code, Muluki Ain)
 5.小結
第3節 障害者に関する公益訴訟
 1.公益訴訟
 2.障害者の公益訴訟の事例
  (1) 「障害者の無料教育の権利」事件
  (2) 「法定サービス・便宜の一致」事件
 3.小結
第4節 おわりに

ネパールは1982年に早くも障害者保護福祉法を制定したものの、12年後の1994年にようやく施行のための実施規則を制定した。障害当事者の権利確立のためには、第一義的には立法によって非障害者と同様な権利を明文化することが求められる。それに加えて、条文上の文言を現実の権利として実現するためには、最終的には裁判によって担保される救済措置が必要となる。ネパールは、1995年に国家人権委員会を設立したものの障害者関連の事件はいまだ立件されておらず、現在は主として公益訴訟による権利実現が模索されている。本章は、ネパールの障害当事者運動、特に公益訴訟をとおしてどのような権利が確認され、権利擁護がはかられているのか明らかにすることを目的とする。そのために、まずは現行法が定める障害者の権利について考察し、つぎに障害者の権利擁護を求めた公益訴訟の最高裁判所判決を検討し、最後に課題と展望を論ずる。

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