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新興諸国における高齢者の生活保障システム

調査研究報告書

宇佐見 耕一 編
2009年3月発行
この報告書は中間報告書です。最終成果は
宇佐見 耕一 編『新興諸国における高齢者生活保障制度—批判的社会老年学からの接近』研究双書No.594、2011年発行
です。
まえがき pdf (40KB)
序章
はじめに
第1節 新興諸国・地域における高齢化の状況
第2節 高齢者と貧困
第3節 高齢者研究の方法論


東アジアの新興諸国では急速に、ラテンアメリカでは緩やかにではあるが高齢化が進行し、各国においてもそれが社会的問題と認識されるに至っている。そのなかでも高齢者の貧困は主要な問題の一つとされるが、特定の国における女性やマイノリティーグループといった特定のグループの貧困が問題とされている。

高齢者の問題を分析する手法として学際的な社会老年学という学問領域が存在する。その主流派は、離脱理論、活動理論、継続理論そしてサクセスフル・エイジングという考え方を発展させ、社会政策にも大きな影響を与えてきた。こうした社会老年学主流派に対して、それがあまりにも個人的要素を重視していると批判し、より社会的要因を重視する批判的社会老年学が形成されてきた。後者にあっては、高齢者の政治経済学や、累積的優位・劣位理論が生み出され、高齢者と加齢の問題を総合的に分析しようとする試みがなされている。

第1章
韓国では,急速な高度成長による社会的変化を背景に,1970年代に高齢化や老人福祉が「社会問題」として認識されるようになったが,高齢者福祉政策が具体化するのは老人福祉法(1981年制定)以降である。その後,1990年代半ばからの福祉改革によって,普遍的セーフティネットと最低生活保障制度への改編が進んでいる。ただし高齢者福祉では,成長との調和(雇用促進)のほか,伝統的敬老孝親」の奨励(家族制度維持)がとりわけ重視されている。批判的老年学の視点からこうした特徴を明らかにするため,本章では,まず1.で韓国の高齢化過程とその特徴,老人福祉/老年学の研究動向そして高齢者福祉政策をまず概観する。次いで2.で,社会保障政策(雇用促進,所得保障,福祉サービス)について整理,最後に3.で生活実態を明らかにする。

第2章
中間報告としての本稿は、1980年代から新自由主義の市場経済を導入しようといた背景のもとで行ってきた高齢者生活保障政策及びその政策の不備によって生じた格差問題をまとめるものである。具体的にまず、これまでの中国社会保障改革は、経済の効率性を追求するあまり、社会保障制度の公平性や統合性が欠けていることを指摘する。そして、高齢者生活保障におけるさまざまな格差問題に対して、中央及び地方自治体は、どのような対応策を取り込んでいるかを論じ、その実態を考察する。

第3章
香港の高齢者に関する研究は、「生活の質」を計測するサスセスフル・エイジングに向けた分析が主流である。しかし貧困研究の一環として、高齢者の所得保障を論じる研究者も存在する。現実には、高齢化と高齢者の貧困化は加速している。これに対して政府は民間組織と市場を活用する政策を打ち出した。その結果、高齢者に対する社会保障費の抑制は実現できたが、高齢者の貧困解消には目立った効果は出ていない。

第4章
高齢化が進む台湾では、どのような老年学研究が行なわれているだろうか。また、台湾の高齢者にはいかなる特徴があり、それに対応してどんな高齢者福祉政策が行なわれているか。台湾の高齢者の特徴は、低い就業率と高い同居率である。これまでは高い同居率に依存して家族頼みの高齢者福祉政策が展開されてきたが、それでは家族の有無によって生活保障の水準が違ってきてしまう。今後は高齢者の就業や社会参加を促すことで、高齢者一人ひとりの生活の質を高めていくことが重要になるのではないか。

第5章
はじめに
第1節 インドでの高齢者に関する研究
第2節 高齢化の状況
第3節 高齢者への生活保障システム
おわりに


本稿では、インドにおける高齢者研究、高齢化の状況、そして政府の取り組みとして、高齢者政策と公的年金を中心に取り上げた。インドの高齢化の特徴として、(1)高齢者の大多数が農村部に居住、(2)高齢者人口の女性化、(3)80歳以上の高齢者の増加、そして(4)貧困線以下の高齢者が多い、といった点を指摘できる。インド政府が高齢者対策に本格的に力を入れはじめたのはこの3~4年、せいぜい5年のことである。年金については、これまでさまざまな制度の導入が試みられているが、カバーされるのは1割程度に過ぎない。また貧困層にない人びとに関する取り組みと、貧困層への取り組みとの間にはある種の断絶をみることができる。インドの高齢者の生活状況や生活保障システムの検討には男女間の違いや健康状態についての視点が重要で、またそれらは社会制度や文化などの諸要因の影響を受けるものであり、分析には動態的な視点が必要となる。

第6章
メキシコでは2050年までに高齢社会が到来すると予測されている。本章では高齢者の現状と連邦政府の政策の概要を明らかにした。年金制度が限定的なため、自身の就労、家族支援が高齢者の多くにとって重要な生活の支えとなっていることにメキシコの特徴がある。他方、連邦政府は国際社会の動きに合わせて法制定や統括機関の設置を行い、農村最貧層への現金給付支援計画などを実施してきたが、ユニバーサル型ではなくターゲット型に固執する姿勢がみられる。また、将来を見据えた政策も実施されていない。

第7章
はじめに
第1節 キューバの高齢化の現状と特殊性
第2節 社会主義制度と高齢者の生活
第3節 政府の高齢化への施策:社会保障改革を中心に
第4節 高齢者の生活実態:キューバ研究機関の調査
第5節 米国への移住者とのつながり:援助か移住か
おわりに


キューバは1980年代半ばから高齢化が始まり、ラテンアメリカではすでにもっとも高い高齢化率を持つ高齢化大国となった。経済成長の割に高齢化率が著しく高いのがキューバの高齢化の第一の特徴になりつつある。

第二の特徴は、政府が普遍主義的な社会政策の一環として、高齢者にもいくつかの興味深い生活支援政策をとっている点である。普遍主義的な老齢年金、国民全員対象の無料の医療や教育、配給制度、高齢者向け施設やケアの提供がその代表的なものである。しかし
その実質的な効果は十分とは言えない。

とくにソ連崩壊後の経済危機の中で、国民の生活水準は大幅に下落し、その影響は高齢者にも及んでいるが、政府には十分な対応をとる財政的な基盤がない。高齢者の生活上支援が必要な部分は、主として政府でなく家族が支えている。

第三の特徴は、キューバはラテンアメリカでその人口規模の割にもっとも多い移民を米国に送り込んでいることから、米国からの親族送金に代表される家族からの支援による高齢者の生活水準の向上が可能である点である。外貨のアクセスの有無が、ソ連崩壊後のキ
ューバでは、生活の質の善し悪しを決める第一の要因であり、それが高齢者の生活にも決定的な影響を与えている。

第8章
はじめに
第1節 ブラジルの高齢人口の推移と現状
第2節 ブラジルの高齢者を対象とした制度と政策の概要
第3節 ブラジルの高齢者研究と老年学を取り巻く状況
おわりに-今後の方向性


ブラジルは、60歳以上の高齢者が2006年に全人口約1億9,000万人の10%を超え、2007年には絶対数で約2,000万人に至り、近年、高齢化問題への関心が高まっている。

このような状況の下、現在までに政府による年金や保健医療などの社会福祉対策や、老年医学や老年学および高齢者の生活状況の実態把握に資する研究が行われてきた。しかし、老齢化と社会構造との関係の分析や活用の試みは始まったばかりだといえる。

第9章
はじめに
第1節 アルゼンチンにおける高齢化に関する先行研究と問題の所在
第2節 アルゼンチンの高齢者の状況
第3節 アルゼンチンの高齢者に対する生活保障制度
おわりに


アルゼンチンでは、批判的社会老年学が提唱する高齢化や加齢といった問題を社会との関連で考察するという試みがすでになされている。そのうちのいくつかは、ポスト・モダンのコンテクストの中で分析を行い、またフェミニズムの分析視角の導入や高齢者を巡るイデオロギーの明確化などEstesやWalkerの提唱する高齢化の政治経済学の論題が含まれている。とはいえ、こうした試みは限られており、また高齢者を取り囲む構造の構成要因に深く立ち入った分析は少ない。さらに、加齢と社会構造の問題を関連させた実証研究は未だないといってよい。そのため、今後高齢者を巡る社会構造を構成する要因の分析と、ライフコースと加齢という現象を社会構造と関連させた研究の開拓が求められている。

第10章
はじめに
第1節 教育発展研究の理論枠組み
第2節 メキシコにおける近代国家の成立と教育発展
第3節 1990年代以降の貧困地域・先住民地域の教育発展
おわりに


本稿は、教育発展を分析するための一般的な枠組みを考察し、それをメキシコの教育発展、貧困地域の教育発展に適用した場合の素描を提供するものである。教育が近代国家における支配の緊密化の道具として用いられること、メキシコにおいては、近代国家が出発点においてその基礎的な条件を欠きながら、組合主義的な形で形成されたことが、その後の教育発展に固有なあり方をもたらしたことが論じられる。