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湾岸、アラビア諸国における社会変容と政治システム -GCC 諸国、イラン、イエメン-

調査研究報告書

福田 安志  編
2008年10月発行
序 章 
はじめに
第1節 研究会の背景
第2節 研究会の対象地域、先行研究
第3節 対象地域の共通項と特徴



湾岸・アラビア地域では、9.11後、米軍のアフガニスタン侵攻やイラク戦争などの大事件が続き、その中で、イスラーム主義者の政治的影響力の拡大が著しかった。イスラーム主義者の影響力拡大の背景にはアメリカのプレゼンス強化への反発があったが、一方で、各国で進行した社会変容が湾岸・アラビア地域の政治の流れを変え、政治システムへ影響を与えていた。本章の第2節では、研究会が対象とした地域について説明し、いくつかの先行研究について取り上げた。第3節では対象地域の持つ共通項について説明した。第1に、各国の社会の基本的構造では地縁関係・血縁関係が重視されるなど類似性があること、第2には、各国とも産油国で経済で石油収入が大きな位置を占めていること、第3には、政治や社会でイスラームが重要な役割を果たしている点が上げられる。最後に各国の政治システムの特徴を概観した。

第1章 
はじめに
第1節 政治システムの全体像
第2節 国民と王制
第3節 統治と社会、社会変容
第4節 王制の変化、政治への影響
おわりに


本章では、サウジアラビアの統治システムをめぐる変化を、歴史的な社会の変容に着目しつつ考察した。はじめに、現在の政治システムの全体像とその下での政治の実態を示した。サウジ王国のもともとの統治システムは部族社会を組み込んで作られた。その王制の基盤をなした部族社会は石油開発の進展にともなう経済・社会の発展・変化の中で大きく変化し崩れていく。

一方で、サウード家は増加した石油収入を用い1980年代にかけて統治システムを強化し、石油王制へと発展させた。そのことで、社会変容にともなう政治的影響を克服し、王制を維持・強化することができたのであった。

サウジアラビアは、例えばクウェートやアラブ首長国連邦と比較した時、石油収入の絶対額は多いものの、一人当たりの石油収入、あるいは国土面積の広さと比較したときの石油収入は多くはなく、石油王制は磐石とは言えない。人口増加、都市化、農村社会の変容など社会変容が続き失業問題も深刻化し、そのなかで影響力を強めてきたイスラーム主義たちは、政治改革を求め、王政の統治のレジテマシイを問い、一部の過激派はテロ活動に走った。失業やイスラーム主義たちの問題は石油王制を土台から脅かしている。

第2章 
はじめに
第1節 バスィージの変容過程
第2節 バスィージの変容と密接にかかわる政治・社会動向
第3節 バスィージ、中央政治システム、社会変容の相関関係


本章は、イラン・イスラーム共和国最大の動員組織であるバスィージの変容過程、およびそれが同国の社会変容と中央政治システムにどのように関わってきたかを論じ、以下の状況を明らかにした。1979年の革命直後に創設されたバスィージは、まもなくイラン・イラク戦争へ投入され、地域社会末端まで浸透する動員網を活かし、戦時動員組織として急速に拡大した。1988年に停戦となり平時に移行すると、バスィージは組織体力を社会浸透、治安の維持、開発・経済の各分野へ再配分し、また関連の法制度整備も進んだ。この流れはハータミー政権期になっても継続され、政権後期になるとバスィージは国政選挙における保守派の巻き返しに乗じて選挙動員を担い、政治的影響力を拡大していった。バスィージが戦時動員組織から国民管理組織、そして政治動因組織へと変容する課程は、1989年以降のハーメネイー最高指導者の基盤強化、ベビーブーマーの出現、新保守の台頭などの政治・社会変容と不断に作用しあった。その結果、バスィージは秩序従属的な軍事・治安組織の側面に加え、一定の自立性を有する政治・社会組織の側面をも確立するに至ったのである。

第3章 
はじめに
第1節 3回のショウラー選挙をめぐる全国報道
第2節 地方中小都市における第2回ショウラー選挙の事例
第3節 ハータミー期における地方財政の変化はあったのか
結 論 ハータミー期の地方行政改革の成果と問題点


2年間にわたって実施された本研究会の趣旨は、湾岸産油国およびイエメンにおけるこの30~40年間の社会変動とその政治システムの変革に対する影響を、地域的・風土的・産業的条件あるいは伝統的な社会構造に着目しつつ同時代的経験として一貫して捉えようとするものであった。

本章においてはまず第1節において1999年2月、2003年2月、2006年12月と3回にわたって実施された全国一斉のショウラー選挙の際の新聞紙上における議論・報道を検討し、これによってイランにおける地方行政の変容とその方向性を明らかにする。第2節においては筆者がこれまで選挙の当日に現場に立会い仔細に観察する機会を得た第2回ショウラー選挙の事例を紹介し、新聞報道ではほとんど言及されていない地方中小都市(ルースターシャフル)における選挙民の意識の一端を明らかにする。また第3節においてはこの間の国家財政関係の公開されている資料を検討することによって、地方行政改革の最も重要な指標となる地方財政上の変化の程度を跡付ける。

本論は現在のイラン社会の地方社会レベルにおける国民統合過程の顕著な事例である、市・長・村レベルでのショウラー(議会)の直接選挙の実施とこれにまつわる議論、またこれに伴なって生じている地方財政上の変化を検討しようとするものである。

第4章 
はじめに
第1節 「レンティア国家」概念の検討
第2節 各国の経済動向の概観
第3節 各国の権力基盤と政治制度の変化
第4節 クウェートとカタル
おわりに


湾岸地域の民主化を考える場合、まず二つの理解が可能である。一つは、地域の安全保障の要である米国との関係を強化するための手段として米国の民主化要求を受入れる、という国際政治からの理解であり、他は、「レンティア国家」のもとでは社会に人々の利害を代表する政治的組織が存在しないため、いったん石油収入が不足すると富の分配や所得水準の維持といった問題が放置され深刻化するため、支配層と批判勢力との間の妥協として民主化が進展する、という理解(国内政治からの理解)である。

これらの理解に対して「レンティア国家」であっても国内資源の枯渇化とそれに対処するための国内産業の多様化が避けられない点に着目すれば、民主化の進展とは、産業の多様化が生み出す国民の統治能力の向上を背景として可能になる政策であり、国民間の富の再配分を可能にすることで統治の正当性の維持を可能にする経済政策として、統治者側から採用する制度、と理解できる。

ただ湾岸諸国の歴史的経路は各国ごとに異なり、さらに、様々な要因、例えば高い外国人労働者比率等により、現実にはこの第三の理解を支持する傾向が明白な姿として現れることは妨げられている、と考えることができる。

第5章 
はじめに
第1節 政治変化
第2節 社会変容
第3節 評価
おわりに


本稿は、イエメンにおけるグローバリゼーションから、近年の政治経済変化と社会変容との関係を考察したものである。冷戦崩壊と同時期に南北統一を果たしたイエメンは、冷戦後の世界に文字通りの申請国家として、その歩みを始めた。しかし、本当の意味でイエメンに変化が訪れたのは、1994年内戦により深刻な政治経済危機に陥り、1995年にIMF・世銀の構造調整を受け入れて意向のことである。

民主化という政治的自由化と構造調整による経済の自由化は、長らく伝統的な社会を維持してきたイエメンに未曾有の変化をもたらした。構造調整により経済が再建され、政治的安定も回復したことは事実であり、その意味ではイエメンにおけるグローバリゼーションは、積極的な評価に値する。しかし、貧富の格差拡大に加え、イエメン固有の部族社会が著しい弱体化を示すなど、その社会は混乱し「イエメンらしさ」は希薄になりつつある。自由化はイエメンが「普通の国」になることを意味しているが、その功罪を量る作業はいまだ困難な段階にあるといえよう。