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ドイモイ下ベトナムの「国家と社会」

調査研究報告書

寺本 実 編
2007年10月発行
まえがき pdf (122KB)
目次 pdf (110KB)
序章
はじめに
第1節 ベトナム地域研究における先行研究
第2節 本研究における「国家と社会」の分析視角
第3節 本書の構成
第4節 本取り組みにおける成果


本稿では、本研究会設立の意図・目的、分析視角、用語(「国家」、「社会」)の定義を示すとともに、それぞれの取り組みを通したドイモイ下ベトナムの「国家と社会」に関わるインプリケーションを総括している(各章は担当分野それぞれにおける成果でもある)。

今回の取り組みを通じ、ドイモイ下ベトナムの「国家と社会」の関係の様態として、(1)「国家」が「社会」の同意を得て「社会」の動員に成功し、両者が協同して一定の目的のために共同行動を行う、(2)「国家」と「社会」が協同といえないまでも、一定の目的のためにそれぞれの役割を担う、(3)「国家」が「社会」の必要に必ずしも応えられていない部分について「社会」の側がそれを担う、(4)「国家」に対して「社会」の側が体制の転換を求め、「国家」の側は「社会」のそうした動きに干渉し、管理・取締りの強化を図る等の様相を検証、確認できた。

総合的観点からすれば、ドイモイ下ベトナムの『国家』は『社会』に依存しつつ、また程度としては限定的ではあるが時に「社会」によって揺さぶられる中で「国作り」を進めていると捉えることができよう。

ドイモイ下ベトナムの「国家と社会」の関係様態の基底には、現代ベトナムにおける「国家」と「社会」間の役割分担の均衡点の模索という要素が胚胎されている。

第1章
はじめに
第1節 ドイモイ初期の開拓移民政策とその展開
第2節 「新しい故郷」の建設を目指して—ハイフン省の事例—
おわりに


本稿は、「社会に浸潤された」国家が「ドイモイを実体化させ、発展の基盤を作る出発点」となった1980年代の開拓移民政策の展開を分析の対象としている。問題関心は、農民が自主的に始めた対策が「国家」に追認され制度化されていく過程がドイモイの契機の一つであるならば、「社会の活力がなぜどのように国家の枠組みに取り込まれていったのかという点を明らかにする」という点にある。

本稿における重要な成果のひとつとしては、これまでベトナム地域研究者により注目され、議論されることが多かった生産物請負制(1981年)の実施に先立って、開拓移民政策(具体的には政府評議会「CP95決定」<1980年>)において生産・生活単位としての「家族」の意義がすでに見直されていたことを証明したことが挙げられる。すなわち、1980年代に拡大した開拓移民事業が「成功」した要因の一つとして、国家が「家族」の重要性を認め、よりきめ細かい具体的支援策に取り込むことで「社会」のニーズを「『発見』し、
それを受け止める能力を身につけたこと」であったという結論を見いだしたのである。このことは、「国家」が「社会」を一元的一方的に支配するのではなく、その要求に応えるのであれば、一定の方向性にしたがって「国家」が「社会」を動員することが可能であることを示唆している。古田が90年代以降のベトナムの課題とする「社会」への十分な政策遂行能力を有する「強い国家」に向けての萌芽が1980年代の開拓移民政策において既に見られたと解釈することができる。

第2章
はじめに
第1節 ベトナムの障害者の全般的状況
第2節 紅河デルタ:タイビン省、ハーナム省における事例
第3節 ベトナムの障害者の生活における「国家と社会」
おわりに


本稿では、家族と同居するベトナムの障害者の生活状況を紅河デルタ地域に位置するタイビン省、ハーナム省の農村部で実施した家庭訪問調査(計92戸)を通して考察している。

その結果、在宅の障害者については、障害者が障害を負った原因によって「国家」と個々の障害者(「社会」の側)との関係の様態に違いがあることを見出し、以下の6つの類型を抽出した。(1) 障害を負った原因は戦争への直接参加によるものであり、それが「国家」によって認定されており、扶助1を受けているケース、(2) 障害を負った原因は戦争への直接参加によるものであるが、それが「国家」によって認定されておらず、扶助を受けていないケース、(3) 障害を負った原因が間接的な戦争への関わり(両親<特に父親のケース多>の戦争への参加、枯葉剤への被災)であり、それが「国家」によって認定されて扶助を受けているケース、(4)  障害を負った原因が間接的な戦争への関わり(両親<特に父親のケース多>の戦争への参加、枯葉剤への被災)である疑いがあるが、それが「国家」に認定されておらず、扶助を受けていないケース、(5) 障害を負った原因は戦争に関係なく、「国家」から扶助を受けているケース、(6) 障害を負った原因は戦争に関係なく、「国家」から扶助を受けていないケース、の6類型である。

総合的結論としては、「国家」は問題の所在に気づいており、対応策をとりつつあるものの、「社会」の側の方が、「国家」に比して実質的かつ相対的に大きな役割を担いつつ、同分野における国内の対応がなされていることを指摘している。「国家と社会」の関係の様態という観点から述べれば、「国家」も役割・責任を遂行しようという方向性にあるものの、未だ十分なレベルに達しておらず、実態的には「社会」の役割に「依存」している部分が大きいことを見出している。

第3章
はじめに
第1節 国家と公民社会・実社会
第2節 実社会の活動と国家
おわりに


本稿では、「社会」について公的セクターが政策を立案、遂行する対象である「公民社会」と、国家の管理の及ばない私的アイデンティティ、私的チャネルに即して動く「実社会」という概念を設定し、後者と「国家」との関わりに軸をおいて考察を行った。

1945年のベトナム民主共和国の独立から抗仏戦争においては、「国家」と「社会」の利益が一致し両者は緊密な関係にあった。しかし、民族解放後にはベトナム共産党の公的な政治イデオロギーに即した形で動く「公民社会」と、国家の管理の及ばない私的アイデンティティ、私的チャネルに即して動く「実社会」という概念を設定できるほどにかつての一枚岩的な関係に変化が生じたと捉えている。南北分断と北による統合という歴史的な背景、ベトナム共産党による一元的統治によるゆがみが背景にはある。

「国家」の側は「公民社会」の拡大を目指し、「実社会」の側はそれから上手く身をかわしつつ行動の自由を確保しようとしていることを検証しつつ、後者の求めるところは「国家」から身をかわす必要がなくなり、公的な制度を通して「国家」に作用できるようになることだと指摘している。

第4章
はじめに
第1節 古田元夫、経済開発論、“国家”と“社会”の関係
第2節 新制度派的な経済開発論—共同体の活用—
第3節 ベトナムにおける「共同体」の存在と役割
第4節 「共同体」の活用における「政府」の「失敗」
おわりに — 若干の補足 —


本稿では、経済開発の過程におけるドイモイ下ベトナムの「国家と社会との関係」を、新制度派的な経済開発論を援用しつつ考察した。具体的には、「国家」と「社会」というキーワードを、新制度派的な経済開発論で使われるところの「政府」、「市場」、「共同体」というキーワードに置き換え、経済開発の過程におけるベトナムの「『政府』と『共同体』との関係」がいかに捉えられるのかを分析している。

結論としては、ドイモイ下のベトナムでは「共同体」(“社会”)が存在し、経済開発の過程、中でも貧困緩和において現実的に無視できない役割・機能を果たしている。にもかかわらず、「政府」(“国家”)は「共同体」の役割・機能を過小評価しがちであり、それを積極的に活用することに「失敗」していることを指摘している。そして、その最大の要因のひとつは、「『統制主義的開発モデル』の一変種である伝統的なマルクス・レーニン主義的開発認識の継続」であるとしている。