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2012年台湾総統選挙 結果と影響

IDE Policy Brief

No.2

小笠原 欣幸
2012年2月
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選挙結果
2012年1月14日、国際的な選挙イヤー・指導者交代イヤーのトップを切って台湾で大統領選挙の投開票が行なわれた。結果は、51.6%の得票率を得た国民党の馬英九氏が、得票率45.6%の民進党の蔡英文氏、同2.8%の親民党の宋楚瑜氏を破って再選を果した。馬英九総統の得票率は、前回2008年選挙での58.4%から6.9ポイント低下した。

同時に行なわれた立法委員選挙では、国民党は17議席減らしながらも過半数を上回る64議席を獲得した。野党では、民進党が13議席増やして40議席を獲得したほか、親民党が3議席、台湾団結聯盟が3議席を得て、両党も院内会派結成の資格を得た。

勝敗を決した要因
馬総統再選の最大の要因は、中台関係改善の実績、および、「統一も独立もしない」という現状維持路線が評価されたことにある。馬総統は、勝敗を決するのは対中政策と見て「92年コンセンサス」を軸とする選挙戦略をとった。これにより、中間派選挙民の支持拡大を狙う蔡英文主席の動きを封じることに成功した。選挙戦の中盤で馬総統が中国との「平和協定」の可能性に言及したところ、国民党の支持者からも疑問が出て支持率を下げる局面があった。馬総統はすぐに「公民投票にかける」という条件を追加し「平和協定」の可能性を事実上封印した。

蔡主席の対中政策は「92年コンセンサス」を一貫して否定したことに見られるように原則重視で、中国との交渉をうまく進めていけるのかという懸念を払拭することができなかった。代わりに提唱した「台湾コンセンサス」は中身が白紙で、当選後に民主的手続きに沿って決めたいというだけであった。

「92年コンセンサス」は、1992年、中台双方の窓口機関の間での事務レベルの折衝過程で形成されたとされる。中国側はこれを「一つの中国を確認した合意」と解釈し、台湾側は「一つの中国の中身についてそれぞれが(中華民国と中華人民共和国と)述べ合うことで合意した」と解釈している。馬英九政権登場後、中台はこの解釈の違いをあえて質さないことで関係改善を進めてきた。

蔡主席は、選挙戦の終盤で馬総統を「究極の統一派」と決めつけ対決姿勢を強めたが、結果として中間派選挙民に支持を拡げることに失敗し、12月下旬以降、馬総統に突き放される展開となった。これで優位に立った馬総統が宋楚兪主席の票も奪ってリードを広げた。

国内の格差問題では、蔡主席が福祉政策を強調し、経済成長の恩恵が限られた層にしか行き渡っていないという南部・中部の地方の不満をある程度取り込むことに成功した。馬政権は、リーマン・ショック後の景気対策で大企業・富裕層を優遇しているという印象を与え、苦戦する原因となった。このことが12月中旬まで接戦が続いた要因である。

蔡主席は民進党の代表的政治家らとは異なるタイプの候補者で高い期待を集めたが、陳水扁政権の負の印象から完全に脱却するには4年という時間は短すぎた。選対本部も陳水扁時代のスタッフが中心で、旧来の思考の枠を超えず蔡主席の個人的特性を十分引き出すことができなかったし、政策の練り上げも不十分で、政治的駆け引きでも遅れをとった。

中国要因
中国側は馬総統の再選を強く望んでいたが、台湾の選挙に対し終始慎重な対応をとった。選挙戦が本格化した夏以降、工業製品・農産物などの買い付け団の台湾への派遣を中止し、関係者・学者の台湾訪問も自粛した。国務院台湾事務弁公室の王毅主任、中国共産党中央政治局の賈慶林らが、「92年コンセンサス」は両岸交流の基礎であり、それを認めなければ交渉は難しくなり両岸同胞の利益を傷つけるとし、台湾の世論に向け警告の発言をした。

選挙戦の終盤、中国ビジネスに関わる台湾の企業家らが相次いで「92年コンセンサス」の支持を表明したが、これは中国にとって望ましい展開であった。一方、中国が民進党の支持基盤を意識し台湾南部で進めてきた農産物・養殖魚の買い付けが国民党の得票に寄与したという明確な兆候は見当たらない。それらの産地での票の動きは他の地域とほとんど変わらない。馬総統の勝利は、そのような個別利益による投票行動よりは、中台関係改善の流れを続けた方がよいという全体的な判断で中間派選挙民の票が馬総統に向かった結果と見た方がよいであろう。

馬英九政権第二期
馬総統は選挙後の内閣改造で、行政院長に陳冲(行政院副院長)、副院長に江宜樺(内政部長)をあてる手堅い実務型の布陣を組んだ。欧米経済の不振や中国経済の変調が台湾経済に及ぼす悪影響を最小限に押さえ込むことが当面の課題である。馬政権第二期の国内政策は、選挙戦で批判された格差の緩和が課題となるので、経済・財政政策は所得再分配をある程度意識したものになるであろう。

中台関係は安定と継続を優先し、米日との良好な関係も維持していくであろう。中台の交渉は、投資協定、文化交流協定など実務領域が中心となるが、「平和協定」に関する議論も活発化するであろう。しかし、馬総統は対中政策で今までの立場を覆すような大きな冒険には出ないと考えられる。

国民党の立法委員当選者は馬政権の対中政策を支持しているので、対中政策の法案審議で造反が出る可能性はほとんどない。一方、経済関係の法案では審議が難航する事案が出る可能性がある。

台湾の圧倒的に多数の人々は、台湾が事実上の国家として運営されている現状を維持することを求めている。この点では馬総統も蔡主席も一致している。中国共産党の言う統一を支持する人は台湾にはほとんどいないし、台湾の法的独立を支持する人も少数である。

他方、台湾の民意は、中国との関係改善・経済交流拡大も望んでいる。台湾の自立も維持したい、中国との交流で経済的恩恵も得たいという台湾の民意およびそれを背負っている馬政権に中国の次の指導部がどのような形で応えるのかが今後の焦点である。「両岸関係の平和的発展」のゆくえを周辺国は注視している。

台湾総統選挙のメッセージ
台湾の総統選挙に対しては多くの中国国民が関心を寄せている。中国メディアは台湾の選挙のマイナス面を強調し、批判的あるいは嘲笑的な評論を頻繁に掲載してきた。また、中国大陸においては台湾のいくつものサイトが中国当局によりアクセスできないように遮断されている。しかし、台湾で行なわれた3人の総統候補者によるテレビ討論会は、中国大陸にそのままネット中継された。

台湾の政見討論会をネットで見た人は、中台の最高指導者の選び方の差異を感じずにはいられなかったであろう。中国大陸から見て同じく中華民族を中心とする社会である台湾で民主政治が実践されているという事実は、長期的には様々な形で中国大陸に影響を及ぼしていくに違いない。台湾の総統選挙は中国の政治体制のあり方に光を照射し、航海の方向を示唆する灯台の役割も担っている。総統選挙は台湾の最強のソフトパワーである。

(おがさわら よしゆき 東京外国語大学准教授/本稿は平成23年度機動研究の成果の一部である)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。