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イラン・チャーバハール港開発の含意 Several Implications of Development of Chabahar Port

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.112

2018年3月23日発行

PDF (732KB)

  • イラン南西部のチャーバハール港開発がインドの投資協力で俄かに動き出している。
  • 背景には初めてアジア側に目を向けようとするイランの地政的な戦略がある。
  • 日本としてはこうした地域内的な動きについて引き続き注視していくべきであろう。

米国トランプ政権がオバマ政権時代のイラン核合意(JCPOA)を反故にする意思を鮮明にする中、イラン南西部のチャーバハール港の開発が俄かに注目を集めている。この動きに対してはアフガニスタン側もこれまでになく大きな期待をかけており、同港からの物流をアフガニスタン側でザーボル方面から引き継ぐべくインドの協力で道路の整備が進められているという。

注目を集めるインド洋の良港

2017年12月3日にチャーバハール港の新施設の開港式が挙行され、日本を含む計17カ国の参加があった。また同港の開発プロジェクトに既に85百万ドルの投資を行ったインドは、象徴的な初の積み荷となる小麦を完成したばかりのチャーバハール港のシャヒード・ベヘシュティー埠頭で陸揚げし、アフガニスタンに搬送した。チャーバハールは人口約10万、イラン南東部にあるスィースターン・バルーチスターン州チャーバハール県の中心都市である。マクラーン地方のイラン側に位置する港町であり、オマーン湾に面している。イラン・マクラーン地方はオマーン湾の北辺をほぼ東西に緩い弓状を描いて対パキスタン国境近くまで100kmほど伸びているが、チャーバハール港はその西端に位置するこの地域の唯一の良港である。  

チャーバハール港の開発については既に2001年のアフガニスタンにおけるターリバーンの敗走以来、パキスタンのグワーダル港(チャーバハールから約140km東方)とともに陸封国アフガニスタンの海上物資輸送ルートのハブとして注目されていた。またチャーバハールがキーシュ島などと共に自由貿易地区(フリーゾーン)に指定されたのはもっと古く、1993年まで遡る。ただ西暦2000年に筆者が初めてチャーバハールを訪れた際には最初のショッピングモールが未だ建設中で一部営業していたような段階であり、現在では5つのショッピングモールがオープンしているのと比べると隔世の感がある。

他方のグワーダルについてはその後パキスタンとの外交関係が密接な中国が積極的な開発投資を行い、現在までに習近平体制による「一帯一路」構想の最大規模のプロジェクトとして約620億ドルという巨額の投資を行ってきた(2017年12月現在)。だがチャーバハールとグワーダルは共にバルーチー民族が居住するバルーチスターンの港湾都市であるとはいえ、パキスタン側は周辺地域の治安情勢においてかなりの不安があり、これがアフガニススタンまでの延長数百kmの物流の大きな障害になってもいる。イラン側はこの点での問題は遥かに少ないというのが現地での証言である。

地図

(チャーバハール港湾局提供の資料を基に作成)

イラン側の地政的な決断

2015年の核合意によるイランとの外交関係改善を米国トランプ政権が明確に拒絶し、3月のティラーソン国務長官解任でG5+1によるJCPOAの維持はますます困難となっている。トランプ政権中に対米国関係が劇的に転換する可能性が限りなくゼロに近いという事実を冷徹に認識しているイランとしては、今後3年間という期間を最大限に活用する方策として、その開発余力を以下の方向に転じる決意をトランプ当選後(2016年11月以降)の早い段階で固めたものと考えられる。

  1. 開発のパートナーをイランの対米関係に配慮する欧米・日本からより広く検討し直す。インドが主要なパートナーとして浮上したイラン側の背景としてはこうした事情があるだろう。
  2. 経済制裁後の停滞の中で再開発・再投資を待つ国内の多種多様な案件の中で、通常であれば後回しになり勝ちな遠隔地バルーチスターンの案件に光を当て、むしろこうした案件に優先的に資金を投じるようにする。
  3. 特に米国、サウジアラビア(およびGCC国)などとの関係緊張化でペルシャ湾岸部の開発は軍事的な標的となり得るためこれを避け、バンダルアッバース港・ブーシェフル港などホルムズ海峡以西の主要な港湾施設に大幅に依存している現状を極力解消する方向で新たな開発投資の方向を模索する。

こうした地政学的な判断を背景に、イランは現在チャーバハール港とその周辺の開発を急ピッチで進めようとしている。その一つがペルシャ湾内のマーシャフル港あるいはアサルーイェ港から(イーラーンシャフルを経由して)チャーバハールに至る既存の天然ガスパイプラインを利用し、チャーバハールのフリーゾーン内に新空港用に確保している広大な敷地の一角で石油化学コンビナート施設を操業しようという計画である。またそこからほど近い場所では製鉄所の建設も緒に着いており、いずれはイラン全国の鉄鋼生産の1割以上を生産する予定であるという。これらはすべて建設計画の第一フェーズであるが、実際既に動き出しているだけに、数年後にはこの地域の様相が一変する可能性すら感じさせる。

動き出した鉄道敷設計画

またチャーバハール港から内陸の対アフガニスタン国境近くの町ザーボルまでの鉄道敷設計画がインドの投資協力で進められようとしている。実際チャーバハールからイーラーンシャフルまでは工事の半ば以上が完了しており、現在はイーラーンシャフルからザーボルまでの区間の工事に着手しているようである。この鉄道敷設に関しては2月中旬にロウハーニー大統領がニューデリーを訪問した際にモディ首相が資金協力を約束し、他方イラン側はインド側に対してチャーバハール港の一部施設の運用権を貸与したという。

それでは現在イラン側から開発パートナーとして期待されているインドのモディ政権はどのような戦略的な意図でチャーバハールへの投資を実施しているのだろうか。

それは一つには独立以来カシミール紛争などを巡って歴史的に根深い対立関係をかもしてきた対パキスタン関係の必然的な帰結として、パキスタンの友好国であり「一帯一路」構想でインド洋に進出しようとしている中国への政治的な牽制という意味があるだろう。またアフガニスタンはその北側に中央アジア五ヶ国が位置しており、インドとしてはムンバイなどからの工業製品をこれらの市場に届けるための海運上の拠点をチャーバハール港やオマーンのドゥクム港に確保することの経済的なメリットを強く意識しているに相違ない。

まとめ

チャーバハールとグワーダルの関係でいえば、両港は互いに競合する面もあると同時に相互のメリットを生かし合う共存共栄の関係にもなり得る。事実イランとしては可能であればチャーバハール開発にパキスタンや中国をも呼び込んで開発の相乗効果を狙おうという意図もあるようである。また他方でアフガニスタンとの国境近くの町ザーボル周辺のオアシス地帯では近年の気候変動による砂漠化が進行しているが、イランとしてはこれに対処する必要が生じており、チャーバハール港の開発はその意味でもプラスに働きうる可能性を持っているといえよう。

日本としては米トランプ政権による「アメリカ第一主義」の一方で進行している地域内的な論理による域内関係の再編を冷静に認識し、アジア各地域の安定化と発展に対して長期的にどのような貢献をしていくかを具体的に見定めるべきである。その意味でチャーバハール開発は格好の事例になり得ると考えてよいであろう。  

なお本論の元になったチャーバハール調査はサントリー文化財団の研究助成により行われたものである。

(すずき ひとし/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。