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コルバル(荷担ぎ人夫):イラン・クルド地域のかかえる深い闇

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.108

山口 昭彦

2018年3月22日発行

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  • イランのクルド地域、とくに国境地域は貧困や失業など深刻な社会・経済問題をかかえている。
  • 国境貿易がイランのクルド地域に一定の経済的利益をもたらしているのは事実だが、他方で、それを支えるコルバルは劣悪な労働を強いられ、この地域の不満の象徴ともなっている。
  • こうした社会矛盾が、イランのクルド地域に過激なイスラム主義者が浸透する背景にもなっている。

現在のイランで、クルド人たちが自治や独立を声高に要求することは、ほとんどない。ひとつには、クルド人の民族的権利を主張する政治運動が、政府によって厳しく押さえ込まれてきたことによるが、他方で、多民族性を前提に国民統合を図ってきたイランでは、国家がクルド人の存在を否定することはなく、彼らがイランの一部を構成する民族であることが広く国民の間でも共有されているからだ。

しかし、イランに暮らすクルド人の間に不満がないわけではない。とくに、イラン国内でもっとも貧しい州の一つとされるコルデスタン州(クルド系住民が多数暮らす州の一つ)では失業率も高く、そのことが、住民の間に慢性的な不満を醸成し、ときに「民族的差別」とさえ認識されてきた。

そうした社会矛盾を象徴するのが、重い荷を担いで国境を越えるコルバルの存在だろう。現在、イラン西部国境を経て、イラクやトルコから多くの日用品が密輸品として流入している。こうした一種の国境貿易がこの地域に経済的活況をもたらしていることはよく知られている。それら日用品をイラン側へと運んでいるのが、コルバルたちだ。低賃金で過酷な労働を強いられる彼らこそ、イランのクルド地域の抱える深刻な社会問題を象徴する存在といえる。

荷担ぎという仕事

歴史をさかのぼると、荷担ぎ人夫として働くクルド人の姿はすでに18世紀や19世紀のイスタンブルでも見られた。当時、オスマン帝国の都だったこの町で、ハンマールと呼ばれた人々だ。かれらは、港湾や隊商宿、あるいは市場などで商品を運びながら帝都の日々の物流を担っていた。こうした単純労働に従事したのが、職を求めてはるばる東アナトリア(現在のトルコ東部)からやってきたクルド人たちであった。

ハンマールもけっして楽な仕事ではなかったが、現代のコルバルはいっそう過酷な状況に置かれている。わずかな賃金と引き替えに100キロにもなる重い荷物を背負い、山や谷を越えて、危険な国境を渡らねばならない。イラン側の国境警備隊に遭遇すれば射殺されることもあり、冬場には雪崩で遭難したり凍傷で足の指を失うこともある。

クルド系イラン人の映画監督バフマン・ゴバーディーの『酔っぱらった馬の時間』は、こうした荷担ぎ人夫たちの姿を描いた秀逸な作品だ。イラクとの国境に近いバーネの町から南へ20キロほどのところにあるサルダーブ村を舞台とするこの映画では、密輸に携わっていた父を地雷で失った主人公が、自ら、家族を養うためイランからイラクへと高く険しい冬山を越えて、ラバに積んだトラックのタイヤを運ぶ過酷な状況が描かれている。

イラン市場の需要

政治的経済的状況に応じて密輸される商品やルートが変わるが、特に近年はイランが経済制裁の対象となり、そのため購買意欲があっても十分な商品が市場に出回らない状況があった。そうした需要に応える形で密輸品がさまざまなルートで持ち込まれることになったのである。  

おりしも、2003年のイラク戦争でフセイン政権が倒れると、イラクのクルド地域ではクルディスタン地域政府KRGが比較的安定した自治を享受し、首都アルビールは一時、「第2のドバイ」と言われるほどの経済成長を見せた。  

そのため、イランとイラクとの国境貿易も様変わりし、20年前には、ゴバーディーの作品が描くとおり、国連とイラク政府による二重の経済制裁に苦しむイラク北部のクルド自治区にイラン側から物資が運ばれたのに対し、今では、イラク北部を経由して、イラン人の需要に応じたさまざまな商品がイラン側に流れるようになった。テレビ、冷蔵庫、携帯電話、台所用品などなど、需要があるものなら、なんでもありだ。

この結果どうなったか。密輸品が流れ込む辺境の町は、たしかに豊かになった。バーネの町にはおよそ80のショッピングモールが建ちならび、数百にもなる店舗が軒を連ねて数千人が働いていると言われる。密輸品は地元のショッピングモールで売られるだけではなく、イラン国内の闇のルートを通じて国内各地に運ばれていく。また、ノウルーズ(正月)や夏休みを中心に数百万もの人々がイラン各地からバーネの町にやってくる。こうした国境交易によって莫大な資金が動いているのは言うまでもない。

変わらぬコルバルの窮状

しかしながら、こうした未曾有の繁栄が、コルバルたちの過酷な生活の犠牲の上に成り立っているのも事実だ。ゴバーディーの映画が撮影されて20年近く経った今も、荷担ぎ人夫たちの厳しい生活は相変わらずだ。実際、国境警備隊によって毎年数十人のものが射殺されている。「クルディスタン人権ネットワーク」の報告によれば、2016年に64人のコルバルが命を落としたが、そのうち42人は射殺され、22人は雪崩に巻き込まれたか、低体温で死亡したという。さらに、2017年には少なくとも167人のコルバルが亡くなっている。国境警備隊によって射殺されても加害者は訴追されず、遺族にも十分な保証が与えられることもない。  

なぜ、かれらがあえてこうした危険な仕事に就くかといえば、言うまでもなく、背景には貧困問題がある。コルデスタン州での一人あたりの所得は、イラン国内にある31州のうち、29位に位置し、実に半数近い45%が失業しているという。とくに国境地帯の村や町となると、これといった産業がなく、コルバルになるのは、これが生きていくための唯一の選択肢となっているからだ。かれらとて危険であることは重々承知し、もし他に仕事があるのならすぐにでもやめたいが、他に選択肢がないという。

まとめ

こうした状況のもたらす深刻な影響については、イラン政府当局も認識している。たとえば、2017年12月、イラン国家安全保障最高評議会書記のアリー・シャムハーニーは、コルデスタン州を視察し、「コルデスタンの人々は尊敬すべき人々であり、イラン政府は彼らを誇りに思う」とし、「1979年の革命がクルド人の社会的経済的必要性に応えられず、また、コルバルたちに重い荷を担いで国境を越えるという危険を強いているのは恥ずべきことである」と述べている。また、問題の解決のために、イラクのKRGとの合法的な交易を発展させることでイラン西部国境の諸地域に雇用を生み出すべく尽力するとしている。コルバルの問題が、単なる地域的な、あるいは人道上の問題にとどまらず、国家の安全に関わるデリケートな政治問題であることを十分に認識した発言である。

2017年6月7日、安定した治安を誇るイランで、しかもその首都テヘランでイスラム国によると思われるテロ事件があった。この衝撃的な事件の実行犯のなかには、イラクとの国境に近いパーヴェの出身者が何人かいたとされる。他方、クルド系民族主義組織イラン・クルディスタン民主党は、すでに2014年の段階で、スンニー派が多数を占めるクルド地域におけるISの浸透の危険性を訴える報告書を発表していた。むろん、こうした過激なイスラム主義者の台頭にはさまざまな背景があろうが、コルバルの存在に象徴される経済的な停滞やそれに起因する不満がひとつの大きな要因になっているのはまちがいないであろう。

(やまぐち あきひこ/聖心女子大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。