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中国経済の見通しと政策課題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.90

2017年3月29日発行

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  • 中国経済は、課題を抱えつつ、「新常態」へのソフトランディングを目指している
  • 改革・開放の進展は緩慢であるが、背後にはマクロ経済運営をめぐる論争が存在する
  • 習政権は権力基盤を固めているが、その後継体制の行方も含め不確実性が残されている

中国経済については、楽観論から悲観論まで様々な分析と評価が行われており、その幅も相当に大きいものである。問題は、あまりに幅があるため、企業レベルにおいても、政策当局者レベルにおいても、意思決定に混乱がもたらされていることである。本研究では、中国の内政事情、経済政策決定プロセスについて独自の情報、見識を有する専門家の意見を集中的に聴取することで、改めて中国経済の実態に迫り、上記したような意思決定上の困難の解決に資することを目指した。

マクロ経済の現状評価

習近平政権は、経済を新たな段階である「新常態」に導くことを掲げ、(1)経済の高度成長から中高度成長への転換、(2)経済構造の絶えざる最適化、グレードアップ、(3)成長のエンジンの生産要素投入拡大からイノベーション(技術革新)への転換、を実現しようとしている。そして、GDPの公式統計の推移を見ると、経済は上記の特徴を持つ「新常態」に移行しつつあるようにも見える。しかし、個別の鉱工業生産統計(実物統計)が低迷していることから推定すると、農業やサービス業が公式統計通りに成長したのだとしても、実際の成長率はもっと低いものであったはずである。マクロ経済の現状を評価する場合、常にこうした問題の存在を意識しておく必要がある。

マクロ経済を見る上で、もう一つの問題は、地域別に状況が大きく異なることである。2016年を例にとると、全国のGDP成長率が6.7%で多くの省がこれを上回る成長率を発表したが、実質GDPと名目GDPの乖離を検証すると、辻褄が合わない省・自治区が存在することがわかる。全国平均で両者の差があまり無い中で、遼寧の「名目GDP23%減:実質GDP2.5%減」(公表統計)を筆頭に、河北、山西、内モンゴル、吉林、黒龍江、陝西、甘粛、新疆等の省・自治区は乖離が目立つ。乖離の原因は「物価が大幅に下落した」か「実質成長率低下が隠されていたか」のどちらかだが、後者であろう。そして成長率急低下の原因については、上記省・自治区は石炭等地下資源か重工長大産業に依拠していることから、現在の低成長と過剰生産力淘汰政策の影響を大きく受けたものと考えられる。

産業政策の有効性について

現下の過剰生産力淘汰の過程でも、中央政府が進める産業政策の有効性に疑問を抱かせる事態が発生している。たとえば鉄鋼業では、すでに10年来、産業集中度を高める(大企業への集約化を進める)政策を採ってきたが奏功していない。主な政策的手段は、国有大企業の合併推進であったが、鉄鋼需要が伸びる中で民営中小企業が成長し、産業全体で見た集中度は低下したためである。最近の過剰生産力淘汰のなかでも、民営企業の生産効率は国有に比べて良く、民営企業の生産量は必ずしも落ちていない。こうした現象は、マーケットメカニズムの産物であり、皮肉にも、「市場に決定的役割を果たさせる」ことを掲げた中国共産党第18期3中全会決定の意図が中央政府の産業政策に逆らう形で実現する格好となっている。

経済はソフトランディングできるのか?

マクロの公式統計(上述したように若干の問題を内包しているが)から経済全体の趨勢を見る限りでは、「新常態」へのソフトランディングは成功しそうに思える。しかし、複数の省・自治区では企業の大規模倒産や失業者が発生しており、ハードランディング状態にあることを見ておく必要がある。これら地方の不調の原因は、成長率低下や過剰生産力淘汰政策などのマクロ的要因よりは、同一産業(たとえば鉄鋼業)内でこれら地方が劣位にあることが大きい。従って、その救済には産業政策だけでは足りず、財政支援などが必要であろう。

習政権の現状評価

中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議(2016年11月)において習近平は党の「核心」とされた。この呼称は江沢民以来で前任の胡錦濤がついに獲得できなかったものであり、習の権力基盤は固まりつつあるとみてよい。事実、このところ習人脈と目される人物の要職への登用が相次いでいる。しかし、5年ぶりの党大会を2017年秋に控えた本稿執筆時点でも、通常ならば次第に明らかになってくる後継人事についての情報が漏れてこない点は、習政権を取り巻く状況の難しさの裏返しなのかもしれない。すなわち、後継を指名するほど権力基盤が万全でないか、現時点では習の眼鏡にかなう後継が存在せず、指名を先送りするつもりであるのか、などの可能性が考えられ、どちらのケースにせよ当面の政治情勢を不安定化させるものであるからだ。

改革・開放の再始動を掲げてスタートした習政権であるが、まず、改革についてみると、個別的に成果を上げているものの、マクロ経済運営をめぐる論争(一定の成長率を維持するのか、成長率を犠牲にしても改革を優先するのか)が存在している。このため、たとえばサプライサイド構造改革を優先するとしているが、その前提である国有企業改革(非効率企業の淘汰)は景気下押し効果を持つことから議論が後回しになっている。他方、開放分野では、「自由貿易試験区」、「一帯一路」構想などが徐々にその実像を明らかにしてきている。特に後者では、陸上部分での「中国・欧州直通貨物列車ルート」の開拓とその沿線での工業園区の開設、海上部分での大規模な港湾投資、それと連携した開発区の設立などが進んでおり、将来の中国経済圏形成を意図した戦略であることが示唆されている。

習政権の課題

政権は、腐敗退治を最大の梃子としてその権力基盤を強化してきただけに、当面は腐敗退治が継続されるであろう。特に17年は共産党大会の年であり、政権が政敵をけん制する上で有効なこの武器を手放すことは考えにくい。ただ、今後長期的に影響力を保持しようとするのであれば、それ以外の新しい梃子が欲しいところだ。

政権発足直後には、外交上の方針転換が目に付いた。たとえば、アメリカとの「新しい大国関係」の模索や、軍事力増強を背景としたアジア域内での強硬外交の展開などであるが、これも見方を変えれば、上述の梃子を求めた動きであったのかもしれない。内政面では、貧困問題等の民生問題への取り組みによって求心力を強めようとする可能性もある。第13次5カ年規画(2016~20年)において、規画年度内に政権が定義した「貧困人口」をゼロにするとしているのはその一例であろう。

外交、内政を問わず政権が大きな課題に直面していることは間違いない。しかし、これらの問題は深刻であるにしても対応可能であり、全体としてみれば、中国において政治が大きく混乱する要因はないといえる。

まとめ

政治的混乱が発生する可能性があるとすれば、中国共産党による統治システム自体が動揺することである。最後にこの点を検討する。まず、共産党内には現状を変更できるほどの勢力は存在しない。次に党外をみると、第1に、社会的なエリート層は、共産党の統治に窮屈さを感じているにしても、そこから十分な経済的・社会的利益を得ており、これに挑戦することは想定できない。第2に、こうした利益関係から疎外された民衆はというと、確かに存在するが、極めて分散した状態に置かれており、その社会的影響力は限定的なものである。

日本としては、中国の現行体制が存続すること、さらにはその対外的影響力が拡大・強化されていくことを前提として、対中国政策を立案していく必要があるだろう。

(おおにし やすお/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。