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3年目に入るイエメン内戦——解決のイニシアチブを握るのは誰か——

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.87

2017年3月29日発行

PDF (656KB)

  • 2015年3月にサウジアラビアの率いる「アラブ有志連合」による空爆開始から2年。イエメン内戦は一万人以上の犠牲者を出しながら、ホーシー派のサナアからの追い出しには成功していない。
  • 2011年の辞任に至るまで、ホーシー派を反乱勢力と位置づけ6度にわたり戦闘を繰り返したサーレハ元大統領は、現在サナアに居残ってホーシー派と手を携えて「救国政権」を下支えしている。
  • GCC・国連が支援する「正統政権」であるハーディー大統領勢力は、南部アデンを中心としてようやく足元を固めつつあるが、アルカーイダ、「イスラーム国」系勢力などによるテロの根絶には至っていない。
  • 停戦、事態収束のためにはサウジアラビアの判断が鍵を握るが、イエメン北部におけるホーシー派勢力の軍事的残存はサウジにとってはアルカーイダ以上の脅威であり、妥協のめどは立っていない。

2011年の「アラブの春」を受けて、平和裏に政権移譲が行なわれたイエメンでは、湾岸協力会議(GCC)諸国と国連の全面的な支援を受けて移行プロセスが推進され、2014年2月には国内各勢力の合意として6つの地域による連邦国家の構想が「国民対話文書」として発表された。この儀式にはバンキムン国連事務総長(当時)もイエメンの首都サナアに駆けつけ、当時既に混乱していたシリアの内戦とは対照的な「対話による政権移行」の輝かしい成果として国際社会に称揚された。

国民の失望とホーシー派の「世直し」運動

しかしながら、この時点で既に「アラブの春」から3年。せっかくの民主化運動によって33年の長期政権を誇ったサーレハ大統領を追い出したものの、経済的にも政治的にもさらには治安の面でも一向に改善の兆しが見えないことに、国民各層の不満は蓄積されていた。その中で、移行期間を預かるハーディー暫定大統領は世銀・IMFの勧告に従い、国民経済建て直しのための補助金削減に着手した。しかし補助金カットによるガソリン値上げに反対するタクシードライバーの抗議デモをきっかけに、庶民のフラストレーションに火がつき首都サナアをはじめ各地でハーディー暫定政権に対する不満が表明された。北部サアダを根拠地とするホーシー派(イスラーム教シーア派系のザイド派を教義とする宗教運動)もこれに呼応した。ホーシー派は北部部族地域(伝統的にザイド派の住民がほとんど)において1980年代以降サウジアラビアがスンナ派系の教義に基づくサラフィー主義教育を波及させてきたことに危機感を抱いた宗教的知識人の運動であったが、2004年からサーレハ政権に対する敵対勢力となって武力衝突を繰り返してきた。このホーシー派も「腐敗した暫定政府の打倒」「米国などの影響力の排除」などを掲げてサナアを始め各地でデモを組織、さらに兵力を伴いながらサナアに向けて南下の行軍を開始した。このホーシー派の動きは、宗教運動というよりも、一向に生活が向上しないことに痺れを切らし「移行政権」に失望した庶民の感情を代弁する「世直し運動」としての側面が大きい。

ホーシー派は南下の際に各地の部族勢力を巻き込み、失業中の若者などを民兵として動員しながらサナアに近づき、2014年7月にはサナアの北隣のアムラン市において、政府軍の基地を制圧し司令官を殺害した。さらに9月には勢力を拡大してサナアに入城し、ハーディー政権に圧力をかけた。

奇妙な「協力合意」と移行プロセスの中断

当初ホーシー派のサナア進軍を「反政府運動」と批判していたハーディーは、ホーシー派がサナアの政府拠点を占拠する事実の前に「パートーナー」と呼び替え、9月22日に「協力合意」を結んで首都における奇妙な共存関係に入った。それでも、移行プロセスの手順に従い新憲法起草作業は続行されたが、6連邦案についてホーシー派はかねてから異論を持っていたためハーディーは「憲法起草委員会」へのホーシー派の影響力を排除しつつ作業を続け、2014年末には草案が完成した。しかしこの草案が大統領に提出される直前に、ホーシー派は大統領府長官を誘拐、その後ハーディー大統領をはじめ主な閣僚を自宅軟禁状態に置くという事実上のクーデターを行なった。ハーディーはこれを受けて一度は辞任を宣言したものの、その後アデンに脱出して辞任を撤回、自らの正統性を主張してサウジをはじめとするアラブ連合に救いを求めた。

「決意の嵐」作戦開始

この「求め」に、ホーシー派の影響力増強がイランの地域支配戦略であるとの危機感を高めたサウジが応じ、「アラブ有志連合軍」の形で2015年3月25日に首都サナアの空爆を開始した。この決断の背景にはこの年の1月に国防相に就任していたムハマド・ビン・サルマン副皇太子(MBS)の存在も大きいと言われる。華々しくスタートした「決意の嵐」作戦だが短期間で終わるとされたサナアからのホーシー派の追い出しには成功しておらず、既に二年間にわたる長期戦の過程で、地上戦でも有志連合軍の戦死者が出ており、サウジの空爆も経費が一日に二億ドルという試算もあるなど大きな負担となっている。

蓄積される人道被害

それ以上に深刻なのは、空爆によって日々脅威にさらされているイエメン国民の人道的被害である。国連によれば、2017年初段階で空爆開始後の戦闘を含む死者は一万人を越え、全人口2700万人中300万人が空爆や戦闘で家を追われた国内避難民となっており、国民の半数に食糧支援が必要、2/3以上に人道支援が必要であるという。また、誤爆による民間人の死傷者も増えており、イエメン国民の反サウジ感情を高めるのみならず、サウジに兵器を販売している米英の国民からも批判を浴びる結果となっている。こうした「犠牲」が累積される一方、軍事的にホーシー派をサナアから追い出すめどはたっておらず、国内は両派の勢力地域で事実上二分され、加えて東部では政治的間隙を縫ってアラビア半島のアルカーイダ(AQAP)、さらには「イスラーム国」の影響下にあるとされる勢力が一部地域をコントロールする混乱状態にある1

また内戦状態の長期化は、サウジを共通の敵とするホーシー派とサーレハ元大統領派の接近を促し、2016年11月28日には両派合同の「救国政権」の組閣に至った。これにより短期的な軍事的、政治的解決はますます困難になっている。2015年から2016年の前半にかけて試みられたジュネーブでの二度の和平交渉、クウェートでの和平交渉は成果を挙げられなかったが、国連決議の「ホーシー派の武力放棄とサナアからの撤退」に固執するハーディー政権の主張は、既成事実の積み重ねの上にますます現実味を失っている。両勢力の合体による妥協という選択肢も語られ始めているが、最大のネックは、ここ数年「イランの影響力拡大」に過敏なほどの反応を示すサウジアラビアが、サナアにホーシー派中心の政権が存在することを許容できない点にある。トランプ政権下の「嫌イラン」政策は当面サウジには好都合だが、空爆の継続は長期的に見た場合イエメンの国民のみならずアラビア半島全域に不安定化のタネを撒き散らすことにもなりかねない。地域の安定のためにはハーディー政権とこれを支えるサウジアラビアに対し、日本も含めた国際社会の働きかけが必要となってこよう。

(さとう かん/新領域研究センター)

脚注


  1. 2014年の夏にツイッターやフェイスブックで流布した風刺画を参照のこと。ホーシー派とAQAPの双方から苦しめられるイエメン政府兵が描かれている。(Ali Saeed "Yeminis continue paying heavy price for widespread arms possession" Yemen Times 12, August, 2014にも掲載。
    http://www.yementimes.com/en/1806/report/4188/Yemenis-continue-paying-heavy-price-for-widespread-arms-possession.htm)でも見ることができる。(2016年3月29日現在))

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。