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ロシア・トルコ関係とクルド問題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.80

高橋 和夫

2017年3月29日発行

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  • シリアは、アサド政権、反アサド勢力そしてクルド人に三分されている。反アサド勢力は、穏健とされる反体制派、ISそしてアルカーイダ系の組織に三分される。
  • 2016年末までの戦闘で穏健とされる反体制派が敗退した。その理由はロシアやイランがアサド政権を支えるために介入したのに、欧米の反体制派支援のレベルが低かったからだ。
  • さらに反体制派を不利にしたのはトルコの政策転換であった。トルコはシリアにおけるクルド人勢力への拡大を阻止するためにロシアとの協力に踏み切った。

シリアの見取り図

最近の中東情勢を見るポイントの一つはトルコとロシアの接近である。そしてロシアとトルコの関係を見るポイントはクルド問題である。

2016年に入ってロシアとトルコが仲介した停戦がシリアで発効した。完全に銃声が消えたわけではないが、少なくともシリア政府つまりアサド大統領の軍隊と反体制派の間では停戦が保たれているようだ。この停戦は、昨年末シリアのアレッポの攻防戦が終わった結果を受けて出てきた。その結果とは、どのようなものだったのだろうか。それは、アサド政権軍と支援するロシアやイランなどの諸勢力の勝利であった。敗れたのは反体制派と呼ばれる勢力である。

大まかに言うと、シリアは、アサド政権の支配地域と、その他に分かれる。その他は二つに分かれる。アサド政権に反対する勢力の支配地域とクルド人の支配地域である。クルド人は、アサド政権寄りでもなければ、反アサド勢力寄りでもない。クルド人はクルド人寄りである。つまりクルド人の自治や独立を求めている。

という事は、シリアがアサド政権と反アサド政権勢力とクルド人に三分されている。面倒なのは、反アサド勢力である。反アサド勢力は、大ざっぱには三分できる。一つは比較的穏健とされる勢力、通常は反体制派と呼ばれる勢力である。第二にイスラム急進派である。そのイスラム急進派は、さらに二つに分けられる。IS(「イスラム国」)とアルカーイダ系の組織である。ということは、シリアは、アサド政権、反体制派、IS、アルカーイダ系、そしてクルド人の支配地域と五分されていたわけだ。

代理戦争という誤解

これで、やっとアレッポの戦いの終結の意味を語る準備ができた。アレッポを支配してきたのは、主として反体制派であった。「穏健な」とされる勢力であった。この勢力がロシア軍の激しい空爆にさらされ、そしてイランの影響下にある勢力などの陸上での攻撃を受けて敗退した。

それでは、何ゆえに穏健とされ欧米やトルコの支援を受けていたはずの勢力が敗退したのだろうか。良くメディアで語られる構図に従えば、シリアの問題は代理戦争であり、アメリカの支援する反体制派とロシアやイランが支援するアサド政権が対立してきた。

しかし実際は、そうではない。ロシアやイランがアサド政権を本気で支えてきたのに対して、欧米やトルコの反体制派支援は本腰ではなかった。オバマ大統領の自己認識は、以下のようなものであった。つまり、自分はアフガニスタンとイラクの戦争から手を引くために国民に雇われた大統領である。シリアで新たな戦争を開始するのは自分の仕事ではない。オバマは反体制派に対する限定的な援助は行ったが、本腰を入れての支援は行わなかった。特に2013年にシリア政府が、すなわちアサド政権が化学兵器を使用した時の対応は批判を受けた。それまでオバマは、大規模な化学兵器の使用がアメリカにとってのレッド・ライン(赤い線)であると主張していた。つまり、越えてはいけない一線であり、それをアサド政権が越えれば、アメリカは大規模な軍事介入をするという意味だと受け止められていた。しかし、化学兵器の使用にもかかわらずアメリカは軍事力を行使しなかった。反体制派は、オバマがアサド政権を倒してくれるだろうと期待していた。少なくとも大きな打撃を加えてくれるだろうと見ていた。しかし、オバマは介入しなかった。

それと好対照にロシアのプーチン大統領は、2015年9月に大規模な空爆を開始した。アメリカは動かなかったのにロシアは介入した。反体制派が敗北したのは、つまりシリア問題が代理戦争になっていなかったからである。

エルドアンの変心

反体制派の敗退を決定づけたのは、アメリカの不介入ばかりではなかった。トルコの方向転換も大きな役割を果たした。トルコは、アサド政権の打倒を掲げ反体制派やイスラム急進派に対する支援を行ってきた。アサド政権を支持するロシアと対立し、2015年にはトルコ領を侵犯したとしてロシア空軍機を撃墜した。しかもパイロットがトルコの支援を受けていたトルコマン人の組織に殺害された。

ロシアは、これに強く反応した。シリアではトルコマン人勢力への爆撃を強化した。またトルコからの食料品の輸入を禁止した。またトルコで休暇を過ごすロシア人が激減した。こうした一連の報復措置の中でも注目されたのは、シリアのクルド人勢力によるモスクワ事務所の開設であった。ロシアは、シリアのクルド人組織に外交的な承認を与える姿勢を見えたわけだ。ロシアはクルド人をカードとして切ってきた。そうした印象を与えた措置であった。

ロシアとトルコの関係は冷戦状態に入った。ところが2016年に入り、雪解けが始まった。トルコはアサド大統領の即時の退陣要求を取り下げてロシアとの関係を改善させた。

このトルコの方向転換の背景には何があるのか。それはトルコの国内情勢である。現在、トルコ国内では政府軍とクルド人の組織PKK(クルディスタン労働党)が内戦を戦っている。シリアにおけるクルド人の影響力の増大は必ずやトルコの情勢に跳ね返る。エルドアンは、アサドの打倒よりは国内のクルド人の押さえ込みの方が重要だとの認識に至ったのだろう。これが2016年に入ってからのトルコのシリア政策の変更の背景である。それでは、トルコは、その見返りに何を得たのだろうか。恐らくトルコがロシアに求めたものはクルド人への支援の打ち切りであろう。

ロシアが、どのようにクルド人への対応を変えるのか。あるいは変えないのか。これがトルコ・ロシア関係の将来を見るリトマス試験紙である。

(たかはし かずお/放送大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。