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包摂的かつ倫理的な世界貿易システム構築のために ドーハ開発アジェンダと「人々の声」を通じた考察

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.49

佐藤 寛 著
2014年6月9日
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  • 「ドーハ開発アジェンダ」(ドーハラウンド)は2013年のバリ会合で部分的合意が得られたものの、開発分野については進展がみられず、途上国、特に後発発展途上国(LDC)をいかに国際貿易システムに包摂するかは世界的な課題である。
  • ドーハラウンドを通じ、一定の途上国優遇措置や「貿易のための援助」は実現されてきたが、自由貿易によって利益を得られない途上国の人々に対する配慮は十分でない。
  • 1200人以上を対象とした途上国で生活する「人々の声」調査から、庶民が貿易を通じ自分たちが搾取されることへの警戒感が浮き彫りとなった。
  • 世界貿易システムを、「包摂的」かつ「倫理的」なものとするために、(1)途上国国内の雇用調整過程を支援する「AfT」、(2)特恵システムを多国間合意の枠組みに取り込む新たな形の「S&D」、(3)さらに多くの「人々の声」を政策へと反映させる道筋の構築、以上の3点を提言したい。





ドーハラウンドと忘却された「開発」問題
WTO「ドーハ開発アジェンダ」(ドーハラウンド)は2001年に途上国の大きな期待を受けてスタートしたが、多様なアクターの利害調整は難航し、先進国や新興国の関心は個別のEPA、FTAにシフトしている。2013年12月のバリ閣僚会議では「部分合意」が得られたものの、アジェンダが本来目指していた「開発」に資する部分については現時点でもほとんど進捗がみられていない。WTO体制において、自由化努力義務を果たさないまま便益のみを享受するLDCに批判がある一方、多くの途上国は、WTO加盟と引き換えに求められる国内自由化義務の政治的、経済的、社会的コストを負担に感じている。

現時点で「開発」問題を問う理由は二つある。第一に、これからは、メガFTAが世界を覆う時代になるといわれているが、その網の目からこぼれ落ちてしまうLDCsが出てくるのではないか?将来にわたり貿易システムが持続的であるためには、これらの国々をいかに包摂するかが問われねばならない。第二に、現在輸出が好調な途上国においても、経済のグローバル化の恩恵を受けられない貧困層は拡大している。彼らを排除したままのグローバル化は、国内的にも国際的にも脆弱であり、こうした貧困層をどのように経済成長過程に包摂していくかは、2015年を目標年とするミレニアム開発目標以降も引き続き世界的な課題である。

そこで、ドーハラウンドはこれまでに途上国の開発に向けて、何を実施し、何を実施してきていないのかを検証し、LDCで実際に生活を営む人々の声をひろい集めることを通じ、包摂的で倫理的な世界貿易体制はどのように構築できるのかを考えてみたい。

途上国への配慮は十分ではない
2005年のWTO香港閣僚宣言では、LDC諸国からの輸入品については原則として関税や関税割当枠を撤廃することが合意された。この措置の効果を通関統計を利用した計量分析で検証した。その結果、カナダ、豪州の無税無枠はLDCからの輸出にある程度の効果をもたらしたがEUについては多少の効果のみ、日米の無税無枠はほとんど効果がなかったことが明らかになった。すなわち無税無枠措置だけでは、LDC諸国は対先進国輸出に関して大きなメリットを享受できないといえる。

香港閣僚会議では「貿易のための援助(Aid for Trade:AfT)」で、輸出能力や貿易関連インフラを支援することも合意された。現実には従来の援助をAfTとして再分類したものがほとんどであり、途上国における成長セクターの育成・促進にのみ焦点が当てられている。しかしながらLDC諸国の「開発」の視点からは、貿易による恩恵が受けられていない層に対しての支援が安定的な経済成長のために不可欠である。

「特別かつ異なる待遇(Special and Differential Treatment: S&D)」は1960年代以来、自由貿易体制に途上国を取り込むための重要なツールである。しかし現在、S&Dは、途上国の多様化と特恵制度の不安定性という二つの課題を抱えている。これらを乗り越えるためには、環境分野における「共通だが差異ある責任(Common but Differentiated Responsibility: CBDR)」原則を貿易分野においても適用し、特恵システムを多国間合意の枠組みの中に制度化することが必要ではないだろうか。

「人々の声」が示す自由貿易の正負の効果
本研究では、マダガスカルとカンボジアにおいて、それぞれ600人以上を対象とした「人々の声」調査を実施した。この調査から、貿易自由化は人々の生活に正負それぞれのインパクトを与えているが、それらの評価は生産者・消費者それぞれの立場に応じて異なるという事実が明らかになった。

マダガスカルの調査では、安価な衣服および医薬品の入手が可能になったという点で、貿易自由化は貧困層へプラスに働いていると広く認識されている一方、それ以外の製品、特に食品に関しては、大部分の人々が輸入品より地元産品を好むことがわかった。これはカンボジアでも同様の傾向がみられる。カンボジアでは輸入食料品への関税増額は広く支持されているが、それ以外の関税については生産者の立場と消費者の立場で大きく異なる。消費者は価格の高騰を嫌い輸入に関する高関税に反対し、生産者は外国製品との競争のために高い関税を求める。

今回の「人々の声」調査では、庶民は貿易を通じ自分たちが搾取されることへの警戒感を根強く持っていることが明らかになった。貿易を通じて自国産業への技術移転がもたらされるなどの「開発の促進者としての貿易」の側面を指摘する声もあるが、貿易への否定的な考えがまだ多く存在することを、単に「無知な庶民の誤解」と片付けることはできない。仮に誤解だとしても、そこには人々の日常経験に即した根拠があるということを、政策担当者は理解しなければならない。

包摂的かつ倫理的な世界貿易システムへの3提言
これらの調査結果を踏まえて、世界貿易システムが包摂的となるには何が必要かを考えてみよう。「包摂的」は、世界貿易の中にLDCsを取り込むという点と、社会の中の貧困層を貿易自由化の受益者として取り込んでいくという二重の意味がある。これらを可能とする行動原理は倫理性に求められる。「倫理的」な貿易が目指すのは、LDCsにとって「貿易と開発」が強い正の相関であるように他の国々が最大限の関心を払うこと、そして貿易をする際に先進国側の利益極大化だけでなく、途上国の「生産者」の生活向上に注意が向けられることである。

このためには三つのことが可能である。ひとつ目は「スーパーAfT」の構築である。WTOは他の開発援助機関や民間投資(FDI)とも協調し、AfTが国内の調整過程を支援できるようにし積極的に誘導することが望ましい。二つ目は「スーパーS&D」の採用である。包摂的な制度設計にはS&Dの考え方は不可欠である。貿易交渉においてもCBDRの考え方を採用し、明文化されたS&Dにとどまらず、先進国のみならず新興国からもLDCの開発促進に対する理解と協力を得ることが必要であろう。これが結果的には貿易システムを安定化させ、持続することにも繋がる。そして三つ目にさらに多くの「人々の声」調査を継続して実施することでLDCの人々が置かれている状況をより立体的に把握し、政策へと反映させることで、包摂的かつ倫理的な世界貿易システムの構築に寄与することができるだろう。

(さとう ひろし/研究企画部長)





本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。