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ASEANにとっての東アジア地域包括的経済連携

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.32

2013年9月30日
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アジア・太平洋の16カ国が参加する東アジア地域包括的経済連携、いわゆるRCEPの交渉が始まった。2010年に、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア・ニュージーランドをそれぞれプラス・ワンとする、5つのASEAN+1自由貿易協定(FTA)が揃った。RCEPは、これらASEAN+1 FTAの全てのメンバー国が参加することになる。日本にとっては、RCEPが日中韓を含む初のFTAになるかもしれないという点で、その意義は大きい。しかし、既に全てのプラス・ワン諸国とFTAを結んでいるASEANにとって、RCEPの経済的意義は見えづらい。そこで本稿では、既に5つのASEAN+1 FTAがあるASEANにとって、RCEPが追加的な利益をもたらすためには、どのような協定になるべきかについて、物品貿易分野に限定して議論したい。中国における賃金やカントリー・リスクの上昇に伴い、ASEANは海外進出先として再び日本企業の注目を浴びている。精緻な国際的生産ネットワークをASEANに張り巡らせている日本企業にとっても、ASEANにおけるRCEPのメリットは重要となる。




高い自由化率を達成すべし
第一に、RCEPは高い自由化率を求めるべきである。FTAが締結されることによって、ほとんど全ての品目において、関税率が(段階的に)ゼロとなる。しかし、ASEAN+1 FTAでは、全品目に占める関税撤廃品目数の割合(自由化率)はほとんどのメンバー国において9割に満たない。とくにASEAN・インドFTAでは、インドをはじめ、多くのメンバー国で自由化率は8割にすら満たない。RCEPにおいて9割程度の自由化率が求められるならば、ASEANにとって、さらには在ASEAN日系現地法人にとって、ゼロ税率のもと輸出できる品目が新たに増えることになる。とくに、1割以上の品目を、インドに対して新たにゼロ税率にて輸出することができるようになる。


ユーザー・フレンドリーな原産地規則の設定
第二に、ユーザー・フレンドリーな原産地規則を設定すべきである。FTA特恵税率を利用する際に、輸出品は「原産地規則」を満たしている必要がある。例えば、輸出される製品は、それを生産するためにFTAメンバー国以外から調達された中間財と異なった関税番号を持っていなければならなかったり(関税番号変更基準)、輸出国にて十分に付加価値がつけられたりしなければならない(付加価値基準)。この規則を満たすために調達先を変更するならば、生産コストが上昇することにつながる。とくに、ASEAN・インドFTAにおける原産地規則は「関税番号変更基準と付加価値基準の両方を満たさなければならない」という規則であるため、こうした原産地規則遵守コストは高くなる。ASEAN・日本FTAにおいても、他のASEAN+1 FTAに比べ、2桁レベルの関税番号変更基準を満たさなければならない品目が多く、原産地規則遵守コストは相対的に高いかもしれない。RCEPにおいて、多くの品目で「関税番号変更基準もしくは付加価値基準の順守」という原産地規則が設定されれば、こうした原産地規則遵守コストは低く抑えられ、これまでは原産地規則を満たせずにASEAN+1 FTAを利用できなかった企業(在ASEAN日系現地法人を含む)も、RCEPを利用できるようになるかもしれない。


共通譲許方式を採用すべし
第三に、共通譲許方式を採用すべきである。FTA特恵対象品目や、FTA特恵税率、原産地規則はFTA間で異なることが多い。したがって、利用するFTAに応じて、FTA特恵対象になっているか、満たさなければならない原産地規則は何か、といったことを整理、調査する必要がある。また、輸出品が原産地規則を満たしていることを証明するため、原産地証明書を入手する必要があり、そのために様々な書類(総部品表、製造工程フロー図、契約書、請求書、支払記録書など)を揃える必要がある。こうした原産地証明書取得手続きにかかる申請フォーマット・記入事項もまた、FTAによって異なっていることが多く、どういった書類が必要か等を整理、調べる必要がある。こうした調査、整理は一定のコストとなり、いわゆるスパゲティ・ボウル現象(複数のFTAが乱立する状態)に伴う弊害としても知られている。RCEPにより16カ国を含む単一のFTAが締結されれば、ASEANから複数のプラス・ワン諸国に輸出する際にも、一つのFTAを利用すれば済む。同一のFTAであるため、当然原産地規則や諸手続きが輸出先に応じて異なるということも自動的になくなるであろう。一方で、一つのFTAになっても、必ずしもFTA特恵対象品目、FTA特恵税率が統一されるとはかぎらない。これらを他の15カ国に対して共通化させる方式は共通譲許方式と呼ばれている。もし共通譲許方式が採用されない場合、すなわちメンバー国に応じて別々の関税撤廃品目、特恵税率を設定するならば、RCEPにおいても上述したコストが残存してしまうことになる。


累積規定を導入すべし
第四に、16カ国による「累積」を認めるべきである。先述したように、FTA間で原産地規則が異なることが多く、あるFTAにおける原産地規則を満たしたとしても、別のFTAにおける原産地規則を満たせるとは限らない。複数のFTAの原産地規則を同時に満たすためには、輸出国における付加価値を過度に増やしたり、基幹部品を全て現地から入手したりしなければならない。しかしながら、複数のFTAを利用するために過度に現地調達率を上げるならば、関税支払を節約する一方で、生産コストの上昇を招くに違いない。RCEPに「累積規定」が含められれば、RCEPメンバー国から調達した部品は全て輸出国産としてみなされる。したがって、無理に現地調達分を積み増す必要もないし、基幹部品をプラス・ワン諸国から調達しても、複数のプラス・ワン諸国に対してFTA税率を利用することができる。とくに、RCEP16カ国は、日本企業の国際的生産ネットワーク範囲をカバーするため、在ASEAN日系現地法人にとっても、これによって原産地規則遵守コストは著しく低下することが期待される。

日本政府としては、RCEPが以上のような内容の協定になるよう、交渉をリードしていくことが重要となる。これにより、これまでFTAを使えなかった在ASEAN日系現地法人のFTA利用を促進することができるであろう。実際、原産地規則遵守コストなど、上述した様々なコストの存在により、必ずしも全ての企業がFTA税率を利用できるわけではない。国によって、また産業によって異なるが、大雑把に言って、アジア・大洋州では、自由化品目における全貿易額のうち、半分前後はこれまで通り、最恵国待遇税率で取引されている。とくに、中小企業の多くはFTA税率を利用できないでいる。実際、輸出を行っている在ASEANの日系現地法人では、中小企業によるFTA利用は、大企業に比べ、統計的に有意に少ない。また、過去にFTAを輸出時に利用した経験のある企業では、その他の国に輸出する際にFTAを利用する確率が42%も大きくなる。このように、大企業は多くの国に対する輸出に際してFTAを利用し、恩恵を受けている一方で、そういった恩恵を中小企業は受けられずにいる。RCEPは、こうした在ASEAN日系中小企業によるFTA利用も容易にしていくであろう。

(はやかわ かずのぶ/JETROバンコク事務所)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。