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南アフリカにおける企業内HIV/エイズ対策

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.24

2013年9月13日
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背景
HIV/エイズは致死性の感染症であるが、薬の服用によって非感染者と変わらない平均余命を全うできる。よって、HIV/エイズの感染率が高くても、感染者に薬を服用してもらえれば、企業は従業員の健康を守ることができる。予防に注意喚起すれば、新規感染者を減らすこともできる。

このように単純で誰にとっても有益なことを実現できない現状が南アフリカの企業社会にある。なぜだろうか。アフリカ開発会議の趣旨に準じ、アフリカ実証事業の研究チームは南アフリカで操業する製造業企業とともに、効果的な企業内HIV/エイズ対策を明らかにする実証事業を2009年と2010年に実施した。2010年の当該地域の成人感染率は15.8%、南アフリカの感染者数は全世界の感染者数の6分の1である。




意識調査
研究チームは2009年に上記製造業企業の全従業員を対象にした意識調査を実施した。社内でのHIV/エイズに関する啓蒙活動が活発であることから、多くの回答で感染しやすい行為、治療薬の用法や効果、平均余命などでの正しい知識、情報秘匿に関する医務局への高い信頼などが確認できた。

大多数からは受検自体に抵抗がないという回答も得た。その一方で、過去2年の受検率は49%、受検しない従業員は病気への恐怖や差別を恐れるスティグマが原因であると回答。感染を知られたくない相手として同僚を挙げた回答は20%、この知られたくない気持ちが社内受検をためらわせる効果は同僚と深く付き合う従業員ほど大きい傾向も判明した(Arimoto et al., 2012b)。スティグマとは、差別だけでなく、差別を受けないように行動を変えることで言動が制約される事態も含む(Link and Phelan,2001)。誰もが気兼ねなく受検できる環境を整えることで、スティグマを理由に受検しない従業員をなくすことが望まれる。このように、受検に抵抗がないと述べ、正しい知識や医務局への信頼を持っていても、そのままでは受検が進まないことが示唆された。


受検促進実験
意識調査の結果を受け、研究チームは2010年に受検促進のための介入実験を行った。健康診断にHIV/エイズ検査を組み合わせることで利便性を図るとともに、HIV/エイズ以外の理由でも検査場所に来ることが自然であるように実験を設計し、差別などの不利益が発生しないようにした。とくに、HIV/エイズ検査は完全個室内で実施し、受検の有無に関係なく室内で過ごす時間を同じになるようにして、受検したかどうかが傍観者には分からないように配慮した。これらに加えて、スティグマ対策のための受検促進措置をいくつか試み、それぞれが受検率を高める効果を科学的に計測した。各措置が適用される従業員を無作為に選別したため、各措置下での受検率の違いは、各措置の受検促進効果の違いとして解釈される。健康に関わる事象であるため、実験計画は弊所設置の研究倫理委員会の承認を得て実施した。以下の研究はArimoto et al(. 2012a) に詳しい。

南アフリカでは他企業においてもHIV/エイズ検査を実施している先行事例があるが、多くの場合は通常業務を全停止して一斉に受検させている。一気に受検できるという点では効率的であるが、致命的な問題点が二つある。一つは、何度も業務停止できないことである。もう一つは、次回の一斉受検を策定できないことである。なぜならば、感染確率の高い個人は低い個人よりも頻繁に受ける必要があるため、確率が個人間でばらつく以上、一斉受検は再度できないためである。また、HIV/エイズ検査だけを実施すると、表情や経過時間から、検査結果が周囲に知られてしまう危険も無視できない。

このため、実験では通常業務を停止せず輪番で健康診断に行くように人員配置計画を徹底し、実験後にも企業単独で継続できることに留意した。輪番で円滑に受検させるために、各部署に責任者を設置し、当日の業務と勤務状況に鑑みて、受検者リストを確認する作業を毎朝実施した。外部のストライキなどで業務量の偏りが突然発生した場合には、他部署と連携して柔軟に予定を変更した。こうした部署間の調整を実現するためにも、経営トップの強い後押しが不可欠であった。また、検査が自由意思に基づくことを再確認し、従業員に受け入れられやすいように設計を改善するため、労働組合と良好な協力関係を築き、計画策定から実施のすべての節目で同意を得られたことも、介入の実現可能性を高めることに貢献した。

受検率は80%を超え、当初目的としていた60%を上回る成果を達成した。しかし、最大の人種グループで感染者発見率の最も高かったアフリカ系とカラード (混血) の受検率は60%台と低迷し、全体の受検率を引き下げる結果となった。なかでも、自らの感染懸念が強い従業員ほど受検を回避したため、最も受検してもらうべき対象への介入の効果は低かった。実験的介入のうち、社内の治療プログラムや従業員の患者の声をDVDで鑑賞したグループでは受検率が 6~10% ほど高まる傾向が確認できた。アフリカ系とカラードでは、看護師に説得されるよりも、DVDのように無機的な勧奨の方が受検によって感染者を発見しやすいことも示唆された。


教訓
正しい知識、医務局への信頼、受検への無抵抗感などの模範回答だけでは受検は進まない。積極的な受検促進とスティグマへの配慮を徹底することで、社内受検率を高められることが本研究で判明した。
しかし、感染を強く懸念する従業員や最大人種集団のアフリカ系・カラードの受検率は低く、改善の余地も残された。今後の研究では、感染確率の高い集団の受検率を高める方策を明らかにすることが求められる。


《参考文献》
Arimoto, Yutaka, Seiro Ito, Narumi Hori, Yuya Kudo, and Kazunari Tsukada(2012a)“Impacts of an HIV Counseling and Testing Initiative: Results from an Experimental Intervention in a Large Firm in South Africapdf,” Working Paper.
Arimoto, Yutaka, Seiro Ito, Yuya Kudo, and Kazunari Tsukada(2012b) “Social Relationship and HIV Testing at the Workplace: Evidence from South Africapdf,” Working Paper.
Link, Bruce G and Jo C Phelan(2001) “Conceptualizi ng Sti gma,” Annual Review of Sociology 27 (1), 363‒385.


(いとう せいろう/開発研究センター)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。