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インドの台頭と東南アジア、日本

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.22

2013年9月13日
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本稿では、「中国の台頭」との対比において「インドの台頭」の内実を明らかにするため、第1にインドとASEANの経済関係とFTAの現状を確認し、第2にインドのASEAN政策を概観する。結論を先にいえば、インドの台頭は中国とはかなり様相を異にし、概ね政治面が先行している。そこで第3にインドの対中国政策を回顧し、それを踏まえて東アジア、日本にとってのインドの位置付けを再検討する。




インド・ASEANの経済関係深化とFTA締結
インドとASEANの貿易関係は、対中国関係ほどの規模や広がりは持たない。それでも2010/11年度で総額578.86億ドル(貿易総額の9.32%)、輸出額272.78億ドル(同10.86%)、輸入額306.08億ドル(同8.28%)とEU、中国(近年輸入が急拡大し国別で1位に浮上)、米国に次ぐ第4位のパートナーだ。相互の経済規模や地理的利便性から想定されるより小さいが、輸出における構成比は着実に拡大している。ただ、構成を見ると輸出入とも機械・機器のシェアが20%程度で相互の関連(分業関係など)が低いといった課題もある。

投資関係はまだ小さいが、インドの対ASEAN投資は25.84億ドル(2010年)で中国の27.01億ドルに接近し、ASEANのFDI 受け入れ総額に占めるシェアは3.41%であった。インドへのASEAN全体の投資統計は得られないが、おそらくそのほとんどを占めるシンガポールが52.57億ドル(2011年)でシェア14.4%だった。この他、迂回投資地であるモーリシャスからの投資にも一部ASEAN投資が含まれていると見られる。なお、「華人」に対比される「印僑(インド人ディアスポラ)」は、ミャンマー290万人、マレーシア166.5万人、シンガポール30.7万人とその分布は偏在している。彼らの「居住国の対インド投資に果たす役割」についての研究によれば、もともと彼らには華人に目立つ製造業従事者が少ないことなどから、かなり限定的であると見られる。

両者間のFTAは、2003年10月に包括的経済協力枠組み協定が結ばれた後2009年8月に物品貿易に関して署名され、2010年1月(ASEAN中国FTAと同時期)に発効した。日本インドFTAも2011年8月に発効し、両FTAの関税削減スピードは異なるが、三者の経済関係深化は加速することになろう。


インドの「ルック・イースト政策」とASEAN
インドは、1990年代以降、ASEANを含む東アジアの経済活力取り込みを狙って「ルック・イースト政策」を展開してきた。ただ、中国の場合と異なりインドの外資導入のハードルは高く、国内産業を活性化するダイナミズムにも欠けていた。政治面では、2012年12月にニューデリーでASEAN・インド首脳会議を開催し、両者の関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げするなど着実に前進しているが、経済面ではFTAを締結したものの対中国貿易の方が拡大は急である。また、ASEANから見たインドは、経済的存在感よりも中国に対する牽制勢力という意味合いが強い。

インド外交において、最も重要な二国間関係は対米関係である。インドは、それ以前のソ連傾斜の外交政策を転換した後、個別国と「戦略的パートナーシップ」関係を樹立してきたが、なかでも米国は最重要国である。ASEANとの関係は対米・対中関係の延長線上にあり、両国の対アジア戦略をにらみつつ推移してきたといえる。このところ米国がアジア回帰を強めているのに伴い、インドもASEAN重視を鮮明にしている。

ASEANは、2000年以降、中国との経済関係強化を重視してきた。2010年には先行6カ国と中国とのFTAが発効し、その傾向はさらに強まっていたが、インドネシアでは、中国製品の流入で窮地に立った産業界が反発しFTAの一部撤回を求めるといった反動が起きた。また2009年以降、中国が強硬外交に転じたことでフィリピン、ベトナムなどとの関係は悪化した。現在、ASEANの対中国スタンスは足並みの乱れが目立っており、たとえばベトナムはインド海軍の常駐化を要請、さらに南シナ海での石油共同開発協定を結ぶなど、矢継ぎ早に対中国牽制措置を打ち出している。

インドも、ASEANからの働きかけに積極的に応じているが、中国との二国間関係に大きな悪影響を及ぼさないよう慎重に対応している。この点は、中国側も同様である。


インドの中国政策 ̶̶「関与と警戒」の継続
インドの対中国政策を要約すれば、「関与と警戒」となろう。1960年代から継続する国境紛争やインドによるチベットの亡命政権受け入れなど政治的問題が原因で両国関係は長きにわたって緊張状態にあった。その後、冷戦の終焉、中国の改革・開放とそれに遅れてのインドの経済自由化政策などを背景に、2000年以降、緊張緩和が進んだ。両国最大の対立点である国境問題に関して協定を結び、政治問題を棚上げしつつ経済関係を強化するという路線である。2005年の温・中国首相訪印に際しての「戦略的・協力的パートナーシップ宣言」はその象徴である。

しかしその後は、経済関係が拡大する一方、政治関係は停滞する「政冷経温」(あるインド研究者の造語)状態が続いている。背景には、両国が経済関係発展に共通利益を見出す一方、お互いの周辺における相手国の権益伸長に警戒感を高めている現実があろう。インドの対中政策は、以前とは異なった意味合いにおいてだが、冒頭に掲げたスタンスに戻ったともいえる。


ASEANを中心とする東アジアは、両国の角逐場となりかねない状況だが、そこで無視できないのは、米国という域外超大国の存在である。インドも中国も、自国権益を保持しつつ域内での影響力を高めようとする「大国」指向を持つが、米国との対立は望んでおらず、一定の自制が働く格好となっている。


政治・経済パートナーとしてのインドの可能性
東アジアにおけるインドのプレゼンスは経済面ではまだまだ小さい。しかし、中国の台頭によってその地政学的重要性が再認識されるようになっている。東アジア、日本にとってインドは中国を牽制する際の有力な勢力である。

また、BRICs経済が興隆するなか、その一角を占めるインドへの関心が高まっている。国際協力銀行の調査(2011年)では、中期的(今後3年程度)・長期的(同10年程度)有望事業展開国としてインドはそれぞれ2位(1位中国)、1位(2位中国)とされている。事業内容を既進出企業へのJETRO調査(同年)で見ると、インド事業は内販型(69%の企業が国内市場開拓を優先する旨回答)で中国とは直接的には競合しない。また、インフラ整備、製造業振興の必要性など課題は多いものの、人口構造を見ても市場、製造拠点としての将来性は中国に遜色ないと考えられる。

本研究会での検討作業を通じ、東アジア域内でのインドの重要性が政治的にも経済的にも上昇しつつある実態を確認できた。今後を展望すれば、東アジア諸国や日本にとって中国との関係再調整は不可避であり、それと直接間接に影響し合いしながら、インドとの関係発展が図られることになろう。

(おおにし やすお/新領域研究センター上席主任調査研究員)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。