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化学物質製品環境規制がサプライチェーンを通じてアジア途上国企業に与える影響

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.20

2013年9月13日
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化学物質の製造と使用による人の健康と環境への著しい悪影響を最小化することを目指すとするWorld Summit on Sustainable Development(WSSD)目標の達成と産業競争力の強化を目指し、EUをはじめとする各国において化学物質規制が強化されている。EU のRoHS(電気電子機器の特定有害物質使用制限指令)、REACH(化学品規制)等製品環境規制は化学物質や有害物質のみでなく、例えば自動車の塗料や繊維の染料など製品含有物質の規制(以下、規制)も行うため、化学産業に加えて、EU市場に輸出する財を生産する幅広い産業の素材、部品、組立企業で規制対応を行う必要がある。グローバルサプライチェーン(GSC)の川上の素材企業や川下の組立企業の大企業は危機感をつのらせ取り組みを進めているものの、川中を構成する多くの中小企業では取り組みが遅れている。製造業のGSC はアジア地域に張り巡らされており、最終製品の完成には日本だけでなく、GSCに参画する各国企業の努力と協力がなければ、規制遵守はかなわない。各国政府や業界団体等は、企業の対応を促す努力を行っている。しかし、大企業など一部を除き、アジア地域でどのような企業が影響を受け、対応の課題は何かの実態把握は十分に進んでいない。日本国内の状況に加えて、アジア途上国の中小企業を含めた実態の把握はさらに困難になっている。




アジア途上国の企業にどの程度化学物質規制の影響が及んでいるのか、また企業はどのような対応方法を選択しているのか、規制遵守は競争力を高めるのか、そして仕向地や調達先の変更を通じて、規制対応がサプライチェーンの構造に影響を与えているのかという疑問に答えるため、アジア経済研究所では2011年度にベトナム、2012年度にマレーシアで企業調査を行った。ベトナムでは1055社、マレーシアでは370社から回答を得た。ここでは、概要の一部を紹介する。調査票で尋ねた内容は、企業属性(従業員数等の企業規模)、主に扱う製品、原材料調達、化学物質管理、輸出企業については輸出先等、そして化学物質規制を含む要件を示すプライベート・スタンダードや認証取得状況についてである。

まずベトナムのサンプルについて紹介しよう。内訳をみると、7割が地場企業、3割が海外直接投資(FDI)企業であった。産業分類をみると、ベトナムの産業構造を反映して、軽工業(衣料品、木材製品、食品、繊維)が56%を占める一方、電気・電子産業は5%、自動車(自動二輪を含む)は1%以下であった。また、対象企業の3割強が従業員数100人以下の企業となっている。原料調達先は、中国、韓国、台湾、ベトナム国内を挙げる企業が多いのに対し、仕向地はEU、米国、日本となっており、アジアで調達をし、先進国市場に輸出する構造がみられた。製品中の化学物質に関する何らかの要求を受けたことがあるかという質問に対して、回答企業917社のうち43%が「ある」と答えた。一方、製品中の化学物質が原因で納入を拒否されたことがある企業はうち14%に上っていた。このことは、化学物質規制の影響が途上国であるベトナムにも広がっていることを示している。

誰が化学物質への対応を要求したかを尋ねたところ、262社が顧客、131社がサプライヤーと答えており、化学物質管理における取引先の重要性があらわれている。統計的に分析を行った結果、化学物質への対応を求められるのは、輸出している企業であるからでも、外資企業であるからでもなく、GSCに参画していることが有意に影響していた。規制遵守のための製品含有化学物質の管理は、GSCを通じて行われているともいえよう。一方、企業がGSCに参画しない場合に規制を遵守するキャパシティを持つのかを知るために、対応すべき規制について知っているかを尋ねた。60%の企業が規制の名称を知っていたが、そのほかの企業は顧客が求めるという理由で対策を実施しており、その根拠となる規制について理解していなかった。実際、顧客からの要求事項として、グリーン調達基準書やプライベート・スタンダードを挙げる企業がみられた。これらの顧客からの要求事項は、各国規制への遵守にかかわる項目を含んでおり、サプライヤーはこれらを満たすことで、結果的に規制を遵守していると思われる。規制対応方法について尋ねたところ、製品検査を行うが最も多く、次いで生産工程の変更、工場内検査設備の投資、新たな生産設備、原材料の変更となっており、対策において製品検査が重要な位置づけにあることがわかった。

規制を遵守することで、競争力は変化するのだろうか?対策を講じたことでコストが変化したかを聞いたところ6割の企業がコストは上昇したと回答した。また5割が製品価格が上昇したと回答した。一方、対策を講じたことで輸出が増加したかを聞いたところ「増加した」と回答したのは1割にとどまった。対策を講じることは輸出の継続のために必要であるが、価格上昇もあり、競争力を高める結果には必ずしもつながっていないことが明らかになった。

規制遵守ができなければ規制市場への輸出が困難になるため、各国企業の競争力にも影響を与える。規制が厳しい市場から撤退し、輸出仕向け先を他国にシフトしたり、また原料調達先を変更する可能性があるため、規制はGSC の構造に影響を与えていると考えられる。では規制は、アジア企業の競争力とサプライチェーンの構造にどのような変化をもたらしているのだろうか。この問いを検討するため、規制の影響で輸出先や原料を変更したかも聞いた。化学物質に関する要求により仕向地を変えたか聞いたところ、回答企業中4%が変更したと答えたが、残りは変更しなかったと回答した。規制の影響をうけて輸出が困難になった企業は多くはない。一方、売り先市場により、使用する化学物質を変更しているか聞いたところ、247社中約半数が変更していると答えた。多くの企業が仕向地にあわせて化学物質を選択していることを示しており、厳しい規制を満たす化学物質原料はコストが高くなる傾向があるため、企業は各国の規制水準や要求に応じて化学物質の使い分けをしている現状が明らかとなった。

2012年12月~翌年2月のマレーシア調査では、ペナンに立地する企業に対して調査を行った。サンプル企業の7割強が地場企業、3割が外資企業と合弁会社であった。産業内訳は、金属製品、ゴム・プラスチック、卑金属、電子製品、機械他となっている。対象企業の7割強が従業員数150人以下であった。仕向地は多い順に国内、ASEAN、米国、EU、中国、日本となっている。製品中の化学物質に関する何らかの要求を受けたことがあるかという質問に対して、回答企業370社のうち6割が「ある」と答え、ベトナム調査よりも高い比率であった。一方製品中の化学物質が原因で納入を拒否されたことがある企業はうち9%とベトナムより低い。国や産業によっても、影響が異なることを示唆している。

企業調査から、製品含有化学物質規制はアジア途上国企業に広く影響を与えていることがわかった。とりわけ、GSCに参画する企業では、製品中の化学物質に関する要求を受け理解や対応が進んでおり、規制の厳しい市場向けへの製品供給を可能にしていると考えられる。一方、化学物質対策の支援には、国や産業、また企業間の違いを考慮しながら進める必要があるであろう。また化学物質は規制水準の異なる市場ごとに使い分けられており、規制の緩い途上国が有害物質の逃避地とならないよう注意が必要だ。

(みちだ えつよ/新領域研究センター)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。