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中国広東省における産業集積と高度化へ向けた政策課題

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.16

丸屋 豊二郎
2012年9月20日
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中国経済の牽引役とも言われる広東経済の産業高度化は、中国経済全体の持続的発展に不可欠である2009年に日本貿易振興機構(ジェトロ)と広東省政府が締結した覚書に基づき、アジア経済研究所と広東省政府発展研究センターは、広東省の産業高度化政策の展開、産業集積の形成過程と効果を分析し広東省の産業高度化に向けた課題を明らかにすることを目的に共同研究を実施している。本稿は同研究事業の2011年度の成果の概要をまとめたものである。




広東省の経済発展と産業集積過程
広東省は、優遇政策による外資導入と安価な労働力供給などの優位性から輸出志向の労働集約型産業を中心に高い経済成長率を維持し、今日まで中国の経済発展において重要な牽引役を担ってきた。

その歴史的な発展過程は、空間経済学で言う「コア(核)-ペリフェリ(周辺)」の概念が「香港-広東省」の関係に合致するように、クラスターベースの産業集積プロセスであった。改革開放を期に開始された広東省政府の積極的な対外開放政策(外資利用と技術導入)を受け、国際競争力を失いつつあった香港の中小製造業は隣接する広東省へ製造工程を移転、東莞市を皮切りに広東省は急速な工業化を遂げ、香港が「資金、技術、管理、販売」、広東省が加工生産基地という分業体制が確立された。

大量の資本、技術の導入は広東省製造業の技術は革新と管理高度化をもたらし国際競争力の向上を達成、同時に投資環境が急速に整備された。1992年の鄧小平氏の「南巡講話」以後、香港のみならず欧米や日本などからの投資ブームが到来、多国籍企業、大企業からの大規模なFDIにより広東省は国際分業体制に組み込まれていった。

広東省における日系自動車産業集積
広東省において、外国企業からの大規模なFDIによる産業集積事例としてまず挙げられるのは、日系自動車産業の集積である。中国はここ数年自動車販売台数が急激な伸びを見せ、2009年から3年連続で世界第1位を記録しているが、中国自動車市場の急拡大の一翼を担っているのが広東省に集積する日系自動車産業である。

広州市内には、1998年に本田技研工業、2002年に日産自動車、2004年にトヨタ自動車がそれぞれ進出、主に国内向けに最新型乗用車生産をおこなっている。いずれの事例も、アンカー(核)企業として完成車メーカーが進出を決定、続いて周辺地区にティア1、ティア2が進出する形でサプライチェーンが形成されており、地元政府の優遇政策がそれを後押ししている。

サプライチェーンの形成は、地場企業のキャッチアップを促進し、その結果として調達ラインから系列色が薄れつつある。進出した外資系サプライヤーの中でも特に素材加工や金型など“川上”に属する業種は、系列崩壊による競争激化の中で厳しいコスト削減の圧力に晒され、地場企業との取引も始まりつつある。ハイブリッド車や電気自動車へのシフトも進みつつある中、広東省に集積した日系自動車産業は、新たな構造調整と高付加価値化が求められる段階にある。

深圳エレクトロニクス産業を支える裾野産業
広東省の産業集積のケーススタディとして、MP3やDVDプレーヤー、携帯電話機などの生産量が世界最大規模を誇る広東省深圳市におけるコンシューマエレクトロニクス産業の現状を分析したところ、裾野産業の発達に大きな特徴が見られた。すなわち、先進国に多く見られる「ピラミッド型」ではなく、全ての階層において網羅的な取引関係を有する「網目型」の裾野産業の形成が確認された()。この取引構造が、激しい競争による各種コスト低減と品質向上を実現している。


図 深圳エレクトロニクス産業の取引構造
図 深圳エレクトロニクス産業の取引構造
出所:『2007年版中小企業白書』(中小企業庁)より作成


また深圳市には、部品供給から金型製造、加工、設計・デザイン、他地域からの部品調達代理まで、幅広い裾野産業が立地しており、ダイナミックな市場変化への素早い対応を可能としている。重厚な裾野産業の存在が、順次発生する新業種の生産ブームを発生させる産業発展ダイナミズムを可能としており、広東省政府は「低付加価値産業」として軽視されがちな裾野産業が産業集積に果たす役割の重要性を再認識すべきである。

遺伝子工学理論から考察するクラスター形成
産業クラスター形成について、成功事例をモデルに遺伝子工学理論を活用した要因分析をおこない、広東省において必要な政策手段を考察した。

因子とそのシークエンス(配列)によってDNAが形成されるという遺伝子工学の理論を用いれば、因子としての政策手段を見出し、その適切な配列をおこなうことで産業クラスター形成の成否が決定する。因子の選定とシークエンスを誤ると奇形が発生するように、クラスター形成においても政策手段とその順序を誤ると効果を発揮し得ない。また、産業ごとに適切な因子とシークエンスは必ずしも同一であるとは限らず、既存のクラスター形成の成功事例からシークエンス解析をおこない、産業ごとに適切な政策手段と実施プロセスを導き出すことが必要となる。

産業横断的に有効な政策手段として、(1)インフラ整備、(2)制度構築、(3)人材育成・確保、(4)生活環境整備、というキャパシティ・ビルディングが挙げられる。いずれの実施においても「公共財」の提供者である政府の役割が重要であり、各政策手段を正しい順序で実施することが求められる。

産業集積プロセス検証による高度化への課題
広東省における産業集積が企業の雇用や生産性に与えた影響についてモデルを用いた計量分析を行うことで、現時点での広東経済が有する課題を考察した。

まず、広東経済を主導するセクターが第二次産業から第三次産業へと移行する過渡期にあることが示された。同時に、産業高度化実現のための課題として以下の点が示された。

第一に、外資系企業と比して地場企業が、FDIによる産業集積のスピルオーバー効果をそれほど享受していないことが示された。特に経済発展へのインパクトが大きい大規模国有企業の生産性向上率が著しく低い。国有企業を中心とした地場企業の技術力向上が大きな課題である。

第二に、コア技術および市場ともに依然として外国への依存度が高いことが示された。すなわち、産業全体で見た場合これまでの労働集約型、輸出志向型の加工貿易体質からの脱却が図られていないと言える。コア技術の海外依存度については、企業内の技術者シェアが上昇する一方でそれが生産性向上に結びついていない。人材育成等による研究開発の強化が求められる。市場の海外依存度については、輸出に占めるハイテク製品の比率が高まっている状況を鑑みるに、特に高付加価値製品の国内市場拡大が課題となろう。

(まるや とよじろう/福井県立大学教授)


本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。