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アジアにおける自由貿易協定の利用と影響

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.1

2012年8月31日
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加速する自由貿易協定の発効 2000年以降、アジアにおいて自由貿易協定(FTA)の締結、発効が加速している。その流れは2008年以降、顕著になっており、すでに30ほどのFTAが発効している。ASEANをハブとしたASEAN+1が2010年におおよそ完成し、残る重要な未発効FTAは日中韓FTAに加え、ASEAN+3、ASEAN+6、ASEAN++といった地域大のFTAとなっている。

低いアジアのFTA利用率
このように多くのFTAが発効している一方、必ずしもFTA特恵税率が十分に利用されているとは言えない。このことを確認するために、FTA利用率(2010年実績)についていくつか紹介しよう。第一に、タイの輸出を対象として、金額ベースのFTA利用率(相手国に対する総輸出額に占める、FTA税率で取引された輸出額)を計算してみと、AFTA、ACFTAの利用率は30%程度となっており、AKFTAでは20%となっている。またAJCEPは1%以下となっており、日本向けでは二国間のFTAが主に用いられている(20%程度)。こうした傾向はマレーシアにおいても同様であるが、全体的に利用率はタイの場合よりも10%ずつ低い。いずれにせよ、同様のFTA利用率がNAFTAでは60%程度と言われるなか、アジアにおけるFTA利用率はかなり低いと言える。

第二に、在ASEANの日系製造業企業におけるFTA利用率を紹介しよう。ここでは企業数ベースの利用率を取り上げ、相手国に対する総輸出企業数に占めるFTA利用企業数を示す。対ASEANおよび日本の場合、いずれのASEAN諸国からも、およそ20%前後の利用率となっている。一方、対中国、韓国、インドの場合、10%以下となり、在ASEANの日系製造業企業による第三国向けのFTA利用率はまだ低い。

FTA利用のメカニズム
それではなぜFTAを利用する企業とそうでない企業が存在するのであろうか。ここで、輸出の際にFTA税率を利用するか、一般税率(例えば最恵国税率)を利用するかという選択問題を取り上げる。明らかに、FTA税率を利用することによって得られる便益が、その費用を上回ったときに、FTA税率は利用される。

FTA税率を利用する便益は、いくら関税支払いを低減できるかである。第一に、FTA税率と一般税率の差、関税マージンが大きいほど、関税支払いの低減額も大きくなる。この効果を関税マージン効果と呼ぶことにする。第二に、例え関税マージンがわずかでも、輸出する量そのものが大きければ、低減する関税支払の絶対額は大きくなる。したがって、輸出規模が大きいほど、すなわち企業規模が大きいほど、FTA税率による便益は大きくなる。この効果を規模効果と呼ぶことにする。

一方、FTA税率を利用する費用として、通常の事務コストに加え、調達先変更コストが挙げられる。原産地規則を満たすために、これまでの調達先を変更する可能性がある。これまでの調達先は最適な調達先であったはずであるから、こうした調達先の変更は調達コストを上昇させる。この効果を、原産地規則順守効果と呼ぶことにする。

以上より、関税マージン効果、規模効果による便益が、事務コストと原産地規則順守効果による費用を上回るとき、当該企業はFTA税率を選択する。こうした効果により、先のようなFTA利用率が現れている。ただし、さらに2つの点がアジアでは重要である。第一に、アジアで多く取引されている商品では、情報技術協定(ITA)により、既に一般関税が十分に低くなっているという点である。第二に、アジア途上国では、FTA特恵税率の利用以外にも様々な関税減免措置が存在している。これらの要素により、アジアのFTA利用率が特別低くなっている可能性は否定できない。

FTA利用率の要因分析
関税マージン効果、規模効果、原産地規則順守効果のいずれが、最もFTA利用率に影響を及ぼしているのであろうか。この問いに答えるため、韓国の輸入時におけるFTA利用率を対象に、計量経済学的な分析を行った。その結果、規模効果は原産地規則順守効果の2倍、関税マージン効果の3倍の影響力を有していることが分かった。したがって、規模効果を刺激することが、最も効果的なFTA利用促進政策と言える。

別の言い方をすると、企業規模がFTA利用における最大の阻害要因となっているため、企業規模の小さい、中小企業を支援することが重要となる。実際、在ASEANの日系現地法人を対象に、どのような企業がFTAを利用しているかを、計量経済学的に分析すると、10%の雇用規模の違いによって、輸出時のFTA利用確率が11%から16%異なることが示された。中小企業の輸出規模を拡大させるような政策、また中小企業の負担そのものを減らすため、セミナー等を開催し、FTAに関する情報提供を厚くすることが重要となる。

政策的な観点からも、規模効果はその他2つの効果とは異質である。関税マージン効果や原産地規則順守効果は、一度FTA税率および原産地規則が決定されると、自動的にそれらの大きさは決まってくる。

そして、基本的には、FTA発効後、それらの大きさが大きく変わることはない。一方で、規模効果のための政策、すなわち中小企業支援は、いつでも実行可能な政策である。したがって、実行可能なタイミングという意味でも、規模効果の刺激は有効な政策となる。

FTA利用の効果
中小企業によるFTA利用を促進させていくことが、FTA利用率上昇の要であるが、中小企業の多くは、そもそもFTAがどのようなもので、どのような便益があるのかを知らない。そのため、企業によるFTA利用を促進するうえで、FTAが実際にどのような便益を与えてくれるかを提示することは重要であろう。先に述べたように、いくら関税支払いを低減させることができるかということは、最も典型的な便益である。例えば、ある在インドネシアの日系自動車企業は、タイ、中国、マレーシア、ベトナムからの部品調達の際にFTAを利用することで、10億米ドル程度の関税支払いを低減させている(2010年実績)。

また、実際に、FTAを利用し始めたことによって、当該企業の経営指標がどのように変化したかも、最終的な便益を知るうえで有益である。そこで、在ASEANの日系現地法人を対象に、FTA利用開始前後における経営パフォーマンスの変化を、計量経済学的に分析した。結果として、FTAの利用により、直ちに雇用が拡大するわけではないということが明らかとなった。本分析は、FTA利用時の年における変化を分析しているため、かなり短期的な効果を調べている。そのような短期では、雇用にまで影響は現れていない。しかしながら、輸出規模への影響は直ちに現れる。FTAの利用を開始することで、当該FTAパートナー国への輸出額がおよそ3%程度増加していることが分かった。輸出の拡大は、売上増加に寄与するのみならず、規模の経済も働き、企業の生産性を上昇させる。したがって、輸出の拡大は、明らかにFTA利用の重要な便益のひとつと言える。

(はやかわかずのぶ/ JETRO バンコク事務所)


本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。