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出版物・報告書

海外研究員レポート

海外研究員レポートは、各国に派遣された海外研究員の赴任地における政治、経済、社会等の諸事情について、エッセー風にまとめたものです。特定の調査課題の遂行に向けた活動に取り組む一方で、現地に滞在しなければ得ることができないようなトピックスを中心に報告を行っています。
2010年7月
海外研究員(デリー)
太田 仁志

インドの高等教育教員の労働市場模様

途上国が一層の経済成長を推し進める中で、高等教育修了者は高付加価値の創出には不可欠である。インドのそのような人材に関する紹介はこれまでにも多くなされているが、それらの人材を育成する教員については、日本ではあまり明らかではない。そこで小稿では、その一面として、インドの高等教育を担う教員の労働市場を中心に紹介する。

インドの高等教育は学士課程、修士課程であるMAコースとM Philコース、そして博士課程で構成される。インドで学士課程を担当するのは主としてカレッジで、基本的には3年である。MAコースは通常2年のコースワーク、またM Philコースは2年のコースワークに加えて修士論文を提出する。M Philコースと博士課程を合わせた統合課程がある大学院もある。大学院教育は主としてユニバーシティと、インド工科大学(IIT)や数校のメディカル・スクールなどで構成される重点研究機関(Institutions of National Importance)、またその他の高等教育機関として、世界的にも名高いインド経営大学院大学(IIM)やインド科学大学院大学(IISc)などが担っている。博士課程に進むことを希望する学生は通常、MAコース→M Philコース→博士課程と進学する。制度が異なるため日本とインドの高等教育を比較するのは難しいが、インドのカレッジ卒は日本の短大卒以上・大卒未満、MA修了者は日本の大卒と同レベルかそれ以上、またM Phil修了者=日本の修士課程修了者と考えて差支えないだろう。インドのMA修了者をほぼ日本の大卒に相当すると紹介する文献もある。

専門分野にもよるが、カレッジで専任の教員ポストを得るのは、こと経済学についてはそれほど難しくないとの話を耳にしたことがある。カレッジの専任ポストが比較的多いことも理由であるが、他方で大学教員の経済的報酬の魅力は必ずしも高くない。そのぶん優秀な学部生が大学院M Philコースに進学して研究職や大学での専任ポストを目指す誘因は低くなり、その結果専任ポストをめぐる競争圧力は相対的に小さくなる。国立大学の教員の月額給与は今日、教授は9~10万ルピー強程度(今日のレートで17~20万円程度)、助教授レベルは4万ルピー程度、准教授はその中間程度といった感じだろうか。IITやIIMなどのテクニカル・エリアを担う有名高等教育機関は一般にはユニバーシティよりも上位の位置づけとみられており、教員の給与もそれよりも若干高めである。2008年の第6次中央給与委員会勧告をきっかけにして大学教員の給与はかなり改善されていて、とくに今日の教授レベルの給与水準は決して低いというわけではない。しかし数年前に国内の有名大学院で工学博士号を取得した筆者の30歳代半ばのインド人の友人は、大学に残るようにとの指導教授の説得を振り切り、初職として最近就職した外資系企業での初任給が月給換算で15万ルピーであった。教授への昇進は早くてもだいたい40歳代以降であるから、この水準は金銭的報酬面で教授レベルをはるかに上回るものである。一般にIITなどの優れた大学の20代前半の学部卒業生の初任給は、その大学の助教授レベルの給与より高くなることが多い。また大学にもよるが、インドでは教員個人の研究費は外部からの資金の獲得が中心で、学会への参加も通常は自費である。機会は非常に限られているが、夏休みなどの長期休暇を利用した先進国での在外研究は、研究業績面だけでなく経済面でも大きな魅力となる。

2010年6月
海外研究員(北京)
山口 真美

中国・出稼ぎ新世代の闘い:
富士康連続自殺事件とホンダ工場ストライキをめぐる動向

「 世界の工場」の最前線、広東省の2つの製造現場で起きた労働者(農民工)をめぐる動きは、同じ問題が2つの異なる形で表面化したものとみられる。この2つの事件は、6月初旬にどちらも例年にない大幅な賃上げという形でそれぞれ、一応の収束に到った。しかし、特にホンダ事件は、社会主義体制下の中国では非合法なはずの労働者の自発的なストライキであり、それが賃上げの実現に到った点で中国社会の変化をうかがわせる出来事であった。その後、このようなストライキが中国各地の他の企業にも連鎖する現象が多数起きている。また、2つの事件の背景にある中国の出稼ぎ者をめぐる問題は個別企業の賃上げで解決する問題ではなく、問題は引き続き未解決だといえる。その意味でこの2つの事件は重要だと思われる。本稿では主に中国のメディア報道から、2つの事件の経過を整理し、中国の労使関係、出稼ぎ者の今後を展望してみたい。

1. 富士康連続自殺事件

電子製品の製造受託サービスを行うホンハイ精密工業の中核子会社、富士康国際(フォックスコン)の深セン工場で、今年に入って従業員の自殺が相次いでいることが最初に報道されたのは、今年4月のことである(4月14日『広州日報』)。4カ月で6件の自殺(未遂を含む)が起き、深セン市総工会 が調査に乗り出した、と報道された。

「南方週末」による不完全な統計では、富士康では、2007年にも2件、2008年に1件、2009年に2件の従業員の自殺が発生している。2010年に入り、飛び降り自殺が連続し、その後5月末までに13件の自殺(一部未遂を含む)が発生した。自殺報道が新たな自殺を呼ぶ恐れから、5月28日、中国国内のメディアは(政府から)富士康の自殺報道を自由に報道してはいけないとの通知を受けた(FT中文網6月1日)とのことで、それ以降の動向については一切の情報が絶たれている。

富士康は深セン工場だけで普通ワーカー31万人を抱える大工場である。富士康経営陣は、当初は全国の自殺率に比べ、富士康の自殺は多いとは言えないと発言したり、また、自殺は個人の家庭環境や社会問題だとして、会社としての管理上の責任を否定していたものの、ここへ来て企業としての責任に言及せざるを得なくなった。それに伴い、心理コンサルタントを工場に招聘し、悩み相談ホットラインをもうけたり、従業員同士の助け合いチームを作ったり、ストレス発散のためのサンドバッグ(上に管理職スタッフの写真を貼ったもの)を設置したり、宿舎に自殺防止のためのネットを貼るなどの措置を採っている。

なお、自殺者は18~24歳で、富士康によれば勤続半年以内の新参者が多い。自殺の方法は2009年7月に起きた宿舎からの飛び降り自殺以来、2010年の事件では明らかになっているほとんどが宿舎からの飛び降り自殺である。
 

※ 海外研究員レポートの内容や意見に関しては、執筆者個人に属し、ジェトロあるいは、アジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。また、レポートで示した情報や分析は必ずしも執筆者の研究課題及び研究成果に関わるものではありません。