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韓国の政権交代

海外研究員レポート

ソウル

2017年6月発行

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韓国では、2017年5月9日に大統領選挙が実施され、翌10日に当選した文在寅候補が第19代大統領に就任した。新たな大統領は国会で行った就任演説で、「国民すべての大統領」になると表明し、「権威的な大統領文化」を清算し、「帝王型権力」を分割すると述べた。

権限が強い大統領制に対して「帝王型」「帝王的」という表現を使うのは、政治学などの世界では新しいことではなく、そもそもはウォーターゲート事件以後、アメリカの大統領制を議論する中で使われたものであった。韓国の政治の世界で「帝王型大統領」「帝王的大統領」という言葉は、2001年12月に、金大中時代の与党であった新千年民主党のシンクタンクであった新時代戦略研究所によって公に使われ始めていた。2002年には新千年民主党の候補であった盧武鉉が第16代大統領選挙に当選した。

文在寅は盧武鉉とともに釜山で人権派弁護士として活動し、盧武鉉が大統領になってからは大統領秘書室に入り、民政首席秘書官、秘書室長を務めてきた。文在寅の発言は金大中・盧武鉉時代の帝王的大統領制論を引き継いでおり、今後の政治改革の方向性を示すものである。

帝王的大統領制と崔順実ゲート事件

今回の第19代大統領選挙は、前大統領が任期内に罷免されるという韓国政治史上初の事態から実施されるようになったものであるが、弾劾の直接的な事由は2016年9月20日の『ハンギョレ新聞』と10月24日の衛星・ケーブルテレビ局JTBCの報道をきっかけに次々と様々な疑惑が持ち上がった「崔順実ゲート」である。具体的には、朴槿恵大統領が友人の崔順実に機密性の高い情報を渡していたという件、大統領府政策調整首席秘書官が大企業に対して崔順実が事実上管理していた財団に出資を強要していたという件に始まり、崔順実の娘の不正入学、姪の横領、大統領秘書室での政権に批判的な文化人ブラックリストの作成などが明らかにされた。これらに対する抗議のデモが10月29日に始まり、崔順実や安鍾範大統領府政策調整首席秘書官らの逮捕、12月9日の国会における弾劾訴追案の可決、2017年3月10日の憲法裁判所における大統領罷免、31日の朴槿恵逮捕という「蝋燭革命」に発展した。憲法裁判所で弾劾裁判に当たった安昌浩裁判官は、判決に際して「帝王的大統領制」という言葉をそのまま用いて現行憲法の仕組みを批判する「補充意見」を発表した(憲法裁判所決定2017年3月10日)。

帝王的大統領論は、アメリカ型の権限の強い大統領制では、大統領が国家の重要施策に対して独善的な決定を下し、政治権力を私物化するという現象が生じやすいということを指摘していた。2001年12月に、金大中政権下で次期政権の政策を議論していた新時代戦略研究所は、「帝王的大統領制」の弊害として、国会の機能低下、司法の独立性喪失などをあげ、大統領が与党総裁を兼任せず、与党を統制しないことや、国会の自律性を最大限に保障することなどを提案した(OhmyNews ウェブサイト 2001年12月26日)。盧武鉉が2002年12月の大統領選挙で当選すると、2003年1月9日、大統領職引継委員会に政治改革研究室が設置されることが発表された。その室長には、金大中政権で政策企画委員を務め、新時代戦略研究所の学術会議で積極的に活動していた任爀伯高麗大学校教授が就任し、同研究所の張義寛研究室長も研究委員として参加した。政治改革研究室は新時代戦略研究所の提案を基本的に引き継いだ。2012年の第18代大統領選挙に候補として出馬する際の演説で、文在寅は「帝王的大統領」の権力を「分散」することを主張していた(統合民主党文在寅大韓民国第18代大統領選挙出馬宣言文2012年9月16日)。 文在寅は11月25日の記者会見でも、「帝王的大統領」という言葉で当時の李明博大統領と与党候補者の朴槿恵を批判していた。

朴槿恵の独善性はすでに政権発足当初から見えていた。2013年2月25日の大統領就任直後に、最初の人事で青瓦台報道官に指名された尹昶重(5月にセクハラ事件で更迭)は閣僚指名の名簿を密封した状態で渡され、記者会見まで開けないよう指示された。しかもその内容はほとんどの与党議員も知らないままであった。そのため組閣自体も国会の承認をなかなか取り付けることができず、候補者の辞退も相次ぎ、第1期内閣は閣僚17人中6人が国会の承認を取り付けられないままの強行任命となった。閣僚の中で一番最後に決まった海洋水産部長官の尹珍淑は国会の聴聞会で海洋水産部の職務について質問されても、前職が海洋水産開発院海洋研究本部長という肩書であるにもかかわらず、海洋水産部の仕事についてまったくといっていいほど知識がないことを露呈した。この組閣人事のみならず、その前の大統領職引継委員会のときから崔順実が関与していたことは、崔順実の廃棄したパソコンのファイルを入手したJTBCが2016年10月25日に報じ、朴槿恵に対する特別検察チームも憲法裁判所もそのように断定している。

政権の運営でも朴槿恵統領は閣議で閣僚のいうことをまるで聞かない、質問すら受け付けない、といわれていた。大統領の外遊の準備をする尹炳世外務部長官を除いて、閣僚は大統領に会うこともままならなかったといわれている。筆者が朴槿恵政権の前半で閣僚を務めた人物から聞いたところでは、長官在任中に1~2週間大統領の顔を見ることがなかったのはざらであったとのことである。閣僚であっても大統領に文書を渡したり、面会を申し込むときには、「門番3人組」と呼ばれる第1付属秘書官のチョン・ホソン、総務秘書官の李截晩、第2付属秘書官のアン・ボングンを通すことになっており、この段階を通過するのは非常に難しいといわれていた。また、大統領の指示もこの3人組を通じて下されていた。3人組は1998年に朴槿恵が国会議員になったころから秘書として強い信頼を受けていた(『ハンギョレ新聞』電子版2014年10月15日;2016年10月30日発聯合ニュース)。うち、チョン・ホソンは崔順実に対する機密漏洩の容疑で2016年11月6日に検察に逮捕された。

ほとんどの閣僚たちは崔順実のことを知らなかったようだし、自分も在任中は知らなかったと先に述べた元閣僚は語っている。崔順実ゲートにかかわって逮捕された閣僚は前国会議員で2013~14年に女性家族部長官、2014年から大統領政務首席秘書官、2016年6月から文化体育部長官を務めた趙允旋ぐらいである。

朴槿恵と崔順実との権力の密室を維持していたのは、先に述べた「門番3人組」とともに検察であった。2013年8月に大統領秘書室長に就任した金淇春は検察総長、法務部長官という検察の世界で最高の経歴と強い影響力を持っていた。金淇春は文化芸術界で政権に批判的な人物のブラックリストの作成を主導したと報じられている。また、2014年5月から民政秘書官を務め、2015年1月に民政首席秘書官に昇進した愚病牛も検察出身であった。金淇春は崔順実ゲートに直接かかわっていた容疑などで2017年1月21日に逮捕された。

文在寅の政治改革

金大中・盧武鉉時代のシンクタンクは大統領の権力の分割を主張し、文在寅はそれを基本的に踏襲しているが、その方策については両者の間に相違点がある。その一つとしてシンクタンクは、大統領の与党総裁兼任と与党統制の廃止という政・党分離をあげていたが、文在寅はこれまでこれに言及したことがない。その理由は、盧武鉉が2002年12月19日の第16代大統領に当選してから間もなく与党が分裂状態に陥ったことであった。図らずして、与党に対する統制力を弱めてしまった盧武鉉は2004年3月に弾劾訴追を受けることになり、3月12日から弾劾安が憲法裁判所で棄却される5月14日までの間、職務停止に追い込まれた。文在寅は盧武鉉の失敗を教訓にして、与党の議員たちを敵に回さないように気をつけているようである。

また、文在寅は現行憲法の、改選がなく1期のみという大統領制には不便を感じているようである。現行憲法では大統領の任期は5年であるのに対して、国会議員の任期は4年であり、大統領は任期中に2回も国会選挙に振り回されることになる。すでに2007年1月9日、当時の盧武鉉大統領は大統領の任期を国会議員と同じく4年にし、2期までの再選を可能にしようという憲法改正案を発表したことがあった。ただし、当時はすでに李明博が次期大統領として確定しており、レームダックとなっていた盧武鉉の提案は韓国社会の注意を引くことはなかった。

文在寅は2017年4月12日に国会憲法改正特別委員会の席で初めて憲法改正について語った。それは、現行の1期のみ5年の大統領制度を改選あり4年にするというもので盧武鉉の提案を引き継ぐものであった。さらに、文在寅は国務総理が人事と予算の権限を行使することで大統領の権限を分散する「責任総理制」と「責任長官制」を施行する、すべての長官任命に国会の同意を必要とするということで、権力の分割、国会の機能強化を提案し、さらに、2018年に改憲案を国会で通過させ、6月の地方選挙で国民投票に付し、2022年に地方選挙と同時に大統領選挙を実施するというスケジュールも明らかにした(12日JTBC)。

文在寅は2017年5月9日の選挙で当選したものの、与党となった「共に民主党」の国会での議席数は123席で議員定数の41%にすぎない。それでも、文在寅は5月19日、与野5党の院内代表と会談して、選挙制度の改編を含む改憲を進める意志を示し、改憲論議を始めることに関する合意をとりつけた(青瓦台ブリーフィング5月19日)。長官人事が確定次第、与野党で政治改革に関する論議が本格的に始まることになるであろう。そこでは、文在寅の与党をまとめる力量とともに、野党との交渉能力が問われることになるとみられる。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。