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中国:「創新(イノベーション)」政策が広がり、「創新」は広がるか?

海外研究員レポート

中国

2016年2月発行
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1. はじめに
中国では約10年前から「創新(イノベーション)」という言葉をよく耳にするようになった。そのはじまりは、政府が2006年に中長期科学技術発展計画(「国家中長期科学和技術発展規画綱要(2006–2020年)」)を公表したころだった。中国の製造業は急成長したが、中核技術をおさえていないから経済の足腰は非常に弱いままだ、という問題意識が1990年代末ごろから高まっていた。2000年代に入ると、比較的高価なエレクトロニクス製品を組み立てても、高価な中核部品の代金と特許使用料を外資系企業や海外企業に支払うと、中国企業に残るお金はわずかだ、という話をよく聞くようになった。そこで、政府は「自主創新(自主イノベーション)」という言葉をスローガンに、企業が研究開発(R&D)を行い、製品の高付加価値化を促すような政策を数多く打ち出した。全体としてみれば国内総生産(GDP)に対するR&D支出の比率や知的財産権の申請数は増加傾向にある。

しかし、R&Dにも注力するような企業は一部に限られており(木村 近刊)、経済全体の成長パターンが変質したわけではない。失敗の可能性が高く、時間もかかるハイリスクなR&D活動よりも、製品コンセプトがほぼ固まったものを製造・販売する方が合理的なことも多い。また、金(2015)は、政府や国有企業が主導するイノベーションは、外資系企業や民間企業の参入を制限することで市場を歪ませてきたことや、一部の分野では成果をあげたものの必ずしも市場のニーズに応えたものではなかったという問題点を指摘している1

2014年になると、李克強首相が「大衆創業、万衆創新(大衆の創業、万人のイノベーション)」(以下、「双創」)を提唱するようになり、2015年には政府活動報告にも盛り込まれた。政府は、起業の阻害要因となるような制度の是正や、条件に応じた減税、資金調達の支援、起業のための拠点づくりなどを行うとしている(「国務院関于大力推進大衆創業万大衆創新若干政策措施的意見」より)。新たなBAT(百度[Baidu]、阿里巴巴[Alibaba]、騰訊[Tencent])や大疆創新科技(DJI)、小米(Xiaomi)などの誕生が期待されている。BATはインターネット企業、DJIとXiaomiはそれぞれドローンとスマホで有名な新興企業だ。李首相が「双創」を強調するのは経済成長の維持と経済構造の転換のためである。中国では賃金が上昇し、これまでの労働集約型の発展パターンを維持することが難しくなった。また、財政出動型の景気浮揚策も副作用が大きく、それにばかり頼るわけにはいかない。政府は「中高速」成長時代に適応した経済制度を模索するようになり(「新常態(ニューノーマル)」)、さらなる経済改革を進めるための「自由貿易試験区」の設置や、経済圏構築のための「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」など様々な政策を打ち出しているが、「双創」もその一つだ。

2. 背景
この10年間、政府が「創新」を繰り返し強調することに変化はないが、「双創」が注目する「創新」の担い手は起業家だ。もちろん政府はこれまでにも起業家に注目しており、海外留学生の帰国と起業を促進するため、起業の拠点を設けたり、各種優遇政策を1990年代半ばから実施してきた。日本で学んだ多くの中国人留学生も中国で起業している。しかし、「双創」の対象は「大衆」や「万衆」に広がっている。この背景の一つには、起業環境をめぐる世界的な変化がある。

第一の変化は、大きなビジネス・チャンスが生まれたことだ。20世紀末、シリコンバレーを中心に起きた技術変化は、コンピュータやインターネットなどの新しい通信システムの基礎づくりに関わるものが多かった。しかし、今世紀に入ると、インターネットをベースにして、新しいサービスがどんどん生み出されるようになった(エンジェル投資家へのインタビュー、2014年12月16日)2。また、1990年代後半から爆発的な普及のはじまったケータイは、2000年代末にスマホ時代を迎え、インターネットを介して様々なサービスを受けられるようになった。その結果、FacebookやLINE、Uber、Squareなど、生活のあり方を変えるようなサービスを提供する企業がたくさん生まれた。1990年代後半から語られていたインターネットの可能性が、様々なかたちで追究されている。中国でも、インターネットにあらゆる製品・サービスを付け加えて、これまでにないビジネスを展開していこうという「互聯網+(インターネットプラス)」が打ち出され、話題を集めている。

第二の変化は、ビジネスを展開するためのコストが低下したことだ。開発ツールの充実や3Dプリンターの登場によって、起業のハードルが以前より低くなった。アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)をはじめとしたクラウドコンピューティングの普及によりサーバへの投資が不要になるなど、ここ4~5年で起業のための初期費用が激減したと言われている(ベンチャー・キャピタリストへのインタビュー、2016年2月15日)。その結果、創業直後のステージに立つ企業であったとしても、最近の企業が提示するプロダクトの完成度は、かつての企業のそれよりも高くなっているようだ。また、オープンイノベーションが起業にあたえる影響も大きくなっている。前掲の金(2015)によれば、中国では通信設備メーカーの華為(Huawei)やインターネット大手など、すでに大きくなった企業が開発に必要な各種リソースを提供しており、イノベーションにおける大手の役割が増している。

起業環境が変化した結果、起業はニューヨークやボストン、バンガロール、テルアビブなど、世界の大都市で増えている。これまでスタートアップが少なかった香港でも、最近は起業への関心も高まっている(木村2015および写真1、2)。香港は1997年の返還以来、科学技術産業を育成しようと、香港科技園(HKSTP)や數碼港(Cyberport)を整備してきたが、期待した成果をあげられずにきた(羅2014)。スタートアップがさらに増加すれば、香港の産業構造ももう少し多様化するかもしれない。中国には、北京の中関村(北京大学や清華大学の周辺)や上海の五角場(復旦大学の周辺)など、すでに世界的にも有名な起業の街がある。大都市のなかには「双創」がなくても、すでに起業熱が高くなり、数多くのスタートアップが生まれている。政府は「双創」を通じてこの熱を中国全土に広げようとしている。


写真1 StartmeupHK Festival 2016(2016年1月23日~30日)3
写真1 StartmeupHK Festival 2016(2016年1月23日~30日)
(注)写真はハードウェア・アクセラレータBrincが主催するLAUNCH Consumer IoT Summit(2016年1月27日・28日)。
(出所)2016年1月、筆者撮影。

写真2 香港大学で開催されたスタートアップ・ジョブ・フェア(2016年2月5日)
写真2 香港大学で開催されたスタートアップ・ジョブ・フェア(2016年2月5日)
(出所)2016年2月、筆者撮影。

3. 深セン
近年、ハードウェア系の起業の街としても注目を集めているのは、広東省深セン(センは土偏に川)市だ。香港に隣接する深センはかつて小さな農村だったが、1979年に輸出特区、1980年に経済特区の一つに指定されてから、改革開放政策とともに急成長してきた非常に個性的な街だ4。多くの外資を吸収しながら、珠江デルタ地帯の中心都市の一つとして、世界有数の工業都市になった。1990年代に入ると、深セン証券取引所が開設され、多くの金融機関が集まったことから、金融都市としての歩みもはじめた。中国初のテーマパークや、エレクトロニクス製品や衣料品などの卸売市場があることでも有名だ。そのため産業構造は存外多様で、市のGDPに占める第二次産業と第三次産業の割合は長らくほぼ半々だった。しかし、2008年以降はその状態が崩れ、第三次産業の割合が少しずつ伸びており、経済のサービス化が進んでいる。賃金高騰のため、国内のほかの地域や東南アジアへ工場を移転させる企業も増えている。しかし、充実したサプライチェーンと多くの顧客が近くに存在しているため、深センやその周辺で工夫を重ねて操業を続ける企業も多い(深セン日本商工会でのインタビュー、2016年1月14日)。近年の変化を表す場所の一つは、北京の798芸術区と同様のコンセプトの華僑城創意文化園(OCT LOFT)だ(写真3)。工場跡地に、文化・クリエイティブ産業を振興するための拠点が整備された。多くのレストランやカフェも入店している。テック系企業とは異なるが、文化・クリエイティブ産業も経済構造の変化を促し、知的財産権を重視するビジネスの担い手として、2000年代に入ってから注目を集めるようになった。

写真3 華僑城創意文化園
写真3 華僑城創意文化園
(出所)2016年1月、筆者撮影。

脱工業化が徐々に進む深センだが、珠江デルタにおけるエレクトロニクス産業の集積を活かして、これまでにない製品をつくっていこうという動きも生まれている。この動きを2014年から3回にわたって現地調査してきた高須正和氏(チームラボ)とニコニコ技術部深セン観察会のメンバーは、メイカー(Maker、中国語で「創客」)やハードウェア・スタートアップの増加と、それを支えるエコシステムの形成過程を詳述している(高須ほか2016)。メイカーとは、3Dプリンターをはじめとした新しいツールやサービスを使うことで、これまでメーカーにしかできなかったものづくりを個人や少人数で行う人たちのことである。深センにおける新しいものづくりの担い手の一人は、潘昊(エリック・パン)氏だ。彼は2008年にメイカーの活動を支える深セン矽递科技有限公司(Seeed)を設立したのに続けて、メイカースペースの柴火創客空間(Chaihuo Makerspace)や(上述の華僑城創意文化園のなかにある)、製造拠点の敏捷製造中心(Agile Manufacture Center)を設立したり(「中心」はセンターの意)、メイカー・フェアのイベントを開催してきた。深センの中心部を構成する南山区政府もイベントを支援している5。南山区はソフトウェア会社や半導体設計会社、高等教育機関などがたくさん集まっているエリアで、TencentやDJIの本社もここだ。潘氏は自身のSeeedのほか、共同でハードウェア系アクセラレータHAXも設立した。深センでは年間30チームのスタートアップの成長を支援している。

広東省政府所管の国有企業としてスタートした華強集団も2015年、起業のための拠点、華強北国際創客中心を設立した。華強北は、かつては工場地帯だったが、現在はエレクトロニクス製品の小売・卸売業が集まる一大電気街である(写真4)。製品の流行り廃りを体感できる非常に興味深いところだ。華強北インデックスというエレクトロニクス製品・部品の価格指数も公表されており、経済・市場動向の参考になる。そんな電気街のメインストリート沿いに華強集団の商業ビルが建っており、華強北国際創客中心はその屋上にある(写真5)。起業家のためのオフィスや交流スペースを備えるほか、販売やベンチャー・キャピタル(VC)などの各種専門企業とも提携している。上述のHAXも華強北に立地しているが、この街から新しい製品がどんどん生まれるようになれば、中国の巨大なエレクトロニクス産業を動かすためのヒット商品が、これまで以上に内部からもたらされるようになるかもしれない。バイオレット・スー氏(Seeed)によれば、外国人起業家の数はまだ少なく、また、深センの滞在期間も短いようだが、起業環境がさらに充実すれば、深センで開発にチャレンジする外国人も増えるかもしれない(2016年1月15日)。

写真4 華強北
写真4 華強北
(出所)2015年9月、筆者撮影。

写真5 華強北国際創客中心
写真5 華強北国際創客中心
(出所)2016年1月、筆者撮影。

このような施設は今増えているようで、広東省珠海市も左右創意園(Maker Station)というスタートアップやクリエイティブ産業企業の起業拠点を2015年10月に設立している(写真6)。珠海は、珠江をはさんで深センの対岸に位置する工業都市で、ここも経済特区だ。珠海市政府が出資する珠海左右創意園投資有限公司が、日系企業の縫製工場跡地を利用して同園を運営している(珠海左右創意園投資有限公司でのインタビュー、2016年1月18日)。いくつかのインターネット企業や広告制作会社が入居しているほか、若者の起業を支援するセンターや高等教育機関との連携機関が看板を掲げていたが、コワーキングスペースなども含め本格的な利用はこれからだった。

その他の都市でも起業のための拠点が増え、街の様子が変わっていくところも出てくるのではないかと思う。

写真6 左右創意園
写真6 左右創意園
(出所)2016年1月、筆者撮影。

4. 今後
政府は、世界的に高まっていた起業熱を政策で加速させることで、経済成長の維持と経済構造の転換を急いでいる。(1)「創業」を通じた(2)「創新」は今後どのような展開を見せるのだろうか?

(1)については、エコシステムのバランスがどうなるのかを確認する必要があるだろう。「双創」の後押しによって起業コストが引き下げられた場合、起業家の増加ペースがメンターなどの増加ペースを大幅に上回り、一時的にバランスが崩れるような可能性はあるのだろうか?6 そして、エコシステムのキャパシティとの関係で、あるエコシステムにおける起業家の成功の確率が変化するようなことはあるのだろうか? また、エコシステムのキャパシティや機能を高めるために、シリコンバレーなどとの関係がこれまで以上に強くなっていくのだろうか?

(2)については、「創新」政策の広がりとともに「創新」も広がるのかを確認する必要があるだろう。今後、どのような中国発の新製品・サービスが生まれるのだろうか? あるいは、思うように「創新」が広がらないとするとそれはどのような理由からか? インターネットに対する規制は企業成長にどのような影響をおよぼすのだろうか? また、中国市場やグローバル市場で成功する中国企業がたくさん生まれた場合、既存の国有企業や大手との関係はどのようなものになるのだろうか?

以上、中国の近況を整理したが、どの国でも社会や経済を活性化させるためには起業やイノベーションが重要だ。世界中で、アイディアをかたちにするためのコストがさらに小さくなり、創造性をより一層発揮できる世の中になればと思う。私たちの生活をより良いものにしていくため、「使ってみたい!」と思うような魅力的な製品・サービスが増えることは本当に素敵なことだ(写真7)。

写真7 つぎは何が?
写真7 つぎは何が?
(出所)左(私のものではありません)は2015年5月、右は2015年8月に、筆者撮影。

アジア経済研究所(海外研究員) & 香港大学経済・経営学部(客員研究員)


参考文献


〔日本語〕
  • 木村 公一朗(2015)「香港のスタートアップ」、アジア経済研究所ウェブサイト
    http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/1511_kimura.html)、2016年2月21日閲覧。
  • 木村 公一朗(近刊)「中国の技術開発環境とR&D:電機・電子産業のケース」、加藤弘之・梶谷懐編著『二重の罠を超えて進む中国型資本主義』ミネルヴァ書房。
  • 金 堅敏(2015)「変化する中国のイノベーション活動:『政府主導』から『大衆創新』へ」、富士通総研ウェブサイト
    http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/newsletter/2015/no15-015.html)、2016年2月21日閲覧。
  • 高須 正和+ニコニコ技術部深圳観察会編(2016)『メイカーズのエコシステム 新しいものづくりがとまらない。』インプレスR&D。
〔中国語〕
  • 羅 祥國(2014)《香港新産業政策的理論與實踐──「六項優勢産業」的發展和評議》香港:新力量網絡。
〔英語〕
  • Huang, Yanghua (2015) “China’s Industrial Innovation: the role of market demand and beyond,” Reported at the 2015 Annual Meeting of the Japanese Association for Chinese Economy and Management Studies on November 7–8 in Kyoto, Japan.

脚 注


本文中で引用しているとおり、本稿の関係トピックについて多くの方々にご教示いただいた。また、塩谷雅子氏(Skylight Games)にもコメントをいただいた。ここに記して謝する。もちろん、残された誤りは筆者に帰する。
  1. 中国におけるR&Dを分析する際、企業を公的/私的主体に分類することは重要である。中国社会科学院の黄陽華研究員によれば、政府が買い手となる技術開発と、消費者が買い手になる技術開発では、イノベーションの性質が異なったものになる(Huang 2015)。
  2. 木村(2015)でも引用した。
  3. 香港の投資推進局(InvestHK)が中心となって開催したスタートアップ関係のイベントは、イーロン・マスク氏(テスラモーターズ)を迎えたメイン・フォーラムのほか、写真1のLAUNCH Consumer IoT Summitや、Data Analytics Showcase、Fintech Finals 2016、2016 Health Tech Demo Dayが香港各地で開催された。
  4. 深センの歴史は改革開放の歴史でもあるため、深センの経済制度や空間構造の変化は中国の経済成長の縮図でもある。最近出版された日本語文献のなかで、深セン史の一端を垣間見ることができるのは、エズラ・ヴォーゲル名誉教授(ハーバード大学)著、益尾知佐子准教授(九州大学)および杉本孝客員教授(京都大学)訳の『現代中国の父 鄧小平』(日本経済新聞社、2013年)だ。経済の安定を重視する陳雲氏らとのバランスをとりながら改革開放を推し進めた過程などを知ることができる。なお、市中心部には深セン博物館歴史館もある。
  5. 中心部とは、長らく経済特区として指定されてきた羅湖区、福田区、南山区、塩田区の四区のことである。
  6. ハードウェア系の試作には、ものづくりのためのコストがかかるため、起業コストも高くなる傾向がある。ベン・ウォン氏(Global Sources)によると、試作のための少量生産に応じてくれる工場も増えてはいるが、多くはコストのかかる少量生産を嫌がる傾向にあるため、工場探しの課題は依然として残っているようだ(2016年1月26日)。また、業種は異なるが、皮革製品ブランドを営む香港人経営者にも聞いてみたところ、「皮革製品なら、つきあいの長い工場があるから、製品開発のための少量生産も比較的安く対応してもらっている。しかし、もし私が衣料品を作ろうとしたら、そうはいかないだろう」とのことであった(2016年1月27日)。一方で、起業が増えれば、「起業家市場」も大きくなり、このニーズに合わせようとする製造業者も増えるかもしれない。変化がつぎの変化を生む可能性もある。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。