文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
レポート・出版物

ラオス人民民主共和国建国40周年:通信衛星と鉄道プロジェクトの意味を考える

海外研究員レポート

ヴィエンチャン

2015年12月発行
PDF (369KB)

2015年12月2日、ラオス人民民主共和国(以下、ラオス)は建国40周年を迎えた。ラオスは10年ごとに大きな式典を開催しており、今回も大々的な式典が朝7時前からタートルアン広場で開催され、公務員や学生など1万5000人以上が参加しパレードを行った。筆者は10年前の30周年記念式典も現地でみているが、当時と比べても今回のパレードの規模は大きく過去最大だと考えられる。午前中の式典に続き、昼は伝統的な舞踊や文化/芸術の催し物が、夜には新国立競技場での式典やタートルアン広場等で花火が打ち上げられ、国全体が1日中お祭りムードに包まれた。

このような祝賀式典が終日行われるなか、早朝のパレードに続いて国道13号線南16キロ地点にある新国立競技場の裏手でラオス=中国高速鉄道プロジェクト起工式が開催された。数ある祝賀式典の内容を考えると、鉄道プロジェクト起工式の開催はある意味異質である。

建国40周年前日に発行された英字紙 Vientiane Times , December 1, 2015付けでは、40年の成果として中国の支援で11月に打ち上げられたラオス初の通信衛星と、同じく中国の支援により今後実施されるこの鉄道プロジェクトが、あたかも国家建設の二大成果のように写真入りで2ページにわたり大々的に取り上げられた。そして式典での演説でチュームマリー国家主席は、「我が国の歴史においてこれまで達成したことのない特別な成果は、11月21日の初の衛星打ち上げと、高い技術と質を有し、東南アジアにおいて中国と連結する初の路線である鉄道建設プロジェクトだ」と述べている( Pasaason , December 3, 2015)。

しかしこれらの事業は人民革命党、国家、そしてラオス国民が成し遂げてきた成果というよりも、中国資金で中国の支援と技術によりすべて「実施してもらった」、また「今後実施してもらう」プロジェクトであり、ラオスの成果とするには違和感を抱く国民も少なくない。ではなぜ人民革命党は建国40周年の記念すべき日に、2つのプロジェクトをあたかも国家や国民が成し遂げた成果として大々的にアピールしたのだろうか。以下ではこれら2つのプロジェクトがもつ意味について考えてみたい。

11月21日、午前0時7分、中国四川省西昌衛星発射センターからラオス初の通信衛星「Lao-Sat 1」が、長征3号ロケットによって打ち上げられた。衛星はラオス政府と中国企業3社による合弁企業Lao Sat-1 Joint Venture Companyによって2016年2月1日から商用サービスを開始する。株式保有割合はラオス政府が45%、中国アジア太平洋移動通信衛星有限責任公司(APMT: China Asia-Pacific Mobile telecommunications Satellite Co. Ltd)が35%, 航天恒星科技有限公司(SSTC: Space Star Technology Co. Ltd)が15%、亜太衛星科技有限公司(APST:Asia-Pacific Satellite Technology)が5%となっている。衛星には22本のトランスポンダ(Kuバンドトランスポンダ8本、Cバンドトランスポンダ14本)が搭載され、運用寿命は15年である。

衛星は中国がデザインから開発、そして打ち上げを一括して行っている。中国はこのような衛星の一括輸出をこれまでナイジェリア、ベネズエラ、パキスタン、ボリビアに行っているが、ASEAN向けとしてはラオスが初めてである 1 。今後ASEAN諸国に同様の衛星一括輸出を行いたい中国にとって、今回のラオスへとの事業はその突破口と位置づけられる。

一方ラオスにとっては、今回の衛星プロジェクトは建国40週年記念事業の一環であり、中国からの「プレゼント」と位置づけられている。打ち上げ式典に参加したブンニャン・ラオス国家副主席は、衛星を保有することができ非常に誇りであり、これはラオス史に残る出来事だと述べるとともに、中国とラオスの包括的かつ戦略的パートナーシップの促進に寄与するとの認識を示した( Vientiane Times , November 23, 2015)。

とはいえ衛星事業は中国からの無料のプレゼントではなく、ラオス政府が中国輸出入銀行から2億5900万ドルの融資を受けて実施している。ラオスは2006年から衛星の打ち上げに関心を示していたが資金面で問題に直面した。2012年11月に中国の温家宝首相(当時)がラオスを訪問した際に融資協定が結ばれ、ようやく資金面の問題が解決したのである。建国40周年事業としてどうしても2015年までに通信衛星を打ち上げたかったラオスにとって、もはや中国以外に頼る国はなかったといえる。

12月2日、冒頭で述べたように、建国40周年祝賀式典のひとつとしてラオス=中国高速鉄道プロジェクト起工式が新国立競技場近くで開催された。ラオスからはチュームマリー国家主席やトーンシン首相等の党・国家指導部が、中国からは建国40周年記念式典参加のためにラオスを訪問していた張徳江・中国全国人民代表大会常務委員会委員長が出席した。鉄道建設はラオスの悲願でありようやく実現することになる 2

この鉄道プロジェクトは紆余曲折を経て実現に至った。2010年、ラオスと中国政府は中国がラオスの鉄道建設を支援することで合意した。そして2012年10月18日、ラオス国会は1992年以来となる特別会議を1日だけ開催し、政府が中国輸出入銀行から約70億ドルを借り入れ、中国=ラオス高速鉄道プロジェクトを実施することを承認した。採算が疑問視されるプロジェクトの承認をわざわざ特別国会を開催して取り付けたことからは、党と政府の建設に対する意気込みとともに焦りを看取できる。いわば非常に高度な政治判断が働いたといえる。

もともとは中国企業との合弁により実施される予定であった。しかし中国側が投資回収の可能性が低いと判断し撤退したため、ラオスが中国から融資を受けて単独で実施することになったのである。融資条件の詳細は今後の協議に委ねられるとなっていたが、ラオスは政府保証により30年の特別融資(10年間の元本返済免除、金利2%)で借り入れ、返済には鉄道事業のすべての収入と資産、2つの鉱物資源プロジェクトからの全収入を充てるなど厳しい条件が付された。ラオスは当時35億ドルの対外債務を抱えており、これに70億ドルが加算されればGDP総額(当時の額で約90億ドル)を優に超えてしまうため、国際機関等は本プロジェクトが経済に悪影響をもたらすと懸念を表明していた。

しかしその後プロジェクトは一向に進まなかった。両国首脳や政府高官が会談した際には必ず鉄道プロジェクトを進めること等が確認され、両政府のプロジェクトへのコミットメントに変わりがないことが示されるものの、プロジェクトが具体化することはなかった。プロジェクト遅延の理由は明らかにされていないが、ラオスに70億ドルの返済能力がなく、中国側がプロジェクトの具体化に難色を示したことが最大の理由だったと考えられる。

ところが2015年11月13日、ラオス政府と中国政府は北京にてラオス=中国高速鉄道建設プロジェクト(62億8000万ドル)に関する合意文書に調印した。この背景には建国40周年を控え、12月2日に起工式を間に合わせたいラオス側の意向が強く働いたことも理由だが、中国も前年に「一帯一路」構想を発表し、その一環として汎アジア鉄道構想や東南アジアのインフラ建設をこれまで以上に重視し始めたことも影響していると考えられる。つまりこれまで鉄道プロジェクトはラオス側の強い要望で進められてきたが、中国にとっての利害も加わったのである。

各種報道によると、総額62億8000万ドルのうち中国は70%を負担し、残りの30%をラオスが負担することになっている。それに基づいて単純に計算するとラオスの負担は18億8400万ドルとなる。中国による70億ドルのラオスへの借款という当初案よりも、双方にとってより現実的な条件になったと考えられる。しかし近年のラオスは財政難に苦しんでおり、この額でも政府にとっては大きな負担である。合意事項の詳細は明らかになっていないが、調印直前の Vientiane Times , November 6, 8, 2015付は鉄道に関して以下のような報道をしている。

ラオスと中国はプロジェクト総額の40%を負担し、残りの60%は両国の国有企業が負担する。政府負担40%のうちラオスの負担は30%の約8億4000万ドルであり、それに対して中国輸出入銀行は金利3%で5億ドルの融資を行う。一方ラオスはボーキサイトプロジェクト、3つのカリウムプロジェクトから得られる収入を返済保証に充てるという。

仮にこの報道が正しいとしても、ラオスは相応の負担を強いられることになる。また国有企業が60%を負担するといっても、最終的に政府負担であることに変わりない。すでに公的債務が約70億ドル(GDPの約70%)に達しているとみられているラオスにっとっては少なくない負担である。金利3%は高すぎるという声が政府内にもあり、利率引き下げを要求し中国と再交渉するともいわれている。

鉄道は中国雲南省昆明から国境を通り首都ヴィエンチャンまでの427.2キロメートルを結ぶ単線で、標準軌(1435mm)を採用する。ラオス北部は山岳地帯であるため、トンネルが183キロメートル(行程の43%)、橋梁が170カ所(69キロメートル=行程の16%)に設けられる。また線路両側50メートルは安全上の理由から鉄道プロジェクトが占有する。旅客駅は11カ所に設けられ、旅客車は速度160km、貨物輸送車は速度120kmで走行する予定である。建設終了は2020年を予定している( Vientiane Times , December 3, 2015)。

以上2つのプロジェクトは必ずしもラオスにとって必要とはいえない事業である。確かに今回の通信衛星の打ち上げにより、国内山岳地域の通信状況が改善されるかもしれない。また政府がいうように教育や医療等にも活用でき、国民生活が改善される可能性もある。しかしヒエム郵便・テレコミュニケーション大臣が自ら指摘するように、国内需要は規模が小さいため、運用寿命15年の間に投資を回収し新たな衛星を打ち上げ、商用サービスを継続できるかは疑問である。また衛星は15国をカバーしているため、トランスポンダをリースすることもできるが、どの程度需要があるかも不透明である。

一方の鉄道プロジェクトもどのように投資額を回収するかが問題となっている。確かに鉄道が運行すれば、これまでバスや車で約10時間以上かかる北部の都市ルアンパバーンまで2時間弱、また1日ではたどり着くのが難しかった中国国境まで3時間しかかからないようになる。時間が飛躍的に短縮され利便性が増すことは間違いない。しかし問題は人々が鉄道を利用するかどうかである。

ラオスの人々は長距離バスであっても好きな場所で乗ったり降りたりする。バス停があるようでないのである。鉄道では決められた旅客駅(11カ所で)乗り降りをしなければならない。また所得が向上している現在、ルアンパバーンや北部の都市までは飛行機を利用する人が増えており、便数も増加している。鉄道の行程の半分近くがトンネルというのも利用者にとってはマイナス要因だろう。1日の運行本数は多くならないと考えられるため旅客数も限られよう。運賃はまだ決まっていないが投資を回収することは相当難しいと考えられる。輸送についてはそもそもラオス国内の需要は高くないと考えられ、中国が物資の輸出入に活用しラオスは単に通過するだけではないかとの懸念がある。

以上のような懸念があるなかで、党と政府はなぜ見切り発車的に2つのプロジェクトを実施し、そして衛星と鉄道建設をこれまでの国家建設の2大成果としてわざわざ国民にアピールしているのだろうか。この背景にはラオスが目指す将来の国家像があると考えられる。

ラオスは現在「2020年の最貧国脱却」を国家目標に掲げ、経済開発に邁進している。2020年までまだ残り5年あるが、人民革命党は2020年以降の国家目標を定めた「2030年ビジョン」を2016年初頭に開催される第10回党大会で提示する予定である。そこでは工業化と近代化のための基礎作りを1歩進め、2030年には1人あたり国民総所得を約8200ドルとし、上位中所得国入りを目指すことが掲げられている。

そのような野心的な目標に照らし合わせてみると、衛星と鉄道プロジェクトはまさにラオスが目指す近代化と工業化の象徴ということができる。したがって建国40周年記念の日にあえて2つのプロジェクトをアピールすることは、これまでの成果というよりも、今後のビジョンと国家建設のあり方、また党・国家の意志を国民に示す狙いがあったと考えられる。

そしてもうひとつ重要な点は、2つのプロジェクトが中国の全面支援で実施された、または今後実施されることである。ラオスが2030年に上位中所得入りするには、過去10年間と同様の年率7%~8%台という経済成長を今後15年に渡り続ける必要がある。そのためには当然資金が必要であり、今後も年間30億ドル近い外国投資を毎年誘致しなければならない。また援助の獲得も必要である。これまでの10年間、経済成長とインフラ建設を支えたのが中国からの投資であり、援助であった。もちろんラオス経済を支えているのは中国だけではないが、中国資金が中心的な役割を果たしていることには違いない。そして衛星プロジェクトはまさに中国の資金、技術、支援によって実施され、鉄道は中国の資金と技術によってこれから実施されるプロジェクトである。つまり2つのプロジェクトからは、ラオスが今後も中国資金を活用し、中国の支援を得ながら衛星や鉄道が象徴するような近代化と工業化を進めるという党の意志が読み取れるのである。

ラオスは今後これまで以上に中国に依存した国家建設を進めるだろう。もはやラオスは中国抜きには国作りさえできなくなっていると言っても過言ではない。

脚 注


  1. Peter B. de Selding, “Laos with China’s Aid, Enters Crowded Satellite Telecom Field,” SPACENEWS , 2015年12月2日アクセス。
  2. フランス植民地時代から数えると100年の夢が実現することになる。
本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。