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香港のスタートアップ

海外研究員レポート

香港

2015年11月発行
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決済システムのSquareや宿泊予約のAirbnbなどをはじめ、スタートアップの提供する製品やサービスが身の回りにあふれるようになってきた。香港でも運送版UberのGoGoVanやロボット工学に基づいたソリューションを提供するInsight Roboticsなどが急成長しており、起業熱が高まっている(黃・方、2015)。20世紀末にはインターネット関連技術が急速に発達したが、今世紀になるとこのインターネットをベースにした新サービスが既存の業態に取って代わるかたちで、私たちのライフスタイルを大きく変化させている(エンジェル投資家へのインタビューより、2014年12月16日)。

様々なスタートアップが有名になるなかで、その拠点も地理的な多様化を見せている。アメリカのなかだけでも、シリコンバレーやニューヨークに加えて、ロサンゼルスやボストン、シカゴ、シアトル、オースティンなど、評価の高いエコシステムが全米各地で発展している(Compass社のウェブサイト、2015年11月12日閲覧)。アメリカ以外でも、EUの主要都市や、テルアビブ、バンガロール、シンガポール、北京、上海、深センなど、世界中でスタートアップは増えている。急速な成長と巨額の創業者利益を狙うスタートアップが層の厚みを増すことは1、ユーザーの生活に加えて、一国の経済成長の点においても、また、スタートアップを買収する側、つまり大企業の研究開発(R&D)や事業展開の点においても、これからさらに大きな変化をあたえることになる。

そこで今回は香港を対象に、そのスタートアップと事業環境を簡単に整理する。そのために、スタートアップ支援を行う香港特別行政区投資推進局(InvestHK)でインタビュー(2015年10月22日)を行った。同局は2000年に設立された政府系機関で、対香港投資の促進事業を行っている2。香港では3~4年前からスタートアップの増加とスタートアップ関係のエコシステムの発展が顕著になってきた。そこで、InvestHKのなかにも2014年、これを支援するためのチームを設立した他、StartmeupHKというプロジェクトを開始した3。ただし、香港では自由主義的な経済運営が重視されているため、同局を通じた資金的な支援を行うことは予定になく、あくまでもエコシステムの発展を支援することに徹するとのことであった。

さて、まずはスタートアップ数であるが、香港のスタートアップは2014年の1,065社から2015年の1,558社へと急増している(InvestHK, 2015)。調査はInvestHKがコワーキングスペースとインキュベーター/アクセラレーター内の企業のみを対象に行っていることもあり、企業数の把握にはおのずと限界がある4。コワーキングスペースやインキュベーター/アクセラレーター外で起業したスタートアップも含めれば、企業数はもっと多いものになる。ただし、コワーキングスペースについて見れば、2013年には3カ所しかなかったが、2015年には34カ所にまで増えており、ここを拠点とする企業だけを対象にしたとしても、ある程度の傾向を把握することは可能だろう。

対象企業の創業者については、現在、香港人とそれ以外(海外および中国本土)でほぼ半分ずつである(InvestHK, 2015)。香港人のなかには留学先でスタートアップに興味を持ち、帰国後、香港で創業というケースも多い。香港以外の場合、外国人としては先進国やアフリカ諸国の出身者が多いが、中国人は少ない。外国人の多くは香港をゲートウェイにして、中国を含めたアジア全体への事業展開を目標としている。一方、中国人起業家の多くは中国国内市場を対象にする傾向があるため、香港における生活コストの高さと、中国本土の大都市でもエコシステムが発展していることを考慮すると、香港を拠点とするメリットは現在のところ非常に小さい。ドローン大手の大疆創新科技(DJI)も深センの産業集積を利用して、世界市場で高い市場シェアを誇る機種を開発・製造している(DJIでのインタビューより、2015年9月14日)。しかし、中国出身のフランク・ワンCEO(DJI)が香港科技大学留学中に学内で創業したように、香港に留学する多くの中国人のなかから、香港で創業するケースが増える可能性はある。

つぎに業種ごとの企業数を見ると、情報・コンピュータ・技術(273社)とハードウェア(200社)がとくに多い。なかでもモノのインターネット(IoT)やプロトタイプ、ウェアラブルを含むハードウェアは、中国エレクトロニクス産業の中心地のひとつである深センに隣接する優位性を活かすものとして、さらなる発展が期待されている。シリコンバレーを中心とするサンフランシスコ・ベイエリアのスタートアップもハードウェアの開発のため深センの活用を重視しているが、香港の場合には深セン企業とのコミュニケーションの容易さやリードタイム短縮化の可能性を考えるとメリットが大きい。情報通信技術(ICT)と製造業の融合が進む今、製造拠点やその近くでイノベーションが多数生まれるようになるか否かは注目される。また、投資側の富裕層(HNWI)を見ても、みずから製造業に携わっていた者が多いため、有望スタートアップの発掘と的確なアドバイスを期待するうえでも、中国と隣り合う香港の地の利は大きい。InvestHKはこのIoTに加えて、医療分野のヘルステックと、世界中の金融機関が集まる香港の優位性を活かしたフィンテックにも注目しているが、ヘルステックも関連デバイスの発展が目覚しいことから、この業種についても香港に優位性のある製造業と深く結びついている。

スタートアップ増加の背景として、まず考えるべきことは香港に投資することの一般的なメリットの数々である。たとえば、東アジアの中心に位置し移動(飛行機で5時間圏内)やロジスティクスが便利なことや、税制がシンプルで税率が低いこと、都市としての魅力も高く治安も良いこと、透明性の高い法制度などを挙げることができる。また、都市としての魅力とも関係するが、香港には多くの商業施設があるため、マーケティングや省エネ関係の新技術へのニーズも高く、顧客の近くで事業展開できる利便性がある。

これに加えて、香港経済の中核をなす多国籍企業(MNC)が果たす役割も大きい。多くのMNCがフィンテックやヘルステックをはじめとした新しい技術の活用に興味を示すようになっており、MNCが開催するスタートアップ関連のイベントや、MNCが運営するコワーキングスペースやインキュベーター/アクセラレーターも増えている。また、MNCで働く多くの優秀な人材を雇用できる点も大きい。スタートアップが香港の産業構造を多様化させている面もあるが、同時に、MNC群がスタートアップを発展させる土壌を養っている面もある。

ただし、MNC中心の経済は当然のことながら、スタートアップに対して逆の影響ももたらす。InvestHKによれば、多くの香港人が事業規模の大きいMNCで働くことを希望しており、スタートアップに関心を持つ者はまだまだ少ないようだ。香港人起業家の平均的なプロファイルを見ても、大学・大学院卒業後、5年前後のMNCでの経験を経て、20代後半から30代前半で起業するケースが多い。したがって、ある程度の自己資金を使って事業をスタートすることができるということ、また、経験豊富という強みがあるということにもつながるが、アメリカのように在学中に創業した企業が急成長というケースは少ない。

以上、香港のスタートアップ動向を少し整理してみた。創業の活力を経済成長につなげるため、従来から世界中でシリコンバレーのエコシステムを自国に移植する試みが続けられてきたが、まったく同じものを再現することは難しい。しかし、各地でエコシステムが発展する現在、今後はエコシステム間の違いにも注目しながら、各地の特徴を学習し、それを参考にしていくことも重要になるだろう。日本ではアベノミクスの第三の矢のなかでも、起業への期待が大きくなっている。また、サンフランシスコ・ベイエリアに進出する日本人起業家や日系企業も増加している5。日本にとっては、香港における製造業とのつながりや大企業志向という点について、その経験から学べることもあるだろう。様々な地域のスタートアップ環境について、その事例を蓄積し、比較していくことが重要になっているのではないだろうか。

(アジア経済研究所(海外研究員) & 香港大学経済・経営学部(客員研究員))

《参考文献》
InvestHK (2015) Hong Kong: A Promising Startup Ecosystem, Hong Kong: InvestHK.
黃雅麗・方健僑(2015)《創業大時代——香港Startup顛覆世界》香港:天窗出版社。

脚 注


本稿の執筆に当たっては、本文中で引用しているとおり、香港特別行政区投資推進局(InvestHK)をはじめ(日本事務所も含む)とする多くの方々にご教示いただいたことを活用した。ここに記して謝する。もちろん、残された誤りは筆者に帰する。
  1. スタートアップの特徴については、btrax社のウェブサイトに詳しい(2015年11月11日閲覧)。
  2. 同様の政府系機関として香港貿易発展局(HKTDC)もあるが、同局はおもに香港企業の輸出促進を事業としている。
  3. Startmeup.hkはInvestHKが提供するスタートアップ関係のサービスや、スタートアップ関係の情報に関するポータル・サイトである。
  4. InvestHK (2015)の調査は2015年7月30日~8月28日の期間、24カ所のコワーキングスペースと6カ所のインキュベーター/アクセラレーターを対象に行われた。
  5. 全業種を含めた数字ではあるが、ベイエリアに進出する日系企業は2014年、719社となった(ジェトロ・サンフランシスコでのインタビューより、2015年3月11日)。これは1992年の調査以来、過去最高であった。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。