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犬は吠えるがキャラバンは進む:ナショナリズムと人類の未来

海外研究員レポート

マレーシア

2015年4月発行
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最近のマレーシアを見ていると、つくづく他民族の心情や文化を理解するのはむずかしい、と思う。しかし、陳鴻明氏( http://youtu.be/UehSJlOQj2I )なら次のように結論するだろう。「人間は事業も研究も運動も何もかもを一緒にやる必要は無い。しかし居住だけは一緒にした方がいい。」

1.「炎上」する民族問題
マレーシアは多民族国家 1 である。マレー系54%、華人系24%、インド系7%が主要3民族。古来、東西貿易の要衝として発展した半島マレーシアには様々なルーツを持つ人々がおり、自然豊かなボルネオ島にはイバン族、カザダンドゥスン族など約30の先住民族が住む。

そんなマレーシアでは今、民族間の「煽り合い」がアツい。ソーシャル・メディアやネット系のニュースサイトであっというまに問題が「拡散・炎上」する。2月にはマレー系のサブリ・ヤコブ農業相が自身のフェイスブックで「原油価格が下がっているのに値下げをしない『華人』商人をボイコットしよう」と呼びかけ、公衆の不安を煽ったとして捜査を受けた 2 。昨年10月には与党連合のマレーシア人民運動党(Gerakan)の華人系議員が主要3民族はすべて「移民(Pendatang)」だと発言して党籍停止となる騒ぎがあった 3 。マレーシアでは、先住民とされるマレー系などの民族の固有の権利は「敏感事項」とされ、議論そのものが禁止されてきた。2000年代に入りネットメディアが発達、さらにはSNSが普及して誰もが主張できる状態になったことで、これまでマスメディアや公の場で抑えられていた民族をめぐる感情が噴出している。

2.民族間の対立は深まっているか
外国人の筆者が民族間の緊張の高まりを日々の生活で感じるかといえば、「分からない」。オフィスでは、マレー系、華人系、インド系の職員がイスを並べて熱心に打ち合わせをしている。近所のナシ・カンダールのレストランでは、すべての民族が共に食事をしている 4 。マレーシア国民は属性が多種多様であるため 5 、注意深く選定された多数のサンプルがなければこの種の問いに客観的に答えるのは難しい。ムルデカ・センター(Merdeka Centre)が2006年に実施した「民族関係についての世論調査(Public Opinion Poll on Ethnic Relations)」は、2000名以上にインタビューを行った数少ない大規模調査である 6

「マレーシアにおける民族間の関係」が「非常に良い/良い」と答えたのは、マレー系83%、インド系81%、華人系69%だった。一方、「マレーシアの民族統合」は「真摯で友好的」と答えた人がインド系の75%、マレー系の62%を占める一方で、華人系については35%にとどまり、逆に「うわべだけの統合」と答えた華人系は46%に達した。

「民族間の積極的な交流が大切か」との問いには回答者の97%が重要であると答えた。その最大の理由としてあげられたのは「平和と安定を維持するため」(17%)、続いて「混乱や闘争を防ぐため」(16%)「国民統合のため」(16%)であった。マレーシアにおける民族間の交流は、単なる友好というにはあまりにも重い。 

それでも、「時に民族問題がどんなに困難になっても、貴方はマレーシアに住んでいることをラッキーだと思うか」という問いに回答者の94%がYESと答え、2006年時点ではマレーシアの民族関係は明るい未来を見据えていた。しかし、5年後の2011年に実施された同じ調査では「民族間の関係は非常に良い/良い」と答えた割合は、2006年の78%から66%に低下、「民族統合は真摯で友好的」と答えた割合は54%から35%に大幅に低下した。民族問題は、簡単ではない。

3.流血の暴動
遡ること46年前の1969年5月13日、クアラルンプールでマレー系住民と華人系住民が衝突し、200名近い死者を出す「5・13事件」が発生した。直接の原因は総選挙での華人系野党の躍進で、与野党双方の「勝利の行進」が流血の惨事に転化した。しかし、その背景には、人口の多数を占めるマレー系が少数派の華人系に比べて圧倒的に貧しいという状況があった。事件の発生をうけて非常事態が宣言され、初代首相ラーマンが辞任、第2代首相としてアブドゥル・ラザクが就任して、民族間の経済格差についての「自由放任」政策を大きく転換する。

ラザク政権は1971年より新経済政策(New Economic Policy)を開始し、様々な優遇措置のもとで、「マレー系=農村在住=農業従事=低所得」「華人系=都市在住=商工業従事=高所得」という、民族=居住地=職業=所得が固定化・二分化された状況を再編することを目指した。いわゆる、ブミプトラ優遇政策である。

時は流れ、2014年の年初、物価上昇への批判に対して、ナジブ首相が「カンクン(空心菜)は安いだろう」と発言して失笑を買う「事件」があった 7 。このとき、与党を支持するマレー系民族団体Perkasaの幹部が「一国の首相を馬鹿にするようなことが続けば、5・13事件の再現が懸念される」と警告した 8 。マレーシアの歴史を考えれば極めて重大な発言である。しかし、このニュースに対する掲示板のコメントは反発や批判ですらなく、意訳すれば「ばかじゃねーの」といった類のものばかりだった。

半世紀を経て、この国では民族を対立軸とした暴動は完全にリアリティを失っているように見える。

4.民族問題にとって居住地はなぜ決定的に重要なのか
新経済政策は、居住地についての政策でもある。第3次5カ年計画(1976-1980)では「街の商店・レストラン・工場にほとんどマレー系が居ないことで、たとえ収入は増えたとしても、都会に出たマレー系の農民が疎外感をおぼえたり、部外者であると感じたりするような状況では、社会的・政治的な安定は長く続かない」と指摘されている。新経済政策では、農村の近代化と共に、都市部へのマレー系の進出が強力にサポートされた。

前出のムルデカセンターの調査によれば、他民族の友人がいる割合は、マレー系で74%、華人系80%、インド系95%に達し、若いほど、また、教育水準が上がるほど高くなっている。友人がいる場所については、「職場や学校」が民族を問わず約70%前後であるのに対し、「近所」はマレー系が50%、華人が61%、インド系は88%だった。なぜ他民族の友人がいないのか、という問いに、マレー系の61%が近所に他の民族が住んでいないと答えた 9

同じ民族が、その民族だけで生活を完結できるほど固まって住まない(住めない)ということは民族融和の鍵であるように思われる。近所に住むことは、私人として交わることと同義である。日常生活で交流することがないまま、異なる民族がお互いを深く理解することは難しい。これは、たとえ外国に住んでいても、その国の人々と交わりをもたずに、文化や習慣を感覚として理解することが難しいのと同じことである。

人間は、そもそも同じ民族で固まって住む傾向を持つ。民族と居住地の問題は、都市経済学の重要なテーマのひとつで、世界中の大都市で“Ethnic Segregation”と呼ばれる民族別に居住地が分かれる現象が発生している。しかし、マレーシアの民族別居住の構造は、そうした例とはスケールが異なる。国全体で民族によって居住地が分断され、多数派の民族が貧しい農村にもっぱら居住し、商工業への進出ができないという状況は、経済発展、国民統合の両面で、極めて厳しい初期条件であった。

5.国運を賭けた新経済政策
マレーシア政府は、1969年に一端は多数の死者を出すまでに広がった民族間の軋轢を、世界に例のないマジョリティに対するアファーマティブ・アクションを強力に推進することで解決しようと試みた 10 。その結果、半島マレーシアの都市人口に占めるマレー系の割合は、1970年の27.6%から2000年には48.3%にまで高まった 11 。マレー系と華人系の所得比は1970年の1対2.29から2012年の1対1.42へと大幅に改善し、マレー系を含むブミプトラの資本保有比率は1970年のわずか2.4%から2014年には24%にまで増加した。

新経済政策がなければ、マレーシアは「失敗国家」への道を歩んでいた可能性がある。多数派のA民族は貧しく、少数派のB民族と外国人が富を独占している。政治はAB両民族のエリートが動かしている。こうした状況で自由放任を原則として近代化・工業化が本格化し、さらに石油ブームが訪れるとどうなるか。商工業部門ではA民族を単純労働者として低賃金で雇用する構造が定着、資本家のB民族・外国人に石油収入を得たA民族エリートも含めた富裕層との所得格差はますます広がるだろう。

こうした状況下で、政治システムが民意を反映できないのならば、早晩、力による政権打倒の運動が起きるだろう。富裕層は資産とともに外国へ逃避、国は騒乱状態となる。こうなれば、民族融和も経済発展も望むべくもない。

マレーシア政府、あるいはラザク政権は、絶望的な未来を予見し、強力な新経済政策によって国の命運を変えた 12 。しかし、その「成功」が、マレー系が必要以上に優遇されているとの感覚を生み、一方でマレー系の自信が確立していないこととあいまって、最近の民族間の「煽り合い」の一因となっている。

6.ナショナリズムと人類の未来
ナショナリズムには2つの種類がある。「我々はX国人だ(おまえ達は違う)」という排除のナショナリズムが、グローバル化の反動として世界中で強まっている。一方で、この国の良識ある人 13 が「我々はマレーシア人だ」というとき、それは「民族は違っても、私もあなたもマレーシア人だ」という意味だ。マレーシアでは、包摂のナショナリズムを醸成する苦闘が今も続いている。

歴史を振り返れば、1957年の独立に際し、マレー系の先住民としての特別な地位を認めることと引き換えに他民族はマレーシア(マラヤ連邦)の市民権を手にした。独立後50余年、当時を知る世代が減っていくなかで、マレーシアは独立時の立憲的契約に戻るべきなのか、それとも新たな民族関係を築くべきなのか、岐路に立っている。

多数派のマレー系の中には、マレーシアが国家としてイスラム色を強めることを望む人、あるいはマレー系中心の国となることを望む人も少なからずいる。一方で、さらなる平等化を推し進め、民族を問わず、皆がマレーシア人として同様に扱われることを理想とする人々もいる。果たして、民族でもなく、宗教でもなく、多様であることそのものにアイデンティティを求めることが、マレーシア国民には、そもそも人類には可能なのか。46年前のあの日、血を流した人々が、今はネット上で安心して煽り合っている。それは、前進なのか、それとも、過信なのか。

今日もマレーシアでは、民族も言語も宗教も異なる人々が、問題はありながらも、問題ないことにして暮らしている。クアラルンプールに必見の観光地はない。大衆受けする定番のお土産もない。しかし、ラジニカーントの映画を見て、バクテーを食べて、コーランが響くモスクの横を通って我が家に帰るプロトン・タクシーのラジオからはクイーンが流れてくる。地球上のあらゆる文化がこの地で静かに地層をなしている。つまりは、この国は、ものすごく良くやっているのだ。

犬は吠えるがキャラバンは進む。中東起源の諺で、「日々小さな問題はあるが、大きな目標を目指して歩み続けなければならない」という意味だという。客観的に見ると、絶望的に難しい状況を抱えながらも、この国の日常は前へと進んでいく。筆者は、後ろ髪を引かれながら、2年間共に過ごしたこの隊列を外れ、祖国へ戻る。穏やかで、人懐っこく、食べることを何よりも大事にする人々を乗せたキャラバンが、19世紀的国民国家に代わる人類の未来を、いつの日か、みつけると信じている。

《参考文献》

  • サイド・フシン・アリ編著 小野沢純・吉田典巧訳(1994)「マレーシア:他民族社会の構造」勁草書房
  • 小野沢純(2012)「ブミプトラ政策:多民族国家マレーシアの開発ジレンマ」『マレーシア研究』第1号
  • Yaakob, Masron and Fujimaki (2012), “Ninety Years of Urbanization in Malaysia: A Geographical Investigation of Its Trends and Characteristics,” Journal of Ritsumeikan Social Sciences and Humanities, Vol.4.

脚 注
  1. マレーシアの文脈における"ethnic group/race"を「民族」と訳すかどうかは常に議論となる。日本語の「民族」には、「民族自決」の言葉に代表されるような"nation"に近いような強いニュアンスがある。マレーシアにおける"ethnic group/race"はそれぞれに独立を求めたりはしない。アジア経済研究所ではマレーシアにおける"ethnic group/race"の訳として伝統的に「種族」が用いられることが多い。しかし、ここでは厳密な議論を行うわけではないので、一般的に分かりやすい「民族」を用いることにする。
  2. Malaymail Online 2015年2月9日付" Ismail Sabri gives police statement over controversial boycott call"
    http://www.themalaymailonline.com/malaysia/article/ismail-sabri-gives-police-statement-over-controversial-boycott-call
  3. Malaymail Online 2014年10月20日付" Gerakan suspends delegate over ‘pendatang’ speech"
    http://www.themalaymailonline.com/malaysia/article/gerakan-suspends-delegate-over-pendatang-speech
  4. ブミプトラ政策への反発から、クアラルンプールの屋台村では「マレー系住民はマレー系の店、華人は華人の店に集まる」という記事がある(『日経新聞』2014年1月26日付け「地球回覧:マレー系優遇 華人と亀裂」)。記事の趣旨は分からなくはない。しかし、そもそもハラルの問題、さらには言語の問題、それよりも家族として同じ民族がテーブルを囲むことは当然多い。それは、ブミプトラ政策への反発から食事を共にしない、というような一面的な問題ではない。記事のいわゆる「つかみ」では多少乱暴な描写も許される、という昨今の風潮には同意できない。さらに、記事とともに掲載されている「マレー系の店」の写真にはヒジャブ(イスラムのスカーフ)を被っていない女性=非マレー系が、「華人系の店」にはヒジャブを被った女性=マレー系が複数映っていることを指摘しておく。
  5. マレーシアで結婚式の披露宴に招待されて、何を着ていけば良いのか思い悩んだ末、複数の「オプション」を持って会場のホテルに着いてみれば、Gパンからスーツ、民族衣装まで皆が本当に「おもいおもいの服装」で笑ってしまったことがある。日本という国に「勤勉で清潔だ」という典型のイメージがあるとすれば、マレーシアは多様性自体が国の特徴である。自分が体験したサンプルを一般化し、「マレーシアという国は」と総括することが極めて難しい。
  6. この調査は民族問題についての客観的なデータとして、非常に興味深い。例えば、3つの民族はお互いをどう思っているのか。「一般的に多くのマレー系は怠惰だ」というステレオタイプに賛成する人の割合は、マレー系が58%、華人系が63%、インド系が43%であった。「多くの華人は欲深い」について、マレー系の71%、華人系の60%、インド系の47%が同意するとこたえている。「インド系は信用できない」について、マレー系の64%、華人の58%が同意する一方で、インド系は20%しか同意していない。マレー系と華人系については、自民族を含めてステレオタイプを支持している一方、インド系はこうしたステレオタイプに同意しない傾向が強い。
  7. BBC News2014年1月14日付"Be careful what you say about spinach"
    http://www.bbc.com/news/blogs-trending-25730815 )カンクンはマレーシアで民族問わず広く食されている野菜で、水辺に「自生」している。それを「安い」と表するのはおかしい、ということになる。ただ、「カンクン炒め」はレストランで食べると実はイメージほど安い料理ではない。
  8. The Malaysian Insider, 2014年1月20日付" Now Perkasa talks about ‘May 13’, says kangkung issue can trigger racial riots"
    http://www.themalaysianinsider.com/malaysia/article/now-perkasa-talks-about-may-13-says-kangkung-issue-can-trigger-racial-riots
  9. 3民族の中でインド系が他民族とも交友関係を持ち民族融和に積極的な理由のひとつは、彼らがもっとも人口比率が低く、同民族だけで生活を完結させることができないためであろう。マレーシアには、中国語をほとんど解さず、ムスリムでないという点を除いて土着化がすすんだ「プラナカン」と呼ばれる華人もいる。中でもマレー系が人口の95%を占めるクランタン州の華人はマレー語を流暢に話し、マレー文化への同化が進んでいるという。サイド・フシン・アリ(1994)を参照。
  10. 新経済政策に至る過程、その後については小野沢(2012)を参照。
  11. Yaakob, Masron and Fujimaki(2012)を参照。
  12. いわゆるブミプトラ政策≒新経済政策については、その根本についての誤解があるように思われる。ブミプトラ政策後の安定したマレーシアを見て、ブミプトラ政策は不要、と論じることはフェアではない。長い植民地支配によってこの国が背負ったハンディは大きく、ブミプトラ政策の実施は強力なリーダーシップによってのみ為し得た巨大な「国家プロジェクト」であった。ブミプトラ政策は一面では目的を達しつつあり、そのあり方はナジブ政権が当初目指したような、市場経済と親和性が高いかたち、特定民族ではなく所得階層下位の人々をターゲットとする方向に変化する必要がある。しかし、あらゆる国でそうであるように、長く続いたシステムで既得権益層の抵抗を排除して改革を進めることは容易ではない。そこに立憲的契約や民族の要素が絡めば、問題は益々難しくなる。
  13. 人気コメディアンのハリス・イスカンダル(Harith Iskandar)は民族融和に心を砕く一人だ
    http://www.thenutgraph.com/harith-iskanders-“race-malaysia”/ )。ハリスはマレー系の父とイギリス人の母を持つ。夫人は華人とインド系のハーフであるため、自分たちの子どもは、マレーシアの公的な書類で記入を義務づけられる民族選択欄「マレー系」「華人」「インド系」「その他」の全てにチェックを入れられると喜んでいる。ハリスの主な持ちネタは「マレーシア人あるある」で、シンガポール人とマレーシア人の違いを笑いにしても、華人とマレー人の違いを笑いにすることは決してない( http://youtu.be/C5hk9_sFhoM )。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。