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アメリカ経済学会大会における中国経済研究

海外研究員レポート

米国

2015年2月発行
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1. アメリカ経済学会大会の概要
本稿では、アメリカ経済学会(American Economic Association:AEA)の2015年年次大会で報告された中国経済研究を対象に、その数や論文執筆者の所属先、報告論文の研究分野などを概観したい。中国経済に関する研究は増加しており、本大会でもプログラムを見ると多くの論文が報告されることになっていたため、その全体像がどうなっているのか気になった。報告の内容に加え、中国経済研究全体の特徴を把握することも、研究動向の理解にとって意味があるだろう。そこで、上述のような形式的な観点ではあるが、本稿ではAEAの大会で報告された論文を対象に、中国経済研究の横顔を簡単に整理してみたい。もちろんAEAの大会だけで学界全体の動向を把握できるわけではない(全体像に関する文献について文末の付録を参照)。しかし、規模の大きい大会であることと、アメリカ経済学界を代表する大会のため、いくつかの特徴を垣間見ることは可能だろう。

さて、本大会は、2015年1月3日~5日の3日間、マサチューセッツ州ボストン市で開催された。本稿ではこれ以降もAEAの大会と表現するが、正式にはAEAをはじめとした経済学系学会が構成するAllied Social Science Associations(ASSA)の大会である(Siegfried 2008)。しかし、AEAがASSAとその大会を運営していることと、一般に「AEAの大会」として認識されていることから、ここではAEAの大会と表現した。

本大会の登録者数は1万2218人であった(AEAウェブサイト[https://www.aeaweb.org/]、2014年1月10日閲覧)。登録者数には、報告者やディスカッサントのほか、聴講者や出展担当者なども含まれている。本大会には、AEAをはじめ約55の学会が参加し、約520のセッションが立てられた。大雑把な計算ではあるが、1セッションに3~4本の論文が発表されたとすると、1800本前後の報告があったことになる。トマ・ピケティ(Thomas Piketty)教授(Paris School of Economics)の『21世紀の資本』(Le capital au XXIème siècle)への関心の高まりから、今年はピケティ教授も参加する関連セッション(A Discussion of Thomas Piketty’s “Capital in the 21st Century”)も開催された。私は出席していないが大変盛況だったようである。

また、大会では論文報告ばかりでなく、出版社をはじめとした関係企業の出展や、大学・研究機関などの採用活動、多数のミーティングなども毎年催される。中国経済研究関係では、ミシガン大学(University of Michigan)のチャイナ・データ・センター(China Data Center)や、中国留美経済学会(Chinese Economists Society:CES)、四川大学、上海立信会計学院が出展していた。チャイナ・データ・センターは中国国家統計局が提供するマクロデータなどを販売していることで有名である。CESは米加在住の中国人研究者が1985年に設立した学会で、学術雑誌China Economic Reviewを刊行している。本大会ではASSAのメンバー学会として3つのセッションを立てていた(後述)。また、本大会とは別に中国での年次大会(Annual Conference)や北米大会(North America Conference)を開催するなど、積極的に活動している。大会期間中に開かれたCESのビジネス・ミーティングに出席したところ、中国への教員派遣プログラム(Chow Fellowships)の募集が呼びかけられたり、中国の各大学が教員募集のためのプレゼンテーションも行われ、CESは中国経済研究の発展のみならず、中国における経済学教育の発展にも貢献している。本大会は以上のとおり、多くの関係者がさまざまな目的を持って一堂に会する場となっており、そのなかで、中国経済研究の関係者も活発に交流している。

2. 中国経済研究の概観
本節では、本大会で報告された中国経済関係の論文を対象に、研究動向を整理する。具体的には、ChinaかChineseをタイトルに含む論文と、ChinaかChineseを所属セッション名に含む論文、合計68本を対象とする 1 。報告論文の総数を1800本前後だとすると、中国経済関係の論文は全体の3~4%を占めることになる 2 。ちなみに、経済学の文献データベース(EconLit)によると、ChinaかChineseをタイトルに含む論文は1980年代には全英語論文の0.4%を占めるにすぎなかったが、2000年代(2000~09年)には同2.3%を占めるようになっており、中国への関心が高まっていることが分かる(木村2012)。

つぎに、どのような学会が中国をテーマとしたセッションを立てているのかを見てみたい。表1のとおり、6学会が9つの関連セッションを立てた。Association for Comparative Economic Studies(ACES)やAmerican Committee on Asian Economic Studies(ACAES)、CES、Chinese Economic Association in North America(CEANA)のように、中国など地域の視点を重視する研究者によっておもに構成される学会が、多くの関連セッションを立てている 3 。しかし、経済学全般を対象とするAEAや、環境・資源を対象とするAssociation of Environmental and Resource Economists(AERE)も、中国に関するセッションを特別に立てており、その関心の高さがうかがわれる。セッション名を見ても分かるとおり、中国の制度や環境、技術などに注目しながら、中国経済のさらなる成長の可能性を探ろうという研究が多い。中国経済の規模が大きくなり、多様な課題に直面している様子を反映している。

表1 学会とセッション
表1 学会とセッション
(注1)学会名の後の年は設立年。
(注2)セッション名の後の記号はJEL(Journal of Economic Literature)分類コード(後述)。
(出所)AEAウェブサイト(https://www.aeaweb.org/)上の検索機能に基づいて報告者作成。

また、表1では学会をその設立順に並べており、アメリカにおける経済学研究が専門化してきた様子をうかがうこともできる。まず、AEAは社会科学者のコミュニティのなかから経済学研究の専門化を目指す学者によって1885年に設立された。同じころにAmerican Historical Associationも設立されており、19世紀末はアメリカが経済大国になっただけではなく、知的状況も充実の度合いを増していたようだ。そこから一気に約1世紀下るが、ACESは経済体制の比較を目的として、旧ソ連をはじめとした社会主義経済体制の研究が十分に発展した1970年代に設立された。また、AEREも環境・資源問題への関心が高まった1970年代に設立されている。アジア経済研究に関するACAESや中国経済研究に関するCES、台湾人研究者が中心となって設立されたCEANAは、研究の充実と留学生の増加を背景にして、1980年代に設立された。これら3学会が1980年代に相次いで設立されていることからも分かるとおり、アジア経済研究の制度化がこの時期、地域研究(area studies)の後を追うように、経済学者の立場からも進んだ。1980年代はディシプリン(専門分野)の影響拡大がはじまった時期でもあり、このころから地域研究者よりも経済学者の存在感がアジア経済研究のなかで相対的に大きくなっていく(木村2014、2015刊)。CESが今年(2015年)創立30周年をむかえるように、人間で言えばひとつの世代に相当する時間が経つ。中国をはじめとするアジア経済研究がその層の厚みを増すなか、米国におけるアジア経済研究の専門化がアジア経済研究自身と経済学研究にどのような影響をおよぼしたのか、今後検討してみることも面白そうだ。

つぎに、論文執筆者の地域性や所属先を見てみたい 4 。68本の論文の執筆者名を見ると、全148人のうち(共著論文も多い)、中国系の名前は約3分の2を占めている。中国人・中国系執筆者のうち、過半強は中国(ここでは香港を除く)の大学などに所属しているが、残りの過半弱は香港やシンガポール、欧米などの中国以外の組織に所属しており、中国人・中国系研究者が世界中に分散していることを表している。その結果、研究の国際化も進んでいる。米国で開催された大会ではあるが、全執筆者のうち米国の組織に所属しているのは3分の1に過ぎない。米国で学位を取得した留学生のうち、東アジアを中心に米国以外の大学などに就職した者も多いからであろう。また、海外の大会であることも加味しなければならないが、中国経済研究の報告でありながら中国の組織に所属する研究者だけの報告は11本に過ぎず、中国経済が世界中で研究されていることをうかがい知ることができる。さらに、国や地域をまたいだ共同研究も多く、とくに中国人・中国系研究者と欧米研究者の共著論文が多い(大原2006)。

最後に、どのようなテーマの研究が多いのかを、JEL分類コードに基づいて整理したい。表2は同コードを2桁レベルに基づいて報告論文を分けたものである。中国経済の成長と今後の行方への関心の高まりを反映して、Economic Development(O1)に分類される論文がもっとも多かった。また、中国経済は経済体制の移行(計画経済から市場経済へ)によって急成長を遂げてきたが、その影で所得格差の存在も大きな問題になってきたため、O1に加えて、体制移行や制度の比較に関わるComparative Economic Systems(P5)や、地域格差に関わるGeneral Regional Economics(R1)の研究も多い。これは本大会だけの特徴ではなく、中国経済研究に見られる従来からの特徴である(木村2012)。そのため、O1に属する論文が多くなるのは、経済成長や生産性を論じる論文が多いことに加え、P5などほかのコードと一緒に付与されている論文も多いという背景がある。経済体制や制度については、国有企業や自由化の遅れた金融セクターの存在、中国独自の経済制度、党と経済の関係などがあるため、改革開放がはじまって30年以上がたち、自由な競争が展開されている産業が増えた現在にあっても、重要性の衰えることのない研究分野である。また、所得格差に関しては、労働市場の制度や最低賃金との関わりが大きいため、地域格差に加えて、Particular Labor Markets(J4)やLabor(J5)に関する論文も多かった。2桁レベルでは分散してしまっているが、表3のとおり1桁レベルで見ると、Labor and Demographic Economics(J)に分類される論文が多いことが分かる。所得格差の存在は経済成長にともなって問題視されるようになってきたが、さらなる成長のカギを握る存在としても重要なテーマである。投資や外需に依存しない経済成長を実現するためには、国内の消費を拡大する必要があるためである。こちらも経済体制や制度とともに、中国経済を理解するうえで重要な研究分野である。

表2 JEL分類コード(2桁)に基づく分類
表2 JEL分類コード(2桁)に基づく分類
(出所)AEAウェブサイト(https://www.aeaweb.org/)上の検索機能に基づいて報告者作成。
表3 JEL分類コード(1桁)に基づく分類
表3 JEL分類コード(1桁)に基づく分類
(出所)AEAウェブサイト(https://www.aeaweb.org/)上の検索機能に基づいて報告者作成。

また、経済成長は対外開放やWTO加盟などを通じた経済のグローバル化とも密接に結びついている。そのため、Trade(F1)やMacroeconomic Aspects of International Trade and Finance(F4)、International Finance(F3)に関わる研究も多い。その結果、表3のとおり、1桁レベルではInternational Economics(F)の研究が2番目に多くなっている。これまではグローバル経済が中国経済の成長にあたえる影響に関する研究が多かったが、1990年代後半以降、中国からの輸出や投資が急増するようになり、中国経済がグローバル経済にあたえる影響に関する研究も増えている。中国経済の成長とグローバル経済の関係だけを見ても、研究テーマの幅は非常に広い。

 そのほかの研究分野としては、今後の成長に関わる環境・エネルギー問題やイノベーションに関する研究も多かった。表2のとおり、Environment Economics(Q5)やEnergy(Q4)、Innovationなど(O3)の論文本数が多くなっている。環境・エネルギー関連の報告は聴いていないものの、イノベーション関連の報告では、研究開発(R&D)や知的財産権(IP)、生産性の変化などの実態を詳細に検討しようというものが多かった。報道などではR&D支出の額やIPの数の急増を理由として、中国企業における技術力の向上が強調されることも多い。しかし、Albert Hu准教授(National University of Singapore)の報告(China’s Patenting Surge from 2007 to 2011: More Innovation or Just More Patents?)によれば、中国企業はIPのなかでも技術的な難易度の高い発明(invention)ではなく、実用新案(utility model)をより多く申請する傾向があるため、R&D支出の額とIP全体の数の相関は低くなっているということであった。つまり、中国企業の技術力は従来よりも向上しているものの、R&Dに対するインプットが増えたから、IPというアウトプットも増えたというわけではない。企業のR&D活動を代表していると思われる変数であっても、その関係は存外複雑であり、中国企業の技術力についてはより詳細に検討していく必要があるようだ。

中国経済研究は以上のとおり、中国経済の成長への関心が高まるなか、制度づくりや所得格差、グローバル経済との関係、環境・資源問題、イノベーションなどをキーワードに多くの研究が蓄積されている。これ以外にも表2のとおり、広範なテーマにわたって中国経済を理解するうえで必要不可欠な研究が進められている。いずれのテーマもその他の発展途上国の経済成長にとっても重要なものばかりである。中国経済研究の厚みが増すなか、中国の経験がそれぞれの研究分野にどのような影響をもたらし得るのかを今後振り返ることも重要になるだろう。アジア経済研究の専門化について述べたところでも少し言及したが、中国経済研究と経済学との関係をあらためて検討する必要がある。中兼(2012)が中国の経済成長を既存の開発経済学のなかに位置づけたように、この点についての優れた先行研究も存在している。本稿では形式的な観点からの整理に終始したが、これをベースに、いずれは中国経済研究の中身にまで立ち入って経済学的な意味についても論じてみたい。

付録

中国経済論文の増加とともに、研究テーマの専門化も進んでいる。たとえば、学術雑誌(ジャーナル)を見ても、中国経済全般に関するChina Economic Reviewが1989年に創刊された後、中国経済と世界経済の関係(国際経済学に限らない)に関するChina & World Economyが1993年に、農業経済学に関するChina Agricultural Economic Reviewが2009年に創刊されている(木村2012)。中国経済研究の全体像を把握することは年々難しくなっている。それでも多様な研究テーマを概観したい場合には、以下の文献が役に立つだろう。
    主要論文をテーマ別に再掲した文献:
  • Chai, Joseph C.H., ed. (2000) The Economic Development of Modern China, 3 volumes, Cheltenham: Edward Elgar.
  • Zhang, Wei, ed. (2011) Economic Reform in Modern China, 4 volumes, New York: Routledge.
  • テーマ別に論点を整理した文献:
  • Brandt, Loren, and Thomas G. Rawski, eds. (2008) China’s Great Economic Transformation, Cambridge: Cambridge University Press.
  • サーベイ論文:
  • Rawski, Thomas G. (2013) “Studies of China’s Economy,” in Haihui Zhang, Zhaohui Xue, Shuyong Jiang, and Gary Lance Lugar, eds. A Scholarly Review of Chinese Studies in North America, Ann Arbor: Association for Asian Studies.
  • Brandt, Loren, Debin Ma, and Thomas G. Rawski (2014) “From Divergence to Convergence: Reevaluating the History Behind China’s Economic Boom,” Journal of Economic Literature 52(1): pp. 45–123.
全体像を把握できるサーベイ論文として、ここでは、テーマ別に主要論文を紹介したRawsiki論文と、経済成長を長期的な視点からまとめたBrandtらの論文だけを取り上げた。

《参考文献》

  • 大原 盛樹(2006) 「最近の米国における中国経済研究」 、アジア経済研究所海外研究員レポート(2006年6月)。
  • 木村 公一朗(2012) 「コア・ジャーナルに見る中国経済研究」 、『アジ研ワールド・トレンド』No. 198(2012年3月号):pp. 7–9。
  • 木村 公一朗(2014) 「米国の地域研究:中国経済研究の立場から」 、アジア経済研究所海外研究員レポート(2014年11月)。
  • 木村 公一朗(2015)「アメリカの地域研究:中国経済研究の立場から」、『アジ研ワールド・トレンド』No. 234(2015年4月号):pp.47-50(近刊)。
  • 中兼 和津次(2012)『開発経済学と現代中国』名古屋大学出版会。
  • Siegfried, John J. (2008) “History of the Meetings of the Allied Social Science Associations since World War II,” American Journal of Economics and Sociology 67(5): pp. 973–983.

脚 注
  1. 検索は2015年1月10日に、AEAウェブサイトのPreliminary Program of the Allied Social Science Associations
    https://www.aeaweb.org/aea/2015conference/program/preliminary.php )で行った。なお、ポスター・セッションの論文も含んでいる。
  2. なお、JapanかJapaneseをタイトルに含む論文と、Japanを所属セッション名に含む論文は(Japaneseを含むものはなかった)、合計5本であった。ちなみに、Japanをセッション名に含むセッションは、先進国(日米欧)における昨今の金融政策に関するものであった。
  3. ただし、CEANAのセッションのなかには、特定の地域を対象にしないセッションや論文もある。
  4. 執筆者の全員が大会に出席するわけではないので、ここでは報告者ではなく執筆者と表現した。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。