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障害者権利条約の批准決議案を可決

海外研究員レポート

ベトナム

2015年1月発行
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オーストラリアのニック・ブイチチ(Nick Vujicic)氏が2013年、2014年とベトナムを訪問し、ベトナムの多くの若者が熱狂的に歓迎した。ベトナム国営テレビ(VTV)も特別番組を放送し、同氏のメッセージ、活動の様子が茶の間にも届けられた。同氏は先天的に四肢がないという障害を持ち、講演活動などで国際的に活躍している。困難に直面しながらも、前向きに生きる同氏の姿勢に、若者だけでなく多くのベトナム人が共感している。

国連の推計によると、世界人口の約10~15%(約7億人~10億人)が障害者であり、そのうち約8割が開発途上国で暮らしている。ベトナムでは約700万人(人口の約7.8%)が障害者であり、そのうち約360万人が女性、約120万人が子どもである。また、6歳以上の障害者の約40%が非識字層に属し、20%近くが小学校を卒業していない(首相HP12月3日付記事に2015年1月5日アクセス、Tạp chí Lao động và Xã hội Số 492 từ 1-15/12/2014, 2ページ)。

2014年11月28日、ベトナムの第13期第8回国会において障害者権利条約批准決議案が可決された(国会決議84/2014/QH13、以下国会決議84)。2006年12月13日に国連総会で採択された同条約は、2014年3月現在で158カ国が調印、うち141カ国が批准している。ASEAN諸国では8カ国が既に調印、批准を終えていたが、ベトナムとブルネイの2国は調印後、批准をしていなかった(Báo Điện Tử Đảng Cộng Sản Việt Nam, 2014年10月23日付記事に2015年1月8日アクセス)。

2007年10月22日にニューヨークの国連本部でベトナムが同条約に調印して以来、批准決議案可決までに7年余りの歳月を要したのは、障害者法の制定(2010年)など、同条約に沿った国内法の整備に時間を要したためであった。今後、その実践がどのような形になるかが最も大事な点であるが、同条約の批准により、ベトナムの障害者の権利は強い法的根拠に基づいて守られることになった。ベトナムは国連人権理事会の理事国(2014-16年)であり、今回の動きはその立場に相応しい動きとして当局も評価している(Báo Điện Tử Đảng Cộng Sản Việt Nam, 2014年10月23日付記事に2015年1月8日アクセス)。

国会決議84では、1条でべトナムが同条約を批准すると述べた後、2条でベトナムがすべての領域において同条約を実行することを約束した。そして続く3条において、政府、最高人民裁判所、最高人民検察院、関連を有する機関・組織は自身の任務・権限の範囲において同条約を実行するとし、最後に4条で国会常務委員会、民族評議会、国会の各委員会、国会代表が今決議の実行を監視するとしている。

同条約批准決議案の採決結果は、投票参加者440人中賛成440人というものであったが、議論の過程で参加した国会代表からいくつか意見が出されたことが伝えられている。それらの意見について若干紹介したい(以下、Quân đội nhân dân online, 2014年11月28日付記事に2014年12月26日アクセス, Nhân Dân Điện tử, 2014年11月28日付記事に2015年1月5日アクセス, Báo Điện Tử Đảng Cộng Sản Việt Nam, 2014年10月23日付記事に2015年1月8日アクセスに基づき記す)。
(1)同条約を批准するということは、同条約の内容のすべてを実行しなければならないことを意味する。そして、この責任は政府のみのものではない。したがって、批准決議案の2条、3条については、削除すべきである。
(2)批准決議案3条について、同条約のベトナムにおける実行に対して責任を負う機関として「最高人民裁判所、最高人民検察院、関連を有する機関・組織」を補充すべきである。
(3)ベトナムの法体系と同条約の「互換性(sự tương thích)」を保全するために、現行法律文書を見直す必要がある。
(4)同条約批准決議案が今国会で可決された後、同条約の内容を実行していくためのより具体的な計画が必要である。

国会会期の準備、招集、運営に責任を持つ国会の常務機関である国会常務委員会は、上記の提案・意見に対して以下のように対応したと伝えられている。

上記第1点目については、第2条の文言は同条約のすべての規定の実行を約束するベトナムの精神(tinh thần)を表したものであるとの説明を行った。

2点目については、その意見を妥当なものとして判断し、提案を受けた「最高人民裁判所、最高人民検察院、関連を有する機関・組織」を文言に補充するとした。

3点目については、国会常務委員会は国会法律委員会、国会対外委員会、国会の関連機関、政府に対し、同条約の「内法化(nội luật hóa)」のために今後必要な法整備などについて話し合い、意見を統一するよう指導した。同時に同条約1条、2条における障害者の概念に相応しいように法律文書における「障害(khuyết tật)」の用語の使用を統一する必要があるとした。

4点目については、政府と協力し、ベトナムの条件に相応しい形でそれぞれの段階のための具体的な要求・目標・政策とともに、同条約の実行路程を作成し、速やかに推進するとの説明を行った。

上記のような対応の結果、同条約批准決議案は、国会において可決されたのである。同条約の批准は、ベトナムの障害者の人達にとって、自身の権利を主張し、実現し、守るうえで大きな意義があると考えられる。

その一方、ベトナムの現状と同条約が実現を求める環境・生活条件との間には未だ大きな差があるのもひとつの現実である。例えば、外出するにしてもベトナムの現状では障害を持つ人にとって大きな困難が伴う。歩行が不自由な人、車イス使用者、視覚が不自由な人などが少し外出しようとしたとしても、歩道は整備されていないことが多く、滑らかに移動することは容易ではない。しかも、あらゆる人にとって最も大切な行動のひとつである排泄についても、障害者に配慮が施されたトイレはまだ非常に少ない。また、自宅における暮らしにおいても、当該障害者の生活状況に沿って工夫が施された家屋は少ない。これらの「障壁」は障害者にとってだけでなく、障害者を支援する人達にとっても大きな「障壁」となっている。

いかに同条約が実現を求める状況に現状を近づけていくのか——。ベトナム国民のすべてが、障害者、非障害者に関係なく、同条約の基本的内容を理解することがまずは大切だと思われる。それと同時に障害者も参加し、中心的な役割を担って具体的な同条約の実行路程を定め、着実かつ継続的に実行に移していくことが求められる。 日本も2014年1月20日に同条約を批准(衆院は2013年11月19日、参院は2013年12月4日に同条約締結を承認)した。日本も含めた多くの国・社会と共に、ベトナムもこの意義ある課題に取り組むことになる。
本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。