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国際問題の影響

海外研究員レポート

ベトナム

2014年7月発行
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2014年5月23日朝6時頃、一人の老婦人が亡くなった。場所は1975年4月30日に北ベトナムの戦車が突入したホーチミン市第一区の統一会堂前の傍ら。焼身自殺であった。老婦人の鞄からは「中国はベトナムの領海から出ていけ」、「ベトナムは団結する」、「ベトナム海上警察を応援する」などと書かれた横断幕が見つかった。

ベトナムが長い歴史的経緯に基づいて領有を主張するホアンサ(西沙)諸島の近海、ベトナムの排他的経済水域内、大陸棚に中国が石油掘削機を設置してから2箇月余りが経過した。本報告執筆現在、ホーチミン市内は平静であるが、南シナ海におけるホアンサ諸島、チュオンサ(南沙)諸島に対するベトナムの主権保有の根拠を紹介するための展示会が同市図書館で開かれたり、両諸島に対するベトナムの主権保有を訴えるポスターや写真の展示が美術館で行われたりしている。

2011年11月25日におけるグエン・タン・ズン首相の国会での説明によると、中国はホアンサ諸島海域に1956年から進出をはじめた。当時同諸島を領有していたベトナム共和国(南ベトナム)と睨み合いを続けた後、1974年以降、中国側が武力をもって同諸島全域に対する実効支配を確立した。ちなみにホアンサ諸島に対しては、台湾も領有を主張している。

国際連合憲章に従った国家間の友好関係及び協力についての国際法の原則に関する宣言(友好関係原則宣言、1970年10月24日国連総会決議2625 XXV)は、武力による威嚇、武力行使の結果生ずる領土の取得を合法的なものとして承認してはならないとしている。海洋法に関する国際連合条約(1982年採択、1994年発効)では領海基線から200海里までの水域を排他的経済水域として宣言できると定めている。ベトナムは1994年、中国は1996年に同条約を締結した。また、南シナ海における問題の解決に向けて、ASEAN諸国と中国は2002年に「南シナ海における関係国の行動宣言」(DOC)を出し、領有権をめぐる紛争の平和的解決を目指して、敵対的行動の抑制を確認している。

今回の行動について中国側は通常の商業活動としている。しかしながら、ベトナムと中国側の同海域での睨み合いはまだ続いている。ベトナム側の報道によれば、中国は軍艦数隻を含む100隻を超える船を展開し、軍用機も用いている。ベトナム側も巡視船、漁業監視船を同海域に派遣し、譲る構えを見せていない。ベトナムの看板ニュース番組「Thời sự (時事) 」でも連日同問題は取り上げられ、それ以外にも同問題を取り上げたテレビ番組が頻繁に放映されている。映像の中には、ベトナム漁船が中国船に後ろから追突されて沈没する場面、中国船がベトナム船に向かって突進、衝突し、ベトナム船が激しく破損する場面、中国船が放水砲でベトナム船を攻撃する場面なども含まれる。

中国側のこうした行為はけっして異例という訳ではない。過去にも類似の行為はベトナム紙面で伝えられてきた。例えば2009年にも、台風、熱帯低気圧を避けてホアンサ諸島に身を寄せようとしたベトナム漁船が中国側から発砲を受ける、漁民が身柄を拘束されて暴行を受ける、またベトナム漁船3隻が拿捕され、うち2隻の漁船は中国側が押収し、残る1隻に3隻の乗組員40人超が詰め込まれてベトナムに戻される、というような事件の発生をベトナム紙は伝えている。こうした事態に対し、これまでベトナム側は外交手段を通じて中国側に抗議し、問題解決を図るというアプローチを一貫してとってきた。今回のように、外交手段とあわせ、ベトナム側が中国側の行動に対抗して同海域に多数の船舶を派遣するという対応は異例といえる。その背景には、中国による今回の行動は、「許容範囲」を超えた認め難い行為であるとのベトナム側の判断があると考えられる。

上記の件に関連してベトナム国内でも反応があった。2014年5月中旬、数日間にわたり、ハティン省、ビンズオン省、ドンナイ省、ホーチミン市、ハノイ市などで対中国抗議デモが発生した。ハティン省、ビンズオン省では一部デモ参加者が暴徒化し、死傷者も出た。抗議行動が数日続いた後、ベトナム当局は法律に反して過激な行動をした者に対しては、厳格に対応する方向性を明確に打ち出した。ベトナム国内での抗議行動は、問題となる海域で極端な事態の変動、悪化がない限りは、抑制されると思われる。本報告執筆現在、デモが行われた地方は平穏を取り戻し、被害を受けた企業への補償、逮捕されたデモ参加者の取り調べ、処分などが進められている。

こうした問題をめぐって対中国デモが起きることはけっして新しい現象ではない。たとえば2007年12月にも、中国海南省の下にベトナムが領有権を主張するホアンサ、チュオンサ両諸島を管轄対象に含むとする行政市を設立する中国側の動きに対し、在ハノイ市中国大使館、在ホーチミン市中国総領事館の前で抗議デモが発生している。しかし、今回のように抗議デモ参加者の一部が暴徒化し、中国企業、台湾企業の一部施設が破壊され、死傷者が出るというような事態は、筆者の知る範囲ではこれまでになかった。なぜ今回の抗議デモは激化したのだろうか。背景には、(1)ベトナム側の「許容範囲」を超える中国側の動き、(2)時期的要素、(3)メディアの影響、があると考えられる。

(1)ベトナム側の「許容範囲」を超える中国側の動き
ベトナムが領有を主張するホアンサ諸島近海、ベトナムの排他的経済水域内、大陸棚において、ベトナム側の承諾を得ることなく中国が石油掘削機を設置して活動を行うことは、ベトナムにとって「許容範囲」を超えるものであったと考えられる。これまでホアンサ諸島、チュオンサ諸島をめぐり、中国側と問題が生じても、ベトナム側は外交手段を通して抗議する形をとってきた。2009年頃から両国間のこの問題をめぐるやりとりが頻繁化する傾向は看取されていたが、ベトナム側の対応姿勢は基本的に変わらなかった。しかし、今回の中国側の行動は、ベトナム側の「許容範囲」を超えるものであったため、ベトナム側としては、従来の外交手段とあわせて、船舶の同海域への派遣といった形をとらざるをえなかった。そうした意味でも今回の事態はより強いインパクトをベトナムの人々に与えたと考えられる。

(2)時期的要素
2014年5月7日、ベトナムはディエンビエンフー戦勝60周年記念を迎えた。ディエンビエン省では、その前夜、当日とグエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長も出席して、節目の時を記念する行事が行われた。この日に向けて、ベトナム国内では関連テレビ番組の放送など、様々な催しが行われてきていた。昨年逝去したヴォ—・グエン・ザップ将軍がまるで今も生きているかのように繰り返し画面に登場し、ベトナムの人々の祖国に対する思いは高まっていた。こうした時期に中国はベトナムが領有を主張するホアンサ諸島の近海、排他的経済水域内、大陸棚に位置する海域で石油掘削機を設置する行動に出た。

(3)メディアの影響
ベトナム国営放送の看板ニュース番組「Thời sự」 は、筆者の確認している範囲では、5月中旬以降、記者を同海域に派遣するなど、連日かなりの時間を割いてこの問題について報道してきた。他方、当初同問題について報道された後、抗議行動に参加した人達が法律違反を犯した場合には厳しく処罰するとの方針が伝えられるまでに若干の間があった。

今回のような対立的な状況を含め、ベトナムは数千年という単位で中国との交流を続けてきた。両国は、陸上国境については、国境画定、標識設置作業と関連重要諸文書の締結を2008年末~2009年までに終えている。両国間の陸上国境はおよそ1400kmに及ぶが、2000近くの国境標識が設置されたと伝えられている。基本的枠組みの問題としては、両国間に残る国境問題は海洋をめぐる問題という段階に入っている。ベトナムと中国の地理的環境は変えることができない。また、ベトナムは経済発展、社会福祉の充実など、さまざまな重要な国内課題に力を傾注しなければならない重要な時期にある。ベトナムとしては、主張すべきは主張しながら、冷静かつ沈着に行動し続けるしかないと考えられる。

情報メディアの普及により、武力衝突にまでは至っていない国際間の問題が、直接的には利害関係を持たない遠く離れた場所で暮らす人々の日常生活、人生にまで直接的な影響を与える時代を迎えている。このような事件で傷つくのは、いつも一般国民である。ベトナムについて考えれば、今回の中国による行動が明るみに出るまで、人生に付随する問題はあったとしても少なくとも平穏な日常生活を営んでいたベトナムの人々の暮らし・人生に対して、今回の国際的事件は負の影響を与えている。
冒頭に記した老婦人も含め、今回の事件に関連して亡くなられた皆様のご冥福、負傷された皆様のご回復をお祈りするとともに、今回の問題が平和裏に解決されることを心から祈りたい。


〔付記〕本レポートは2014年7月7日に提出したものである。2014年7月16日(報道日)、ベトナムのメディアは中国側が石油掘削機をベトナムが抗議していた海域から移動させたことを伝えた。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。