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「最近のUAEの通信事情」

海外研究員レポート

アブダビ

2014年6月発行
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1.はじめに:好調なUAE通信市場
アラブ首長国連邦(以下、UAE)の通信市場は、本年に入っても順調に拡大している。2014年4月の固定電話の利用件数は212万回線(人口1人当たり0.25回線)、携帯電話契約者数1,708万回線(同、2.04回線)、そしてブロードバンド・インターネット回線については107万回線(同、0.12回線)となり、携帯電話を中心に拡大の一途をたどっている(図 1)。湾岸産油国の中でもUAE通信市場の成長は際立っており、周辺アラブ諸国をはじめアジア・アフリカなどの発展途上国の通信市場にも影響を与えつつある1

本稿では、携帯電話サービスを中心に近年のUAEの通信事情について整理し、通信産業の成長を支える要因を監督当局、通信企業、サービス利用者の観点から論じ、将来の課題についてまとめることにする。

図 1 UAE通信サービス利用者の推移(2000-2014年4月、単位:1,000回線)
図 1 UAE通信サービス利用者の推移(2000-2014年4月、単位:1,000回線)
(出所)Telecommunications Regulatory Authority資料より筆者作成。

2.整備されたITインフラ環境と政府のイニシアティブ
UAEの通信サービスは国際的にも比較的高く評価されているが、特に評価されているのはITインフラの整備状況と政府当局による積極的なイニシアティブについてである(図2)。世界経済フォーラムの報告書2によると、2014年のUAEのIT環境についての国際的順位は148国中24位であり、中東地域ではイスラエル(15位)とカタル(23位)に次ぐ3位に位置している3。そして、UAEの総合順位は2012年の30位から大きくランクアップした。UAEの順位を向上させた主な要因は、政府部門のIT利用推進とITの社会面への影響力の増加の2点によるものであった。まず、政府部門のIT利用については、政府サービスのオンライン化と政府によるIT推進の取り組みが評価された。また、ITの社会面への影響力に関しては、国民のITサービスへの参加の増進が評価される要素となった。

図 2 UAEのIT環境の国際的評価(2014年)
図 2 UAEのIT環境の国際的評価(2014年)
(注)各指標は、1から7の間でスコアリングされ数値が高いほど高評価であることを示す。
(出所)World Economic Forum[2014]“The Global Information Technology Report,”より筆者作成。

これまでUAE政府は、「通信部門のための一般政策(GTP)」4に基づいて、規制枠組みの制定、新技術の育成(電子政府、電子商取引、インフラの整備)、地域における通信ハブ化の推進、人的資本の開発、調査研究の奨励など、UAE経済における産業多角化のため、通信産業の育成に取り組んできた。具体例として、エミレーツIDやリカーパーミットなど各種許認可申請についても、近年オンライン化が急速に進行しており、利用者の利便性は向上しつつある。

また、UAE通信監督庁は、2005年9月に「情報通信技術基金(ICT Fund)」を設立し、国内の通信技術育成のための金融支援の枠組みを整備した。具体例として、2012年2月には情報通信技術基金と教育省との間で教育現場での情報技術インフラ整備のためのMOUを締結し、総額2,100万ディルハム(571万ドル)の資金提供をすることで合意した。そのほかにも、近年、同基金によるスマート学習イニシアティブ、望遠鏡プロジェクト、アラビア語デジタルコンテンツ計画に対する取り組みが検討されてきた5

通信インフラの整備は、連邦政府レベルのみならず、首長国単位でも重要な課題になっている。石油産業依存からの脱却と経済の多角化を目的として、アブダビ政府が2008年に発表した「アブダビ経済ビジョン2030」のなかで、将来の経済成長をサポートするための優先課題の一つとして通信産業の育成を掲げた6。この経済計画自体は、2006年にムハンマド・アブダビ皇太子が計画策定についての命令したものであり、現在のアブダビ首長国の経済開発において重要な意味をもつ。たとえば、教育評議会(Abu Dhabi Education Council)は、エティサラートの協力のもと、この計画下で企画されたアブダビの教育サービスのオンライン化を推し進めており、経済開発に関わる政府機関と民間部門が協力して通信インフラの整備に取り組んでいる7

3.UAEの通信サービス企業:エティサラートとディーユー
UAEの通信市場の成長は、このように政府機関が旗振り役となって推し進められてきた面はあるが、それに応える形で国内の通信関連企業が行ってきた経営努力を無視することはできない。UAEの通信市場においては、通信企業2社エティサラートとディーユーが実質的に複占の状況にあり、同国の通信産業の中心的な役割を果たしている。湾岸諸国で良質な通信サービスに定評のあるアブダビ資本のエティサラート(Emirates Telecommunications Corporation:Etisalat、1976年設立)は、いまや中東地域を代表する通信企業として成長しており、UAEを含む中東・アフリカ・アジア16ヶ国で1.48億人(2013年)の顧客を抱えるまでに至った8。UAE国内では、1,020万人の顧客(同年)を有する通信最大手である。2014年第一四半期で、国内通信市場における売上高の69.6%のシェアを獲得し、携帯電話契約者数では52.7%のシェアを保有する(図3)。売上高の内訳をみると、2010年のUAEにおける売上高66億ドルのうち、携帯電話が48%、固定電話が10%、インターネットが12%の割合を占め、携帯電話事業からの収益が最も多いという収益構造になっている。

図 3 UAE通信企業の顧客数の推移(2007-2013年、単位:1000件)
図 3 UAE通信企業の顧客数の推移(2007-2013年、単位:1000件)
(出所)各社年次報告書から筆者作成

また、所有構造を見るとUAE 連邦政府直轄のエミレーツ投資庁(Emirates Investment Authority;EIA)が60.0%を所有し、実質的に国有の通信企業としての性格が強い。エティサラートは、2008年に光ケーブルの基幹回線網整備を完了し、2011年にはUAEで初めて第4世代(LTE)の携帯通信規格の提供を開始するなどUAE国内の通信インフラ整備の主導的な役割を担ってきた。近年では、エティサラートは、各ユーザー宅まで直接光ファイバー網を接続しブロードバンドの常時接続サービスを可能にする「ファイバー・トゥ・ザ・ホーム(Fiber To The Home;FTTH)」の設備投資や、通信を介してさまざまなデバイスや機器とインターネットサービスとの連携を可能にする「マシンツーマシン(Machine-to-Machine;M2M)」技術の導入にも取り組んでいる。

UAE通信市場におけるエティサラートの独占状態は、2005年12月にドバイで設立されたディーユー(Emirates Integrated Communications Company:du)への第2ライセンスの付与によって解消された。ディーユーは2006年にドバイ証券取引所に上場し、2014年第一四半期には、携帯電話契約者数755万件、固定回線契約者数61万件を獲得するに至るまでに成長してきた。UAE携帯電話市場における契約者数シェアは、2007年の16.1%から2014年第一四半期の47.3%まで拡大し、最大手エティサラートに迫りつつある。

所有構造を見ると、エミレーツ投資庁が39.5%、ムバダラ開発会社(アブダビ政府系投資会社)が20.08%、そしてエミレーツ通信技術会社(Emirates Communications and Technology Company、ドバイ・ホールディングが所有)が19.5%を所有しており、ディーユーもまた実質的にアブダビ・ドバイ政府による国有企業である。2013年の総売上高29億ドル(前年比9.7%増)のうち77%が携帯電話、16%が固定電話からなる。こうした携帯電話事業に偏重した収益構造はエティサラートのそれと共通している。

UAE国内の通信市場においてディーユーが躍進している背景には、UAE人口の増加を反映した通信市場自体の拡大があるが、ディーユーが提供している安価な通信サービスが顧客を増やしている大きな要因の一つであろう。エティサラートとディーユー両社は顧客のニーズに応じて多種多様な料金プランを提供しているため、通信料金を単純比較することは困難であるが、バーレーン通信監督庁が毎年発表している報告書9での比較が一つの判断基準になりうる。報告書によると、両社ともいずれの利用頻度においても、2011年以降、携帯電話利用料金は低下傾向にある(表1)10。また、両社の通信料金が比較的接近していることから、顧客獲得にあたり、ある程度の価格競争が行われていたことを伺うことができる。UAEの通信市場(特に携帯電話サービス市場)は、湾岸アラブ諸国の中では競争的な市場環境にあり、競争の結果、利用者にとって望ましい通信価格に近付きつつあったことが分かる。

表 1 UAE通信企業の携帯電話月額料金の比較(単位:米ドル)
表 1 UAE通信企業の携帯電話月額料金の比較(単位:米ドル)
(注1)表の価格は、データ通信を含まない通話のみの月額料金を表す。
(注2)「na」はデータが得られなかったことを示す。
(出所)バーレーン通信監督庁「通信価格サーベイ」各年度版より筆者作成

同時に、ディーユーの通信価格が、エティサラートのそれに比べて低いことも分かる。利用頻度が月40回程度のライトユーザーにとっては、2社の月額料金に大きな違いがみられないが、利用頻度が高くなるにつれてディーユーの価格面での優位性は顕著になる。2013年11月のデータでは、ディーユーの月額通話料金はエティサラートよりも5ドルほど安い11。なお、データ通信を含めた場合、携帯電話通話料金の2社の差はさらに大きくなる。

4.通信サービス利用状況と評価
次に、通信サービスの利用者の立場から、UAE通信産業の成長の要因を探ることにする。UAE通信サービスについては、ユーザーによる評価もおおむね良好である。UAE通信監督庁のインタビュー調査(従業員10人以上の企業1,500社を対象、2011年)12によると、サンプル企業の99%は固定回線を利用し、92%がインターネットを利用、60%の企業が従業員に携帯電話を貸与していた。そして、対象企業の35%が固定電話について3,000ディルハム(816ドル)以上の月額利用料金を支払っていたと同時に、企業の40%は携帯電話についても月額3,000ディルハム以上(816ドル)の料金を支払っていた。また、企業での携帯電話とインターネット利用については、ディーユーよりエティサラートをより選好する傾向がみられた。回答企業のうち12%が契約先通信企業を切り替えたが、その理由は通信料削減が主であった。

通信サービス全体に対する企業の満足度は比較的高く、「満足している」と回答した企業は、固定電話については87%、携帯電話が87%、インターネットが83%であった。しかし、その内訳をみると通信ネットワークの品質やカスタマーサービスの質、通信スピード等の項目については満足度が高かったのに対して、通信サービス利用料については十分に満足しているとは言えなかった。たとえば、固定電話の利用料については、58%が「満足している」と回答したのに対して、20%は「不満である」と回答している。通信料金に対する「不満」は、インターネットで28%、携帯電話で30%に上り、通信サービスを利用する企業のうち、インターネットと携帯電話の利用コストに不満を抱く企業が相対的に多かったことを表している。

また、通信監督庁が2012年に2,045世帯を対象に行った同様の調査13では、対象家庭の50%が固定電話、72%がインターネット回線を導入し、携帯電話を契約している世帯は99.9%を占めた。世帯が通信サービスに支払う月額料金については、対象世帯の70%が固定電話に101AED(27ドル)以上を支払い、24%が携帯電話に400AED(108ドル)以上を費やしていた。また、32%の世帯が2つ以上のSIMカードを携帯電話に導入しているが、その理由としては、2社の異なる販売促進活動の結果と個人・ビジネス用SIMの使い分けが主なものであった。先の企業を対象とした調査と比較すると、この世帯向け調査では、通信料金に対する不満は小さかった。通信サービスの利用料金について「不満」と回答した世帯は、固定電話が23%、携帯電話が20%、インターネットについては13%にとどまった。
以上のように、UAEの通信監督当局による行政指導と、エティサラートとディーユーが提供する通信サービスは、利用者に概ね好意的に受け入れられていると判断することができる。

5.おわりに:UAE通信部門の課題
最後に、UAE通信産業の課題について整理しておきたい。第1に、固定ブロードバンド・インターネット通信料の高さや通信産業の競争度の低さなどに起因する通信コストの高さが大きな課題である。低速度(256 kb/s – 2.5 Mb/s)の固定ブロードバンド利用料は湾岸諸国の中でも最も安い国の一つであるが、先進国諸国と比較するとこれら固定ブロードバンド利用料は依然として高い水準にある。ビジネス目的での通信サービス利用者の多くが、利用料金について十分に満足していないことを考慮すると、さらなる通信コストの削減が求められる。

第2に、通信産業と他の産業との連携をより強化することである。本論で指摘したように、UAEの通信部門は、教育部門や運輸部門と協力しながら国内における通信インフラの整備と通信サービスの質的・量的充実に努めてきた。しかし、石油経済依存し石油産業以外の産業が未成熟なUAE経済にとって今後の連携効果の拡大の余地はそれほど大きくない。一つのブレイクスルー経路は、海外市場であろう。すでにエティサラートが発展途上国向けに積極的に海外展開し、相対的に先進的な通信サービスや通信インフラを提供している。教育部門や運輸部門など通信インフラ整備と親和性の高い部門と連携し、通信システムを介した総合的な教育システムや交通・運輸システムの海外輸出などの可能性が残されているかもしれない。

以上

脚 注


    1. 齋藤純[2013]「湾岸諸国通信企業の相互進出による通信市場の変化」土屋一樹編『中東アラブ企業の海外進出』アジア経済研究所叢書.
    2. World Economic Forum[2014]“The Global Information Technology Report,”  本レポートは、各国のIT環境(政治的環境、ビジネス・イノベーション環境)、姿勢(インフラ、利用コスト、ITスキル)、利用状況(個人、ビジネス、政府)、影響力(経済面、社会面)を総合的に評価し、総合的なインデックスとしてNetworked Readiness Index (NRI)を発表している。
    3. なお、他のGCC諸国についてはバハレーン(24位)、サウジアラビア(32位)、オマーン(40位)、クウェート(72位)であった。
    4. General Policy for the Telecommunications Sector in the State of the United Arab Emirates 2006-2010.
    5. ICT Fund[2012]“The ICT Fund Holds 2nd Meeting of the Board of Trustees in 2012,” 30th May 2012.
    6. The Government of Abu Dhabi[2008]“Abu Dhabi Economic Vision 2030. ”を参照。
    7. 執行評議会事務局(General Secretariat of the Executive Council)、2010年7月5日発表。
    8. エティサラートの海外子会社は、中東(サウジアラビア、エジプト)、アフリカ(ナイジェリア、スーダン、タンザニア、コートジボワール、タンザニア、ベニン、モーリタニア)、アジア(アフガニスタン、インド、インドネシア、パキスタン、スリランカ)に進出し、通信サービスの提供のみならず、通信インフラ整備、持株会社などに従事している。サウジアラビアとナイジェリアでは、現地通信企業と関連会社を立ち上げ、主に通信サービスの提供を行っている。また、2014年6月現在、モロッコの通信大手モロッコテレコム(Maroc Telecom)の53%株式の買収のために43億米ドルの資金調達を行っている(Bloomberg、2014年6月11日付)。
    9. バーレーン通信監督庁(Telecommunications Regulatory Authority-Bahrain)の通信価格調査(Price benchmarking)。
    10. 通信監督庁の2013年の報告書でも、携帯電話の利用者一人当たり通信収入(Average Revenue per User;ARPU、月額)が2009年の150AEDから2012年の133AEDへ低下しており、通信費用の低下が指摘されている。
    11. ディーユーの携帯電話料金における優位性にもかかわらず、通信サービスの質自体にも大きな問題は指摘されていない。UAE通信監督庁の「携帯電話ネットワーク・ベンチマーク調査(UAE Cellular Mobile Networks Benchmarking 2013)」によれば、屋外での通話完成率(Call Completion Success Rate)について、エティサラートが98.56%に対し、ディーユーが98.82%を示しており、競合相手と同程度もしくはそれ以上の通話品質を保持している。
    12. Telecommunications Regulatory Authority [2011] “ICT in the UAE Business Survey.”を参照。
    13. Telecommunications Regulatory Authority [2012] “ICT in the UAE Household Survey.”を参照。
本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。