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多様な暮らしと時代の流れ

海外研究員レポート

ベトナム

2014年4月発行
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2013年後半、福祉関係の調査で少数民族の人達を少しだけ訪ねる機会があった。筆者は民族研究を専門とするものではないが、調査地方によっては少数民族の人達が多く暮らしているからである。工業化・近代化を推し進め、2020年には工業国となることを目指すベトナムは、多民族国家であり、54民族が暮らすとされる。なかでもキン族が人口の85%超を占める。残る人達が少数民族の人々である。日本の面積の3分の2ほどの国土に多様な文化、暮らしが広がっている。ベトナムの大きな魅力のひとつである。

筆者が訪問したのは、北部東方地方、北部西方地方に暮らすムオン族、ヌン族、タイ族、ターイ族の人達である。

これらの人々の住居様式には、いくつかの類型が見られた。(1)民族文化にしたがった家屋様式、(2)民族文化にしたがった家屋様式をアレンジしたもの、(3)民族文化にしたがった家屋様式とキン族の住む地域でよく見られる家屋様式の併設、(4)キン族の地域でよく見られる家屋様式、である。(1)は、当該民族が継承してきた伝統的家屋様式である。(2)は、長く建築資材として使用されてきた木材にかえてコンクリートを使用する、屋根をスレート屋根にするなどのアレンジを伝統的家屋様式に加えたものである。たとえば、木造ではなくコンクリート作りの高床式住居などが見られた。(3)は、伝統的な家屋の隣に、キン族の居住地域で見られる、煉瓦を積み上げて作る形式の家屋を併設し、双方を通路でつないだタイプである。(4)は、伝統的な家屋様式を放棄し、上記のキン族居住地域でよく見られる建築様式を選択したものである。

筆者が個人的に最も印象に残ったのは、ムオン族の人達の高床式住居であった。訪問した地域に残存する最も古い高床式住居を訪ねる機会があった。どこか包容力が感じられる、存在感のある重厚な木造家屋であった。ムオン族の人達が高床式住居に暮らす理由としては、以下の理由が考えられるという。(1)蛇などの人間の生活にとっての害獣が家に入ってこないようにするため、(2)涼しいこと、(3)周囲の見通しがきくこと、である。

生活において使用する言語の問題も重要である。これについてもいくつかのタイプが見られた。(1) 自身の民族言語だけを話し、ベトナム語を理解しない人、(2)自身の民族言語もベトナム語も理解する人、(3)ベトナム語を主に話し、自身の民族言語をベトナム語のようには理解できない人、である。(1)のタイプは自身が暮らす家庭、地域から出ることの少ない古い世代の方に多い。(2)、(3)のタイプは、生活上、自身が暮らす地域と外との往来のある人に多かった。

民族衣装に対する対応についてもいくつかのタイプが見られた。訪問時に、(1)民族衣装を着用していた人、(2)民族衣装を着用していなかった人、(3)民族衣装を着用していなかったが、写真を撮らせてほしいとお願いすると、民族衣装に着替えた人、(4)民族衣装を着用しておらず、写真を撮らせてほしいとお願いした際も、衣服を着替えなかった人、である。人数的には、(1)と(3)よりも(2)と(4)のタイプがかなり多かった。

いつの時、どの場における生活でも、大きな時代の潮流が人々の生活の底流、傍らを流れている。また、人々はそれぞれ個々の人格と生活的、経済的、文化的、教育的な条件を持つ。自身を取り巻く環境の変容、自身が生きる時代の潮流をどのように感じ、判断し、それにどう対処、対応、適応をしていくかによって、人々の人生、生活の形は大きく変わってくる。

ベトナムの憲法は、ベトナム公民に自身の民族を決め、母語を使用し、コミュニケーションに用いる言語を選択する権利を保証している(憲法42条)。また民族委員会という専門機関が存在し、関連する各機関と協力しつつ、土地・生活水などの生活インフラの整備、医療保険の支給などの生活向上、改善のための支援策が実施されてきている。

民族の伝統を「原型」とするならば、その時代における国際的、国内的潮流、生活環境の変容に対する、個々が持つ条件に基づいた人々の対処、対応、適応の結果が、先に記した少数民族の人達の生活上のいくつかのヴァリエーションとなって現れているのではないかと考えられる(図1参照)。どのような時代潮流下、生活環境の変容下にあろうとも、断固としてその「原型」を守ろうとするのか、それとも「原型」を捨て去って完全に適応をはかろうとするのか。この両極端の選択肢の間のどこかの地点に、少数民族の人々の実際の選択肢が存在している(図2参照)。

図1 取り巻く潮流と少数民族の人々の暮らし
図1 取り巻く潮流と少数民族の人々の暮らし
(出所)筆者作成。

図2 時代潮流への適応
図2 時代潮流への適応
(出所)筆者作成。

工業化・近代化を推し進め、2020年には工業国となることを目指すベトナムは、変化のただ中にある。この方向性は世界の趨勢に沿ったものである。この文脈において、ベトナムは益々成長していくに違いない。ベトナムの人達は、取り巻く環境を含む自身が持つさまざまな条件に基づき、取り巻く潮流下、変わりゆく生活環境下において、自らの生活の形を「選択」している。会う機会をいただいた少数民族の人達から、それを目に見える形で教えられた。

「何かを得れば何かを失う」とベトナム戦争時に従軍記者として活躍した開高健さんが述べていたことを、筆者はよく思い出す。たとえそうだとしても、ベトナムの人達には積極的な意味で、自身にとって大切なもの、失いたくないものを守りながら、未来を切り開いてほしい。

本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。