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学生による立法院占拠事件と両岸サービス貿易協定(前編)

海外研究員レポート

台湾

2014年4月発行
PDFpdf (603KB)
3月18日、台湾では立法院(国会)が学生グループに占拠されるという前代未聞の事件が起きた。2013年6月に台湾は中国との間で両岸サービス貿易協定(中国語では「両岸服務貿易協議」)を締結した。しかし、世論の反対が強いことから、立法院では公聴会のみが行われ、本格的な審議入りに至っていなかった。ところが、3月17日、国民党の立法委員らは同協定の審議を強引に打ち切り、「委員会における審議(第二読会)を通過し、院会(本会議)へ送付された」と主張した。学生グループによる占拠はこれに反発したものであり、馬英九総統や江宜樺行政院院長を国民党の立法委員に同協定の早期承認を迫った張本人として指摘し、その謝罪を求めた。また、「両岸協議監督条例」を制定し、その上で両岸サービス貿易協定を委員会に差し戻して逐条審議するよう求めた。彼らはひまわりの花をシンボルとしたことから、台湾では立法院を占拠したグループと、これを支持するために立法院周辺に集まった学生や市民の運動を「太陽花学運」(ひまわり学生運動)と呼んでいる。

その後、馬英九総統や江宜樺行政院院長は学生グループの要求を突っぱね、謝罪するどころか、むしろ学生側の行為を批判した。このため、23日には一部学生や市民が行政院の敷地、建物に侵入し、警官隊と衝突し、負傷者が多数発生した。馬英九政権と学生グループや野党は双方が、その責任は相手側にあると非難した。学生は作戦を変え、30日に総統府前において抗議集会の実施を呼びかけた。集会は主催者発表で50万人、警察発表で11万人の参加者を集めた。

本稿執筆時点では、同協定は第二読会を通過してないことが確認され、行政院が両岸協議監督条例を閣議決定し、立法院に送付した。しかし、まだ監督条例が両岸サービス協定の審議にも適用されるのか確定していない。国民党の中で与党内野党の役割を果たしてきた王金平立法院長は4月6日、学生グループの要求を受け入れると発言し、学生側も翌日10日に立法院から退去すると表明した。しかし、他の国民党立法委員や馬英九政権側は王金平院長から事前の相談を受けていなかった。また、馬英九政権の要人らは学生による占拠を違法行為として刑事告発すると示唆している。学生側も立法院から退去した後も運動自体は継続する意向である。

国会占拠というのは尋常な出来事ではない。台湾でも憲政秩序の混乱を危惧する声はある。しかし、それと同時に馬英九政権や国民党側が憲政秩序や世論を無視したという批判も強い。また、占拠された立法院では比較的平穏に事態が推移し、行政院での衝突は却って双方が平和裏に出口を見つける努力を促したようにも見える。それでも、双方は平和的な方式での闘争を継続しようとしている。

今回の事件については日本でも報道されているが、「両岸協議」をめぐる法的な問題や事件の発端となった両岸サービス協定の審議過程、そして学生運動といっても実際は中高年を含む「大人」たちの参加や声援の存在など、あまり紹介されていない部分も多い。本稿では、まず学生による立法院占拠が起きる前の両岸サービス協定をめぐる政治過程を紹介する。そして、後日、稿改めて占拠事件後の経過について解説することとする。

両岸サービス協定に対する世論の強い反対
馬英九政権の下、台湾は2010年に中国と両岸経済協力枠組み協定(ECFA)を締結し、2011年1月に発効した。ただし、ECFAでの譲許は完全なFTAの水準になく、その自由化の一部を早期実施するにすぎない。より完成度の高い自由化は、今回の両岸サービス貿易協定(2013年6月締結、未発効)と両岸物品貿易協定(未締結)で取り決められる。両岸物品貿易協定は本来なら、昨年のうちに締結される予定であった。しかし、先に締結された両岸サービス協定が世論の強い反対を受け、立法院での審議が終わらないこともあり、両岸物品貿易協定の交渉も頓挫しているようである。

台湾の世論調査を見ておこう。ここでは台灣指標民調の調査をあげる。締結前後より同協定を「支持しない」が多数を占め続けてきた。概ね4割、締結前後と学生による立法院占拠後では、5割近い回答者が「支持しない」と回答した(表1)。そして、こうした「支持しない」原因には経済的な打撃だけでなく、政治面の懸念がより大きな要因であると思われる。台灣指標民調が3月13日に発表した世論調査結果1では、「経済的メリットよりデメリットの方が大きい」とした回答(35.8%)は、「メリットの方が大きい」とした回答(32.7%)を若干上回る程度であった。一方、安全保障や主権に関わる部分については「メリットよりデメリットのほうが大きい」とした回答(50.0%)が、「メリットの方が大きい」とした回答(21.2%)の倍以上におよんだ。

表1 両岸サービス協定の是非に関する世論調査結果
2013年6月 同7月 同9月 2014年3月
(立法院占拠前)
同3月
(占拠後)
支持する 31.6% 32.6% 31.8% 32.8% 25.3%
支持しない 47.9% 42.7% 44.1% 44.5% 47.9%
その他 20.6% 24.7% 24.1% 22.9% 26.9%
(出所)以下を参照し、筆者作成。
台灣指標民調「『台灣民心動態調查、兩岸簽訂協議』民調新聞稿」2013年6月28日(http://www.tisr.com.tw/?p=2993)、
同「『台灣民心動態調查、經貿協議與核四』民調新聞稿」2013 年 07 月 30 日(http://www.tisr.com.tw/?p=3095)、
同「『台灣民心動態調查、九月政爭與服貿』民調新聞稿」 2013 年 09 月 12 日(http://www.tisr.com.tw/?p=3299#more-3299)、
同「『台灣民心動態調查、核四與服貿爭議』民調新聞稿」2013年3月13日(http://www.tisr.com.tw/?p=3940)、
同「『台灣民心動態調查、學運與服貿僵局』民調新聞稿」2014 年 03 月 28 日(http://www.tisr.com.tw/?p=3992)。


(1)経済的な打撃、共通言語によるリスク増大への不安
そもそも、サービス貿易は概念が複雑で、一般の人々にとって理解し難い。とはいえ、台湾では野党や反対派の論客による批判を通じて、サービス貿易が伝統的な物品の貿易と異なり、投資や人の移動を伴うことだけは広く認識されている。そして、「両岸サービス貿易協定が発効すれば、中国企業が中国人労働者を台湾に連れてきて、台湾人の職場が奪われる。あるいは、台湾の中小企業が中国企業によって駆逐される恐れがある」との懸念が台湾の世論に人がった。台湾は地理的に近いだけではなく、言語や文化的にも中国との共通性がある。それゆえに、従来から台湾企業の中国進出による産業空洞化や中国資本が香港などの第三地を経由して流入することに対する懸念が強かった。つまり、言語や文化的な共通性は経済統合を受け入れる要因ではなく、むしろ反発を生む、あるいは増大させる要因となっている。

(2)社会、政治面での懸念
むしろ、台湾では経済だけでなく、政治的にも中国に飲み込まれることへの恐怖感が存在する。こうした恐怖感の一部は漠然としたものであるが、両岸サービス協定が内包する政治、社会的な危険性も具体的に指摘されている。例えば、出版や報道、通信などの業界への投資を中国側に開放すれば、安全保障や言論の自由、プライバシーなどの人権への悪影響が懸念されている。出版や報道に関しては、後述する香港だけでなく、台湾でも既にその懸念が顕在化しつつある2。また、通信に関しては、両岸サービス貿易協定が締結されれば、中国の通信機器メーカーなどが台湾国内の通信網やデータセンターなどのメンテナンス業務を請負うようになり、一般市民による通信や通話に対する盗聴、金融機関を含む企業の業務用データの流出、サイバー攻撃のリスクが高まる3と蔡志宏台湾大学電気工程学系教授や林盈達交通大学資訊工程系教授らが指摘している。筆者はテレビ討論番組で蔡志宏教授と、こうしたリスクを否定する国際経済法の専門家である李淳中華経済研究院WTO及RTA中心副執行長の議論を見た。李淳副執行長は同協定の譲許表を見ながら「中国企業が通信設備を所有することはできないはずだ」と問題を否定したが、蔡志宏教授に「台湾の電話会社から設備のメンテナンスを中国企業が請け負うことは同協定の譲許に含まれている」に指摘されると、それ以上の反論ができなくなった。こうした喧々諤々の議論は台湾のテレビや新聞を通して盛んに行われ、一般市民も目にしている。

そして、台湾では盗聴やデータの流出が単なる財産やプライバシーの問題ではなく、政治的な迫害につながるものだという認識がある。実際、蒋介石、蒋経国の独裁政権時代に行われていたからである。そして、馬英九総統もこれに類する行為に加担した。それが2013年の「9月政変」である。王金平院長は両岸サービス協定や第4原発の是非を問う国民投票など、馬英九政権の政策に必ずしも協力的でなかった。そこに黄世銘検察総長が馬英九総統に対して、王金平院長が柯建銘民進党立法院党団総招集人に対する訴追4を中止するよう法務部や検察に圧力をかけたと訴えてきた。これを受けて、馬英九総統は自ら記者会見を開き、王金平院長に立法委員の辞任を迫った。王金平院長がこれに反発すると、国民党は王金平院長の党籍を剥奪し、その失脚を図った。しかし、実は馬英九総統が黄世銘検察総長から受けた密告は、まさに最高検察特偵部が行った電話の盗聴記録であった。こうした盗聴は必要な法的手続きを踏んでおらず、また立法院の組織や他の立法委員を含めて膨大な数の盗聴が乱発されていたことが明らかになった。皮肉にも馬英九総統自身が盗聴のリスクを台湾世論に再認識させ、両岸サービス貿易協定を認めれば中国政府にも台湾国内での盗聴を許してしまうという懸念を強めたように思われる。

(3)香港化への懸念
また、香港情勢の悪化も、台湾の世論にとっては懸念材料である。香港は2003年に中国本土とのFTAに相当する経済貿易緊密化取決め(CEPA)を締結した。CEPAはほぼ中国本土側の一方的な自由化ばかりであり、中国が第三国と締結したFTAでの譲許を反映するため、現在も定期的の補足協定が締結されている。CEPAは事実上、中国政府による香港経済への支援策なのである。しかし、2012年から2013年にかけては、香港では経済格差や若者の就労問題、そして中国本土から香港に来る中国本土市民に対する反発が高まった。その結果、従来のような民主化要求や香港における政府と財界の癒着だけではなく、一国家二制度そのものへの失望が広がり、香港の独立にまで主張する政治団体まで登場した。さらに、一部ではあるが中国本土市民に対するヘイトスピーチも見られるようになった5。実際のところ、香港の現状は必ずしもCEPAだけが引き起こしたものではない。特に香港に中国資本企業が多く、経済活動のかなりの割合を占めることや、香港のメディアも中国資本のものや親中派の財界人に買収されているなどの問題は以前から存在した。むしろ、CEPAの問題点は香港世論を悪化させたとすれば、中国本土からの渡航を大幅に自由化し、中国人と香港人の間の摩擦を生じさせたことである。ECFA締結時も台湾では野党が「台湾が(中国の特別行政区である)香港と同じになってしまう」という喧伝したが、功を奏しなかった。しかし、ECFA締結後の2011年、旺旺中時メディアグループによるケーブルテレビ会社の買収が起きた。同グループは台湾企業だが、中国市場で中小企業から大企業に変貌した菓子メーカー「旺旺グループ」傘下にあり、経営者による報道への介入も問題視されていた。このため、学生や社会運動家が買収に対して反対運動を起こした。こうした経緯も、今回、若者を中心に「台湾が第二の香港になる」との危機感が浸透させた要因になっている。

(4)国際間の条約ではない中国との「両岸協議」
さらに、台湾と中国の間で締結される「両岸協議」は条約でない。台湾では「中華民国憲法追加修正条文」や「両岸人民関係条例」にもとづき、中国との関係(両岸関係)を「大陸地区」と「自由地区」もしくは「台湾地区」との関係と位置づけている。中国は台湾との関係を香港やマカオとの関係同様、特殊な国内関係としているが、台湾では世論に配慮して、国際関係でないものの国内でもない「特殊な関係」として説明されることが多い。

しかし、「両岸協議」は立法院が修正や拒否を議決しない限り、自動的に発効する点で、立法院の批准が必要な条約と異なる。事実上「行政命令」に準じて扱われてきた。今回、立法院を占拠した学生グループは条約の批准手続きに準じ、あるいはそれ以上に厳しく、立法院が「両岸協議」を審査するために両岸協議監督条例の制定を要求している。こうした問題提起は以前から行われていた。国民党の李登輝政権も同様で、蕭萬長行政院長の在任中、1997年と1999年の2度にわたり「兩岸協議處理條例」草案を立法院に提出した。また、2008年の馬英九政権発足後には、王金平立法院長が同様の立法の必要を呼びかけたものの国民党立法委員には反対が多く、実現してこなかった6。その意味で今回の立法院占拠事件は馬英九政権が中国との関係改善ばかりを優先し、「両岸協議」の法制上の問題を放置してきたツケが回ってきたと見ることも出来る。

詰め込みすぎた馬英九政権の政策ロードマップ
馬英九総統はこうした世論の反応と関係なく、対中、外交政策の進展目標を立ててきた。本来、両岸サービス貿易協定の締結後は、物品貿易協定や代表部の相互設置などが次の課題とされた。しかし、馬英九総統はサービス貿易協定の承認手続きすら難航しているにも関わらず、さらに高い目標を次々に掲げた。まず、昨年8月に中国で開催予定の2014年APEC首脳会議へ出席し、その前後に中国の習近平国家主席との会談(馬習会談)を行うことを希望すると表明した7。次に2014年の正月演説において、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といった多国間FTAへの参加も重要な外交目標として掲げた8

こうした無理なスケジュールの詰め込みは、馬英九総統からみれば2016年の任期切れを睨み、それまでに自らが掲げたすべての目標を実現するためだと思われる。ただし、前節に並べた目標は経済や実務面の目標であり、2014年内の実現を予定していた。となると、2015年に実現を目指すのは何なのか?という疑問が出てくる。おそらく、これは2011年に馬英九総統が言及したものの、世論の反発を受けて一度棚上げにした平和協定であると思われる。この点は馬英九政権よりの論客、批判的な論客に共通する見方である。

しかし、馬英九総統が提唱した平和協定に対しては、事実上の統一協定になるのではないかという危惧が台湾国内には多い。それは、馬英九総統が台湾と中国の関係を「国と国の関係ではない」と幾度も述べたことや、中国が台湾と国家として承認する姿勢を見せないことに原因がある。また、両岸サービス貿易協定が未発効のままでは、中国側も次の課題に着手しようとしない。そして、2013年中に締結が予定されていた物品貿易協定は実際に宙に浮いたままとなった。馬英九総統の2014年APEC首脳会議についても、中国側は肯定的な回答を避けている。馬習会談自体には中国側も肯定的だが、2014年APEC会議での実現にこだわる必要はないという立場を示している9。一方、広域FTAについて、RCEP参加に中国側の協力が必要なのは理解できるが、TPPの場合、中国も未参加であり、その了解を得る必要がないように思える。しかし、馬英九政権はTPP参加と対中関係の緊密化という2つの政策を同時に進めるため、中国側にTPP参加の了解を得たいようである。

馬英九総統は膠着した事態を打開するため、昨年9月に自らの意向どおりに動かない王金平立法院長の失脚を画策した(「9月政争」10)。しかし、これは事実上失敗に終わり、同協定の発効は余計に遠のいた。また、2013年12月には対中国関係事務を管轄する大陸委員会の王郁琦主任委員が中国を訪問し、中国側の対台湾関係事務を管轄する国務院台湾事務弁公室の張志軍主任と会談する意向を示した11。王郁琦主任委員の訪中は2014年2月(11~14日)に行われ、中国側の張志軍主任との初の公式会談も実現したが、実務的な進展はなかった。事前には、王郁琦主任委員の訪中に対して平和協定にむけた共同声明の発表など政治分野に踏み込むとの懸念もあった。ところが、立法院では野党が1月14日に王郁琦主任委員が台湾の地位について中国側に不用意な譲歩をしないよう求める野党提出の決議を提案し、採択された12。これは王金平院長が協力したもので、彼は決議採択に先立ち、両岸協議に対する立法院のチェック機能の強化の必要性も改めて強調した13

しかし、それでも馬英九総統は、王金平立法院長を何とか抑えて、政策を推進したいとの立場を崩していない。1月の王金平院長の発言に対しても、馬英九総統は「両岸協議は行政権の範疇にある」と不快感を示した14。そして、2月17日には「3月に最後の両岸サービス貿易協定の公聴会が終わったら、立法院は速やかに審査を終えて欲しい。さもなくば、TPPやRCEPへの参加に支障をきたす」と述べた。与党国民党の曾永權副主席も党内会議で立法委員に対して「(2月21日から始まる)本(第5)会期で必ず可決させるよう」国民党の立法委員に檄を飛ばした。そして、同党政策会執行長(政調会長に相当)でもある林鴻池立法委員がこれに応じる発言をした15。また、江宜樺行政院長も2月21日、立法院での施政方針演説において「同協定は緊急性のある議案であり、すみやかに審議を終えるよう」求めた。


立法院における審議の難航と国民党立法委員の暴走
やや時間が前後するが、立法院内での動きを見ておこう。立法院で両岸協議の審議を行うのは、外交委員会ではなく、内政委員会である。また、従来「両岸協議」は「行政命令」に準じて扱われてきた。ただし、両岸サービス協定に関しては締結直後の2013年6月25日、王金平立法院長による調停によって与野党が「本文および譲許を条文および項目ごとに逐一審議および採決を行う。全条文を一括で採決しない。実質的な審議を経ずには発効できないものとする」と合意が取り交わされた17

それでも当初、国民党は短期間に審議を終えようとした。しかし、野党側は政府が各業界からの意見徴収を行っていないと主張し、8月5日に形式上20回の公聴会が内政委員会によって開催されることが与野党で合意された。なお、この時点で4回分が開催済みとされた18。その後も国民党は審議日程の短縮をはかった。最初の9月末から10月初旬の4日間に1日2回分を連続開催し、12回分の公聴会を5日間で済ませた。民進党など野党側はこれを与野党合意を無視したと強く反発し19、その後の公聴会8回について1回に1日を当てる形で民進党側が招集し、国民党の時間短縮を阻んだ。民進党が招集した公聴会が終わったのは、2014年3月10日である20

途中、国民党側は11月に公聴会と審議の並行を主張したが、民進党に拒絶された21。12月には国民党の張慶忠内政委員会招集人が公聴会の終了を待たずに審議を決するべきだと主張し、26日にそのための委員会会議の招集をかけた。これに野党側は民進党の内政委員会招集人であった段宜康立法委員が「委員会で流血が起きる」と述べるなど強く反発した。このため、王金平立法院長も仲介に入り、張慶忠内政委員会招集人を引き止め、26日の会議も直前に撤回させた22。だが、張慶忠は公聴会が終わった3月10日、再び強行突破を再提起した。国民党党団(議員団)は記者会見で民進党側を非難しつつも議事手続きを守る意向を示したが、張慶忠だけは立法院職権行使法61条に基づき「行政命令は立法院への送付から3ヵ月以内に審査を完了しなければならない。審議未了の場合は、審査が済んだものを見なされる。両岸サービス貿易協定はとっくに発効しているはずだ」と主張し、同席した他の国民党立法委員を戸惑わせた。また、誰なのか確認できないが、国民党内部の会議でも同様の理由から「行政機関が発効を宣言すればよい」との意見も出ていたという23

しかし、国民党としては数を頼みに、文字通りの強行採決を行う予定だったと思われる。そのための決戦の場となったのが、3月17日の立法院内政委員会など合同委員会による第二読会であった。民進党側はこれに対抗し、有利な形で先に採決を取るため、国民党側が上程したこの合同委員会(昼過ぎから開始)とは別途、午前中に委員会の開催を上程した。このため、議場は混乱し、結局、会議自体が開始できなかったのである。つまり、審議も採決に行われなかったのである。ところが、午後2時半頃、張慶忠内政委員会招集人は会議場の議長席に辿りつけないまま、私物の拡声器を使って開会を宣言し、「委員会に送付されてから3ヵ月が過ぎた。協定は審議されたものとみなし、院会(本会議)に送付する」と発言した。なお、張慶忠は議場の混乱で紛失することを考慮し、拡声器などを3つ持参するという用意周到ぶりであった24

同日、議場を出た林鴻池立法委員・国民党党政策執行長らは自身も10日の記者会見に出席下にもかかわらず、そこで表明した方針を覆し、「同協定は院会へ送付された」と主張し、張慶忠の行為を既成事実化しようとした25。一方、民進党側はこれを否定し、同党側の陳其邁内政委員会招集人が「採決は無効だ」と述べ、同協定の継続審議を上程した。また、国民党内でも馬英九総統と距離をおいてきた王金平立法院長は18日、「程序委員会(議事運営委員会)による議案の上程を確認しなければ、現段階ではいかなる論評もできない」26とのべ、曖昧な表現ながら張慶忠内政委員会招集人や林鴻池国民党党政策執行長など他の与党側立法委員への同調を避けた。

この立法院での過程をみて気づくのは、3月17日に審議売り切りと院会送付を支持した国民党の立法委員も、それ以前はこうした行為が問題になるとの認識を持っていたということである。おそらく、馬英九総統を含む国民党中央もそうした認識を持っていたはずである。だからこそ、馬英九総統も王金平立法院長に対して「両岸協議は行政権の範疇にある」と言いながら、両岸サービス協定の自動発効を宣言せず、立法院に迅速な審査を求めるにとどめていたのではなかろうか。しかし、行政院は拙速にも17日のうちに孫立群報道官を通して「両岸サービス協定は委員会を通過した。合同委員会および張慶忠招集人の辛労に感謝する」との声明を出してしまったのである27

小 結
このように両岸サービス協定は経済や雇用の問題に収まらず、政治的なリスクのある問題と考えられるようになった。また、同協定だけではなく、馬英九政権が対中政策の進展を急ぐあまり世論との乖離が生まれていることも大きな議論を呼ぶ原因の一つである。馬英九総統は業績を残し、もしかすると歴史に名を残せると考え、無理をしているのかもしれない。また、国民党は立法院において多数議席を占めている。与党内さえ締め付ければ、無理が効くと考えているのかもしれにない。しかし、立法院では強行採決に失敗した。このため、与党内で同協定の審議のキーパーソンである張慶忠内政委員会招集人は票決すら行っていないにもかかわらず、委員会での第二読会通過を宣言し、国民党側も一度は封印していた「両岸協議の自動発効」という禁じ手を使おうとした。そして、こうした行為が世論、特に馬英九政権や中国に反感を持つ人々の激しい反発を招くことは、おそらく国民党側も理解していたはずである。ところが、同僚の立法委員や行政院は同協定の発効を急ぐ馬英九総統の意向を優先し、張慶忠の暴走を追認してしまった。当初はこれで対中関係が進展すると期待したのであろう。

詳細は後編で述べるが、張慶忠が宣言した同協定の委員会通過、本会議送付は議事録に記載されなかった。これは委員会会議が正式に開会できなかった以上、当然である。しかし、与党の有力な立法委員、そして行政院がこうした無理を押し通そうとしたことは、政権に批判的な市民から見れば、衝撃的な事件であった。そもそも、両岸協議のあり方自体が台湾では、法制上問題があるとされてきた。これに関わる問題で与党、政権がルールを無視した決定を試みたことは、憲政や国家の危機だと考える人もいるだろう。

学生が行ったような国会である立法院を占拠する行為は本来なら、暴挙である。学生本人にとっても、警官との衝突での負傷や刑事告訴というリスクがある。冷静に考えれば、張慶忠が主張した本会議には王金平院長が慎重な態度を取っていたし、仮に本会議送付となった場合も司法に訴えるという手段があったようにも思われる。台湾では様々な問題が裁判所に持ち込まれるが、政治の場で収集がつかない問題も裁判所(憲法法廷の機能を持つ司法院大法官会議を含む)に持ち込まれることが多い。しかし、その一方で王金平院長が馬英九総統によって与党自体から追い出されそうになり、立法委員の資格消失の危機に追い込まれた「9月政争」もあった。

実は王金平立法院長の国民党員資格を巡っては、法廷闘争が続いている。学生が立法院を占拠した翌日、3月19日では台北地裁が王金平院長の党員資格を認める一審判決を下した。これは、学生グループにとって良いニュースであった。しかし、学生が占拠した時点では、頼みの綱の一つである王金平立法院長が政治の舞台から消える可能性があった。もし、王金平院長が政治の舞台から消えれば、23日の行政院よりも先に、立法院で警官隊による学生の排除が行われた可能性もある。その場合、立法院では本当に張慶忠の暴走が正され、議場のルールが回復したのだろうか? 2014年3月17日から19日は台湾の政治にとって、それほど先行きが見えない暗い時間だったのである。


脚 注
    1. 台灣指標民調「『台灣民心動態調查、核四與服貿爭議』民調新聞稿」(http://www.tisr.com.tw/?p=3940)。
    2. 詳細は、川上桃子 「台湾メディア産業における『中国の影響力メカニズム』の背景」2013年3月。
      http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/1303_kawakami.html)。
    3. 蔡志宏「『海峽兩岸服務貿易協議』開放二類電信之安全風險評析」(台湾大学公共経済研究中心主催「台大公共政策論壇『如何簽定服貿協議,共創兩岸雙贏?』系列研討會第二場『如何防護民主自由: 言論自由、網路安全隱私與中立性』2013年8月30日、発表資料)(http://homepage.ntu.edu.tw/~ntuperc/conference-1-files/20130830_tsai.pdf)、 林盈達「服貿協議開放第二類電信之國安問題」台湾大学公共経済研究中心主催「政府不說的服貿協議最新內幕」座談會、2013年12月20日、発表資料)(http://homepage.ntu.edu.tw/~ntuperc/conference-1-files/20131220_lin.pdf)。
    4. 柯建銘民進党立法院党団総招集人は役員を務めた企業での背任容疑で起訴され、最高裁まで争い、その後やりなおし一審で無罪となった。検察はそれ控訴を断念し、無罪が確定した。この検察の控訴断念は、柯建銘の依頼を受けた王金平立法院長が当時の曾勇夫法務部長(2013年9月辞職)に働きかけた結果だと黄世銘検察総長が馬英九総統に直訴した。
    5. 拙稿「『香港独立論』の登場?」(http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/1301_takeuchi.html)を参照。
    6. 「執政黨抵制 兩岸事務監督專法難產20多年」『自由時報』2014年1月12日。
      黄國昌「兩岸協議監督條例的立法與服貿審議」(台湾大学公共経済研究中心主催「政府不說的服貿協議最新內幕」座談會、2013年12月20日、発表資料)
      http://homepage.ntu.edu.tw/~ntuperc/conference-1-files/20131220_huang.pdf)。
    7. 「馬總統:我不能去APEC 對台灣不公平」『聯合報』2013年8月16日
      http://paper.udn.com/udnpaper/PID0001/242580/web/#3L-4282956L)。
    8. 「總統元旦祝詞 - 全民團結拚經濟」総統府ウェブサイト、2014年1月1日
      http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=1103&itemid=31548)。
    9. 「張志軍︰馬習會 兩岸自己找地方辦」『自由時報』2014年3月6日
      http://www.libertytimes.com.tw/2014/new/mar/6/today-fo3.htm)、
      「陳德銘:馬習會可在第三地 不限港澳」『聯合報』2014年3月7日(http://www.udn.com/2014/3/7/NEWS/MAINLAND/MAI1/8531416.shtml)。
    10. 拙稿 「馬英九訪中の可能性と台湾の国際的地位」脚注9を参照。
    11. 「王張會 可能兩會會談前舉行」中央社ウェブサイト、2013年12月14日
      http://www.cna.com.tw/news/aipl/201312140109-1.aspx)。
    12. 「立院主決議 王郁琦訪中禁談一中」『自由時報』2014年1月15日
      http://www.libertytimes.com.tw/2014/new/jan/15/today-fo3.htm)。
    13. 「兩岸事務 王金平促強化國會監督機制」『自由時報』2014年1月12日。
    14. 「給王院長『正確』的回應 馬︰兩岸協議屬行政權 非國會權」『自由時報』2014年1月28日
      http://www.libertytimes.com.tw/2014/new/jan/28/today-p4.htm)。
    15. 「府立院動員 馬總統:服貿拚本會期過」中央社ウェブサイト
      http://news.rti.org.tw/index_newsContent.aspx?nid=484948)。
    16. 「江揆:服貿協議列急迫性法案」央社ウェブサイト
      http://www.taiwannews.com.tw/etn/news_content.php?id=2418932)。
    17. 『立法院公報』第102卷第46 期(4072期)中冊(2014年7月1日)、立法院公報處、403ページ
      http://lci.ly.gov.tw/LyLCEW/communique1/final/pdf/102/46/LCIDC01_1024602.pdf)。
    18. 「服貿審查 20場公聽會波折不斷」中央社ウェブサイト、2014年3月20日
      http://www.cna.com.tw/news/aipl/201403200200-1.aspx)。
    19. 「不滿國民黨 三天排八場╱服貿公聽會 段宜康嗆開到明年」『自由時報』2013年9月26日。
    20. 第3および第4会期は臨時会議の招集のため会期が延長された。公聴会議事録は以下より検索 「立法院各委員會公聽會報告影像系統」 立法院國會圖書館ウェブサイト(http://lis.ly.gov.tw/pubhearc/pubhearkm)。
    21. 「不讓綠營拖服貿 藍營要自排公聽會」中時電子報ウェブサイト、2013年11月13日
      http://www.chinatimes.com/realtimenews/20131113004430-260407)。
    22. 「張慶忠放話排審服貿 段宜康:必流血抗爭」『自由時報』2013年12月20日。
      「服貿仍卡關 出不了立院」『工商時報』2013年12月21日、
      http://news.chinatimes.com/focus/11050106/122013122100091.html)。
      「一意孤行? 張慶忠:周四審服貿協議」台灣蘋果日報ウェブサイト、2013年12月23日
      http://www.appledaily.com.tw/realtimenews/article/new/20131223/313528/)。
      また以下に張慶忠立法委員(内政委員招集人)による会議招集と撤回の通知文書が掲載されている。 「對於服貿審議的反覆態度,到底是演給誰看?」公民覺醒聯盟ウェブサイト、2013年12月25日
      http://www.citizens.tw/2013_12_01_archive.html
    23. 「藍委內訌 張慶忠力主服貿應自動生效」台灣蘋果日報ウェブサイト(http://www.appledaily.com.tw/realtimenews/article/politics/20140310/357608/2/)。
    24. 「服貿混戰 朝野互不認帳 藍認定上週排審無效 綠不承認昨『送院會存查』 嗆全面抗爭」『自由時報』2014年3月18日。
    25. 「張慶忠:服貿協議視為已審查」中央通信社ウェブサイト、2014年3月17日(http://www.cna.com.tw/news/firstnews/201403175006-1.aspx
    26. 「服貿爭議 王金平:待程委會排案」台灣蘋果日報ウェブサイト、2013年3月18日
      http://www.appledaily.com.tw/realtimenews/article/new/20140318/361919/)。
    27. 「服貿協議送出委員會 行政院感謝立法院聯席委員會及召委張慶忠的辛勞」行政院ウェブサイト2014年3月17日
      http://www.ey.gov.tw/News_Content2.aspx?n=F8BAEBE9491FC830&sms=99606AC2FCD53A3A&s=206A8AB0B6124714)。


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