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UAE自国民優遇政策の外国人労働者への影響

海外研究員レポート

アブダビ

2014年4月発行
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はじめに
アラブ首長国連邦(以下UAE)の住民の社会的不満は、周辺アラブ諸国に比べると一見ほとんど存在しないかのように見える。石油収入に支えられた豊かな財政収入を人口の約1割に過ぎない自国民に分配し、彼らの経済的不満を抑え込んでいる。建国直後と比べると国民一般も近代化と石油収入の恩恵を広く享受してきたため、ますます支配体制に対する挑戦が起こりにくい状態となっている。2011年に中東全域で起きた政治・社会変動の波及に対しても、UAE政府は経済的分配の強化によって、自国民の政府に対する批判的な意見をかわすことに成功した[堀坺, 2012]1

いうまでもなく、あらゆる産業部門でUAE経済を実質的に回転せしめているのは、9割を占める外国人労働者たちである。近年のUAE政府による自国民に対する手厚い分配政策は、外国人労働者の労働環境や生活に皺寄せしているのではないか。

本現地情勢報告では、外国人労働者の現状と経済的不満について統計データや現地報道をもとに論じる。

UAEの労働市場
IMFの「World Economic Outlook Database, October 2013」によれば、湾岸諸国の失業率は中東諸国の中では低い。2014年の失業率推計値は、バハレーン3.7%、クウェートは2.1%である。アブダビのDepartment of Economic Developmentの2014年1月の発表で、2012年のアブダビの失業率は2011年の2.8%から増加し3.2%と報告した2。湾岸諸国の政府統計について不備や信頼性の問題はあるものの、湾岸諸国の失業率がモロッコやチュニジア、アルジェリアなどの北アフリカ諸国に比べると高いとはいえない。

大半のUAE自国民は、政府部門に就職することを希望し、実際に政府省庁や関係機関が最大の雇用の受け皿になっている3。そして、自国民は外国人労働者と比較して、相当の高給と手厚い社会保障制度で雇用されている。国家統計局の最新の労働力調査(Labor Force Survey 2008)によると、UAE自国民と外国人との間には平均月収レベルで3倍近い開きがある(表1)。月収の格差は雇用されている従業員よりも雇用主および自営業で大きく、雇用主および自営業の月収が高いレベルに偏っていることを示している。

表 1 UAEの国籍別月額賃金水準の比較(2009年、米ドル)
表 1 UAEの国籍別月額賃金水準の比較(2009年、米ドル)

アブダビに限って言えば、経済開発庁のより詳細な月額所得統計で自国民と外国人(特に集合住宅に居住する世帯)との間の差が明らかになっている。2007年の平均月額所得では、自国民世帯が1万2708米ドルに対し、非自国民世帯が4011米ドル、集合的非自国民世帯が2112米ドルであった(表2)。外国人労働者でも、高給で働くグループといわゆる低賃金労働者のグループが存在し、その給与格差も極めて大きい(月額平均値で約1900米ドルの差)。

表 2 アブダビ首長国における国籍・世帯別月額所得(2007年、米ドル)
表 2 アブダビ首長国における国籍・世帯別月額所得(2007年、米ドル)

こうした自国民と外国人労働者間の給与格差は、彼らが従事する産業や職種の違いにも大きく左右される。アブダビ統計センター(Abu Dhabi Statistics Centre)の2012年の産業別雇用者所得統計によれば、マクロの雇用者所得総額443億米ドルのうち、行政部門は94億米ドルで総額の21.2%を占め、最大の雇用者所得の配分先であった。また、同センターの2009年の雇用統計(Employment and Wages Survey 2009)によると、自国民労働者の32.6%が専門職、21.9%が技術職・準専門職、20.8%が事務職に従事している4。それに対して非自国民労働者の35.8%は手工業と関連交易労働者、11.8%が工場・機械オペレーターとして働いており5、自国民と非自国民の間に存在する職種の違いが、給与の格差に影響していることもうかがうことが出来る。

外国人労働者の給与の減少
自国民の経済的不満を和らげるためのコスト増加は、結果として外国人労働者の労働環境(賃金・待遇を含めた)の悪化につながる。民間企業に対して自国民の雇用を保証させることは、民間企業の収益を圧迫するために、民間企業は自らの経営改善のために外国人給与など短期的に削減しやすいコストをカットする傾向がある。実際に、Gulf Business誌による外国人給与調査等でも2012年以降月額給与が低下傾向にある。一般的に、UAEの外国人労働者の中で欧米系の月額給与が最も高く、アラブ系、アジア系の順で低くなる傾向がある(図 1)。



図 1  GCC諸国の国籍別外国人月額給与の推移(米ドル)
図 1  GCC諸国の国籍別外国人月額給与の推移(米ドル)

湾岸諸国全体でも言えることであるが、UAEにおける外国人給与は2012年以降低下傾向にあった。給与の低下傾向は、特にアジア系と欧米系労働者で顕著であり、アラブ系については2013年から2014年にかけて回復傾向も見られた。これについては最も高給であった欧米系外国人の給与を削減したり、彼らを解雇しより低コストのアラブ系やアジア系外国人に置き換えたりしたとの指摘がされている。

また、UAE企業の外国人雇用の優先順位は、企業の業績が良い時と悪い時で変化することもうかがえる。企業の業績が好調で人件費に余裕があるときは、高給の欧米系外国人を優先的に雇用するが、いったん業績が悪化した時には自国民の雇用を維持したまま人件費を削減するために、アラブ系やアジア系に切り替えることが予想される。

おわりに
本報告では、限られたデータや現地報道からUAE労働市場において自国民と外国人労働者の雇用状況と賃金状況について整理し、また近年自国民労働者の雇用を維持しかつ政府からの自国民向けの社会福利厚生が拡充される一方で外国人労働者の給与が削減されつつあることを示した。

UAE企業において2012年以降外国人労働者の賃金削減などの措置が取られてきたが、これが企業業績にどのような影響を及ぼすかどうかについては将来の分析課題である。また、労働環境が厳しくなった外国人労働者(特に低賃金労働者層)の生活環境や金融環境(消費者金融へのアクセスなど)がどのように変化しているかについても分析を要する。たとえば、UAE国内にも通常の銀行制度にアクセスできない低所得者層を主なターゲットとした在来金融が存在する。一説にはこれらの顧客に対し年利120%の法外な高利で貸し付けを行っているとされる。未組織な金貸業者は担保として顧客のパスポートなどを課し、単なる金融問題から社会問題へ悪化させている (The National, 20146)。


UAEにおいて外国人労働者の生活環境が悪化することは民間部門の活力の低下を招き、社会不安の醸成にもつながる。外国人労働者を取り巻く労働市場・消費市場・銀行市場についての詳細な調査は、重要であり緊急を要すると考える。



脚 注
  1. 堀坺功二. (2012)「UAEにおける政治改革運動と体制の危機認識-2011年の建白書事件を事例に」機動研究成果報告『アラブの春とアラビア半島の将来』アジア経済研究所.。
  2. この発表数値については疑いがもたれている。一説には、アブダビ自国民の失業率は18%に達するとの説がある。
  3. オンラインリクルート会社GulfTalent.comはUAEの大学との共同で調査研究を行い、エミラッテ男子卒業生の86%と女子卒業生の66%が、卒業後政府部門の中で働くことを望むことを明らかにした。多国籍企業希望は男性4%と女性10%を占め、UAE民間部門企業は最後の選択肢であった(2013年3月12日付、Khareej Times)。
  4. 自国民労働者のなかでも男性と女性との間で職種の違いは存在する。自国民男性労働者の26.8%は技術職・準専門職、21.5%は専門職に就き、自国民女性労働者の45.9%が専門職、25.4%が事務職、16.1%が技術職・準専門職に従事する。
  5. 非自国民労働者のうち男性労働者の38.9%が手工業と関連交易労働者、13.9%が単純労働者、12.7%が工場・機械オペレーターに従事する。女性労働者については、31.9%が専門職、事務職が21.8%である。
  6. The National. 2014. Pawnshops answer to UAE’s loan sharks. The National. 2 9, 2014. http://www.thenational.ae/thenationalconversation/editorial/pawnshops-answer-to-uaes-loan-sharks.


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。