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南アフリカ、土地返還申請の受付再開へ

海外研究員レポート

南アフリカ

2014年3月発行
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2014年2月25日、南アフリカの国民議会(下院)は、土地権返還法修正法案を賛成216票、反対59票の圧倒的多数により可決した(Essop 2014)。2013年2月にズマ大統領が国会開会演説で、前回の土地返還申請期限(1998年12月末)までに申請を提出しなかった(できなかった)人々に対して改めて機会を与えることを発表したことを受け1、返還申請の受付再開を目的に同年5月に公布された同法案は、9ヵ月のパブリック・コンサルテーション・プロセスを経て国会を通過することになった。正確には、現在、全国州評議会(上院)で同法案の審議が続けられており、上院により改めて各州で公聴会が実施される可能性はある2。だが、総選挙を5月7日に控え、農村開発・土地改革ポートフォリオ委員会(以下、ポートフォリオ委員会)の長を務める与党アフリカ民族会議(ANC)所属議員が同法案を選挙前に成立させることを繰り返し強調してきたことを考えれば、土地返還申請の再開は既定路線といえるだろう。同法案は、2018年12月末まで返還申請の提出を認めること、これまで対象外となっていた旧ホームランドにおける農村改良事業(betterment)により土地権を失った人々も土地返還の対象とすることを提案した。

1.同法案の背景
土地返還事業は、アパルトヘイト体制撤廃後の南アフリカにおける土地改革政策の柱のひとつをなしており、その主旨は、1913年の原住民土地法制定以降、人種差別的な法律・慣行により強制的に土地を奪われた人々に対して、土地の回復・代替地の提供・金銭的賠償のいずれかの方法により、奪われた土地の権利回復を行うことである。支配階級(南アフリカの場合、白人)から被支配階級(同、黒人)への土地の再分配という一般的な土地改革政策のみならず、実際に所有ないし居住していた土地(しばしば「祖先の土地」と表現される)を元の所有・居住者(およびその直系子孫)に戻すことを意図する点に特色がある。政府の土地返還委員会が個々の申請の有効性を調査し、有効性が認められた場合、現在の土地所有者との交渉が行われ、権利回復の方法が決定される。1998年12月末の締め切りまでに約8万件の返還申請が提出され、2013年3月末までに7万7334件について権利回復の方法が決定され、そのうち5万9758件について権利回復が終了した。1995年以降、同事業に160億ランド(およそ1600億円)が費やされたが、そのうち100億ランドが144万ヘクタールの土地取得に使われ、60億ランドが7万1292件に及ぶ金銭的賠償の支払いに充てられた(Nkwinti 2013)3。これらの数字が意味するのは、これまでの土地返還申請の多くが金銭的賠償という形で処理され、その多くが都市部の土地に対する返還申請であったということである。

農村開発・土地改革省によれば、2013年3月末までに土地返還事業の恩恵を受けた人々は推定180万人(南アフリカの総人口の3.6%)であるのに対し、1913年以降の人種差別的な法律・慣行により土地を失った人々は少なく見積もっても750万人に上る。つまり、現行の土地返還事業の成果をみる限り、政策の意図する白人支配体制の遺産の是正にはほど遠く、人種別の土地所有率に対するインパクトはわずかである。理論的には、土地返還事業の対象からもれている人々は土地再分配事業を通じて土地を得ることができることになっているが、現実には実現していない。そのため、同省がこれまで各州で実施してきたワークショップや日常的な業務を遂行する上では、土地返還申請の受付再開を求める声が相次いで寄せられることになった(DRDLR 2014; Kariuki 2013: 7-8)。とりわけ、東ケープ州の旧シスカイ地区を中心に、農村改良事業による土地権の喪失を対象外とする現行の土地返還事業に異議を申し立てるため、ブラマサンゴ(Vulamasango)4という社会運動体が結成され、訴訟や請願活動が積極的に展開されることになった。これらの事情を踏まえて同省は、返還申請の受付を再開するため、2013年5月、同法案を公布するにいたった。

2.同法案に対する反応-国会の公聴会と参考人招致を傍聴して
1998年12月末の期限までに何らかの理由で申請を提出できなかった人々に対して、土地返還申請提出の機会を与えることで正義を実現し、南アフリカ社会のさらなる転換を進める上で、同法案は大きな貢献をなしうる。けれども、返還申請の受付再開に対しては、慎重な意見も多く出されることになった。同法案に対するパブリック・コンサルテーションは2013年5月末~6月にかけて農村開発・土地改革省への書面提出という形で第1段階が行われ、若干の改定を経て10月に同法案は議会での審議に移された。ポートフォリオ委員会は書面提出と同年11月~2014年1月に各州2ヵ所において公聴会を開催した上で、団体や学識者を中心とする参考人招致を行った。筆者は1月末に行われたググレトゥ・タウンシップでの公聴会と参考人招致を傍聴した。

ググレトゥ・タウンシップでの公聴会は、屋内競技場において午前9時過ぎから午後3時過ぎまで休憩なく実施され、競技場内に設置された椅子と観覧席を埋めたたくさんの人々のなかからおよそ20強の人々がランダムに選ばれ、発言の機会を与えられた。時間のわりに発言者の数が少ないのは、コーサ語、英語、アフリカーンス語の3つの言語が飛び交い、これら3つの言語での通訳が行われたためである。もっとも多かった発言は、1998年12月末の期限までに申請を提出したものの、申請が未解決のままであったり、その進捗状況が不明であることに対して不満を表明する意見であった。提出した申請のファイルを土地返還委員会が喪失した事例や、ひとつのレファレンス番号が複数の申請人に与えられた事例があることも述べられた。返還申請の受付を再開する前に、既存の申請を解決すべきであるとの意見もだされた。他方、同法案が対象外とした1913年以前の土地喪失に対する返還申請も考慮してほしいとする意見は、コイ、サンを名乗る集団の代表のみならず、複数のコーサ語話者からも聞かれた。アバテンブ(Abathembu)首長を名乗る発言者は、土地返還プロセスに伝統的指導者を関与させるように求めた。幾人かの発言者が、返還申請の受付再開をきっかけに、再び申請を提出するつもりであることを述べたものの、全体として既存の返還事業の遅延と不透明性に対する不満の声が多かった5

委員会の参考人招致には、土地NGO、学識者、商業農場主団体アグリ南アフリカ(AgriSA)、最大労組連合の南アフリカ労働組合会議(COSATU)などが呼ばれた。全体として、返還申請の受付再開を原則としては歓迎しつつも、実質的には受付再開により既存の土地返還事業がさらに困難に陥るとして、懸念を表明する意見が多かった6。主な問題として指摘されたのは、次の5点である。

第一に、前回の期限までに返還申請を提出したものの、さまざまな理由でいまだ権利回復の方法について合意が形成されていない申請が農村開発・土地改革省の説明では3000件とされているが、実際にはこの件数はその3倍、9000件である。さらには、合意が形成されたものの実行に移されていない申請件数が2万件以上あり、これらのほとんどが農村の土地を対象とする、複雑で、多数の世帯を含む集団の申請であり、解決にはさらに10~20年を要すると思われる7。このような状況において返還申請の受付を再開することは、キャパシティ不足の問題を抱える返還委員会の仕事量をさらに増加させ、既存の申請の解決にも悪影響を及ぼす可能性がある。

第二に、前回の土地返還申請が認められた事例を含め、ある土地に対して重複する返還申請が提出される可能性があるため、いったんクローズとなった事例を再び検討する必要性が生じる場合や、返還申請の解決がさらに複雑になる可能性がある。たとえば、ある土地から1930年代に人々が移動させられ、さらに同じ土地から1960年代に別の人々が移動させられた場合、どちらの人々の権利が優先されるのかがはっきりしないが、返還申請の受付再開により、こういった、ある土地に対して重複して出される申請の数が大きく増える可能性は否定できない。とりわけ、すでに認められた土地返還申請に対して土地に対する権利を取り消されないようにする保障が求められたが、その理由として返還申請の受付再開が「伝統的指導者による対抗申請の提出」をもたらす危険性がある、との意見も述べられた8

第三は、土地返還にかかる費用の問題である。申請受付を再開した場合、どれだけの申請が提出されるかについて、農村開発・土地改革省の『規制インパクト評価報告書』は、農村改良事業に由来する返還申請を認め、以前よりも多くの人々が土地返還事業について認知していることから、新たに約40万件の返還申請が提出されると見積もり、その解決には1300~1802億ランドかかると推定した(Kariuki 2013: 16-17)。土地NGOを中心に十分な実行予算を確保する必要性が訴えられる一方で、この莫大な費用をどこから調達するのか、財務省は受付再開に伴う費用負担を確約しているのか、という点について、野党民主同盟(DA)所属議員から繰り返し質問が出された。この問題は、国会における同法案の採決の際にも大きな議論の的となった。

第四に、農場主団体を中心に、申請受付再開に伴い、土地の所有権に対する不確実性が高まることで、農業生産や土地市場に対して負の影響が出る可能性が指摘された。土地返還事業では、ある土地に対する返還申請の有効性が確立されると、所有者に対してその事実が知らされると同時に、官報にも記載される。官報に記載された土地の所有者は、返還申請が解決するまで土地を他人に売り渡すことができなくなる。これにより土地の市場価値が低下するとともに、農場主にとっては土地に対する投資のインセンティブがなくなるため、農業生産に支障をきたす、というのが議論の主旨であり、かりに申請受付再開が避けられないならば、5年ではなく、6ヵ月程度に受付期間を短縮すべきである、と主張された。

また、委員会の参考人招致では、通常、参考人として招致された人々にしか意見表明の機会が与えられないが、当日、出席していたグリクワ国民会議代表に対して特別に発言権が認められ、同代表は、コイ、サンの要求に耳を傾け、1913年以前の土地喪失についても同法案でカバーするようにとの陳情を行った。

第五に、農村開発・土地改革省や与党ANCが法案成立を不必要に急いでおり、十分なパブリック・コンサルテーションがなされていないとして、同法案が出された動機とタイミングを2014年5月に予定されている選挙と関連づけ、選挙で票を獲得するための策略にすぎない、との意見が述べられた。同法案は、前回の提出期限に間に合わなかった人々やこれまでの返還事業から排除されていた人々に対して返還申請を提出する機会を与える、という点で一見、民衆の要求や期待に応える内容に見える。けれども、返還委員会のキャパシティ向上や十分な実行予算がなければ、人々に過度の期待を与えるだけの「空っぽの約束」にすぎないし、1990年代から返還申請の解決を待っている人々やすでに土地返還事業により権利の回復を受けた人々にとっては、むしろ否定的な結果をもたらしかねない。

おわりに
委員会の参考人招致から5日後の2月3日、農村開発・土地改革省は書面および口頭での意見表明に対する返答を委員会の会合において行ったが、参考人招致で出されたさまざまな提案や懸念は、既存の返還申請を優先的に処理するという文言を加えることで同法案を修正するという1点を除き、すべて却下された(DRDLR 2014)。3週間後、法案は国会を通過し、上院での審議に移された。通常、上院での法案通過には最低でも6週間ほどかかることから、議会が解散され、同法案が失効する可能性はゼロではない(Hall and Weinberg 2014)。けれども、冒頭で述べたように、選挙を2ヵ月後に控え、同法案が国会(下院)を通過したことが大々的に報道された今では、法案を葬り去ることも難しいだろう。同法案は、選挙を目前にした与党ANCによる「空っぽの約束」にすぎないのだろうか? 過去3年間の土地返還予算は30億ランド程度であり、2014年度に配分された予算も27億ランド弱にとどまっている。この予算規模では、返還申請の受付が再開された場合、すべての申請を解決し返還事業を終了するまでに48~66年も時間がかかってしまうことになる。ANCは土地返還事業の終了を急いではいないのかもしれない。はっきりしているのは、土地返還が今後も南アフリカ政府の政策および政治の焦点であり続けるだろうということである。


《参考文献・資料》
  • Department of Rural Development and Land Reform (DRDLR), 2014, “Responses of the Department of Rural Development and Land Reform to Submissions on the Restitution of Land Rights Amendment Bill”, presentation to the Portfolio Committee on Rural Development and Land Reform, 3 February.
  • Essop, Philda, 2014, “Land Reform to Stay: Emotional Addresses as Assembly Votes on Bill”, The Witness, 26 February.
  • Hall, Ruth and Tara Weinberg, 2014, “Land Restitution: Re-opening Claims, with Less Money”, Customs Contested website, http://www.customcontested.co.za/land-restitution-re-opening-claims-less-money/, 2014年3月3日アクセス。
  • Kariuki, Samuel, 2013, “Regulatory Impact Assessment Report for Proposed Draft Restitution Policy: Re-opening of Lodgement of Claims”, A report commissioned by the Department of Rural Development and Land Reform, 11 July.
  • Nkwinti, Gugile, 2013, “Minister of Rural Development and Land Reform 2013 Budget Speech, 31 May”, Parliamentary Monitoring Group website, http://www.pmg.org.za/node/38810, 2013年6月アクセス。
  • Weinberg, Tara, 2014, “Restitution Amendment Bill Still in the NCOP”, 28 February, Customs Contested website, http://www.customcontested.co.za/restitution-amendment-bill-still-ncop/, 2014年3月3日アクセス。



  • 脚 注
    1. 同法案公布の背景には2013年が土地法制定100周年にあたることが関係していたと思われるが、ンクウィンティ(Nkwinti)農村開発・土地改革相によれば、2009年の大統領就任直後からズマ大統領は(1)土地返還申請の受付再開と(2)1994年法の対象外となったコイ、サンの土地権要求に対する対策を講ずることを同大臣に対して命じていたという(2013年12月1日、西ケープ州ウェリントンで行われたナマ・フェスティバルでの同大臣の発言)。
    2. 南アフリカでは、下院での審議過程のみで法制化される法案(憲法第75条項法案)と、下院と上院両方での審議が必要とされる法案(憲法第76条項法案)があり、「土地返還法修正法案」は昨年末に後者に指定された。
    3. これは農村開発・土地改革担当相の予算演説で用いられた数字であるが、ここでは権利回復が終了した申請件数約6万件に対して、金銭的賠償の支払いが7万件超となっており、明らかに食い違いが見られるものの、その原因ははっきりとはわからなかった。ひとつ考えられるのは、1件として数えられる返還申請が集団によってなされている一方で、金銭的賠償については集団に含まれる個々の世帯に対して支払いが行われたため、後者のカウント数が終了した申請件数よりも多くなっている可能性である。
    4. コーサ語で「扉を開く」の意。
    5. 2014年1月28日、ググレトゥ・スポーツ・コンプレックスで行われた西ケープ州公聴会。
    6. 2014年1月29日、ポートフォリオ委員会の全国公聴会(参考人招致)。
    7. 貧困・土地・農村問題研究所(Institute for Poverty, Land and Agrarian Studies)による口頭での意見陳述。
    8. 法律社会センター(Centre for Law and Society)による口頭での意見陳述。


    本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。