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本か論文か?台湾社会学者の学術コミュニケーション選択:3人の専門家へのインタビュー

海外研究員レポート

台湾

2013年9月発行
PDFpdf (859KB)
【インタビューの目的】
人文・社会科学系の研究者による研究成果は、雑誌論文のレフリーや書籍の編集者といった「ゲートキーパー」による選別を経て市場に送り出され、研究者をはじめとする読者のもとへと送り届けられる1。この情報・知識の消費が、さらなる情報・知識の生産活動へとつながっていく。

学術情報・知識の「生産→流通→消費→生産」プロセスの展開の場として重要な役割を果たしているのが、雑誌論文と書籍という二つの発表媒体である。書き手としての研究者は、論文と書籍の間にある紙幅の制約の違い、読み手の違い、「ゲートキーパー」の性格の違いを勘案して、成果の発信方法を選んでいる。だが書き手が常に、自己の研究成果にもっとも適した発表媒体を自由に選べるわけではない。研究者による「本か論文か」の選択は、研究者がいかなる評価システムにさらされているか、学術書の商業出版を可能にする環境がどの程度整っているか、といった制度要因によっても強く規定されている。

筆者は、2012年3月から中央研究院社会学研究所に1年半滞在するなかで、台湾の第一線の社会学者たちの成果発表をめぐる選択や葛藤を間近で見ることとなった。台湾の大学・研究機関では非常に厳しい昇進審査制度が採られており、若い研究者は一定期間に業績をあげることが求められている。テニュアをとった後も、昇進や競争資金の獲得をめぐって厳しい業績評価にさらされている。その審査の中心に据えられているのが、SSCI(social science citation index),TSSCI(Taiwan social science citation index)収録対象雑誌における論文刊行数である(劉[2010]2、佐藤[2012]3)。このような状況下で、研究者らは、SSCI,TSSCIジャーナルへの投稿に多大なエネルギーを費やしている。その一方で、この制度のもとでは正当に報われない単著執筆に強い意欲を持つ研究者もいる。

台湾の研究者は、自らの研究成果を発表するにあたって、本と論文という二つの媒体の性格をどのように捉えているのだろうか? どのような理由と基準によって、この二つの媒体を使い分けているのだろうか? その選択は、研究者をとりまく制度環境からいかなる影響を受けているのだろうか? 

本レポートは、以上のような問題意識から、台湾の社会学者2名と、学術出版社1社に対して行ったインタビューの記録である。社会学は、台湾の社会科学のなかでも、「本か論文か」をめぐるせめぎあいが最も鮮明に見られる分野であり、過去20年ほどの間に、書籍中心主義から論文中心主義への移行が急激に起きた領域でもある。インタビューにあたっては、上記の点に関わる問いのほか、自著執筆の経験、日本でも台湾でも成果発信の一形態として重要な位置を占める「論文集」への評価も語ってもらった。


「本こそが社会科学の世界を変えていく」 謝國雄氏(中央研究院社会学研究所研究員)インタビュー(2013/8/20)
謝國雄氏(中央研究院社会学研究所の研究室にて)
謝國雄氏
(中央研究院社会学研究所の
研究室にて)
*謝國雄氏は、1990年にカリフォルニア大学バークレー校より社会学博士を取得。中央研究院民族学研究所を経て1998年より現職。専門は工業社会学、組織社会学、労働研究。台湾の労働の現場を丹念に観察、分析した4冊の著作は、いずれも高く評価されている。

【問】謝さんは、これまでに4冊の単著(①~④4)と2冊の編著を出版されています。ご自身の著書執筆の経験をお聞かせください。
私の4冊の単著は、いずれも性格が違います。1冊目の①は博士論文をもとに出版した英文書で、「課題設定→問いの解明」という米国の博論の標準的な形式をもつものです。②は、①での問題意識の延長線上に、台湾帰国後に学術雑誌に発表した論考を統一的な問題設定と枠組みのもとにまとめた論文集的な性格のものです。③では、「資本主義と台湾のローカルな社会はいかに接合されているか」という問いを設定し、この問いに適したフィールドを選んで、調査・執筆しました。その結果、この本は強い一貫性をもつ著作になりました。④では、既存研究の課題設定を根底から覆し、新しい問いを設定しなおすことに挑みました。独創的で一貫性の高い本に仕上がったと自負しています。このように、一口に「本」といっても、そのあり方は多様です。ジャーナルの既発表論文をまとめなおした②のような本の形式は、若い研究者に向く方法でしょう。他方③④は理論面での挑戦を胸に、重要で根源的な問い(problematic)に取り組んだものです。後述するようにその執筆プロセスはたいへん困難なものでした。

【問】台湾の社会科学系の研究者は、英文著名雑誌への論文投稿に大変熱心です。そのなかで、本の執筆をキャリアの中心に据えてきた理由は何ですか?
学生時代の私に深い影響と啓発を与えてくれたもの、私に社会科学の神髄を教えてくれたもの、そして社会学が社会に貢献しうる学問であることを教えてくれたもの。それが、いずれも論文ではなく全て本だったからです。マルクスやウェーバーの古典を脇に置いても、Wright MillsのSociological Imagination[1959]、Michael BurawoyのManufacturing Consensus:Changes in the Labor Process Under Monopoly Capitalism[1979]、Paul WillisのLearning to Labour[1977]といった本からは、社会現象への向き合い方、問いの立て方を学びました。いずれの本にも「ああ、なぜこんな本が書けるのだろう!」と驚嘆させられ、深い影響を受けました。そして、この職業を選んだからには、「良い本を書く」ことを通じて社会に貢献できる社会学者になりたいと願ってきました。

【問】謝さんにそのような深い影響を与えたのが、論文ではなくて本というかたちをとるものだったのは何故でしょうか?
もちろん、論文も強いインパクトを持つことがあります。しかし、本ほどに深い影響を与えることは難しいでしょう。例えば、経済社会学の領域ではGranovetterの “Economic Action and Social Structure: The Problem of Embeddedness”[1985]という非常に重要な論文がありますね。でも、同じ問題を論じたKarl PolanyiのThe Great Transformation [1944]のほうが、はるかに深く強い影響力を持っているとは思いませんか? グラノベッターの論文もポランニーの著作も、経済活動の社会への埋め込みという現象を扱ったものです。しかし、ポランニーの本が経済社会の歴史ロジックを体系的に描き出したものであるのに対して、グラノベッターの論文の貢献は、「経済活動の基底には社会関係がある」というアイディアを明快に言いきったという点に尽きます。両者の議論の次元の深さはまるで異なるものです。

【問】社会科学の研究成果物としての本と論文の性格の違いをどう捉えていますか?
第1に、本が全面的・多面的な議論を展開するものであるのに対して、論文は「軽薄短小」なものです。論文は、的に向かって引き金を絞り、バン!と弾を撃ち込むようなものですね。第2に、優れた本は学問上の基本的・根本的な問いに向き合うものですが、論文は多くの場合、その時点の学界で流行している狭いトピックを扱うものです。第3に、論文のオリジナリティはより技術的なもので、その時点で流行っているトピックや論争に対して、何かしら新しいこと、違うことをいうというかたちをとります。他方、本には根源的なオリジナリティが必要ですし、またそれを発揮することが可能です。第4に、表現面でのイノベーションの自由度が違います。論文では長さ、形式面での制約があるので、書き手は、決められた手順とスタイルに従うことが求められます。これに対して本では、実験的な記述スタイルを試みることが可能です。私の本の一部では、小説を素材に扱っていますが、これは投稿論文では難しい試みだったでしょう。このように、表現様式上のイノベーションは、本では可能ですが、論文ではほぼ不可能なのです。こういう性格の違いの結果、本——もちろん「優れた本」という限定つきですが——には、論文にはない持続的な影響力が生まれます。学界の流行が過ぎると多くの論文が読まれなくなるのに対して、根源的な問いと向き合った優れた本は、長期にわたって、読者に影響を与え続けます。もちろん、一本の論文で済む内容を本に仕立てあげたような著作もたくさんあるわけですが。

【問】本を書く過程で直面した困難についての体験をお聞かせください。
単著執筆の過程で直面する困難は、本によって違いますが、いくつかの共通点が挙げられます。第1に、本としての有機的な統合を創り出す過程が非常に困難です。②では、既発表論文を一つの枠組みのもとに統合する必要がありました。私は、就職・昇進のため、論文執筆を仕事の中心に据える必要のある若手研究者に対しては、「大きな枠組みを意識しながら論文を書きためていくこと」を勧めています。しかし、論文を雑誌に投稿すると、しばしばレフリーによってあらぬ方向に連れて行かれてしまうものです(笑)。そうなると、論文がいくつか溜まっても、本にまとめることが難しいですね。私の場合、③の本では、調査を通じて、ある村の経済生活、政治生活、家庭生活、宗教生活という4つの側面についての材料が集まりました。この4つの側面をいかに相互に連関したものとしてとらえるか、という統合のプロセスに、苦労しました。本を書くというのは、数百ページに及ぶ原稿に高度な統合性を与えるという作業ですからね。

第2に、材料の解釈もまた困難なプロセスです。研究が進むにつれ、材料が蓄積していくとともに、材料の解釈自体も変化していきます。本を書く過程では、手持ちの材料を繰り返し検討しなおすこと、自分の材料に長期的に深く関わることが欠かせません。いわば、材料と結婚するようなものです。

第3に、執筆面での苦労です。良い本では、すべての部分が有機的に、密接に絡まり合っているものです。中国語に「髪の毛を一本引っ張ると、全身が動く」という諺がありますが、良い本の構造はまさしくその通りです。3章に手をいれると4章の修正が、さらに5章の修正が必要になっていきます。私は、④の本の最終章を、12回書き直しましたよ! 前のほうの章を修正すると、結論が変わってくる。結論を書き直すと、前のほうの章も書き直さねばならなくなる。このプロセスの繰り返しです。これは、書き手の脳みそのCPUとOSの限界を試す、何とも恐ろしく苦しいプロセスです。

【問】謝さんほどの豊かな経験と学識をお持ちの著者でも、執筆過程ではそれほどのご苦労があるのですか。それでは、本を書く喜びとは何ですか?
執筆過程での喜びと、出版後の喜びがあります。執筆過程での喜びとしては、まず、材料を何度も何度ももみ返しているうちに、それまで見えていなかったものが、突然見えるようになる瞬間があること。こういう分析角度をとれば、自分の議論が成立するのだ、自分の独自性が打ち出せるのだ、と気がつく瞬間が訪れること。既存研究とは大きく違う自分の独創性が出せた、と思える瞬間もまた幸せなものです。もちろんこういう喜びは論文執筆にもあるものですが、本の執筆というのは包括的な全体像を示していくプロセスですから、その困難が深い分、喜びの質も違いますね。本を書くうえでは、既存研究が織りなす知識地図(knowledge map)との深い対話が必要だと感じます。そして、出版後には、本を読み、真剣に討論してくれる読者との出会いという喜びがあります。

【問】台湾は、日本より早く、英文著名ジャーナル中心主義の評価システムを採用しています。このような環境のなかで、若い研究者たちは、本の執筆への意欲を失っていると感じますか?
本を書きたいという若い同僚は少なくありません。しかし、評価システムのプレッシャーのなかで、論文を成果発表の中心とせざるをえない状況が生じています。けれども、より重要なのは、大学院等でのトレーニングの過程で、ロールモデルとなるような魅力的な書物との出会いがあるかどうかではないでしょうか。学者としてのトレーニングの過程で、雑誌論文しか読んでいない人は、本を書きたいとは思わないでしょう。優れた社会科学の書籍がもつ批判性、書物と知識人の不可分の関係性、そういったものを肌で知る機会が重要です。

【問】日本でも台湾でも、論文集型の書籍が数多く刊行されていますが、質のばらつきが大きく、まとまりに欠けるものが多いという批判もあります。謝さんは二冊の本の編者をされていますが、複数の執筆者が参加する論文集についてはどうお考えですか?
米国では、優れた「アジェンダ設定型」の論文集型書籍が継続的に出版され、学術界に大きなインパクトを与えていますよ。Evans,Rueschemeyer,Skocpol編のBringing the Sate Back In[1985]が好例です。あの論文集が出て以降、経済社会を論じようとする社会学者は、国家を無視して議論をすることはできなくなりました。しかし、アジェンダ設定の面で重要な役割を果たすような論文集をつくるうえでは、明確な問題(problematic)とビジョンを持つ優れた編者の役割が決定的に必要です。

【問】ご著作は、査読プロセスを経て出版されていますね。台湾では、社会科学の本の出版過程で、編集者や出版社はどのような役割を果たしていますか?
台湾では、アメリカと同様、学術書も論文と同じような査読を経て出版されています。ドイツや日本は違う仕組みのようですね。日本では、編集者が影響力の強い知識人として、社会的な地位を築いていると聞いています。しかし、台湾では残念ながら、編集者の役割はほぼcopy-editingに限定されています。台湾も、日本の編集者が学術出版の過程で果たしている役割を学ぶべきだと思います。

【問】良い本の出版プロセスには、雑誌論文と同様の査読システムが必要だと考えますか?
それは、査読システムとは何のためのものか、知識生産者のオリジナリティとは何か、ということに関わる問題です。まず、査読システムとは、「この発見はねつ造されたものではない」「この研究のオリジナリティは、確かにオリジナルなものである」ことを、専門家がチェックするためのものである、ということを押えておく必要があります。しかし、この査読システムが極端な方向に走ると、研究者の独創性を抑圧する方向に作用します。本を書く人は、審査に通ることを目的にするのではなく、偉大な学者の著作と対話することだけを心がけるべきです。E.P.ThompsonのThe Making of English Working Class[1963]と、Karl PolanyiのThe Great Transformationのことを思い起こしてみましょう。この二冊は、いずれも一般向けの書籍として書かれたもので、むろん、査読プロセスなど経てはいません。しかし、この二冊が社会科学の極めて優れた古典であることを疑う人はいないでしょう。

【問】最後に、10年を費やした著作を出された今の気持ちと、今後の研究への抱負をお聞かせ下さい。
ようやく、同僚たちに顔向けができるという安堵感がありますね。本を書く人は、とにかく神経が図太くなければなりませんよ(笑)。周囲が次々に成果を出していく中で、「去年のあなたの出版物は?」と聞かれ続けることに耐えねばなりませんからね。今後の抱負ですが、ポランニーの本をお手本に、台湾の資本主義発展史についての本を書きたいと考えています。それも、学術書と一般向けの読み物の二通りの本を書きたいです。「台湾の社会はいかなる社会か?」と問われたら、私は「資本主義の社会だ」と答えます。それでは台湾の資本主義はいかなる発展過程を経てきたのか?これに答える本を自分の手で書きたいのです。④のなかでもこの問題は考察しましたが、不十分です。新たな実証分析も加えて、台湾の資本主義の特質を体系的に示す書物を書きたいと思っています。

【聞き手】次のご著作を心待ちにしています。本日はありがとうございました。


「論文・書籍にまたがるbilingual publishing careerを追求したい」 何明修氏(台湾大学社会学部教授)インタビュー(2013/8/22)
何明修氏(台北市内にて)
何明修氏
(台北市内にて)
*何明修氏は1973年生まれ。2000年に台湾大学より社会学博士を取得。東呉大学、南華大学、中山大学を経て2010年より現職。専門は台湾の社会運動。英文・中文の著名ジャーナルに多数の論考を発表する傍ら、中国語の単著を2冊刊行。英語での単著も近刊予定。欧米で学位をとった研究者が多い台湾の社会学界にあって、台湾の大学院出身でありながら、英文論文を数多く刊行している。

【問】単著『緑色民主:台湾環境運動的研究』(群学出版、2006年)の出版経験をお聞かせ下さい。
この本は、2000年に提出した博士論文を大幅改稿して出版したものです。私は、博論を提出したあと、いくつかの章を独立した論文にして雑誌に投稿しました。しかし、雑誌論文では、査読者からの求めに応じて何度も修正しているうちに、肝心の中身が、自分が考えていたのとは違う方向に離れていってしまうということがよく起こりますよね。この本でも、一度発表した論文をもとに本書を出すにあたっては、再度、全面的な書き直しをする必要がありました。雑誌論文と本は、媒体としての性格が大きく違います。雑誌論文は、単純な問いを1つ設定して、これに答えるという形のものです。しかし、実際には多くの人が、本によりふさわしいはずの、豊富で複雑な内容を「1つの問いに1つの答え」という論文の形に入れ込んで発表していると思います。

【問】何さんは台湾の環境保護運動の研究で有名ですが、現在、台湾の労働運動に関する英語の単著を準備されているとのこと。最新作についてお聞かせ下さい。
現在、初の英文単著 Fluctuated Solidarity: Working Class Formation in Taiwan’s State-owned Enterprises 1945-2012 の刊行準備を進めています。私は台湾の社会運動の研究をするなかで、戒厳令以前の社会運動に関心を抱き、国有企業の労働現場についての研究を進めてきました。そのなかで、1947年の2.28事件から1950年代の白色テロ期にかけての労働現場の状況をはじめ、多くの新しい発見をしました。その成果は、SSCI対象ジャーナルであるJournal of Contemporary Asia, China Quarterly, Modern China等で発表をしてきましたが、雑誌論文として発表していくと、どうしても断片的になってしまうんですよね。また、英文ジャーナルで発表しても、(台湾では)なかなか読まれないのも歯がゆい。これは一本の軸に沿った一冊の本にまとめなければならないと考え、書籍原稿にまとめました。しかし、多数の米国の大学出版社にコンタクトしたのですが、台湾の労働運動史というテーマに関心を持ってもらえず、査読にもかけてもらえなかったのは残念でした。現在、ある大手出版社と交渉を進めており、近日中に契約を交すことになりそうです。

【問】何さんは、英文・中文双方で査読付き論文を多数発表し、さらに異なるテーマで英語と中国語の単著を刊行するなど、多様な出版形態にチャレンジしていますが、それはどのような考えによるものですか?
台湾社会を研究する者として、私は、bilingual publishing careerを追求したいと思っています。ですので、英語と中国語の両方で書くことを心がけてきました。また、論文と本の両方を書くことも意識してきました。研究者のなかには、中国語(英語)の論文を英語(中国語)にすれば刊行できると思っている人が多いようですが、それは間違いです。中国語と英語の世界では、読者が異なり、違う設問が必要になります。

【問】何さんは、二つの言語で、論文と本の執筆に取り組んできた経験をお持ちです。現在の台湾の学術環境は、過度に論文偏重であると聞きますが、どう考えていますか?
私自身は、社会科学者は本というかたちで自らの研究成果を世に問うべきである、と考えています。しかし、今の台湾の若い世代の研究者が直面している環境は、ありていに言って、本を書くことを罰するものです。単著を書くには時間がかかりますが、欧米の超一流大学出版社から出版されるのでない限り、昇進の助けになりません。本を書くには時間がかかるのに報われないのだから、若い研究者が本を書かないのは当然です。

【問】台湾の大学でそのような論文中心主義が定着した背景を教えてください。
台湾の大学に務める若手研究者にとって、昇進は、テニュアの獲得と結びついた死活問題です。その昇進基準は雑誌論文を中心としており、書籍は軽視されています。例えば台湾大学の場合、助理教授が副教授に昇進するには「5年間に査読付き論文4篇か単著」の業績が必要ですが、単著が論文何本に換算されるのかは明確ではありません。分厚い単著でも、もしかすると論文1-2篇相当としか扱われないかもしれないのです。そして、昇進の規定には明記されていませんが、実際の審査の鍵となるのが、SSCIとTSSCIの対象雑誌に掲載された論文数です。しかし、両方ともたいへん問題の多い制度です。SSCIはトムソン・ロイターという一企業が商業的な目的から作成しているものなので、学術成果の評価基準とするには問題があります。TSSCIでも同様の問題があるほか、対象となるジャーナルの年ごとの入れ替えが激しく、ある年に掲載された論文はカウントされるが翌年掲載分はカウントされない、といったことがよく起きています。台湾はアメリカの理工系の仕組みを、極端なかたちで人文・社会科学に当てはめているのです。

【問】国家科学委員会では、論文の編集委員会が本の原稿を審査する制度や人文・社会科学の専門書の出版補助といったしくみを設けて学術書の出版を後押ししていますが、どう評価していますか?
TSSCIデータベースの整備により中国語の雑誌論文の評価制度が軌道に乗ったことを受けて、次に行われたのが学術書出版の制度化でした。国家科学委員会の「期刊審査専書書稿」制度では、TSSCI収録ジャーナルの編集委員会が書籍原稿の審査を代行するというユニークな方法が採られています。具体的には、編集委員会が2名の外部レフリーを選定し、その査読結果をもとに書籍出版の可否を決定します。国家科学委員会は、この審査費を補助します。ただ、国家科学委員会からの補助費は審査員に支払われるので、編集委員会の側に本の審査を引き受ける誘因はありません。また、審査を依頼された編集委員会が審査を断ることも可能です。

【問】社会科学の研究成果物としての本と論文の性格の違いをどう捉えていますか?
論文中心に仕事をしていくと、論文ごとに、視点や立場が異なる、ということが起きます。研究者としてのテーマへの長期的なコミットメントがしづらくなると感じています。特に私が懸念するのは、雑誌投稿偏重のシステムが、学術的な機会主義を助長しかねないという点です。

【問】「雑誌論文が機会主義を助長する」とはどういうことですか?
雑誌論文では、投稿者が、査読者の志向や学術的な立場に追従して、論文の内容を大幅に改稿するということが起きます。社会運動の論文を投稿した人が、構造論的な立場のレフリーからコメントがくればそれに沿った方向で加筆修正し、決定論的に過ぎるという批判コメントがくれば、エイジェンシーを強調する方向に書き改める、というように。私自身の例を挙げましょう。台湾の社会運動の動員過程におけるグアンシ(関係)についての論考を、SSCIジャーナルであるMobilization誌で発表したのですが、レフリーからは「グアンシという議論はethnicに過ぎる」という批判が来ました。査読に通るために、私はグアンシに関する議論をまるごと削らざるをえませんでした。その結果、私がもっとも論じたかったことである「グアンシがあってこそ動員可能となる社会運動があるということ」「グアンシと紛争のアジェンダの結びつき方」が論文からまるごと落ちてしまったのです。こういうことは本の査読でも起きますが、論文のほうが「査読コメントを受け入れないなら雑誌投稿から下りるしかない」という状況が生じやすいと思います。

【問】何さんは、複数の執筆者が参加する論文集の編者もされていますが、編著作品についてはどうお考えですか?
論文集は、一般には受けがよくないですよね。しかし、アメリカでは、大きな学問的インパクトをもたらした優れた編著書籍がいくつも出ています。Evans, Rueschemeyer, Skocpol eds.[1985], Bringing the Sate Back in, Migdal, Kohli and Shue eds.[1994] State Power and Social Forcesや、Kitschelt, Lange, Marks, and Stephens eds. [1999] Continuity and Change in Contemporary Capitalism等がその好例です。これらはそれぞれの領域の必読書といえるものですが、いずれも、長期にわたる入念な準備を経て作られた論文集です。良い論文集を作るにはそれだけの準備が必要です。ただ、台湾の研究者は雑誌論文中心の評価システムにさらされているので、自分の研究の最もいい部分は投稿論文にとっておきたいと考えます。また、本の編者という仕事が、手がかかる割に報われないものであるのも事実です。こう考えると、今の台湾の環境で優れた論文集を作るのは難しいですね。

【聞き手】本日はありがとうございました。次回作の出版を心待ちにしています。


「“草地”の入り口を守り、書き手の欲望を挑発することで、台湾の社会学に貢献したい」 群学出版社・劉鈐佑編集長インタビュー(2013/8/15)
劉鈐佑編集長(群学出版社にて)
劉鈐佑編集長
(群学出版社にて)
*劉鈐佑氏は、巨流出版編集長等を経て、2000年に群学出版社を設立。同社は台湾を代表する社会科学系学術書籍の版元であり、特に社会学の専門書、翻訳書の刊行で名高い。

【問】群学出版を設立した経緯についてお聞かせ下さい。
私は、大学で英文学を学び、団体職員として勤めたあと、ニューヨークのNew School for Social Scienceで社会学の修士号を取得しました。その後、失業していた時期にWright MillsのSociological Imagination[1959]の翻訳をしたのがきっかけとなって、社会科学系版元の巨流出版の編集長に迎え入れられました。しかし、オーナーが巨流出版を売却し、また失業してしまいました。この時、親交のあった研究者の励ましと協力に後押しされ、第一線で活躍している社会学者たち10数名からの出資を得て、当社を設立しました。この研究者たちは、いずれも、優れた本を書ける実力を持った人達でしたので、当社に対してはお金を出すだけではなく、ここで仕事をしてほしい、とお願いしました。出版という事業を通じて、台湾の学術レベルを引き上げること、そして学術と社会の相互作用を活性化すること。これが当社の理念です。今は、編集長を含め6人の編集者でやっています。

【問】本と論文の違いをどう捉えていますか?
論文は、学者同士のコミュニケーションの媒体ですが、本というメディアには社会性があります。そこが論文と本の大きな違いです。台湾でも、社会科学の専門化が進むとともに、論文中心主義、しかも本数偏重主義となり、社会科学が社会から切り離される傾向が強まっています。学術界の再生産システムが高度に自己完結するようになっています。学者が象牙の塔にこもるのが悪いとはいいませんが、社会科学というのはその社会と深い関わりをもち、社会から栄養を吸い上げて行われる学問です。国からの資金補助も受けているわけです。ですから、その成果は社会に還元されるべきものだと思います。学術研究にとって非常にマズいのは、流行にのって漂流してしまうことです。欧米で流行っているから台湾でもやる。そういう学術研究は危ういと思います。

【問】台湾における出版を通じた「学者と社会の相互作用」についてお聞かせください。
これは、時間を追って話さなければなりません。1980年代後半以降の民主化直後の時期には、学者たちが、新聞等でのコラム執筆を通じて社会に新しい観念をもたらしました。蕭新煌氏が環境運動・環境政策に与えた影響がその好例です。やがて、欧米帰りの若手研究者たちが中心になって学術雑誌『台湾社会研究季刊』を創刊し、新しい公共空間を作り出しました。これらの研究者たちは、学術書の出版にも力を入れました。そのなかから、柯志明氏(中央研究院社会学研究所)の著作のような、後から来る者が必ず越えなければならない「山」、その上に乗っかることになる「肩」ともいうべき傑出した著作が現われました。しかし、10年ほど前から、大学等の昇進システムが制度化され、SSCI対象ジャーナル論文の本数が重要になったことで、状況が一変しました。本が出なくなってしまったのです。これはもう、社会科学者を支配するための何かの陰謀かと疑いたくるくらいですよ(笑)。論文偏重の昇進制度が若い研究者に与えているプレッシャーは非常に大きいです。当社の場合、以前は台湾の学者の著作と翻訳ものの比率はおおまかに7:3くらいでしたが、今は逆転しています。台湾の大学で、理工系に合わせて作られた人事評評価システムが社会科学系にも適用されたのは、災難以外の何物でもありません。

【問】論文本数偏重主義の評価システムの登場によって「原稿が見あたらない」状況になったことに対しては、どのように対応していますか?
「社会書」という新たなカテゴリーを作り出すことで、新しいタイプの著者を創出したいと考えています。具体的には、生き生きとした筆致で書かれた優れた修士論文を一般向けの本に改稿して出す、という試みです。これを通じて、社会に向けて本を書く若い著者を育てていきたい。当社では、執筆中の若い著者たちの勉強会も組織しています。

【問】社会科学の発展に対して、出版業界はどういう貢献ができると考えますか?
群学では、時にコストを度外視しても、一冊一冊いい本を作ってきました。レベルの高い本が出れば、それは後から来る人が乗り越えねばならないハードルになりますよね。そうやってハードルが高くなっていくことで、研究の水準が上がっていきます。群学は、誰でも入ってこられる草地を提供していますが、その入り口には既存研究の水準というハードルがあります。それから、研究者はみな、何かしら自分の夢を持ち、実現したい理念を抱いて仕事をしていると思うのですが、私の仕事は、研究者のそんな欲望を挑発することにあると思っています。しかし、学術出版社の実態はなかなか大変です。台湾の社会科学書の読者は1000人の固定客から成る、という人もいますが、この人数は確実に減っていると思います。また、読者の大部分は大学教員と院生たちで、一般読者はほとんどいません。このような状況のなか、多くの学術出版社が、教科書路線へと後退しています。

【問】どのように本を販売チャネルに乗せていますか? 流通面での工夫を教えて下さい。
台湾で、当社のような専門書を、流通業者経由で一般書店向けに出すと、返本比率がものすごく高くなってしまいます。ですから、当社では仲介業者を通さず、本を直接、書店に発送しています。書店への販路づくりには、様々な工夫をしてきました。例えば、当社が2006年に出した『見樹又見林:社会学作為一種生活、實践與承諾』は定評のある社会学書ですが、当時、この本を授業で取り上げた先生方には、なるだけ(出版社から直接購入する)「団体購入」はしないで下さい、とお願いしました。学生たちが本屋に行き、この本を探すことで、書店が当社に注意を向けるようになる。団体購入とは違って書店にも売上が生じる。書店とのこういう互恵関係を築きたいと考えたからです。結果的にこの本は、当社の販路を開拓してくれました。当社はまた、本のカバージャケットのデザインにも力を入れました。当社が発掘したブックデザイナーは業界の「公共財」となって、後に続く台湾の人文系専門書のカバーデザインの品質向上に大きな役割を果たしました。

【問】群学の出版物のうち、出版社側が企画して執筆を依頼するものと、研究者が原稿を持ち込み、出版を打診するものの比率はどうですか?
現在は圧倒的に後者です。原稿持ち込みは多いです。上でお話しした「本が出ない、本の原稿が見つからない」というのは単著のことで、シンポジウム等を元にした論文集型の本の出版打診は多いです。

【問】そのような「論文集」型の本についてはどのような出版方針ですか?
論文集の出版企画は多いのですが、まとまりに欠けるものはお断りしています。関連の薄い論考は削除するよう、本としての主軸をはっきりさせるようお願いしており、この基準を満たせないものは出しません。

【問】出版にあたって群学が採っているレフリー制度についてお聞かせ下さい。
当社の出版物のうち、「群学叢書」シリーズでは審査制度を採っています。これは「内部審査」「外部審査」の二段階から成り、内部審査では当社の株主である学者たちが、第二段階では外部の研究者らが、査読を行います。私は、編集者を代表して前者に参加します。後者については、学術雑誌の編集委員会に審査者の選定・依頼を委託する「雑誌による代理審査」制度を利用することが可能です。

【問】原稿の選定にあたって何を重視していますか?また、本の出版可否の判断に、学術論文と同じような査読制度を導入することをどう考えていますか?
本の原稿に対して私が重視するのは、本の問題意識の意義と、本全体を貫くorganizing principleの有無、という二つの点です。実は、本と論文の違いを十分に分かっていない学者が少なくありません。論文を寄せ集めれば本になると思っている方がいますが、そういう方の原稿はお断りしています。出版可否の審査に査読制度を採っているのは、高い学術レベルが求められるからです。

【問】日本の学術出版では、本の企画や原稿の出版採否に果たす編集者の役割が大きいのですが、台湾ではこれらが研究者主導で行われていますね。この点をどう考えますか?
それは、研究者が必要とするcredit(信認)を誰が与えられるかの問題だと思います。今の台湾では、学術出版に対する信認は、学術界によって与えられねばなりません。日本でそれとは違う方法が可能なのは、日本の学術界が長い伝統を持ち、学術出版社が能力の高い編集者を多数育成しているからでしょう。日本のやり方はいいなぁと思いますが、台湾の状況は異なります。当社が新しい道を切り開こうとすると多大なコストが発生します。

【問】優れた学術書とはどのような要件を備えたものだと考えていますか?
かつての台湾の社会学関係の書籍は、だいたいが社会学の概念や理論を教科書的に紹介したもので、無味乾燥でした。しかし、社会学は実際には、とても面白いものなのですよ。私の場合には、この点が仕事の出発点ですね。優れた学術書の実例ですが、例えば柯志明氏の本はすでに古典の趣を備えています。その時代を理解する上で最も重要な鍵となる問題をとらえ、非常にsolidな手法で議論を組立て、理論的な問題にも迫っています。謝国雄氏の研究もそうでしょう。陳東升氏(台湾大学社会学部)の『積体網路:台湾高科技産業的社会学』(群学出版、2003年)はマクロとミクロ双方の視点を兼ね合わせた優れた本です。

群学は、翻訳でも先見の明のある選書をしてきたと思いますが、それは、台湾の学術界や社会への意義を意識した本の選定をしているからだと思います。研究方法論の本であっても、社会の現実との接点が必要だというのが私の考えです。

【聞き手】お話をうかがい、群学出版が、台湾の学術エコロジーの革新者であることがよく分かりました。本日はありがとうございました。


【インタビューを終えて】
今回のインタビューで印象的だったのは、話を聞いた3人の専門家が、「社会学者(より広く社会科学者)は、社会の現実の問題と深く対話しなければならない。そしてその成果を、優れた学術研究の成果として、かつ社会に開かれたかたちで発表することを通じて、社会にコミットしなければならない」という理念を共有していたことである。

3人はこの理念をもとに、学術コミュニケーション媒体としての書籍の価値を強調した。出版人である劉氏は、本というメディアの持つ社会性を指摘した。書き手である謝・何氏は、論文とは異なり、研究書には思いがけない非研究者の読み手が現われることを指摘し、その社会的な広がりを示唆した。謝氏・何氏はまた、本の自由度の高さが、「一つの問いに一つの答えを示す」論文のフォーマットでは到底処理しきれない複雑な考察と豊かな材料の提示を可能にすることを指摘した。

3人の専門家の話からはまた、ジャーナルと書籍のあいだに、一方の長所が他方の短所であるような相互補完性があることが浮かび上がった。第1に、論文と本の間には、メディアとしての性格の違いとそれゆえの補完性がある。雑誌論文は基本的に研究者の同業者集団のなかで閉じたメディアであり、その社会的な広がりは狭い。しかし雑誌は、「読者数の見込み」という尺度から相対的に自由な媒体である。他方、書籍には、研究者サークルを越えたより広い読者層を獲得できる可能性があるが5、その刊行には固定コストがかかる。一定数の買い手の存在や、出版補助の獲得といったハードルをクリアーできない場合には、刊行自体が難しい。

第2に、ゲートキーピングの仕組みの違いである。雑誌では、同業者による厳格な査読制度が品質保証システムとして重要な機能を果たしているが、この査読制度は、しばしば著者が「レフリーによってあらぬ方向に連れて行かれてしまう」事態(謝氏)や、「学術上の機会主義」——投稿者が査読者のスタンスや好みに迎合して本来の論旨を改変してしまう事態——(何氏)を引き起こす6。これに対して書籍は、制度的な品質保証のしくみを持たない代わりに、査読システムが持つ同業者ギルド的な拘束から解き放たれた自由度をもつ。本は、研究者の独創性の発揮と、研究者がそのキャリアを通じて見いだしていくべき一貫性(coherence)の追求を可能にする媒体であるといえる。

第3に、知識の社会的な蓄積媒体としての性格の違いである。雑誌論文は、執筆から慣行までのサイクルが短く、「1つの問いに1つの答え」型の単純明快な論述を基本フォーマットとする。これは、知識の急速な蓄積に向いている。他方で、そのような性格ゆえに、雑誌論文は、その時点で流行しているトピックや支配的なアプローチに強く支配される傾向が強く、特定領域での同質的な論文の量産や、支配的なアプローチ・広く関心を集めているトピックから外れた論文の排除といった状況を生みがちである。逆に書籍のライフサイクルは長く、学界の流行に左右される度合いも相対的に低い。

このように考えてくれば、「本か論文か」という問いかけが、本来は無意味なものであることが分かる。研究者は、本と論文の間で二者択一をするまでもなく、一つ一つの研究の性格にマッチした媒体を選べばよいのである。
だが、台湾の現実はそのような柔軟な選択を許さない。就職、テニュアの獲得、昇進、研究資金の獲得といったあらゆる局面で、雑誌論文(より具体的にはSSCI,TSSCI対象ジャーナル)の刊行篇数が問われ、単著の刊行や共著書籍の分担執筆への意欲は著しく挫かれている。

このような台湾の雑誌論文偏重主義の背景の一因として考えられるのが、限られた学術資源(大学・研究機関のポスト、研究資金)をめぐる研究者間の競争の激しさだろう。厳しい競争が、評価基準の計量可能性、比較可能性といった「わかりやすさ」を要請し、これが指標化になじみやすい論文の篇数至上主義を生み出している。今回話を聞いた3人に限らず、台湾の社会学関係者らは一様にその弊害を認識している。また、限定的ながらも、評価基準の多様化に向けた改革も始まっているという。しかし、強固に制度化された現行システムを改めるのは容易ではない。

台湾に限らず、日本を含む東アジアの人文・社会科学の学術界では、計量可能、比較可能な基準に基づく競争主義が急速に広がっている。だが、社会科学においては、テーマやアプローチの多様性や独創性こそが重要な価値である。学界の流行や支配的なアプローチとは遠くはなれた、一見周辺的に見える領域からこそ、しばしば新しい視角、新しいアジェンダが生まれうる。短期の競争主義がもつ「分かりやすさ」の誘惑にとらわれず、多様なテーマが多様なアプローチから分析される自由闊達な「草地」(劉鈐佑氏の言葉)をいかに作り出せるのか。社会科学に関わる者の知恵が問われている。


脚 注
  1. 学術出版における「ゲートキーピング」の機能については佐藤郁哉・芳賀学・山田真茂留『本を生み出す力 学術出版の組織アイデンティティ』(新曜社,2011年)が参考になる。
  2. 劉仁傑(2010)「台湾における英文ジャーナル論文中心主義の興隆とその影響-『日本留学組』の苦悩」『アジ研ワールド・トレンド』No.178  7月号。
  3. 佐藤幸人(2012)「台湾における研究体制の整備とコア・ジャーナル」『アジ研ワールド・トレンド』No.198 3月号。
  4. ①Shieh, Gwo-Shyong, 1992, "Boss" Island: The Subcontracting Network and Micro-Entrepreneurship in Taiwan's Development, New York: Peter Lang. ②謝國雄[1997]『純勞動:台灣勞動體制諸論』,中央研究院社會學研究所籌備處。③謝國雄[2003]『茶鄉社會誌:工資、政府與整體社會範疇』,中央研究院社會學研究所,④謝國雄[2013]『港都百工圖:商品拜物教之實踐與逆轉』(All Walks of Life: When Workers of Kaohsiung City Encountered Commodity Fetishism),中央研究院社會學研究所。
  5. インタビューのなかで謝氏と何氏は,自著に思いがけず研究者以外の読者(NGOや労働運動の関係者ら)が現われた経験を語った。
  6. 謝氏がインタビューの中で語ったように,レフリー制の意義が「『この発見はねつ造されたものではない』『この研究のオリジナリティは,確かにオリジナルなものである』ことを,専門家がチェックすること」ことにあると考えるなら,「学術上の機会主義」は,査読が制度本来の趣旨を逸脱するとによって生じるといえよう。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。