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ハノイ市内の交通状況—暮らしの中から—

海外研究員レポート

ベトナム

2013年7月発行
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初めてベトナムのハノイに赴任したのは1999年3月~2001年3月のこと。あれから12年の歳月が流れた。2008年5月29日、第12期第3回国会でハノイ市と関連諸省の行政区域調整についての決議が可決された(同年8月1日発効)。これにより、ハノイ市の行政区域が拡大され、フートォ省に組み入れられたバーヴィー県タンドゥック社(社は農村部の行政末端単位)を除き、ハータイ省はハノイ市と統合された。ヴィンフック省メーリン県、ホアビン省ルオンソン県に属していた4つの社も同様である。現在では面積3328.9km2、人口669万9600人(『2011ベトナム統計年鑑』59ページ)で、ハノイ市は2001年時と比べて面積で約3.6倍、人口で約2.4倍となっている。

日々の生活上、行く必要がある場所にどのような手段で移動するかは、どの国、土地に住もうと日常の重要課題のひとつである。どの手段についても長所、短所があり、人々は自身が置かれた環境・状況、条件、必要に応じて手段を選ぶことになる。ベトナムでも日本と同様、毎日といっていいほど、新聞、テレビなどで交通関連のニュースが報道されている。

ハノイ市内では、多数派のバイクの中を4輪自動車が行き交い、赤色、黄色、白色が基調の市バス(ハノイ都市交通管理・運営センター)が存在感を発揮するようになっている。タクシーは百花繚乱の様相を見せ、セーオム(バイクタクシ-)もところどころで踏ん張っている。自転車の姿も消えていない。ただ、かつては庶民の足であったシクロ(人力車)を見かけることは、観光用のものを除いてほとんど無くなった。

バイクでの通勤途中、帰宅途中の人たちを見ていると、真剣な顔が目立つ。転倒したり、衝突したりという事故は毎日のように見かけられる。運転手や、後部座席に座る人の中には明らかに出産を間近にひかえている女性もいて、時にハラハラさせられる。前回赴任時にはヘルメットを着用している人はほとんどいなかった。しかし、強度の不十分なヘルメットの流通が問題になっているものの、今ではほとんどの人がヘルメットを着用するようになっている。ハノイ市では、たとえば2007年12月に同市人民委員会がヘルメット着用運動を発動するなど、その普及に努めてきた。多くの運転手において安全に対する関心が高くなっているのではないかと思われる。また、かつては見られなかった「高架橋」が、交通量の多い交差点で敷設されるなど、交通渋滞緩和、道路事情の改善に向けた取り組みも進められている。

市内交通の主な手段を整理すると、自身が交通手段を運転する場合、金銭を媒介として交通手段に乗車する場合、そして徒歩がある。自身が運転する交通手段の主なものには、自動車(4輪、3輪、2輪含む)、自転車(電動含む)。そして金銭を媒介として乗車する交通手段には、バス、タクシー、セーオム、運転手付きの自家用車、借り上げ自動車などがある。以下、現段階で筆者が移動手段の選択肢としている徒歩、バス、タクシー、セーオムについて順をおって述べることにしたい。

徒歩の場合、歩道には時に穴が開いていたり、でこぼこがあったりするが、マイペースで移動しやすい。カフェや路上のお茶屋さんが所々にあり、休むこともできる。しかし、信号機や横断歩道の有無に関わらず、4輪自動車やバイクが行き来する道路を横切る必要がある時には、やはり神経を使う。道路に踏み出すタイミングをはかり、運転者にこちらの存在を知らせつつ、動きが予想しやすいように気をつける。お年寄りや、ハイヒールを履いた若い女性たちも、それぞれの間合い、方法で安全を図っているようだ。片手を前方に出し、小刻みに揺らして自分の存在を運転者に伝えながら道路を渡る人の姿も見られる。歩行者による道路の横断については、ハノイ市ではなくホーチミン市内の状況についてであるが、『タインニエン』紙(2013年6月3日付)が「誰も歩行者に道を譲らない!」との記事を掲載するなど、交通問題の課題のひとつとして啓発に努めている。こうした問題については、横断歩道橋を設置するなど、少しずつ対策が実施されている。

冒頭に記したように2008年8月1日以降、ハノイ市の行政区域が拡大された。それからわずか5年ほどしかたっていない。しかし、ハノイ市内を走るバスは、すでにほとんど市内全域をカバーしている。番号ごとに路線が定められており、筆者の観察の範囲では、市内都市部を走る際の時速は20kmほど。バス停の設置場所の都合上あちこち回る必要があり、時間はかかる。また多少の揺れもあるが、通常乗車時に5000ドンを車内にいる車掌さんに支払った後は、身を任せていれば目的地もしくは目的地のそばに着くことができる。優先席の設置やホットライン(何か問題があった時の連絡先)の掲示も見られる。乗客がお年寄りや妊婦、体の不自由な人たちに席を譲る光景もよく目にする。乗客の乗車時、降車時のバスの初動が早すぎて、妊婦やお年寄りが安定した場所を確保する前に動き出し、ハッとさせられる場面も時にはあるが、概ね安全である。市バスに関連して公共交通という点では、現在ハノイ市では8つの都市鉄道敷設計画(総距離318.6km)が承認されている。このうち53.36km分について設計、資金出資のよびかけプロセスが先に進んでいる。ちなみにホーチミン市では2018年にベトナム初の地下鉄が操業開始される予定という(『トイバオキンテーベトナム』紙2013年5月29日付)。

タクシーも重要な交通手段のひとつである。116のタクシー関連企業がハノイ市内に存在する(『ティエンフォン』紙2013年5月28日付)。筆者が思いつくだけでもマイリン、セーペー、エービーシー、ザウヒー、タインガー、モーニング、タインコン、バーサオ、ソンホン、フンヴォン、ヴイアイシー、サオハノイ、ミーディン、フードン…と多種、多数のタクシーが市内を走る。時には少し遠回りをするケースもあるが、日中利用するタクシーの場合、真面目な運転手が多く、ほとんど大丈夫である。ただ、まれかつ極端なケースであるが、少数民族の人が料金25万ドンのところ250万ドンを取られた、オーストラリア人夫妻が移動距離7kmで100万ドンを支払わされた、などというケースも伝えられている(『ティエンフォン』紙2013年5月28日付)。言葉の発音などで相手がよそから来た者と分かったり、乗車時刻が遅かったりすると、こうしたことが誘発される可能性があるようだ。料金計に細工をするというというケースもあるという(『ティエンフォン』紙2013年5月28日付)。時に遠回りをしたり、という背景には、運転手の生活がそれほど楽ではないこと、タクシー間の競争が激しいこと、管理が十分行き届いていないこと、などがあると考えられる。最初の点に関連しては、ハノイで働く運転手にはハノイ市以外の出身者も多いという。売り上げから会社へ納めるお金だけでなく、自身が客待ちする場所によっては、そのために出費することもある。また、時には会社の自動車を購入する形で勤務する人もいるという(『ティエンフォン』紙2013年5月29日付)。2点目、3点目については、上記のように多くのタクシーが市内を走っていれば自然に競争は激しくなるし、そうした状況を管理することは容易ではない。ホアン・ヴァン・マイン・ハノイ市交通・運輸局副監査長によれば、ハノイ市では、既存企業を整理し、より大きな規模の会社を形成する方向で取り組みを行っている(『ティエンフォン』紙2013年5月29日付)。

タクシーを利用する側としては、過去の経験、土地の人の話から使用するタクシーを決めておく、ホテルなどしかるべき場所に出入りするタクシーをあらかじめ確認しておく、似た配色の車体も多いのでしっかりと会社名を確認した上で乗車する、ルートをあらかじめ指定するなど、ある程度の備えをしておくことも大切だと思われる。

最後に、セーオムについては、最近客引きの際の粘りは以前ほどではなくなっている。市バスの普及、タクシーの増加など、移動手段の増加、多様化の影響が背景のひとつにあると思われる。セーオムは小回りがきくため、たとえば約束の時間まで時間的に余裕がない時などに、筆者は価格の交渉をほどほどにして使用するようにしている。

これまでハノイ市内の交通事情の一端を紹介する目的で文書をしたためてきた。日本全国で交通問題が課題とされているように、ベトナムでもスピードの出し過ぎ、荷物の過積載、道路状況などを原因とする深刻な交通事故が後を絶たない。交通問題は、ベトナム国民、ベトナムで暮らすすべての人々の日常生活上の課題である。ベトナムでは、グエン・スアン・フック副首相を委員長とする全国交通安全委員会が中心機関のひとつとなって取り組みを行っており、2012年には2030年を視野にいれた2020年までの交通安全秩序保全国家戦略をグエン・タン・ズン首相が承認した。他方、クァット・ヴィエット・フン交通・運輸省運輸部部長代理によれば、運輸管理に関する法律文書体系はかなり整備されてきているが、その実施が未だ十分にできていない状況にあるという(『トイバオキンテーベトナム』紙2013年6月18日付)。ベトナムでは、公共交通網、道路網の建設、整備が積極的に進められているだけに、バリアフリー化、歩道の整備も含めて、交通安全、交通事故防止対策、事故発生後の迅速な人命救助体制の整備の分野で、着実に成果を上げていくことが期待される。

【付記】ベトナムで長年ご活躍され、考古学の分野で多くの功績を残された西村昌也氏が2013年6月9日、ハノイ市郊外で起きた交通事故により逝去された。お会いしたことはなかったが、ベトナムの方から悲しみを伝えられ、先生のすごさがよく理解できた。先生のご冥福を心からお祈り致します。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。