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気候と経済発展 —西欧の環境は本当に過酷か—

海外研究員レポート

スウェーデン

2013年5月発行
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成功例研究の問題点
Lambert(1971)は、経済学者による経済発展に関する研究のほとんどは、発展の要因に重点を置いていると指摘した。これは今でも通用する主張である。それどころか、多くの研究分野で見られる傾向と言っても良い。例えば、地理学における環境決定論(または環境可能論)や政治学における国家建設に関する研究なども基本的に発展が起きる要因、またはメカニズムに焦点を当てている。中には発展途上国や弱い国家の研究に関するもののように、発展を妨げる要因に関する分析もあるが、基本的に成功例における要因との対比に過ぎない。Lambert(1971)はこのようなアプローチが取られる理由の背景に、何か特別なことをしなければ経済は停滞するという想定があると説明している。さらに一旦蓄積された技術や知識は簡単には失われないため、阻害要因がなければ経済は発展をすると考える方が自然とした。これまでの多くの成功例アプローチに有用な見識をもたらしてきたことは間違いないことである。しかし成功例に着目するアプローチでは、少なくても次の二つの問題点が存在する。まずもっとも大きな問題点が、経済の停滞している国(経済)特有の阻害要因が、見過ごされることである。言い換えれば、経済が発展した国の分析では、発展途上国特有の問題が見えてこない。もう一つは、発展の要因が仮に分析をした成功例にしかできない場合、その見識は後発国にとって参考にできないことになる。

Lambert(1971)は、発展の阻害要因の一つとして、気候を挙げた。具体的には温暖な気候が寄生虫を発生させ、そして、寄生虫被害が経済発展を妨げたという。温暖化が問題となっている近年では、同じく気温と経済発展に着目する研究が増えている。変化の幅に違いはあるものの、これらの研究では気温が何度増加すれば、経済成長率が減少するというのが、ほぼ一致した結果が得られている。本現地情勢報告では、阻害要因としての気温に時間コストの概念を導入し、気候と経済発展の関係を考察する。財を動かせばその一部が溶けるという空間経済学の輸送コストの概念を借り、時間の経過と共に溶けて行く財の一部を時間コストとする。気候以外の条件が同一の二つ国家がある場合、温暖地域では時間コストが高いため、時間の経過と共に気温の寒冷地との富の格差が広がって行くというのが、仮説である。他の条件を同一との仮定から分かるように、気候決定論を構築しようとするのではない。気候条件を発展の阻害要因の一つのと捉え、これを温暖地域の停滞、さらには成功例である西欧の発展を考察することが目的である。

寒冷な西欧の気候は時間コストが低くなる
本稿でいう西欧は、大雑把にEU諸国と定義する。この約1年半、私は西欧の中でも北欧という環境がもっとも過酷とされる地域で研究をしてきた。しかしこれまでのもっとも大きな期待はずれは、環境が過酷ではないことである。温暖地域との比較ではあるが、経済発展にとっては、むしろ好環境だと感じるのである。農業、非農業と具体的にこの考え方の根拠を示す前に、生活における気温について、いくつかの事実を整理しておきたい。人間にとって最適と思われる気温がある。購買力に余裕のある家庭の室内ならば、寒冷地では暖房、温暖地域では冷房があることがその根拠である。しかし温度をさげることは上げることよりも遥かに難しい。気温が氷点下の地域でも、自然のマキで簡単に温度を上げられる。原始的なコンロでも1000度、それによって室温を快適な水準に上げることは、難しくないのである。しかし温暖地域で、室温35度を例えば25度に下げるのは、原始的な方法では極めて難しい。食料の保存に気温0度の空間が必要でも、原始的な方法で達成する術はないのである。つまり気温を約1000度上げるのは、約30度を下げるよりも遥かに難しいのである。もっと言えば、人間にとって令は温を兼ねるのである。

寒冷な気温が経済活動にとってプラスな理由をまず農業から見てみたい。温暖地域では、例えば収穫した農作物は長持ちをしない。高い温度が微生物の活動を活発化するため、食物の分解がより早くなるのが理由である(Tirado et al.[2010])。他にもアリ、ハエなどの虫に食べられる被害も大きい。主食のコメは比較的に長期間保管できるが、それでも全量ではない。近年コメの生産が増えたアフリカのベニンでは、貯蔵米の害虫被害顕著になってきている(Togola[2013])。例えば、南部では6カ月で重量が5%以上減るという。またこの重量減率は中部では約4%、北部では約2%と減少していく。保管料などを無視しても、この例ではコメの1年の時間コストが約4%から約1割ということになる。イモ類はこれよりも時間コストが高いことは容易に想像できる。野菜についてはその1年の時間コストが100%であり、1年間の保管がそもそもできないのである。しかし西欧では状況が異なる。西欧でもほとんどの地域で夏に農作業が可能であるが、次の収穫まで十分な量さえ生産できれば、地下貯蔵により食料に困らないのである。私は秋にスウェーデンに来たが、気温がもっとも高いスコーネ地方でも八百屋が野菜を地下貯蔵どころか、室外に保管していた。食べ物以外にも例えば主要な建材の一つである木材も、同様な理由である、温暖地域の方が、時間コストが高いのである。

機械や電気・電子機器でも極度な低温でなければ気温は低い方が良いのである。ほとんどの機械や電気・電子機器は作動すれば熱を放つ燃料や電気をエネルギー源としているからである。冷却機能は言わば必要不可欠である。しかし気温が常に高くない環境であれば、これらの機能を部分的に省くことも考えられる。例えば、私が1980年代住んでいたラオスにはテレビなどの電化製品が、気温がより低い東ヨーロッパから輸入されていた。しかしこれらのテレビは扇風機を後ろからつけながら見なければならなかった。視聴中に高温による故障が相次ぎ、低い温度での使用しか想定されていないということが分かったからである。機能を付け加えればコストが高くなるのは当然である。これも同じ効用を得るために温暖地域ではより高いコストがかかる一例である。

気温の変化と経済成長の関係に関する学術的な研究成果もある。Tol(2009)の先行研究のレビューでは、温度が1度上がれば、経済成長率は約0.36%から約5%減少する幅の広い推計結果示されている。もっとも保守的な結果である1度0.36%減少を、平均気温差が10度のその他条件が同一な2カ国で単純計算する場合、100年後GDPの差が約34倍である。都市国家や新規加盟国を除けば、2000年のEU諸国の一人当たりGDPは約25000ドルだが、これをASEANの非都市国家と比べれば、ミャンマーの約163倍、ベトナムの約62倍、インドネシアの約32倍、タイの約12倍、マレーシアの6倍である。その他条件も存在することを考えれば、より詳しく検討することに値する推計結果と言える。

気候の影響は温度だけではない
その他条件が違いすぎるEUとASEANを比較するのは、適切ではないとの意見があるかも知れない。しかしその他条件をコントロールしても時間コストの影響は確認できる。日本、韓国など北東アジアの工業国は、政治、経済、社会の仕組みがEUに近いが、気候条件がおなじではない。日本の工業化の開始は、イギリス、フランスやドイツより後になる北欧を含むその他国よりは早かった。日本、韓国とも北半球に位置し、冬には雪も降り一見同じに見えるが、高温多湿がその大きな違いである。湿気も気温と同様、農産物の腐敗を早くする。特に高温と湿気が同時に発生する場合にその影響が大きくなる。湿気は機械や電気・電子製品にとってもよくない。このような気候条件を根拠にまず北東アジアの時間コストは、西洋より高いと考える。この時間コストの影響は同じ努力で達成できる生活水準の違いに現れていると私は考える。努力の指標と捉えられる統計の一つは働く時間である。Winston(1966)によれば、日本の1961年における就労時間は1週間に約51時間であった。しかし一人当たりGDPは約45時間のフランスと同じく敗戦国である西ドイツの半分に過ぎなかった。西ドイツも第二次世界大戦の敗戦国であった。2011年の統計でも韓国(年間2090時間)、日本(年間1720時間)はフランス(年間1476)、ドイツ(年間1413時間)を大きな上回る 。変動相場制や為替レートに大きく動かす金融政策が多用されている近年では、ドルでの比較ははっきりした違いが分かりにくいが、生活水準が同じぐらいとしよう。 しかし飲食店での打ち合わせ、時間外就労の慣行などから、国際的な就労時間統計では東アジアの場合、過小評価はあっても過大評価は考えられない。西欧では逆に反対の可能性が高い。時間コストの違いから、同じぐらいの生活水準を達成・維持するために東アジアは、西欧よりも大きいコストをかけているというのが、私の観察結果である。

参考文献
Lambert,L. Don [1971],“The Role of Climate in the Economic Development of Nations”, Land Economics, Vol.47, No.4 (No.,1971),pp. 339-344.
Tirado, M.C.,R. Clarke, L.A. Haykus, A. McQuatters-Gollop and J.M. Frank [2010] “Climate Change and Food Safety: A Review”, Food Research International, 43 (2010), pp. 1745-1765.
Togola, A., P.A. Seck, I.A. Glitho, A. Diagne, C. Adda, A. Toure and F.E. Nwilene [2013], “Economic Losses from Insect Pest Infestation on Rice Stored On-Farm Benin”, Journal of Applied Sciences, 13, pp. 278-285.
Tol, Richard S. J. [2009], “The Economic Effects of Climate Change”, Journal of Economic Perspectives, Vol. 23, No 2 (Spring 2009), pp. 29-51.
Winston, Gordon C. [1966], “An International Comparison of Income and Hours of Work”, The Review of Economics and Statistics, Vol. 48, No. 1 (Feb., 1966), pp. 278-285.



脚 注
  1. OECDの統計ウェブサイト(http://stats.oecd.org/)。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。