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台湾:第4原発に関する国民投票は実施されるのか?

海外研究員レポート

台湾

2013年4月発行
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2013年2月25日、江宜樺行政院長(首相)がいわゆる「第4原発」(龍門原子力発電所)の建設中止の是非について国民投票に問う意向を表明した。しかし、国民投票の提起は馬英九政権が建設中止に傾いたことを意味しない。台湾では国民投票が成立する要件が高く、江宜樺行政院長は国民投票の不成立を狙っているという見方が多い。「建設続行」ではなく、あえて「建設中止」の是非を問うとしたからである。

とはいえ、台湾でも福島第1原発事故の後、原発に対する風当たりが強まっている。3月9日には台湾の主要都市で反原発デモが開催され、合計で20万人の参加者を集めたと報道された1。与党国民党内部ですら、第4原発の建設中止に傾く政治家も少なくない。本稿では、原発をめぐる議論と国民投票制度の問題点について述べる。

なお、日本では国民投票と住民投票とに分けることが多く、本稿でもこれに従う。ただし、国民・住民投票に相当する英語は、いずれも「レファレンダム」(referendum)である。台湾でも「レファレンダム」の訳語である「公民投票」と呼ぶ場合が多く、あえて区別する必要が有る場合にのみ国民投票を「全国性公民投票」、住民投票を「地方性公民投票」と呼んでいる。

原発をめぐる経緯
龍門原子力発電所は国民党の李登輝政権末期に建設が開始された。台湾では既に3つの原発があることから、龍門原発は「第4原発」と呼ばれている。2000年5月には同原発の建設中止を公約に掲げていた民進党の陳水扁政権が発足し、公約通り建設中止の方針を打ち出した。一方、立法院では当時の野党国民党が過半数を占め、建設中止に反発して陳水扁政権との対決姿勢を強めた。このため、陳水扁政権は同原発の建設中止を撤回せざるをえなかった。2008年の政権交代で発足した国民党の馬英九政権は第4原発の建設と早期の商業運転開始を目指してきた。2011年の東日本大震災後の福島第1原発の事故を受け、台湾でも原発見直しを求める声が高まったが、馬英九政権は福島第1原発事故の直後においても、当初は原発の運転継続を主張した。

総統選挙(2012年1月投票)キャンペーンでは、蔡英文民進党主席(総統候補)が脱原発をうたった。しかし、選挙では対中関係など他の議題もあったほか、馬英九政権も一定の譲歩を示し、大きな争点になることを防いだ。2011年11月、馬英九総統は金山原発(第1原発)、國聖原発(第2原発)、馬鞍山原発(第3原発)については、予定していた寿命延長を断念する方針を示し、特に第1、第2原発はこれで数年後に運転終了とすることになった2。これには第1原発の原子炉が福島第1原発と同型(GE社製MarkⅠ)、第2原発はその改良型(MarkⅢ)であるという事情があった。また完成間近な第4原発については「設計が新しく、安全性も高い」と述べつつ、商業運転の開始時期を遅らせ、安全性の万全を期すこととした。

総統選挙は現職の馬英九総統の勝利に終わった。選挙終了後の政治的な話題は電力料金の値上げや社会保険の改革などであった。台湾電力は経済部管轄の国営企業である。馬英九政権は、台湾の電力料金がアジアで最低水準にあり、また近年は燃料費の高騰により台湾電力の赤字が続いていることを理由に電気料金の値上げの方針を発表した。燃料費の高騰を考えた場合、その影響を受けにくい原発の削減を同時に行うべきかは議論が必要なはずである。しかし、台湾の世論や経済界は、ただ電気料金の値上げに強く反対した。民進党も値上げよりも、台湾電力の経営体質を改善ことが先決であると政府を批判した。このため、馬英九政権は5月に値上げを工業用で3~4割としつつ、家庭用では1~2割にとどめた上で、その実施も段階的に行うとの譲歩を迫られた。また、台湾電力の陳貴明社長は事実上の引責辞任に追いやられた。

このように、原発問題は潜在的な政治問題ではあったものの、今年に入るまでの間、顕在化せずに推移してきた感がある。2012年後半は社会保険をめぐる問題が政局を騒がせたことも、第4原発問題がクローズアップされにくかった要因かもしれない。しかし、2013年に入って、馬英九政権は社会保険改革を提示したことで、この問題が一段落したと考えたようである。1月31日に陳沖行政院長の辞意表明が行われたことは、そのためであろう。

一方、民進党では、呂秀蓮元副総統が2012年中から第4原発をめぐる住民投票を新北市で行うことを主張していた。新北市議会は2012年6月に独自の「新北市国民投票自治条例」を制定しており、呂秀蓮元副総統らはこれに則って早い時期に住民投票を提起する予定であった。ところが、蘇貞昌民進党主席は1月21日に、第4原発問題を来年2014年の統一地方選挙の争点とすることを願い、住民投票を統一地方選挙と同時に行うべきと発言した。この発言は反核運動を行う団体やその幹部から「軽率」と批判を受け、民進党内でも蔡英文前主席も「(第4原発の建設を止めるには)手遅れになる」と述べた。国民党の立法委員団を率いる呉育昇立法委員までもが「投票を行うなら2014年まで待たず、今年やればよい」と蘇貞昌発言を揶揄する有様であった。このため、蘇貞昌主席は「時期は反核団体とも相談する」と釈明に追われた。このように、民進党は第4原発を政治問題として取り上げようとしていたが、後の世論の盛り上がりと比べると、本腰の入ったものではなかったように思われる。

江宜樺行政院長が第4原発問題を国民投票にかけるべきだと発言したのは、こうした民進党側の緩みを突くものであった。ただ、後述するように、この江宜樺行政院長の戦術も正解だったとは言い難い。

台湾の原発事情と世論
台湾は日本と同様、地震多発地帯にあり、原発もすべて海岸沿いに立地している。そのため、台湾でも津波によって原発が被害を受けるリスクが指摘されている。また、台湾の南端・屏東県から高雄市などへ電力を供給する第3原発を除き、台湾の原発はいずれも首都・台北市を取り囲む新北市(旧台北県)に立地している。新北市自体も台湾で最も人口が多い地方自治体で、台北市や基隆市とともに台湾最大の都市圏を形成している。深刻な事故が起きた場合には台湾最大の都市圏が非難区域に含まれてしまい、社会的な影響は福島第1原発事故よりも遥かに大きくなるリスクがある。

このような一見無謀な原発の立地が行われた理由には台北市など北部における発電能力の不足と、これを補うための中部からの北部への送電網に迂回ルートが用意されていないことがあげられる3。そのため、送電網が切断された場合のリスクを緩和するには、北部での電力需給バランスを改善するしかない。実際、1999年に発生した921大震災では送電線の切断により台湾全土で大規模な停電が発生し、その後も北部では電力不足のため計画停電を余儀なくされた。

福島第1原発事故はこうした台湾北部における原発立地のメリットよりも、デメリットを意識するきっかけとなった。たとえば、隔週誌『財訊』が山水民意調査に委託して行った世論調査4では、回答者のうち、77%が第4原発の建設に反対であった。これは「原発そのものに反対する」52%と、「原発には賛成だが、第4原発には反対する」25%を合計した数字である。なお、後者の25%には北部在住者や女性が比較的多いという(割合は不明)。この質問の結果とは「第4原発に反対」した回答者の合計に相違があるが、別の質問では23%が「従来から原発に反対」であったが、49%が「福島での事故の後、原発への疑問を持ち始めた」との結果が出ている。

ただし、先にも述べたように2011年における電力料金値上げへの抵抗を見ると、台湾の世論が一貫して原発問題を最優先に考えていたとも思えない。また、最初の質問で第4原発建設に反対した回答者のうち、73%が緑陣営の支持者だということである。青陣営支持者に限ってみると、56%は「第4原発に追加投資を行い、海外の専門家の評価を受けた後、建設続行するべき」と答えている。このように第4原発への賛否はある程度、政党支持との関連が見られる。

とはいえ、原発反対が世論の多数を占めつつあることは、与党国民党にも圧力となっている。3月4日には、国民党に所属する朱立倫新北市長が野党民進党よりとされる『自由時報』のインタビューに応じ、第4原発への賛否表明を避けつつも、「安全性や廃棄物の処理といった問題点を解決できなければ、原発を用いるべきではない」と述べた5。20日には新北市議会において、第4原発の建設中止を求める決議案が民進党議員によって提案され、これに国民党議員からも賛成が出たため可決された。同様の動きは22日に台中市議会、25日に基隆市議会でも起きた。さらに、21日には国民党所属の郝龍斌台北市長が第4原発の建設への反対を明言した。慌てた江宜樺行政院長は25日に郝龍斌、朱立倫および基隆の張通榮市長(いずれも国民党)と会談した。しかし、郝龍斌市長はここでも江宜樺院長に「国民投票を実施せずとも世論の意向は明らか。建設を中止すべき」と迫ったと言われ、26日にも公の場で同様の発言を繰り返した。25日には、同党所属の胡志強台中市長が「国民投票が成立し、建設中止の提案が通過した場合は、政府はこれに応じるべき」と発言した。事実上、国民党の政治家も建設反対に傾き、馬英九総統や江は与党内でも孤立しかねない状況に陥っている。

台湾における国民投票の歴史と制度的な問題
日本では国民投票が憲法でも言及された制度でありながら、その実施法の制定2007年まで遅れた。台湾でも、中華民国憲法の本文第17条において「人民には選挙、罷免、イニシアティブおよび承認(複決)の権利がある」と定められており、特に承認の行う手段として国民投票が想定されるはずである。しかし、1990年代に民主化した後も国民投票の実施法は制定されなかった6

「レファレンダム」によく似た概念として「プレビシット」(Plebiscite)がある。レファレンダムが体制内の手続きであるのに対して、プレビシットは既存の体制に依拠しない、あるいは依拠する体制がまだない場合に行われる投票を指すことが多い。また、領土変更のための手続きとして行われる投票もプレビシットとされることもある。後述する民進党や陳水扁政権が主張した国民投票には、独立や新憲法制定と関係するものが有り、これらはプレビシットの要素を持っているといえる。しかし、中国語はレファレンダムとプレビシットを区別していない。そのためか、中国のほか、台湾の国民党もかつては「公民投票」を台湾独立と結びつけ、中国との緊張を招くなどと危険視してきた。

台湾における国民・住民投票の実施法である「公民投票法」の制定は、2003年まで待たねばならなかった。当時の陳水扁政権および与党民進党は、台湾の現状変更(統一や独立)あるいは新憲法制定7のほか、第4原発の建設中止など様々な問題と絡めて、国民投票に言及してきた。野党となった国民党は当初、こうした民進党の主張に反対したが、民主主義の手段を真っ向から否定し続ける事もできなかった。そのため、陳水扁政権が提示した「公民投票法」に対案を出して、その骨抜きを図ろうとした。

その結果、台湾の国民投票には、制度上大きな問題を抱えることになった。以下は、国民投票を中心に述べる。なお、住民投票も国民投票と同じ「公民投票法」および、各地方自治体が同法に準拠して制定した条例を根拠法としている。そのため、住民投票についても国民投票と同様の問題が多い。
第1に、国民投票の成立、案の承認に係る要件が非常に厳しい。国民投票が成立するには、有権者の2分の1以上の投票が必要である。その上で、投票数の2分の1以上の賛成が得られた案が「承認」される。もし、賛成が多数であっても、投票率が50%より低く、成立要件を満たさない場合は、投票案は承認されたことにならない。

そのため、投票案に反対であれば、投票を棄権することで、投票の成立を阻止するというインセンティブが働く。というのも、わざわざ反対票を投じれば、むしろ投票の成立に貢献し、賛成派を利することになるからである。台湾では総統選挙や立法委員(国会議員)選挙などでの投票率が7割強に達するが、国民投票では投票が低く、未だ成立したことがない(住民投票では成立、承認の事例がある)。

第2に、投票案が成立しても、その結果が尊重されるとはかぎらない。「公民投票法」にはその結果がもつ法的な効力についての規定がない。憲法改正案の承認に関しては憲法修正条項に定めがあるが、憲法改正は「公民投票法」制定後まだ実施されていない。それ以外の国民投票についてはその結果をどう扱うのか別途立法が必要になるが、過去、2004年と2008年の総統選挙と同時に実施された国民投票ではそうした措置が取られて来なかった8
 
今回の国民投票の行方
江宜樺行政院長が国民投票に言及し、あえて政権の政策について民意を問うという冒険にたのは、彼や馬英九政権なりの計算があったと思われる。それは、第1に第4原発の地元である新北市での住民投票より、当事者意識の少ない有権者を多く含む国民投票の方が成立、承認される可能性は低い。第2に自らに有利な投票案つまり第4原発の「建設続行」でなく、「建設の中止」の是非を問う投票案に持ち込むというものである。江宜樺行政院長は「原発の建設は中央の管轄事項であり、地方での住民投票に諮るべきではない」と述べた。また、中央選挙委員会は3月12日付けで、「同一の問題を国民投票と住民投票を同時に実施することは出来ない。その問題の管轄の所在がどこにあるかは、行政院において吟味される」とする声明を出した9

その一方で江宜樺行政院長は、従来認められて来なかった不在者投票を国民投票で可能とする提案を行い、民進党側をなだめようとしている。しかし、不在者投票を認める場合でも、台湾の場合、海外での投票は憲法上認められない。そのため、不在者投票を実施しても、投票率がどの程度上がるかは疑問がある。いずれにせよ、台湾の国政選挙における投票率は7割強であり、世論の7割が第4原発の建設中止に賛成対しているものの、今回の投票案が成立要件を満たせるかは予断を許さない。先に紹介した『財訊』誌に掲載された世論調査では、「投票に必ず行く」が45%、「おそらく行くだろう」が26%で、両者を合計して71%となる。「おそらく行くだろう」と答えた人が実際での投票では棄権する割合が高ければ、投票は未成立に終わる可能性も高くなる。

いずれにせよ、今回の投票はまだ正式に提案されておらず、投票で問われる内容についても今後変更される可能性もある。また、本当に国民党の馬英九政権が国民投票の実施に突き進むかどうかも分からない。郝龍斌台北市長のように国民投票を実施せずに、行政院の判断で第4原発の建設中止を求める声もある。郝龍斌市長は民進党の陳水扁政権において、所属政党(当時は新党所属)が違うにもかかわらず、環境保護署長(環境問題担当閣僚)に就任し、陳水扁政権が国民投票の実施に向けて動いたことを不満として、同署長を辞任した人物である。彼は環境を重視する政治家であると同時に、李登輝政権において保守派と目された軍出身の元行政院長郝柏村の息子でもある。国民党自体についても、馬英九総統が選出された2008年の総統選挙では、2つの案に関する国民投票も同時実施され、そのうちひとつは国民党が提案したものであった。それにもかかわらず、当時の呉伯雄国民党主席はあえて有権者に国民投票のボイコットを呼びかけた。こうしたことを考えると、馬英九政権がこのまま、国民投票実施に持ち込むとは言い切れない。

国民・住民投票は、有権者の意向を直接伺う民主主義の重要な手段である。残念ながら台湾では、民進党も国民党もこれを十分に尊重してきたとはいえない。今回の江宜樺行政院長の発言も、制度を逆手に取った政治戦術である。しかし、2008年と違い、国民党は有権者の反発を受けずに、国民投票から撤退する事は難しい。唯一の退路は、第4原発の建設続行という自らの政策を諦める以外にない。江宜樺行政院長は民進党の緩みを突いてみたものの、早くも手詰まりに陥ったのかもしれない。


脚 注
  1. 「20萬人 上街喊廢核」『自由時報』2013年3月10日。
  2. 「穩健減核,邁向非核家園」総統府ウェブサイト(http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=1103&itemid=25784&rmid=2780
  3. 台湾の送電線図は以下URLにあるファイルの 「圖10-1輸配電線路-南電北送示意圖」を参照。
  4. http://history2.kuas.edu.tw/sp/94_2/2N4A/Hon&Wu/SP/lir/book/lib10.htm もしくはhttp://cc.tccn.edu.tw/ezcatfiles/tadcc/img/img/556/power.doc
  5. 黃靖萱「公投也解決不了的兩大難題」『財訊』No. 420(2013年3月14日)
  6. 「《星期專訪》新北市長朱立倫︰無法處理核廢料 憑什麼使用核能」『自由時報』2013年3月4日。
  7. 憲法学者の間ではこうした状況について、「人民のイニシアティブ、承認の権利は国民大会(2005年に廃止)に委託されている。人民の参政権は侵害されていない」という説と、「それでは人民は直接、参政権を行使するべきであり、イニシアティブや承認のためのレファレンダムの実施法がないのは、立法の怠慢である」と批判する説、あるいは「国民大会にイニシアティブや承認の権利を委託するのは過渡的な措置」とみなす説などがあった(曹金增『解析公民投票』五南、2008年)。
    民進党は1999年の台湾前途決議文において、台湾の地位変更つまり統一や独立には国民投票での承認が必要であると主張した。また、陳水扁総統は2000年5月の就任演説で、中国の脅威が顕在化しない限り、台湾の地位変更を行わないと述べ、事実上、独立の主張を棚上げした。ただし、政権発足後、修正条項方式による「中華民国憲法」の改正ではなく、国民投票による新憲法の制定あるいは憲法本文の抜本改正を主張した。
  8. なお、これらの事情は地方における住民投票でも同様である。ただし、過去3回行われた住民投票のうち、2009年の澎湖県、2012年の連江県(馬祖諸島)での投票は立法院が制定した法律である「離島建設条例」に基づきカジノ建設の是非を問うもので、その投票結果には法的な拘束力があった。また、同条例により「公民投票法」が定める投票の成立要件(有権者の2分の1以上が投票)は適用されない。
  9. 「屬於同一內容公民投票案不可能同時辦理全國性公民投票及地方性公民投票」中央選挙委員会ウェブサイト(http://web.cec.gov.tw/files/15-1000-20630,c4133-1.php)。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。